諏訪洸太郎に縋りつく

コウタの隣に知らない女の子がいた。
腕を絡めて、可愛らしく色づけた唇から好意を伝える。
コウタも嫌な顔なんてしないで、むしろ嬉しそうに笑ってそれに応える。
私に気づいた女の子がにんまりと笑ってコウタとの距離をさらに縮めて口を開いた。
──名字名前なんかより、半近界民でもないボーダーでもない普通の可愛い女の子の方がいいんだって
ヒヤッと体が冷えていく。
コウタに視線を向けても、冷たい目で、無表情で。
口が動く、聞きたくない。
──お前のことなんてなんとも思ってねえよ
聞きたくないのに。

「名前!?」

目が覚めた。
ぼんやりとする視界にコウタがいる。
私の手を痛いくらい握っていて、心配そうな顔をして。
他にも忍田さん、堤くんと日佐人くんにおサノちゃん、うちのオペレーターがいた。
なんでみんなそんな顔してるの。
女の子2人なんか涙目じゃん、なんで?
何かあったっけ。

「名字、気分はどうだ?」

「……よくわからないです」

「何があったのか覚えているか?」

「……」

「ここは三門市の病院だ。大学からの帰宅途中、イレギュラーゲートが開いた。お前がその場に居合わせたが、トリガーを起動する前にトリオン兵が近くの住宅を破壊し、その瓦礫がお前の頭にぶつかったんだ」

なるほど、覚えているような覚えていないような。
コウタが握っているのとは反対の手で頭に触れると包帯の感触が。
少しズキズキと痛むし。
……それで私は変な夢見てたって?
凄い悪夢、もう見たくない。
忍田さんからいくつか質問をされて何か異常がないか確認をされたけれど、起き抜けで生返事しかできなかった。
城戸さんたちに連絡するからと忍田さんが病室を出る。
次いで堤くんと日佐人くんが他の隊員に知らせるからと出て、おサノちゃんとうちのオペレーターが売店に飲み物を買いに行くついでにぐちゃぐちゃの顔を何とかするからと出て行った。
その際に、「諏訪さんは残って待ってて」とおサノちゃんが言い残す。

「……」

「……」

あの夢見たからか何かうまく言葉が出せない。
夢でとはいえ、拒絶されたように思った。
私がぼんやりとしているからか、コウタが「わりぃ、1本吸ってくるわ」と腰を上げる。
するっと離れた手を飛び起きるようにして掴んだのは咄嗟の行動だった。
私も目を丸くしたし、コウタだって目を丸くしている。

「ど、どうした?」

「あ、」

言えない。
ここは夢の中じゃないのに。
言いたい。
ここは現実なのに。

「い、かないで……」

ぽろ。
そういうつもりじゃないのに涙が零れる。
変な夢を見ただけなのに。
けれどあの言葉は辛かった。
なんとも思ってないって、嫌いですらないって。
嫌いって言われるより悲しかった。
夢の中の女の子みたいに、私は可愛くないし普通の人ではないしボーダーだし。

「はあ!?どうしたマジで!どっか痛いか?気持ち悪ィとか!?」

あわあわと心配してくれるコウタには悪いけれど、涙が止まらない。
いかないで、私を捨てないで。
年甲斐もなくしゃくり上げて目を擦っていると、コウタがベッドに腰掛ける。
それから困ったように眉を下げると「ほら」と私の体に腕を回した。
あったかい。
私のとは違う煙草の匂いもする。
コウタの背中に腕を回して胸に顔を埋める。

「よしよし、なんで泣いてんのか知らねーけど、これで落ち着くか?」

「う、ん」

「そっか。一応看護師さん呼ぶから」

ぽんぽんと私の背中を撫で、片手でベッドの枕元に置いてあるナースコールを押した。
どうしましたー?という看護師さんの声にコウタが私が起きたことや状況を伝える。
ぽろぽろと零れてくる涙はコウタの服に吸われて、段々と湿っぽくなっていった。
今度新しい服買ってあげよう、と現実逃避のように考える。
夢の中じゃなくてよかった。
あの言葉が目が表情が夢でよかった。
看護師さんや忍田さんたちが戻ってくるまで、コウタにあやされながらしがみついていた。

2023年7月28日