初めてのお散歩

女の子はオシャレしなくっちゃあね!
なんて来島さんの着物を借りて、武市さんからお小遣いをもらって、河上さんに夕方までに帰ってくるようにと言われ、高杉さんに部屋から見送ってもらって、私は今江戸にいる。
こんなに人がいるなんてすごい、天人にもそりゃあ驚いたけれど、とにかく数がすごい。
田舎の祭りでもこんなに人は集まらない、そもそもそんなに人はいない。
途中、茶屋に寄ってお茶と団子を頼んだ。
もっちもっちと頬張り、お茶片手に通りを眺める。
……平和に見えるけど、高杉さんはこれのどこが嫌なんだろう。
攘夷浪士、ってことは今の幕府が気に入らないんだとは思うけど、そこら辺よくわからないな。
きっとわかる日なんて、理解できる日なんて、来ないんだろうけど。

「よォ銀さん、1本食べてくかい?」

「ツケなんだろーな」

「利子付くよ」

難しいことはよくわからないなあ、なんて思ってると隣の空いてるスペースに男の人が座った。
あまり近いのはアレなのでちょっと反対側に寄る。
……団子でツケとかありなのか、不思議だな。
この後どこ行こう。
今思えば散歩してるというより船で何か危ないこととかやるから追い出されたような……
夕方まで、って言ったのはそのくらいには終わってるのかな。
難しいことはわからないけどそこまで私も察し悪くない、多分。
改めてどこ行こう……また金平糖欲しいな、鼈甲飴もいいかも。
この通りにそういうお店ないかな、とちょっと俯き気味だった顔を上げると、隣に座った男の人と目が合った。
驚いたような、信じられないような、そんな表情。
ふわふわと綿飴みたいな髪が印象的だ。

「……私の顔に何か?」


私が声をかけると、男の人は「あ、いや……」と歯切れの悪い返答をして、お店の人が持ってきた皿を片手にじっと私を見る。
……早めに別のところ行こ。
金平糖と鼈甲飴と、なんか甘い物買いに行こう。
団子のなくなった串を自分の皿に置いて、温くなったお茶を一気飲み。
お代を置いて立ち上がろうとした時に「待った!」と手首を掴まれた。

「ごめんごめん、お嬢さんのこと確かにずっと見てたけど不審者じゃないから!よ、よければ俺と少しお話しませんか……!」

「アウト」

現在進行形で不審者じゃねーか。
この人高杉さんと同じくらいの年に見えるけど、そんな年の人が私をナンパとか……下手すると一回り年違いますけど。
さすが江戸、いろんな人がいらっしゃる。
うわあ、と初めて武市さんの発言聞いた時と同じ顔してるよ私。
ドン引きってやつ。
いやあの人発言アレだけど確かに優しいから嫌いにはなれないんだけど。
えーっと、とりあえずどうすればいいの?
奉行所とかあんのこの街。
というか店主さんがなんとかしてくれてもいいんだけど?

「お嬢ちゃん、その人はダメな天パだけど怪しい人じゃないよ。寂しいひとりモンだから時間があるなら相手してくんな」

「えー……面倒くさそう……」

「せめて考えてくれてもいいんじゃね!?あ、ほら!団子1本奢るから!!」

「さっきツケとかなんとか言ってたのに?」

「うぐっ」

世の中情けない人もいるもんだな……
店主さんの説得とかもあって渋々私は浮かせた腰をこの人の隣に落ち着ける。
サービス、と言われて貰ったのはみたらし団子とあったかい淹れたてのお茶。
にしてもほんとなんなのこの人、なんでそんなに青少年みたいにそわそわしてんの。


「万事屋銀ちゃん……」

「そ。まあなんでも屋だな」

「ああ、パシリ」

「お嬢さん言葉の端々に悪意感じるんですけど!?」

名刺渡されたからと言って不審者の印象がすぐなくなるわけではない。
坂田銀時、と名刺に書かれてる名前を見てから本人を改めて見上げる。
名は体を表すというか、ふわふわした銀髪だし、覚えやすい。

「お嬢さんは?」

「名字名前」

「……そっか、名前ってーのか」

団子がもちもちして美味しい。
坂田さんは目を細めると私の頭に手を翳して、それから何もせずに引っ込めた。
……その表情はつい最近、どこかで見たような気がする。

「江戸に住んでんの?」

「ううん、今は保護者とあちこち回ってる」

さすがに鬼兵隊に身を置いてます、なんてことは言えないから濁しておこう。
あながち間違ってはいない、社会勉強といえばある意味社会勉強であるし、あの人が保護者といえば保護者である。
あの人を保護者とか言いたくないけど、稽古の時に顔面殴る保護者は嫌だ、虐待か。
控えめに唇の端に貼ってある絆創膏を指されたのでぶつかったから、と誤魔化した。

「……でかくなったなァ」

「え?」

「あーいや、独り言。いつまで江戸にいる?」

「わかんない、保護者の都合で動いてるから」

「じゃあ今日明日で離れるわけじゃねェな?」

ひとりでよしと頷く坂田さんに内心首を傾げながら団子の最後のひとつを頬張る。
そんな私を見下ろす坂田さんはあの人とはまた違う目で。
あの人は苦しそうに目を細めるけれど、この人は眩しそうに目を細めるんだね。
嫌、ではないかな。

「江戸にいるうちにまた会おうぜ。ここにはちょくちょく来るから」

「……仕事は?」

「…………いやほらな?依頼ないと暇じゃん?」

……うーん、この人ダメなおっさんだわー。