もしも柴家の親戚だったら

「私の前で何してんだクソガキ」

「ってえな……いきなり飛び蹴りしてきやがって何言ってんだクソババア!」

「誰がクソババアだ私の前で乱暴始めたらぶん殴んぞ」

「もう蹴ってんだろ痴呆かクソババア」

「よしもう一発なクソガキ」

今日はいい天気だなぁ、天気よくて私の腕が鳴る。
個展を閉じてさあ帰るかってところで従弟の大寿が来てた。
久しぶりに個展行くと連絡入れたらせっかくだから会わないかと返ってきたし、まあ会うのも久しぶりだからって会うことに。
柴大寿、柴柚葉、柴八戒は父親の年の離れた妹の子どもだ。
早くに母親を亡くして父親もなかなか帰って来ないからと私の父親はかなり気にかけていて、私も大寿が生まれた頃から面識会ったから気にしてた。
それが正解だったと父親と一緒に頭を抱えたのは今も記憶に新しい。
躾だからと妹と弟に手を上げている大寿の姿を見たのは三人が母親を亡くしてすぐだ。
気持ちはわかる、わかるけどそれは違う。
さすがに従弟たちとはいえ他人の家のことだからあまり口を出すつもりはなかったけどあまりにも酷い。
大寿は自分がどんだけ力あんのかわかってるのかわかってねえのか容赦ねえもん。
今日も大寿に連れられて柴家に行けば、トイレの電気つけっぱなしだとかゴミちゃんと分別できてないだとかで柚葉と八戒を私の前で殴りつけたのは目に余ったので遠慮なく後ろから蹴りつけた。
十以上離れてはいるけれど、もう大寿も高校生だもんな私も容赦はいらねえな。
柚葉と八戒はぽかんとしていたけど。

「オマエらのところに口を出す気はないけど私の前でもやるのは目に余る、ギルティー」

「普段引きこもって絵しか描いてねえのにどこにそんな力があんだよ……!離せクソババア!!」

「いやでーす、えいっ」

「ってええええ!!」

お留守な足に思い切り蹴りを入れて膝をついたところで肩を押し、倒れたところを隙ありとばかりに腕ひしぎ十字固めを決める。
ちなみに母親亡くしたばかりの時にこいつらうちに来たことあるんだけどその時も大寿が八戒を殴ったのを見て思わず大寿にジャイアントスイングをしたことあったなあ、懐かしい懐かしい、さすがに今となっては体格差があるからできないけど。
成長しても敵わないことはわかっているのか、ギブをするように大寿は私の腕を叩いた。
広いリビングでそんなことをやっているからか、柚葉と八戒は離れたところで引いたように顔を青褪めて見ている。

「あ、姉貴……も、もういいから……」

「そうだよ姉さん!兄貴離していいから……」

「いやこれ私がクソババアって言われた無礼の分を叩き直してやってんだよ」

「それは締め直すってんだよ!」

「兄貴の腕折れるから!」

口が悪ィのは別にいい、私だって口悪ィもん。
けれど目上の人間をクソババアって呼ぶのは如何なものか、アウト、腕折ってやろうか。
殴られたとはいえ大寿のことが可哀想になってきたらしい二人は必死に私と大寿を引き剥がすと、腕を押さえてぜえぜえと息を上げる大寿の前に出てふるふると首を振る。
八戒なんか涙目だ、別にオマエにやったわけじゃないだろ。

「よかったなぁ、助けてくれる妹と弟がいて」

「……チッ」

嫌味を含めながら言えば大寿は舌打ちをして私から顔を逸らした。
ずっとそのままの空気でいるのも悪いから、置いてあった私の鞄の中から柴家に、と持たされた父親からのお土産を取り出す。
それを柚葉に渡すと、戸惑ったように受け取りながらも中身を見ると少しだけ表情を柔らかくした。
三人がうちに来た時によく食べてたいいところのお菓子、あと私から三人それぞれにお土産入ってるから。
何がいいのか私にはよくわからなかったけど、以前三人が褒めてくれた絵を三枚描いて持ってきた、ちゃんと合うように額縁も選んで持ってきたしそんなに大きな絵じゃないから部屋に気軽に飾れるかな。

「名前姉さんなんだかんだ元気そうだね」

「まあね、柚葉も変わりはなさそう」

「うん。あ、お茶淹れるね、このお菓子もせっかくだから出しちゃう」

「お構いなく」

台所に向かう柚葉を横目に残った大寿と八戒を見れば、八戒が割りと本気で大寿の腕を心配していてそれを大寿は複雑そうな顔して応えているからなんかウケた。
それから柚葉が用意してくれたお茶と私が持ってきたお菓子をつまみながら話をする。
三人ともちゃんと学校行ってるってさ、大寿と八戒はそれぞれ別のチームに入ってるらしいけれど特に今のところ目立った対立はないらしい。
それにしても三人揃ってこうやって話をすることはないのか、なんか気まずそうだな。

「そうだ、近々こっちで暮らそうと思ってるんだけどいい物件知らない?」

「姉貴こっち来んの!?」

「個展の頻度が多くなったから実家から来ると少し不便なんだよ。絵も持って来なきゃいけねえし」

「姉さんがこっち来るの嬉しいな!伯父さんはいいって?」

「ひとり暮らしって言ったらめちゃくちゃ顔顰めてたけどな」

もう三十前だってのに父親は心配性だから。
父親が候補で見せてくれた物件めちゃくちゃ高いんだもん、家賃。
なんで六本木を選択した……?と思いたくなるくらいには六本木のタワマン多かった。
セキュリティーしっかりしてるからだと思うけど、いくら私の稼ぎが安定するまでとはいえそこまでされるのもなんか申し訳ねえからなあ……
ふと、静かにお茶を飲んでいた大寿が思いついたように声を出す。

「ならうちでいいだろ、親父は帰ってこねえからそこ使え」

「叔父さんそんなに帰って来ないの?」

「全くな。オレはともかくこいつらの学校関係の手続きやら面談やら手伝ってくれんなら文句ねえ」

大寿の言葉に柚葉と八戒が目を丸くした。
大寿の言ってることは間違ってはないな、この家叔父さん帰って来なさすぎて未成年だけしかいないし、学校じゃなくてもいろんな面で大人がいないのは不便だろう。

「父親から叔父さんに聞いてみてもらうよ。私が言うよりちゃんと親御さん同士で話した方が良いにしろだめにしろスムーズだし」

「そうしろ」

さっそくケータイを取り出して父親にメールしておいた。
この時間は仕事中だし早くても私が帰る頃には返信来るかな。

「あと名前、オマエ泊まってけ。今から出ても遅くなんだろ」

「別にそこまでしなくていいよ。日帰りのつもりで着替えも何もないし」

「あ……ね、姉さんアタシの服貸すよ!一緒に寝よ!」

「姉貴飯作れる?姉貴が前に作ったやつ食いたい!」

「柚葉も八戒もこう言ってんだろ、泊まってけ。ついでにあれ食いてえな、肉じゃが」

「オマエら断りにくい雰囲気を作るな、兄弟らしい連携取るんじゃねえ」

そこまで言うなら泊まっていこうかな、そう言えば柚葉と八戒がはしゃぐように喜んでは大寿が行儀が悪ィと怒鳴りつけるので大寿と隣の私が怒鳴るなと大寿の脇腹に肘鉄した。
夕方近くになると父親から返信が来て、叔父さんに連絡入れておくとのことだ。
さらに今日私がこっちに泊まるとメールすればそうしてくれと返ってくる。
そんなに心配しなくても私もう大人なんですけど。
大寿と八戒がそれぞれ集会があるからと家を出るのを見送り、残った私と柚葉で夜ご飯の支度を始めた。

「あのね、姉さん」

「ん?」

「……兄貴のこと、止めてくれてありがとう……アタシと八戒じゃ、何もできないから……」

「……いいよ、気にしないで」

「もしもうちで暮らすことになったら、また兄貴のこと止めてくれる……?」

「もちろん、手は早い自覚あるけど乱暴事は好きじゃねえからさ」

聞けば今日、私がいるから大寿は比較的大人しかったんだと。
大寿も思うことがあって暴力的になっているとは思うんだよ、ただ、それは弟や妹からしたら理不尽に感じるかもしれない。
そこもなあ……他人の家の事情に私が入っていいとは思えないけど、暮らすならある程度ストップかけなきゃな。
柚葉の好きなものも作ろうか、と柚葉に言えば柚葉は少し腫れた顔で嬉しそうに笑った。
ま、ふたりが帰ってきてまた大寿が小さなことで手を上げそうになるのを私が大寿に膝カックンして止めることにはなった、いいか、私がここで暮らすってことはオマエに私の蹴りが教育的指導ってことで入るんだから忘れんなよ。


柴家の親戚のおねえさん
もしも柴家の親戚だったらな世界線。
大寿くんのDV紛いの躾はおねえさんは好きじゃないのでおねえさんの目に入ったらもれなく大寿くんに教育的指導が入ることになる。
尚、無事に柴家の父親のお部屋を完全におねえさんが使うし、柴家の父親は仕事場に近いところに引っ越すことになったりする。
柴家の兄弟仲もだけど、親子仲を取り持つことになる未来が待っていておねえさんは頭を抱えるかもしれない。

柴大寿
大寿くんはなんだかんだおねえさんには敵わないのを幼い頃から体に叩き込まれているのでおねえさんが止めたら多分止まる。
家に大人がいないのはよくないなとわかってはいたのでここぞとばかりにおねえさんがうちで暮らすのはどうかと提案した。
反抗期は相手がいなかったのでおねえさん相手に反抗期も来るかもしれない、場合によっては締められる。
クソババアと呼んではいたけど普段は名前って呼び捨て、家の事情に口出ししてほしくはないかもしれないけど一応親戚だし自分含め妹にも弟にも怒る時は怒るので好ましく思ってくれてたらいいな。

柴八戒
八戒くんの中では兄貴に蹴りを入れる怖い親戚のおねえさん。
でも理不尽なことでは怒らないし、どちらかと言えば優しいからすぐ懐いた。
幼い頃に大寿くんに殴られた時おねえさんが止めてくれたし大寿くんを物理的に振り回したのを見てすげー!と思っている。
親戚ならフリーズしないでお話できるかな、と、思いました。

柴柚葉
男所帯だったからおねえさん来てくれて一番喜んでいる。
怖いけれど優しいおねえさんという認識。
おねえさんが柴家で暮らすようになったら夜は自分の部屋に呼んで毎晩一緒に寝るかもしれない。
ちなみに集金係してるのがおねえさんにバレたらもれなく大寿くんが締められる、嬉しいけど兄貴をそこまで痛めつけるのはやめてあげて……

2023年7月29日