「もう少し食べてほしいけど食べれる?やめとく?」
「……いらねえ」
「わかった。じゃあ一度下げるから薬飲んで」
「……」
「そんな顔しても飲まないのはなしだからな、飲まないなら望月でも呼んで飲ませてもらう?望月が佐野を羽交い締めにして無理矢理私が口に突っ込むけど」
「……のみ、ます」
今日はいい天気だなぁ、昨日は晴れだったのになんで佐野は体調崩したんだか……
鬼電を三途からもらったのは今朝だ。
めちゃくちゃ慌てた様子でマイキーが風邪引いた、飯食ってくんねえ、薬も飲まねえ、たい焼きしか食わねえ、少し涙声だったような気もするし会った時は涙目だったような気もする。
なんでねえちゃんが呼ばれんの?と不満そうに口にしたのは蘭、お抱えの医者呼べよと最もらしいことを言ったのは竜胆。
それな。
でも三途はとっくに医者を呼んで診てもらって、それでも佐野がたい焼き以外を口にしないから最終手段で私にお願いしたいって。
最終手段を呼ぶの早くね?
ちなみに佐野はどこにいるかというと、梵天の事務所からそんなに離れていないタワマンだってさ。
ひとりだと生活できないからって三途と九井、それから鶴蝶が順番に顔出して様子を見ているらしい。
いっその事住めば?と聞いたら三途は嬉しそうに照れ照れとやっぱり?なんてニヤけていた。
そんな三途は置いておいて、蘭と竜胆もならしょうがねえか、と納得したので三途の運転する車で途中のドラッグストアで必要なものを買い込んで佐野の家に上がり込む。
ベッドで猫みたいに丸くなって熱に浮かされて息苦しそうにしていた佐野を申し訳ないけど起こして体温を計り、冷却シートや氷枕を用意した。
三途は仕事あるから何かあったら電話してくれよ絶対だぞ姐ちゃん!なんて出ていったのを見送って私は使われた形跡がほとんどない台所へ。
この家食材もほとんどねえの、お粥作る材料は案の定ねえの。
レトルトのお粥買ってきてよかったわ。
手早くお粥を用意して医者の処方した薬を持って佐野のところに戻ってとりあえずお粥を食べさせた。
ひとりじゃ食べられないくらい辛かったみたいなので小さな匙であーんする、なんか餌付けみてえ。
半分も食べられなかったけれど普段の佐野にしたら頑張って食べたんじゃないかな。
最後に薬、と言ったらとても嫌そうな顔をする。
「一応薬包むゼリー買ってきたけど使う?水より楽に飲めるよ」
「……ん」
おくすりのめたねなんて可愛らしいゼリーを新しい匙に出し、そこに粉薬を乗せてもう一度ゼリーを乗せる。
はい、あーん。
意を決したような顔で口を開いて飲み込んだ佐野に偉い偉いと頭を撫でてやれば得意気に少し表情を和らげた。
「私リビングにいるから何かあったら呼ん……」
「やだ」
「……はい?」
「やだ、ねえさんここにいて」
ねるまででいいから。
横になった佐野が私の腕を掴む。
しょうがないなあ、寝るまでな。
少しベッドの真ん中へ移動した佐野は空けたスペースに腰をかけ、ぽんぽんと背中をあやすように撫でればあっという間に佐野はうとうとと微睡み始めた。
「……おやすみ、佐野」
それが聞こえたかわからなかったけど、佐野は安心したようにそのまま夢の中へ沈んでいった。
苦しかった。
風邪引いたのは久しぶりな気がする。
春千夜が慌てていた、オレがまともに飯食わねえし、薬を嫌がっていたから。
喉痛えんだもん、好きなモンしか食いたくない。
困った春千夜が連れてきたのは姐さんだった。
大丈夫?と額に当てられる手が気持ちいい。
昔も、誰かに、シンイチローやエマに、じいちゃんに、こうしてもらったような、気のせいかな。
いいな、蘭と竜胆は。
こうして心配してくれる姐さんが近くにいて。
オレにも近しい人だけど、オレのねえさんじゃねえから。
羨ましいな、蘭と竜胆が。
怒る時すげー怒ってくれて、心配する時すげー心配してくれて。
昔は、そんな人たちがいてくれたような、そんな気がするなあ。
手放したくなかったなあ。
熱に浮かされたまま見る夢は良くないものが多いみたいだ。
誰も彼もがオレを責める。
誰も彼もがオレから離れていく。
……違う、最後に離れたのはオレだ。
みんなを守りたかったから決めたことなのに、なのに、後悔しているオレがいる。
本当は近くにいたかったのに。
けれどオレがきっと傷つけるから、オレが離れなきゃ。
守らなきゃ、オレからみんなを。
「……佐野、佐野起きて」
真っ暗な夢の中で穏やかな声がする。
薄らと目を開けると、姐さんが眉を下げてオレを見下ろしていた。
姐さんもそんな顔できるんだ、いいなぁ、蘭と竜胆は。
魘されてたから起こした、そう口にして姐さんがオレの頬に触れる。
冷たい手が気持ちいい。
ずっとこうしていてほしい。
「嫌な夢見てた?」
「うん……」
「そっか、少し水分取りな」
オレから手を離した姐さんが近くに置いていたコップにストローを刺してオレの口元に寄せた。
ストローを咥えて少しだけ中身を飲み込めば、少し甘い味が口の中に満ちて、それから喉を潤す。
それを褒めるように頭を撫でるもんだから少しだけ嬉しかった。
「三途が仕事終わったから一度顔出しに来るって。蘭と竜胆も一緒みたい」
「……ん」
「夜ご飯の時間だけど何食べたい?お粥かゼリーかアイスか、そのくらいなら選択肢あるけど」
「ねえさんは……?」
「少し前に三途がデリバリーで釜飯頼んでくれたから食べたよ」
話をしている間も姐さんはオレの背中を撫でてくれる。
冷たいものがいい。
熱くて辛いんだ。
ゆっくりもう一度あるものを挙げてくれるから、アイス、のところで頷けばちょっと待っててねと姐さんはオレから手を離して寝室から出て行った。
額がパリパリするな、そう思ってのろのろと手を額にやれば冷却シートが乾いている。
熱を吸い込みきったそれを剥がして適当に枕元に置いた。
「お待たせ。あ、シート乾いちゃってた?」
手にアイスを持ってきた姐さんがオレに体を起こすように促す。
熱のある体は不思議とあちこち痛くて起こすのも億劫だ。
「何がいいかわからないからバニラだけど」
「ん、ありがと……」
アイススプーンで一口掬ってオレの口元に持ってきてくれるからそれに従って食べていく。
冷たい、甘い。
勝手にアイスは口の中で溶けてくれるからとても食べやすくて、姐さんに促されるまま食べていればいつの間にかアイスはなくなっていた。
空の容器を見てまた姐さんが食べれて偉いね、と冷たい手で頭を撫でてくれる。
……なんだか、それが、じんわりと胸を温かくするもんだから。
ほろりと目から涙が溢れると、姐さんはオレを慰めるように背中を撫でてくれた。
「大丈夫、良くなるまでいるからさ」
「……ん、うん」
「頑張っていた分が体に響いちまったかなあ」
そっか、オレ頑張ってたんだ。
涙は止まってくれなくて、姐さんの肩に顔を押し付ければ一度固まった姐さんは優しく背中に腕を回してくれた。
「ほら、薬飲んだらまた寝よう」
「……うん」
また昼間と同じように薬を用意してくれたからそれを飲んで、辛い体を横たえて姐さんの手を思わず握る。
大丈夫大丈夫と、穏やかに優しく声をかけてくれるのがとても安心して、またオレは夢の中に戻った。
姐さんがいるなら、怖い夢は見ないで眠れそうだ。
まあこの後、様子を見に来た春千夜と蘭と竜胆が騒いでいたらしく、姐さんが三人を締めた時の三人の悲鳴で一度目を覚ますんだけど、体の辛さは少しなくなっていた。
灰谷兄弟の親戚のおねえさん アラフォーの姿
マイキーくんが風邪引いた!と慌てた三途くんによって召喚された。
甲斐甲斐しくお世話するのは苦じゃないのであれこれテキパキとマイキーくんの看病をする。
様子を見に来た三途くんと灰谷兄弟が騒ぐもんだからいつもより多めに締めた人。
尚、帰らないで、いるって言ってくれた、とちょっとぐずついたマイキーくんに負けて一晩泊まっていく。
佐野万次郎 梵天の姿
風邪引いた。
食べたくない飲みたくない、たい焼きだってあまり食べれない、な状態だった。
おねえさんに看病してもらって灰谷兄弟が羨ましいなと思いつつ、おねえさんの看病が身に染みてちゃんと泣いた。
熱ある時に怖い夢嫌な夢見た後ってなんだか悲しいよね。
おねえさんに帰ってほしくなくてしがみついていたらおねえさん泊まってくれた。
三途春千夜と灰谷兄弟 梵天の姿
マイキーくんが風邪引いたので慌てておねえさんを召喚した三途くん。
それは正解だった。
そんな状態ならしょうがないか、と納得した蘭くんと竜胆くんも帰りに様子見に来るけど些細なことで三途くんと騒ぐもんだから、おねえさんに病人がいんだろ大人しくしろ、と締められた。