木虎藍と水族館デートで手を繋ぐ

「ほら可愛い」

「……はあ」

名字先輩が私にニット帽を被せた。
なるべく目深に、私が木虎藍だと一般人がわからないように。
名字先輩の押しに負けて水族館でデートすることになったのだ。
先輩の言う通り、年相応におしゃれ……新しいワンピースを下ろして、お気に入りのパンプスを履いて、いつものコートを羽織って、唇にピンクの色付きリップをして。
服装は教えていないはずなのに、それにぴったりなニット帽をチョイスするなんて凄いんだか怖いんだか。
さあ行こう、と自然な流れで私の手を引く先輩は、ちょっと大きめのパーカーとジーンズにスニーカー、そして私に被せたものと同じニット帽。
……おそろい!?
それにちょっと待ってデートなのこれ!?
綺麗な水槽で泳ぐ魚も、先輩のやけに詳しい解説も、全部右から左に流れてしまって、ハッとしたのは先輩と手を繋いだままイルカショースタジアムに到着した時だった。

「木虎ちゃんホットティーでいい?」

「あ、はい……」

「あと何かつまめるものがあるといいかな~」

てきぱきと売店で注文している名字先輩を見て、それからちらりと店員さんを見る。
私と名字先輩のニット帽を確認するかのように視線を動かし、それから私と目が合った。
にっこりと、微笑ましいものを見るように笑いかけられる。
……絶対、勘違いされてる気が……!!
紙製のドリンクホルダーに私と先輩の飲み物を固定し、何かが入ったビニール袋を腕に提げて名字先輩は私の手を引く。
私より少し大きくて、ちょっとカサついた女性の手。
爪はちょっと深爪気味の、柔らかい手。
繋ぎっぱなしだからか、だいぶあったかいし汗が少し滲んでいる。

「先輩、手を放しても……?」

「え、だめ?」

「だめも何も私はいいって言った覚えがないんですけど」

「だってデートだよデート、そういう時は手を繋いだ方が特別って感じしない?」

私は木虎ちゃんとこうやってデート中くらい手を繋いでいたいんだけどなー。
残念そうにはにかんで、先輩が手から力を抜いた。
ちくりと心臓が痛む。
……そういえば、なんて言って先輩は私をここに誘ってくれたのだっけ?
──ずーっとさ、任務して近界民からの襲撃に備えるのも大事だけれど、それと同じくらい大事なことあるんじゃなあい?
だから、私と一緒におでかけしよう。
女の子らしく、どこにでもいる中学生と大学生で、ちょっとおめかしして。
そう言って先輩は私を誘ってくれて、私もそれを楽しみだなって思って。
するりと、私の手から離れていく先輩の手。
何故か、それを両手で掴んだ。
先輩が私に繋いでいた時よりも強く。

「……あれ?」

「わっ、たし……いいって言った覚えがなければだめって言ってもいませんから!」

せっかく先輩が誘ってくれて、綺麗な水槽を見て、こうやってショーも見に来たのに、変な意地が邪魔して、楽しめてなかった。
先輩のくせに、そうやって気を遣うから。

「そう?じゃあ木虎ちゃんから繋いでくれたからこうしよっか」

一度解かれて、そしてすぐ先輩が手を繋ぎ直す。
それは世間では、恋人繋ぎというもの。
カァッと頬に熱が集まって、赤くなってるのがわかった。
けれど深く被ったニット帽から名字先輩を見上げれば先輩は嬉しそうに笑っていて。
なんでだろう、私もちょっと嬉しかった。

「……ショーが終わったら、また最初から展示が見たいです」

「いいよ」

「また、先輩解説してくれますよね」

「もちろん!木虎ちゃんがそうしてって言うのなら」

「……先輩」

「ん?」

「ありがとう、ございます」

きゅっと指先に力を入れれば、私より強い力で握り返してくれる。
ここのホットドッグ美味しいんだよ、と席まで案内してくれる名字先輩に自然と口角が上がった。

2023年7月28日