もしも出会ったのが10年遅かったら

「ぎゃああああああああ!!」

「下ろせえええええええ!!」

「……ええー……まさかあのふたりやらかしたか……?」

家中に響く甥っ子たちの悲鳴に思わず頭を抱えた。
少年院にも入った経験があり、なのに素行の悪さは改善するどころか悪化する甥っ子たちにふたりの母親であるオレの妹は匙をとうとう投げてしまった。
もう無理なの、耐えられないの、そう言って旦那と離婚をし、出て行ってしまった妹。
まあ元旦那が父親していればいいかと思ってはいたが、まさかのこいつもいなくなりやがった。
は?いくら素行悪くてもまだ未成年だろうが何考えてんだ?
そのまま放置もできるはずなく、オレは甥っ子たちを一度家に呼び寄せた。
ふたりの住む家のことだって、親権だって宙ぶらりんのまま。
六本木周辺で手配している間は家でのんびり過ごすように言えば、年相応に少し嬉しそうに笑ったのが印象的だ。
まあ小さい頃から会ってたからな、面識はあるさ。
問題は娘だ、可愛い一人娘の名前。
つい最近、人付き合いが苦手な名前は会社を辞めて、絵を描いて生計を立てようとしていた。
親のオレが言うのも親バカかもしんねえけど、名前の絵は綺麗だ。
そんな名前は一週間前から傷心旅行の名目で地方に足を運んでいる、そんで、今日帰って来る日。
そろそろ家着くよ、とメールが入っていたから今日の夕飯は名前の好きなものにするようにお手伝いさんに頼まなきゃなあ、どんな土産話が聞けるかなあ、どんなに大きくなっても娘は娘、愛している妻の忘れ形見、いつまでも可愛くてしょうがない。
そんな名前が帰ってくる時間に、外から甥っ子たちの悲鳴が響いた。
まさかな?いやほんとまさかな?
慌てて悲鳴のした部屋へ向かえば、そこは名前の部屋の前で、縁側があるんだけど、なぜが蘭と竜胆は軒下に吊るされていた、簀巻きにされて。
……いやなんで?
ムスッとした如何にも怒り心頭ですよと言わんばかりの名前に声をかける。

「あー……名前?おかえり?」

「ただいま。ねえこいつら何?出会い頭にババアだのなんだのあまりにも無礼過ぎるんだけどまさかと思うけど話してた従弟?」

「お、おう……蘭と竜胆……」

「お、伯父さん!なんだよそのクソババア!!」

「動けねえんだけど!!無駄にゴリラじゃねーかゴリラババア!」

「無礼なクソガキには躾が必要だと思うわ」

「あああああああああ!!揺らすな!怖いから!!」

「落ちる!!落ちるってえええええ!やめろお!!」

簀巻きにされて軒下に吊るされている蘭と竜胆を、名前は強めに押してわざと揺らした。
ギシギシと梁の軋む音にふたりはとうとう涙目だ、えー……これはオレもびっくり……
名前は絵師だけど、オレに似たのか口も悪けりゃ手も早い。
オレやんちゃしてた頃こんなに酷くなかったんだけどなー、親子だからかー。
妻はあらあらまあまあでオレのやんちゃを済ます肝の据わった人だったが、名前は肝が据わっているどころじゃねえわ不動だわ。

「傷心旅行から帰ってきて早々に初めて会う従弟にババアだの彼氏にフラれただの好き勝手言いやがってよぉ……オマエらからしたらババアかもだけどまだ三十路手前だしそもそも男なんていらねーんだよあんまり舐めてんとぶん殴んぞ」

「名前、もう吊るしてるから、それ以上やったらふたりのトラウマになっちゃうから」

「こんなモンでトラウマとか神経繊細過ぎかよどう見てもやんちゃしてる癖に繊細とか本当に繊細な人に失礼だわ謝れクソガキ」

「理不尽の極み」

「私には謝らなくていいよ、出会い頭に失礼なこと言う口から出る謝罪の言葉なんていらねえし許すなんてことねえから」

余程嫌だったんだなあ……ババア呼ばわりというか好き勝手言われるの。
まあすっきりして帰ってきて早々にこれじゃ怒るか、仕方ない。
あんなに威勢のよかった蘭と竜胆は何処へ、べしょべしょに泣いてごめんなさいすみませんを繰り返しているけど、名前はそんな言葉に耳を貸さずにサンドバッグをいじるようにふたりを揺らす。
いや、もうやめてやって……別にオレはオマエら仲良くしなくていいから……無理に仲良くしろって言わねえから……
それから名前は疲れた、と言うと帰ってきたまんまだったのか、縁側に置かれていたスーツケースを持ち上げて自分の部屋に入っていった。
蘭と竜胆はそのまま、可哀想でしょうがない。
下ろしてやろうとしたら部屋の中から、下ろしたらそこに三人目が並ぶから、なんて恐ろしい言葉が聞こえる。
え?オレ?名前は父親も吊るすの……?
さすがに可愛い娘にそれはされたくないので、蘭と竜胆に悪いな、と声をかければふたりはこの世の終わりとばかりに顔を真っ青にした。

 

今日はいい天気だなぁ、今のも雨降りそうだけど。
旅行から帰ってきて早々に初めて会う従弟に妙な絡まれ方しなけりゃもっと清々しい気分だったのにな。
スーツケースの中身を出して、洗濯に回すものを持って部屋の外に出る。
相変わらず軒下には私が吊るしたままのふたりがいた。
私に気がつくと、下ろせだなんだ言うけど知るか下ろす気ねえわ。
聞こえてませんよ、とスルーして洗濯機の置いてあるところへ行けば、お手伝いさんが回しますよと申し出てくれたのでお願いする。
旅行は中々楽しかった。
うちはそれなりにいいうちで、こうして昔からいるお手伝いさんなんかもいるから自分でやるのは最低限なことばかりだったけど、一週間って長い。
そんなに服も詰めて行けないからコインランドリー使ってみたり、ホテルの部屋のお風呂も自分で溜めること少なかったからなんか新鮮でお湯が溜まるまで眺めていたり、とにかく新鮮なことばかりしてたな。
たくさん絵も描いたから、持っていったスケッチブックはもうページが埋まってしまったし、色鉛筆もかなり使って短くなった。
後で父親に見せに行こう、見せてほしいって言ってくれたしな。
部屋に戻る途中、また私に気づいた従弟たちが私を見た。
何も言わないけれど、大分涙目で大人しい。
……ここまで大人しくなればいっか。
近くにあった脚立に乗って、ふたりを順番に下ろして簀巻きから解放してやればふたりは私から勢いよく距離を取ってお互い抱きしめ合って私を見る。
もう何も言わねえだろうな、そうなればふたりに興味はないので部屋に戻った。

「これお土産、あとスケッチブックね」

「おーありがとうな名前。持っていったスケッチブック一冊じゃなかったか……?」

「うん、でも二日目で全部埋まったから旅行先で買った」

「土産はー……お、可愛い湯呑みだな」

「この前湯呑み割ったって大騒ぎしてたじゃん」

その日の夕食の時間。
ちゃぶ台を私と父親、それから従弟たちの四人で囲んで私は父親と旅先の話をする。
どんなものを見たとか、食べたとか、何が一番楽しかったとか。
一昨日は隣の県の山の中にある美術館行って来たんだ、美術館ってなんだっけ?と思うくらいには敷地が広くてびっくりした。
そんな私と父親の会話を従弟たちはなんとも言えない表情で見ている。
たまにふたりを見れば、ふたりは慌てて私から視線を逸らした。

「つーかふたりがうちにいる経緯聞いてないんだけど」

「まあいろいろあんだよ、ふたりの家を探してんからそれまではうち預かりな」

「ふーん……あ、私も都心でひとり暮らししようと思ってるって話したっけ?」

「今聞いた!な、なんで……?名前うちが嫌になった……?」

なんで父親が泣きそうな顔すんの?もういい歳なんだからそういう顔やめな?
別に嫌になったんじゃなくて、利便性の問題だ。
仕事している時から個展やイベントに出ていたけれど、どうしても郊外にあるこの家から通うには遠い。
荷物や絵だって持っていかなきゃいけない、配送でもいいけど手続きがめんどくさい。
だったら個展やイベントに近い都心の方がなんだかんだ楽だ。
仕事も辞めたし、絵だけでやっていくんならそれくらい近くにしないと。
貯金あるから贅沢しない限りは大丈夫だけどさ。
そんな私の言葉に父親は考える素振りを見せると、私と父親の会話を見ていた従弟たちに声をかける。

「オマエらふたりじゃなくて三人でも平気か?」

「え?」

「は?」

「……ちょっと、まさかと思うけど」

「いやオレ可愛い一人娘がひとり暮らしすんの心配だからさ、家賃やら生活費は援助するから三人で暮らせばいいだろ?」

「あのさ、一応男と女なんだけど」

「名前は何かあったら締めるだろ」

「何その信頼度」

それにふたりはまだ未成年だから。
そんな父親の言葉に何も言えなくなってしまう。
気持ちはわかるけどさぁ……だったらここに住んでればいいじゃん、私はひとり暮らしするけど。
ふと従弟たちを見れば、従弟たちはキラキラとした目で私を見ていた。
なんだその目は、似合わねえからやめろ。
ふたりを見て父親も、ほら名前なら大丈夫だよ、と追い討ちする。

「……一晩考えさせて」

「おー」

「ご馳走様でした、部屋にいるね」

食器を台所に下げ、それから自分の部屋へ。
なんて言って断ろうかな、ひとり暮らしでいいんだよ。
絵を描くし、きっと軌道に乗るまで夜遅くまで作業だってする。
不定期な生活になるのは目に見えている。
それなのに今日会ったばかりの従弟たちと同居?
あー無理無理、ほんっとうに無理。
あんな礼儀をどっかに落としてきたような従弟たちと同居なんて無理だわ。
少年院に入っていただとか、どっかを仕切っているとかどうでもいいけど、無理。
よし、明日断ろう。
そう決めて布団を敷き、寝る準備をしつつ今日は何描こうかなと思っていると障子の向こうから遠慮がちに私を呼ぶ声がした。
父親じゃなくて従弟だ、三つ編みの方、なんだっけ、三つ編みが蘭で眼鏡が竜胆だっけ。

「……何」

障子を開ければ、そこには従弟たちが。
なんか気まずそうな顔してる。
あーだの、うーだの、何か言おうとしては閉じる口。
何もないなら私は寝る準備する、と障子を閉めようとすると足を挟んで止められた。

「いたたたたたたたたた!!待って力つえーんだけど!」

「兄ちゃん!!」

「痛いならどかせば?いやどけ閉める」

「話!話しに来たの!!」

「昼間はごめんなさい!でも話聞いてください!!」

「オマエらに貸す耳は売り切れてる」

「ごめんなさいいいい!!」

「話聞いてえええええ!!」

「うるせえな」

泣きつくように言うもんだから障子から手を話せば足を挟んでいた蘭は痛そうに蹲った。
ちなみに部屋に招き入れるつもりはない、話あんならここで言え。
涙目の蘭を心配する竜胆が、蘭の代わりに口を開く。
昼間の謝罪、それから夕飯の時間に私の父親が言っていた件。
状況はどうあれ、両親に置いていかれたふたり。
住む家が見つかるまでうちにいるけれど、その家に私が同居してくれるならしてほしいって。
邪魔しない、嫌なことしない、迷惑かけないから。

「いや私が迷惑かけるからこの話はなしで」

「なんで!?オレら割りと本気なんだけど!」

「ねえちゃんじゃなきゃ嫌だ!お願いします!」

「誰がねえちゃんだオマエらのねえちゃんになんかなるか」

「そこをなんとか……!お願いねーちゃん……!」

「面がいいからって私に通用すると思うなよクソガキ」

「ババアって言ってんの根に持ってんの!?ねえちゃんババアじゃねえよ!言ったけど!よく見りゃ綺麗だもん!!」

「はいおやすみー」

「いやああああああ!!」

「ねーちゃあああん!!」

とまあ、障子を閉めて外からうるさく声は聞こえるのでイヤホンをして夜中は作業に取りかかった。
どのくらいの時間、ふたりが部屋の前にいたのか知らないけれど、夜なべして作業していた私が一度水分取ってから寝ようと部屋の外に出たらふたりが丸くなって寝てるもんだから頭を抱えたのは新しい……
ちゃんと布団かかってたから誰かがかけてあげたんだろうな。
そのままにするのも心が痛むので、私の布団も追加でかけてあげた。
ちなみにここから数日、オレらと同居して!と蘭と竜胆に迫られるんだけど、父親からふたりと同居じゃなきゃ家出るの認めないと言われるまでふたりの言葉をスルーし続けたのは別の話。


親戚のおねえさん
28歳、最近会社辞めて本格的に絵師として活動をしようとしている頃。
従弟の蘭くんと竜胆くんに会うのは初めて、出会い頭にババアだのなんだの好き勝手失礼なこと言われたので簀巻きにして吊るした。
出会うのがこの頃だったら限界まで同居しないって粘ってる、結局おねえさんの父親の言葉に負けて同居始めるけど。

灰谷兄弟
初めて会うおねえさんにババアじゃんだの傷心旅行とか男にフラれたのだの言ったら簀巻きにされて吊るされた。
いつ出会っても最初は簀巻きにされて吊るされるのがデフォ。
けれどあんなに怒る人いなかったから新鮮、ババアって言っちゃったけど綺麗な人だわ謝んなきゃ。
同居の話もおねえさんとなら大人しく暮らすのでキラキラした目でおねえさんを見てたけどスルーされた。
泣きついてもだめ、一体どうすれば首を縦に振ってくれるのかわからなくておねえさんの部屋の前で寝落ちした。
まあこの後おねえさんの父親からの力で同居が決まるよ、おめでとう!

2023年7月29日