わからないだけの子どもでいたくない

「いくらこの時期でも海水浴は風邪引くっスよ名前」

「……それ高杉さんに言ってよ」

どうも、私名字名前は現在不本意ながら海水浴してます。
来島さんは溜め息を吐き、それから眉を下げて笑った。
稽古の後半であの人にグーで殴られたついでに甲板から落とされたのだ。
なーにが喧嘩は刀だけでするもんじゃねェからなだよ喧嘩じゃねーよ。
グーだぞグーパン、容赦ねえなあの人。
ここのところ顔面に木刀直撃は減ったんだけどちょっと油断したらこれだよ。
それにしても海って本当にしょっぱいんだ、普通の水と海水の何が違うのかよくわからなかったけどよーくわかった。
塩水だ、そりゃしょっぱいわ。
涙と同じ味がする。

「おや名前さん、まさかこの猪女にいじめられて落とされましたか?」

「誰がやるかァァ!!人聞きの悪いこと言うなッス!私は稽古終わりの晋助様と名前を労りに来たんスよ!!」

「いじめられてたらいつでも言っていいんですからね」

「無視かロリコン!」

「だからロリコンではないとあれほど……」

来島さんも武市さんも元気だな……漫才か。
武市さんが落としてくれた救命浮き輪にしがみつき、ほっと息を吐く。
ぎゃあぎゃあと言い合ってるのに周りの人たちが止めないのはいつものことだからなんだろうか。
そんなに周りを見る余裕がなかったからなんか新鮮だ。
2人が騒いでいるからか、近くにいたおじさんが「今上げてやるからなー」なんて笑いながら縄を引いた。
落ちないように、ちゃんと浮き輪にしがみついている横で武市さんとすれ違う。
……まあ、要は武市さんが来島さんに落とされたわけで。
派手な水飛沫が上がるのを横目に甲板に上げてもらった。


海水でびしょ濡れのベタベタになったからお風呂をいただいた。
まだ明るい時間だけどいいか、稽古も終わったし。
部屋に戻ってタオルで髪を適当に拭く。
この部屋の窓から見えるのは水平線だけ、日が沈むにはまだまだ時間があるから水面はキラキラと煌めいていた。
あの田舎で見るのとは違う景色、違う匂い。
窓際まで近づいて座り込み、食い入るように海を見る。
キラキラしてる、そういえば刃もキラキラしていた。
キラキラというよりギラギラが正しいだろうけど。
夕暮れの川もあんなふうにキラキラしていたけど、規模が違う、すごい、綺麗。

「見ていて楽しいかィ」

後ろから声をかけられて肩が跳ねた。
振り向くと煙管片手に気怠そうな顔をした高杉さんが。
この前私がやった頬の腫れはもう大分引いていた。
私?私の頬はいつも湿布貼ってるので察してくれ。
ご飯食べれるくらいの腫れだけどね。

「ああ……お前のところは海から離れていたんだったか」

「知ってるの?」

「迎えに行ったろ」

あれは迎えっていうかばーちゃんへの用事ついでに私を押し付けられたっていうか。
本当はどうだったか知らないけれど。
高杉さんから視線を外して改めて海へ向ける。
海ってどのくらい深いんだろう。
さっき落とされた時は足なんかつかなかった。
どのくらい潜れば足がつくんだろう、案外つく場所なんて海辺くらいなのだろうか。
…-知らないことだらけだな、そんだけあの田舎が狭かったってことなのかな。
寺子屋なんか行ったことないけど、あそこで生きていける知識とか常識はばーちゃんに教えてもらった。
けれど、外の世界はそれだけじゃ足りなさそうだ。
天人だって実際に見たことほとんどないし。

「やる」

コト、と置かれたのは何かがたくさん入った小瓶。

「……星の詰め合わせ」

「菓子だ。金平糖」

「こんぺいとう……」

「お前くらいの小娘はそういうの好きだろ」

またそうやって小娘っていう。
けれど色鮮やかなそれは興味をそそられるものであるのは確かであって。
小瓶から1粒取り出し、口に含むと広がる甘さに少し自分の表情が緩んだ気がした。

「……ガキ」