骨が折れる音とか、肉の潰れる音とか、それを耐えるような苦しい声とか、全部全部聞きたくなかった。
痛々しい有り様を、大好きな人が苦しむ顔を、何か言いたげな表情を、全部全部見たくなかった。
あなたには私がどう見えているのかなぁ、敵に見えているのかなぁ、もう、教え子には見えないよね。
こんなことを、直接的ではないとはいえ、している私を。

「なに目を逸らそうとしてるんだよ名字名前。大好きな先生から目を離しちゃだめだろう」

唇を噛み締めて、拳が解けないように短い爪を掌に食い込ませて。
今すぐこの場から逃げ出したい、しょーちゃんに駆け寄りたい。
でも、できない。
そんな資格私にはないし、そんなことしたら、私以外が傷つくのに。
それだけは、避けなきゃいけないのに。
どんなに考えても、こいつらの思い通りにしか物事が進まない。
守りたい人を守るために、切り捨てなきゃいけないものが多すぎる。
なんで、こうなってしまったんだろう。
せめての反抗とばかりに死柄木を睨んでも、やはり嗤うだけ。
口の中に鉄の味が広がった時、黒霧が戻ってきた。

「黒霧、13号はやったのか」

「行動不能には出来たものの、散らし損ねた生徒がおりまして……一名逃げられました」

「…………は?」

へえ、ワープゲートの黒霧から逃げられる子、いるんだ。
今年の雄英1年生はなかなか優秀なんじゃないだろうか。
13号先生の近くに妹がいた事を思い出して、無事を確認するためにそっちに視線を向ける。
──いた。
目が合った。
すぐ目を逸らして首を掻き毟る死柄木に視線を向ける。
生徒に逃げられたってことは他の先生方がここに来るのも時間の問題だろう。
いくらこちらの数が多くても、ただの個性を持て余した奴らだし、プロヒーローに敵うとは思わない。
死柄木と黒霧、脳無はプロ相手にそれなりに立ち回れるだろうけど、この緊急事態に来るのがほんの数人なわけがない。
……ざまあ。
小さく呟いたのが聞こえたらしい、死柄木に顔面を殴られた。

「帰ろっか」

何事もなかったかのように言いやがって。
手の甲で雑に唇を拭い、肩を竦める。
──しょーちゃん。
ごめんね、しょーちゃん。
どんな言葉を紡いでも、ゆるされないのはわかってるから。

2023年7月28日