もしも黒川イザナとそういう関係になっていたら⑤

「名前姐ちゃん重いもん持つなっつったろ!」

「いやこれそんなに重くないんだけど」

「姐さん頼むから大人しくそこ座っててくれ。オレの指示に不足ある時口出せばいいから」

「いやここ私の個展なんだけど」

「いいから!稀咲ィ、これどこ?」

「そこの空いているところだ」

「いや私ここの主催者なんだけど」

今日はいい天気だなぁ、風が少し身に染みる季節になって。
そんなに大きくない絵を持ち上げていたら半間に怒られて取り上げられた、そのまま稀咲に隅のパイプ椅子に座らせられた。
えー……なんで……?
少し前から稀咲と半間をマネージャーとして雇っているけれど、なんか不思議だわ。
関東事変と呼ばれたあのクソガキ共の喧嘩からかなり経つ。
エマを庇って腕折って、関東事変に割り込むように稀咲を吊るして半間を沈めたあの頃が懐かしい。
出所して晴れて自由の身になれたふたりが来たのは私のところ、深々と頭を下げ、私は別に謝られればそれでいいのに、稀咲と半間はちょくちょく私の個展やイベントの手伝いに来るようになった。
一度イザナとも遭遇してふたりがボコボコにされた時はイザナ含めて全員ギャラリーから吊るしたけど。
ふたりが頻繁に来るもんだからいっその事雇ったらいいんじゃね?と私が提案し、納得してないイザナと蘭と竜胆を置き去りにふたりをマネージャーとして雇うことになったんだよ。
主にマネージャーとして動くのは稀咲、その補佐であれこれ力仕事なんかするのが半間。
ありがたいことに第二子を授かって、私の腹が大きくなってきてからはふたりもなんか過保護。
ちなみに息子はこの時間保育園だ、帰りはイザナがお迎えに行って、そのまま私を迎えに来てくれる。
稀咲に体冷やすなよと愛用しているブランケットと温かいお茶を渡されたので、お言葉に甘えてこの場所でふたりに展示を任せることにした。
悪阻でしんどい思いをしている時、仕事を進んで手配してくれたのはとてもありがたい。
今では個展やイベントだけじゃなくて、稀咲の提案もあってネットでも活動をしている。
絵の値段なんかも私が付けたのは安すぎる……!と稀咲が頭を抱えて設定し直してくれたり、絵の梱包は半間が丁寧にしてくれた。
あと病院の定期検診もイザナや蘭と竜胆が付き添えない時はふたりが来る。
……いやいつも思うんだけどガキ共能力あんのになんで喧嘩すんだよ。
もったいねえなぁ……まあ意地張りたいお年頃か、そう納得した。
自然と膨らんでいる腹を撫でながらふたりの動きを見る。

「テーブルどーすんの、ここだと邪魔じゃん」

「少し小さいテーブルに変えるか、奥にあっただろ」

「おー持ってくるわ」

そういえば稀咲は不良になる前は頭のいい真面目な生徒だったって聞いたことあるな。
なんであんなに半間と息が合うんだろ、半間も稀咲の言葉には楽しそうにしているし。
さすがに何もしないのは暇なので、次の個展のスケジュールや絵の解説が書かれているチラシや冊子を纏めておく。
半間がテーブルを運んでいる間に稀咲がそれを取りに来たのでそのまま渡した。

「姐さん気分悪くないか?」

「今日は割りと調子いい方」

「あまり無理すんなよ、先週はグロッキーだったじゃねえか」

「あー……先週はね、今日は平気」

だから絵を運んで飾ったりはできるんだけど、と言ってもだめだと一蹴された、解せぬ。
しばらくふたりに展示を任せ、たまに私がこうしてほしいと指示を追加していればあっという間に作業が終わる。
疲れたー、と息を吐く半間と私にこれでいいか確認をする稀咲にお疲れと声をかけ、机にあったお茶を差し出した。

「サンキュー姐ちゃん、旦那いつ来るって?」

「もう保育園お迎えに行ったからそろそろ来るってさ」

「じゃあ帰る準備するか。半間は奥の戸締り頼んだ、オレはこっち確認する」

本当に息が合ってんなあ……私も立ち上がろうとしたら半間に止められたのでもう任せるわ全部。
ふたりがそれぞれの場所で戸締りをしていると個展のドアが開いてドアベルが鳴る。
まぁま!と可愛らしい声に顔を上げると、息子と息子を抱っこしているイザナが入ってきた。
イザナが息子を下ろすと、息子は私へ一直線に駆け寄ってきて私の足に抱きつく。
息子を抱き上げてやればたぁいま!と笑った。

「おかえり。イザナもお疲れ様、お迎えありがとう」

「名前もお疲れ。あれ、あいつらは?」

「戸締りしてるよ」

「……迷惑かけてねえ?」

「むしろ私が迷惑なんじゃねえかな」

そう思うくらいにはふたりの手際は見事だったし。
ママあんねぇ、と保育園であったことを舌っ足らずに話す息子の話を聞いているとイザナは机に寄りかかる。
私の頬に手を当て、調子良さそうじゃん、と笑った。
戸締りを終えた稀咲と半間が私の荷物や上着を持ってくると、私の膝に座っていた息子ははんまー!と叫ぶと飛び降りてタックルしに行く。

「おチビじゃん、元気そうだなぁ」

なんて受け止めるもんだから息子はキャッキャと笑った。
稀咲はなんとも言えない顔をすると、イザナにお疲れと声をかける。
なんというか、稀咲は稀咲でまだ罪悪感強いみたいだ。
イザナはもうケロッとしているってのにさ。
別にエマと無事だったし、私も腕折られたけどもう治ったし、でイザナはいつも通りなのに。
骨折して二年くらいは痺れていたけど、リハビリにも通ったからもうなんともねえのに、開放骨折じゃなかったから傷もないし、寒くなるとちょっと重くなる程度で。

「稀咲も半間も戸締りまでありがとう」

「いや、このくらいなら大したことねえから」

「そうそう、今回姐ちゃんそんなにでけー絵はねえし、配置も楽ラク」

「明日から個展だけど、姐さんどうせいつもの時間に来るだろ。オレも半間も同じ時間に来るが大人しくしててくれ」

「私そんなにはしゃがない」

「顔見知りが来て騒動起こりゃ真っ先に締めに行くの姐ちゃんじゃん」

それはそれ、これはこれ。
半間からギャラリーの鍵を受け取り、稀咲と半間はお疲れっしたーと私たちに声をかけると先にギャラリーを出て行った。
それを明日もよろしくと見送り、息子もはんまーてったーまたねーと手を振る。
さあ私たちも帰ろう。
上着に腕を通し、立ち上がると私の鞄をイザナが受け取ってそのまま息子を抱き上げた。

「や!ママがいい!」

「ママはおうち帰ってからな」

「やーあ!ママ!」

「帰ってから抱っこしてあげるよ」

少しぐずる息子を宥め、イザナに手を引かれてギャラリーを出る。
しっかり鍵を締め、イザナの持ってくれた鞄に入れた。
不満そうに頬を膨らませる息子はなんだかんだイザナにひしっと腕を回す。
段々イザナに似てきたね、と言えばイザナはオマエにも似てるよと笑った。


灰谷兄弟の親戚のおねえさん
黒川名前、第二子を妊娠中。
イザナくんの奥さん、二児のママ。
個展の準備をする気でいたけれどこの度マネージャーの稀咲くんと半間くんに大人しくしているように言われたので座って準備を見ていた。
ちなみに折られた腕は完治しているけど、寒くなってくるとちょっと動かしにくい。
謝罪も受けたし流れで吊るしたので不問にした。
ふたりが有能でびっくり。
これからお腹がもっと目立つくらい大きくなると個展に来るのも止められる、主催者不在の個展ってどうなの……?でも心配して言ってくれているのでお言葉に甘える。

稀咲鉄太と半間修二
おねえさんの腕を金属バットで折った元凶と共犯者だった。
今では頻繁に手伝いに行っていたのもあってマネージャーとして雇われている。
絵の値段設定や購入手続き、個展のスケジュール調整なんかは稀咲くんの仕事。
絵の運搬や梱包、ギャラリーの整備やえの展示なんかは半間くんの仕事。
負い目からお手伝いしていたけれど、今では楽しくお仕事してる。
稀咲くんはまだ罪悪感や後ろめたさからイザナくんへの態度が安定しない、イザナくんももう気にしてないのにね。
イザナくんとおねえさんの息子ちゃんからはそれぞれ「てった」「はんまー」と呼ばれていたりする。

黒川イザナ
おねえさんの旦那さん、そして二児のパパ。
稀咲くんと半間くんがマネージャーになるのは渋っていたけど、名前がそう決めたならと納得はした、むしろまだ納得してない灰谷兄弟のストッパーしてる。
ふたりの仕事の内容は認めているしね。

息子
イザナくんとおねえさんの息子。
みんなからチビの愛称で可愛がられている。
てったもはんまーも遊んでくれるから好き!
最近誰に似たのか半間くんに飛び蹴りする姿が見られるとか見られないとか。

2023年7月29日