一緒にいたくて外堀埋めたら揃って締め上げられた灰谷兄弟

「いってええええええ!!」

「兄ちゃん!!な、なあ、もうそのくらいに……」

「次はオマエだ何言ってんだ?あァ?」

「ナンデモナイデスゴメンナサイ」

「折れる!折れるって!!死んじゃう!」

今日はいい天気だなぁ、明日台風来るんだってさ。
ありがたいことに私は趣味で始めたお絵描きで食べていけるようになった。
個展なんかも開けるし、絵描きさんと交流するのは凄く楽しいし、絵も購入してもらえる。
ただ、それが実家だと都心に出るのはちょっと大変だ。
いっその事都心のどこかに引っ越してひとり暮らししようかな、なんて思ったら父親が手配してくれた。
なんだかんだ父親のことは信頼しているし、私のことずっと見てくれていたから甘えることにした、それまではよかった。
指定されたのは六本木のタワマン。
……ん?父親の妹も六本木じゃなかった?
教えてもらった家に行けば、しばらく会ってなかった従兄弟がいた。
どゆこと?何事?
聞けば父親が手配したのは私のひとり暮らしの家じゃなくて、私が従兄弟たちと暮らせるように手配した家。
いつの間にか父親の妹は自分の子どもたちに手を焼いて家を出ていってしまったんだと。
別にそれはいいよ、私関係ないし。
ちなみに父親の妹は少し前に離婚して旦那は出ていった。
つまり残されたのは手の焼く従兄弟たち。
従兄弟たちがどんな行動を起こしたかというと、ふたりだけだと不安だから一緒に住みたいと父親に泣き落としをしたらしい。
別にいい、実家に来るんならな。
でも何を思ったのか、都心で暮らせる家を探す私をそこに寄越すとは何事だ報告連絡相談もねえじゃねえかオマエら三人の頭から真っ赤な絵の具撒き散らしてやろうか、従兄弟たちと父親が対象な。
こいつらの世話しろってか?マジぶん殴んぞ、もう締めてるけど。
疲れたのでエビ固めをしていた蘭から手を離して体をどかせば蘭はいてえよぉ……と半泣きで竜胆に泣きつく。

「お、折れてねえ……?背骨オレある?」

「あるよ!折れてねえから!」

「次オマエだっつったろ竜胆」

「ひっ……」

泣きつかれたのに蘭を置いて逃げようとした竜胆の首根っこを掴んでそのままチョークスリーパーを決めた。

「ぎゃああああああ!!」

「り、竜胆ー!!」

どいつもこいつも報告連絡相談がねえんだよ舐めてんのか。
あーそうそう、ここの家賃や生活費は父親が出してくれるってさ。
さすが資産家、すげーな。
でも何もしないのも悪いので、食費くらい、もう少し売れるようになったらゆくゆくは生活費全般出したい、売れるようになっても遅咲きの私にはまだ身の回りのことと食費が限界。
バンバンと私の腕やら床を叩いて抵抗する竜胆は蘭に助けを求めて腕を伸ばすけど、蘭は青褪めた顔で首を横に振る。
こいつら締める前に父親に連絡取ったけどすまんの一言とお金の心配はするなってことだったから父親は今度帰省したら一番重い額縁で殴るだけに留めてやるわ、優しいからさ私。

それからしばらくふたりの体にきっちりと教え込んでから解放してやった。

いてえなんて泣いてるふたりを置き去りに、家の中を見て回る。
六本木のタワマンとだけあってやっぱり広い。
ふたりも私より先に来ただけで、荷物は何も解かれていなかった。
引っ越し業者がセッティングしてくれた家具や家電が置かれているだけだ。
部屋は3LDK、私の部屋は和室。
日当たりもいいし、多分この部屋一番広いんじゃねえかな。
作業スペースも十分確保できるし、大きい絵を何枚か描いても保管できそうだ。
従兄弟も父親も手回しはえーな、もっと別のことに使えよもったいねえ。
ここまでされたら父親の体裁もあるから断れねえ……腹括ろ。

「ね、ねえちゃん……」

「ご、ごめん……何も言わなくて……」

「言ったら来てくれねぇと思って……」

「当たり前だろ誰が好きで来るか」

「……うぅ」

「で、でも!オレも兄ちゃんもねーちゃんと一緒がよくて!」

そもそも何で懐かれたかわかんねえんだなあ。
一番最初に吊し上げて以降あまり会ってねえし、なんなら次会ったのはこいつらが何かやらかして少年院に入って父親の妹に泣きながら頭下げられて面会したのが最後だが?
四親等の私は本来面会できないのに向こうを父親が説得して面会の場までつくりやがって。
そこで顔合わせ初っ端にふたりをぶん殴った私を向こうの職員に止められたのはレアな経験だったと思う、もうやらねえ。
そこで気づいたのは本当にこいつらのこと思って怒る人間いないんだなって事実。
ああ、私はこいつらのこと思ってぶん殴った訳じゃねえから、私に迷惑かけんじゃねえと思ってぶん殴っただけだから。
それがこのふたりや父親、父親の妹からは別の見方をされたんだろうな、私優しいとは言ったけど他人には優しくなんねえから。
無償で優しくなんかできるか、益を寄越せ。

「ここまでされたら断りにくいからもう過ぎたことは言わない」

「!じゃあ……」

「やったな竜胆!おじさん泣き落とした甲斐あったぞ!!」

「それ私の前で言うの馬鹿じゃねえの?」

オマエら十八になって迂闊過ぎねえ?
その後、ある程度荷解きをすれば大分片付いた。
高校の時にコンクールで入賞した絵は気に入っているので当時お小遣いで買った額縁に入れたまま壁にかける。
布団は簀子の上に畳んで乗せた。
すのこベッドとか買ってもいいかもしんない、今度の個展の売り上げで決めよう。
部屋を出てリビングに行けば、あーでもないこーでもないと話しながら家具の位置を調整しているふたりが。
腕時計に視線を落とすと、もう昼を過ぎていた。

「あ、ねえちゃん終わった?」

「こっちもーちょい待って」

「……昼過ぎたからご飯と思ったんだけど」

そう声をかけると、ふたりは嬉しそうに表情を崩す。
一緒に行く?行かないなら私行くわ、テーブルの上にある三本の鍵のうち一本を手に取るとふたりは慌てたように立ち上がった。

「待って!オレらも行く!」

「ねーちゃん六本木あまり来ねえだろ?案内するから!」

散歩前の子犬か。

無事に昼ご飯も終え、ふたりが嬉々として街を案内してくれるのでそれについて行く。
今までが閑静な場所だったから、この賑やかな街に住むと思うと不思議だな。
でもやっぱりこういう都心の方が画材屋さんも多いし品揃えだって豊富だ、ワクワクするのも確か。
ふと空を見上げた。
明日から台風が来るし曇り空だけど、空を見上げても空だけじゃなくてビルが視界に入るのは面白い。
そういえば星空は見えるのだろうか。
都会は建物の光が強いからあまり見えないと聞いたことあるけど。

「ねえちゃん」

「あ?」

「……ねえちゃんが来てくれてオレら嬉しいんだよ」

「なんだよ突然」

「だってねーちゃん誘っても来なかったじゃん。おじさんがねーちゃん忙しいっつってたし」

「あー……」

「何してたの?絵描いてた?」

「駆け出しの絵描きではあるからね」

一度就職したけれど、肌に合わなくて辞めたんだよな。
趣味ができなくてしんどくて、父親にそれなら辞めて好きなモンだけ描いていいって言われて、ずっと絵ばっか描いてた。
それこそ好きな空だけじゃなくて、いろんなところに足を運んでスケッチもしてたし。
誰かの目に留まったから、こうして好きに描いてなんとかなってる。
多分、父親に連絡が来た時は私がいろんなところに行ってた時期で、家を空けていた頃だ。

「こうして一緒にいてえなって思ってたから、ほんとに嬉しい」

「オレも。……ただ、絵を台無しにしたのは、ゴメンナサイ」

「……いいよ。ゆるさないけど、終わったことだし」

「……ねえちゃんってさ」

「根に持つタイプ?」

「持っていいならオマエら家から突き落とすが?」

本当にやりかねないと思ったのか、ふたりは揃って首を横に振った。
……まあ、先が思いやられるけどさ。
こんなに懐かれんのも、悪くはないんじゃねえの?


親戚のおねえさん
個展の関係で都心に住もうと思ったら外堀埋められてどうしようもない状況になったので外堀埋めた灰谷兄弟を締め上げた。
他人と関わるのが根本的に苦手。
この度灰谷兄弟と同居することに。
あの時よりは物の分別つくふたりなはずだから思ったより穏やかに……穏やかに……過ごせないかもしれない。
ヒント、ふたりは六本木のカリスマ。
ちなみにふたりより十歳年上。

灰谷兄弟
懐いているおねえさんが都心に住もうとしていると聞いて伯父を泣き落としして説得して外堀埋めたら締め上げられた。
いくつになっても敵わない。
少年院で面会に来たおねえさんに喜んでいたけど思いっきりぶん殴られて泣いた。
絵のことは気にしている、かなり。
伯父の手配でタワマンに引っ越した。
今後おねえさんの知らないところで喧嘩だのなんだのするけどすぐバレて締められるか殴られる未来が待っている。

2023年7月28日