10

「怪我は」

「まだ治りきってない」

「そりゃよかった」

「何がだ殺すぞクソ女」

「やってみろクソ野郎」

「はいはい喧嘩しないでください」

お互い椅子から立ち上がって構える。
雄英襲撃から大分過ぎ、世間では雄英体育祭で盛り上がっていた。
さすがに死柄木が満身創痍状態で動けないのか、その間は大人しかったと思う。
私は軟禁状態に等しいもんだからバーの酒瓶たくさん空けてたけど、その分トイレと友達になっていたけど。

「名前、あなた飲み過ぎで暴れたらまた吐きますよ」

「まだ飲めるわ」

「その真っ赤な顔を鏡で確認してから言ってください」

確かに足下覚束ないけど。
さっさと座れ酔っ払い、と死柄木に言われて舌打ちしながらカウンター席に座った。
今まで何の話をしていたんだったか、そうだ、保須市に現れたヒーロー殺しの件だ。
1箇所で4人以上を、人通りのない路地で、刃物を扱う危ないやつ。
ヒーロー側としては超危険人物になってるだろうな、なんてったって〝ヒーロー殺し〟なんだから。
……黒霧が〝先生〟と話してるのを聞いたけど、死柄木の成長のために連れてくるとか頭ぶっ飛んでんのか〝先生〟とやらは。
ヒーロー殺し、ヒーローより強いんだぞ、死柄木より強いに決まってる。

「引き入れたって私は関わらないからな、そんなやつに個性使わないからな、お前らにもだけど」

「言ってんだろ、お前に選択肢ないんだよ」

「知るか。ヒーロー殺しには絶対やだ」

「……ああ、怖いのか?ヒーロー殺しだもんな?ヒーロー志望だった名前は怖いわけだ」

「うっせ」

馬鹿にしたように笑う死柄木を睨みつけてウイスキーの入ったグラスを手に取った。
そう、怖いとも。
それのどこが悪い、ただの敵ならいいさ。
ヒーロー殺しだなんて、仰々しくて物騒で恐ろしい二つ名を持つ敵なんだ、怖いもの。
グラスに口を付けて中身を一気に飲み干す。
そんな私の様子を頬杖をついて死柄木はじっと見る。

「……なに」

「いや?でもさ、お前はもう立派な敵だろ?俺たちと雄英襲撃犯ってことになってるんだ、ヒーローじゃあない」

「……」

「お前の大好きなイレイザーヘッドの隣に並べることなんてない」

ガシャン。
グラスが砕ける音、氷が割れる音。
死柄木に向けて個性を使いながら投げたグラスは壁にぶつかって粉々になっていた。
知ってるよ、そんなの言われるまでもない。
もう隣に並べる日は来ない。
優しく笑いかけて貰えることも、あやしてもらうことも、私の名前を柔らかく呼んでくれることも、私の呼びかけに薄く笑ってくれることも。
それなら、それだったら。

「イレイザーヘッドに逮捕されるために動くからいい」

敵としての名字名前を、しょーちゃんに捕まえてもらうことなら、あるのかもしれない。

「それなら、敵でもいい」

「……よくわからないな、女って」

「まだまだガキだからじゃないの死柄木が」

「殺す」

「来いよ」

「ですからやめてください」

ヒーローにはもうなれない。
敵にしかなれない。
なら、いつか、捕まえてもらうまで。
ここから助けてもらえるまで。
ひとりで、頑張ってみようか。
……ああ、しょーちゃんに嫌われちゃうなぁ。
なんて、ぼんやりと思いながらカウンターに突っ伏した。
早くそんな日が、来ますように。

2023年7月28日