もしも呪いの世界と交わっていたら⑦

「顔面に当たった方の勝ちで、落ちたらどっちも負けな。三回投げたら交代」

「ねえちゃーん、窓ガラス割ったら?」

「オマエらを吊るして不審者共々的にする」

「ねーちゃん、腹に当てたら?」

「顔面じゃねえからゲーム続行で」

「すっごい軽く話してるけど僕逆さまなんだよ!?ねえちょっとこれはないんじゃない!?」

「あんまり動くと麻紐だから切れて落ちるよ」

「落ちるよ、じゃないから!!助けて!!誰か助けてええええ!」

急募、担任が一般人の女性によって校舎から逆さまに吊るされてそれを的に岩塩を持つどう見ても一般人じゃない男性ふたりへの対処法。
いや間違えた、蘭さんと竜胆さんへの対処法じゃなくて五条先生が二度とこんなことを繰り返さない対処法が正しい。
どうせまたあの人が何かやらかしたんだろうな……絵師の女性、名前さんは五条先生よりも大人だ。
年齢的な意味でも、中身も。
それから名前さんの弟さんの蘭さんと竜胆さん、蘭さんは前回あまり話せなかったけど竜胆さんは意外と面倒見がいい。
ねーちゃんはなぁ、って自慢するかのように話す姿が少年のように感じた人だ。
ただ、蘭さんと竜胆さん、刺青の入り方具合や何気ない仕草から一般人じゃないのはよーくわかる。

「あっ!恵!!恵助けて!!」

「無理です」

逆さまに吊るされて蘭さんから投げつけられる岩塩を上手いこと身を捩って避ける五条先生。
悪いけど俺を巻き込まないでください。

「名前さん!今ぶちって言った!!紐ぶちって言ったあああああ!!」

「うるせーなァ、的は喋んじゃねえよどいつもこいつもそんなのもわかんねえのかよ」

「その発言絶対僕以外にも被害者いるんだよね!?」

「的じゃなくてスイカ割りしてやった」

「物騒!」

本当に物騒なんだよ、名前さんが。
蘭さんと竜胆さんより名前さんが。
反社だっけ?それより物騒な絵師さんって嫌だ。
俺に気づいた竜胆さんが伏黒じゃん、元気ィ?と手を振るので会釈をする。
蘭さんは五条先生に岩塩を投げるのに夢中みたいなので、比較的穏やかそうな竜胆さんに声をかけた。
なんで高専にいるんですか?って。
竜胆さんは「あー……」と不機嫌そうに顔を顰め、専ら五条のせい、と蘭さんの投げる岩塩を身を捩って避ける五条先生を指す。
なんでもほぼ騙し討ちに近い形で名前さんを高専に連れて来たらしい。
生徒たちの絵を描いて欲しいって、絵師に至極普通な依頼をするかのように。
その結果、上層部と意図せず面会するわ上層部に泣きつかれるわ生徒は誰もいないわ、キレた、名前さんが。
五条先生の鳩尾に一発入れて上の階まで引きずっていって、絵の梱包で使う麻紐が鞄に残っていたからそれで吊るした、ひっでー経緯。
つーかあの人術式解かなきゃいいだろ。
この人たちやべーってわかってんだから。
名前さんをひとりで行かせねえから連れてけ、と蘭さんと竜胆さんも来てたんだと。

「竜胆さんたちは仕事は?」

「ねーちゃんの付き添いが仕事みてーなもん」

「だからスーツなんですね」

「そ、オレらの仕事はほとんどねーちゃんの護衛みてーなもんだから」

「きゃああああああ!!掠った!!顔掠った!」

「チッ、竜胆こうたーい」

きゃあって女子か。
竜胆さんは蘭さんと交代して大きく腕を振り回してアップしてから岩塩を五条先生に向けて投げる。
えっぐ、蘭さんより強くないか?
竜胆さんと交代した蘭さんはへー、と読めない笑みを浮かべて俺を見下ろした。

「あいつの生徒ってマジ?」

「マジです」

「ウケるー、本当に教師やってんだぁ」

「……まあ見えないですよね」

竜胆さんとまた雰囲気違うなこの人。
人当たりはいいんだろうけど、本心なんて全く見せない。
竜胆さんもだけど、この人は本当にどう見てもその筋の人だ。

「オマエもやる?五条の生徒ってことはストレス溜まってんだろ」

「え」

「ねえちゃんこっちもうひとり参加していーい?」

「いいよー」

「うっそでしょ!!恵!恵はそんなことしないよね!?」

ほらよく狙って投げろよ、そうお菓子を分けるかのように渡された拳大の岩塩に思わず目が点になる。
なんでこんなもん常備してんだよフツーこんなのたくさん持たねえよ。
竜胆さんは当たって死ねよつまんねーな、と落ちた岩塩を回収して戻ってきた。
ちなみにさっきより五条先生の位置が下がっているような気がするんだが。
ああそうか、窓枠で麻紐が擦れて解けているのか。
当たっても痛いし落ちても痛いだろうな、落ちてから術式使えるかは知らないけど。

「大丈夫大丈夫、ちゃんと顔面に当たりゃいいから」

「全く大丈夫じゃない!!」

「へーきへーき、これゲームだから」

「誰かー!!僕死んじゃう!死んじゃうよおおおおお!!」

「当たりどころが悪けりゃ死ぬけど顔面なら少しは生きてっから」

「妙な説得力やめて!!」

こえーなこの人たち。
五条先生から少しだけ聞いたけど、蘭さんと竜胆さんは十三の時に人殺して少年院に入ったことがあるらしい。
ナイフで刺したとか、鈍器で後頭部殴ったとかじゃない。
竜胆さんが関節技決めてるところに蘭さんが素手で執拗に顔面を殴りつけて殺した。
悪人じゃねーか。
いやまあ、言うまでもなく悪人だ。

「恵!恵はやんないよねそんなこと……!」

あー……でもあれだな。

「一回だけ、投げます」

せっかくの一発入れられる機会と天秤にかけたらそんなのは今はどうでもいっか。
大きく振りかぶって投げた岩塩は五条先生の顔面に吸い込まれるように綺麗な線を描いた。

 

「……大の大人がギャン泣きしてるの引くわー」

べしょべしょと汚く泣いている五条先生が伏黒に縋り付いている。
なんでも校舎から吊るされて的にされたらしい。
当たりはしなかったけど、避けた拍子に足を括っていた紐が切れて地面に落ちたんだとか。
吊るしたのはあの名前さん、的当てしていたのはその弟さんの蘭さんと竜胆さん、それから伏黒も参加していたっていうからびっくり。

「可愛い生徒に裏切られた!僕はこんなに生徒思いなのに!うわああああああん!!」

「キッツ」

「俺は蘭さんが大丈夫って言ったんで」

「僕より蘭を信じるの!?あいつ僕に対する殺意極限まで高いのに!?」

「日頃の行いなんじゃないんですか、名前さんへの」

「否定できない!!」

ちなみに話の渦中である名前さんと弟さんたちは学長と話をしている。
広いグラウンドの端、少し顔の青い夜蛾学長と後ろ姿の三人。
知ってる?名前さん四十路だから学長と同年代なんですって。
見えないわー、なんならここにいる誰よりも名前さんが学長と年が近いなんて信じらんないわー。
でもあれだ、あの三人見ていると目の保養って言葉がわかる。
蘭さんと竜胆さんの名前さんを見る目はとても穏やかで優しいし、名前さんもなんだかんだふたりには優しい。
それだけでお腹いっぱいなのにあの三人顔がいい。
美男美女、やべーな、三人の世界。
拝んどこ。

「でもなんで名前さんたち来てるの?」

「先生が福寿さんに生徒たちの絵を描いてほしいって依頼したフリをして連れてきた」

「そりゃ的当てされるわ」

呪霊も見えてるし呪力もある、五条先生がわからないっていうものを持つ三人。
保護を申し出ては断られている、それもそうよね。
三人で完結している世界に第三者が入り込むのは野暮ってもんよ。
学長との話が終わったのか、学長は校舎へ。
蘭さんと竜胆さんは自販機のある方向へ、名前さんはこちらへ来た。

「名前さんこんにちは」

「こんにちは。えーっと……釘崎で合ってる?」

「はい!野薔薇です」

「そう、野薔薇ね」

あの時は挨拶もそこそこだったからちゃんと名乗る。
表情はあまり変わらない、とても穏やかだ。
伏黒も私に倣うように名乗り、恵と下の名前を告げると名前さんはその通りに呼んだ。
まあそれに駄々を捏ねるのは五条先生で。
なんでふたりは名前で呼ぶの!僕の方が先に会ってた!ほら名前さん悟って呼んで!!
うるせーな不審者。
名字ですらない!!
あしらい方が神がかってる、普段からあしらい慣れている。

「お姉様って呼んでもいいですか!」

「誰のお姉さんですらないから却下」

「名前さんって呼びます!」

「はい!はい!!じゃあ僕名前お姉ちゃんって呼んでいい?」

「テメェみてーな弟分はいらねえ」

「蘭と竜胆は呼んでるじゃん!」

「あのふたりは従弟だからいいんだよ」

お姉ちゃんがいたらこんな感じなのかしら。
姉のように慕っていた人はいたけれど、本当の姉ではなかったから。
姉のいる伏黒に聞いてみれば、ちょっと違うと思うと言われた。
ぎゃあぎゃあと不満を言う五条先生をスルーして、名前さんは芝に腰かける。
少し大きめの鞄からスケッチブックと鉛筆を取り出し、ちょっと描くよと声をかけてスケッチブックに鉛筆を滑らせた。

「え、本当に描いてくれるの?」

「そのために呼んだんだろ、痴呆始まってんのか」

「そろそろ泣くよ?もっと泣き喚くよ?」

もう泣いてるじゃない。
邪魔しないから見てもいい?そう聞けばいいよと穏やかな声で返される。
名前さんの隣に座れば反対側に伏黒も座った。
描いている手元を覗き込めば、見慣れたグラウンドと空が描かれていく。
虎杖が言ってた、魔法使いって。
ちょっとわかるかも、いつも自分の目で見ている景色が描かれていくのよ。
見慣れたものが特別に変わっていく瞬間。
五条先生の持っている名前さんの絵は五条先生の親友をイメージして描いたって言っていたけれど、それともまた違う。
あと、当たり前かのように手にこめられている呪力。
でも呪力って言っていいのかな、もっと清らかに感じるそれを。

「私の実家も閑静なところだったけど、ここもいいところだね」

「名前さん、ご実家はどこ?」

「東京、だけど都心からは離れているよ」

「いつから絵を描いてるのか聞いてもいい?というかたくさん聞いちゃうかも」

「いいよ、あまり女の子と話す機会なかったから新鮮で楽しいし」

「俺も聞いていいっすか」

「いいよ」

「僕は?」

「うるさい論外」

「差別だああああ!!」

あくまで今回はラフなんだって。
一枚描いたと思ったら次のページ、同じようで少し違う景色。
名前さんが絵を描いているのは小さい頃から、高校では美術部でコンクールに出したりしていた。
三十になる前に一般企業に勤めていたけれど人間関係に疲れて辞めて、それから十年以上絵をひたすら絵を描いている。
伏黒が慎重に蘭さんと竜胆さんのことも聞いた。
名前さんの父親の妹さんの子ども、初めて会ったのは高校生の時で、コンクールに出す予定の絵をぐちゃぐちゃにされて怒って簀巻きにして吊るしてから懐かれたんだって。
きっとあれね、蘭さんも竜胆さんも子どもの時やんちゃ過ぎて誰も本気で怒ったこたなかったんだわ。
本気で怒られる、それはその人を思ってのことでもあるから。
……でも名前さんのことだから、自分の邪魔したから怒ったってのもありそうだけど。

「描くのは空だけ?名前さんの個展であまり空以外の絵を見たことないんだよね」

「好きなものを描いてるだけだから。たまに別のものも描くけど」

そう言って名前さんがスケッチブックの他のページを捲る。
確かに人も描いてある、デフォルメされているけどこれ蘭さんと竜胆さんかしら。
でもツートーンの三つ編みだし、眼鏡かけているし……

「これ誰?」

「三つ編みが蘭で眼鏡が竜胆、今の野薔薇と恵くらいの頃」

「うっそ!!全然違う!」

「人って変わるもんですね……」

「ねーちゃーん、飲み物買ってきたー」

「あと伏黒と釘崎ちゃん、コーラでへーき?」

「僕の分は?」

「めちゃくちゃ全力で振ったコーラやんよ」

「ふ、複雑……」

自販機から戻って来た蘭さんと竜胆さんが私たちにコーラを渡す。
名前さんはブラックコーヒー、蘭さんは微糖、竜胆さんはカフェオレだ。
蘭さんがねえちゃん何描いてんのー?と私たちの後ろから覗き込み、竜胆さんは五条先生に渡すコーラを目の前で全力で振っていた。
嫌がらせが凄い、真似しよ。

「ねえちゃんの絵、キレーだろ?」

「はい……こんなに綺麗なの、目の前で描かれるの初めて見ました」

「だろ?自慢のねえちゃんなんだよね」

名前さんのことを話す蘭さんの笑顔は幼い。
ああ、本当に好きなんだな。
恋愛じゃなくて、親愛。
五条先生にコーラを投げつけた竜胆さんも加わり、ねーちゃん見せてーと声をかける。
怖い人、やべー人、そう思っていたけれど、この三人はいろんな意味でとても綺麗だった。
尚、五条先生がコーラを開けて、無下限で五条先生は無傷なのに私たちに吹き出たコーラかかり、キレた名前さんにタイキックされたのは寮で爆睡していた虎杖への話のネタになったとだけ言っておくわ。


親戚のおねえさん
五条悟危機一髪の場を作った。
上層部とも面会していたけど五条悟の手綱をどうか!どうか握ってくれ!!と泣きつかれた。
呪力があるだけの一般人の女性にしては破格な待遇を提案されたけどもう両手は蘭くんと竜胆くんでいっぱいなのでお断りしてたりする。
野薔薇ちゃんにお姉様って呼ばれるのはやめてほしい、もう誰かのおねえちゃんできるほど人間できてないし定員オーバーなので。
伏黒くんと野薔薇ちゃんと話をしながら描いていたらコーラを浴びた、ので五条さんのおしりにタイキック決めた。

灰谷兄弟
五条悟危機一髪に楽しく参加していた。
岩塩?警棒や銃と同じくらい死ねどすスプレー合わせて標準装備ですけど?
顔面に当たればラッキー、落ちても痛い目見るしラッキー、ふたりの得しかない。
ふたりは上層部と面会はしていない、外でお留守番していた、オレらいい子だから!!
おねえさんの絵を綺麗って言ってくれた伏黒くんと野薔薇ちゃんには好印象持ってる。
伏黒くんに五条悟危機一髪へ参加させたけど、だめだぞ?悪い大人が持たせるのは後戻りできない代物かもしれねえから。
五条さんがおねえさんにタイキックされたのを見て「ざまぁ!!」と爆笑した。
後日高専の五条悟宛に自分たちのスーツとおねえさんの服のクリーニング代(ぼったくり価格)を請求した。

伏黒恵
なんか、担任が危機一髪してる。
突撃!隣の灰谷家!!ではちゃんと話をしたのは竜胆くんだけだったので、蘭くんに対しては読めねえ大人だな、と思ってた。
嬉々として岩塩投げる状況ってどうやったらできるんだ?
悪い人だ、っていう評価は間違っていない。

釘崎野薔薇
うっわ、大の大人がギャン泣きは引くわー。
ちゃんとおねえさんとお話をしたいなと思っていたのでお話できて嬉しい。
女の子って立場をフル活用しておねえさんとたくさんお話できたし、おねえさんが帰る時に連絡先交換した。
お姉様とお呼びしても……?

五条悟
五条悟危機一髪にされた、岩塩は当たらなかったけど避けた拍子に紐が切れて落ちた。でも無傷。
おねえさんに絵を描いてほしいって言ったのはほんと!ついでに上層部とも面会してって、ぜひ会いたいって言ってたから!
上層部との面会に同席していたけど目の前で上層部がおねえさんに泣きつくのを見てセルフ無領空処してた。
一日だけでおねえさんに腹パンされるしタイキックされた。

上層部の皆さん
お願いだから!!この問題児(大の大人)の手綱を!!握ってください!!

 

次回!
直哉くんカムバック〜但し逆さ吊りを添えて〜

2023年8月3日