もしも呪いの世界と交わっていたら⑨

「兄ちゃん、適当に飯買ってきた」

「さんきゅー」

「変わんねえ?」

「まーったく変わんねえ、あ、でも靄払ったら少し楽そうになったな」

ねえちゃんが意識不明になってから三日経つ。
あの日、何かに襲われていたねえちゃんはぱたりと倒れ、いくら声かけようが頬を叩こうが体を揺すろうが目を開けなかった。
梵天の息がかかっている病院に運び込んで検査をしても体の数値は問題ない。
かといって精神的な疲労でもない。
ただ、何かに首を締められたからか首にはおどろおどろしい跡が残っているし、たまにねえちゃんを覆うように靄が出る。
看護師や介護士にはそれが見えないやつもいるが、ねえちゃんの担当をしている医者は見えていた。
ちなみにボスや幹部たちも。
こうしてねえちゃんの見舞いに来てやることと言えばまずねえちゃんを覆う靄を手で払うことか。
一度払えば半日くらいは出てこない。
それに苦しそうな寝顔が少しだけ穏やかになる、何もできねえけどこれだけはできるんだな、と皮肉った。

「もうすぐボスと三途が見舞いに来るってさ。少し遅れてモッチーも九井も鶴蝶も明司も来る」

「いや仕事しろよ、ねえちゃん大好きか」

「オレらに返ってくんからなその言葉」

「だってオレらの大好きなねえちゃんだろ」

「そうだけど」

大好きなねえちゃん。
ガキの頃からずーっと大好きなねえちゃん。
誰も本気で怒ったことねえのにいつもオレらがやらかすと容赦なく怒るねえちゃん。
それが好き、大好き。
大人になっても変わらなくて、やんちゃしてようが反社になろうが変わらない。
でもさ、普通の女なんだよ。
そりゃあまあ、反社に容赦なく怒るって時点で普通じゃねえかもしんねーけどさ。
誘拐されて、暴力奮われて、こわかったって、泣く普通のねえちゃん。
あのクソ胡散臭ェ夏油に出会って変なモン見えてからも変わらない。
本質を知っているのはオレらだけだ。

「あと兄ちゃん」

「んー?」

「五条も来るって」

「……なんであいつ?」

「ほら、ねーちゃん襲ったやつ変な生き物じゃん。なんか一昨日個展に来たらしいんだけど、福寿さん無事?って珍しく電話来たから説明した」

まあそっちは五条とか夏油とかの管轄だろうな。
どんなに説明されても意味わかんなかった。
呪力?術式?呪霊?呪術師?
知らねえよそんなん。
立場は普通じゃなくても普通の人間だからさ。

「……頼んのすげー癪に障るんだけどぉ」

「しょうがねえじゃん、医者もそれは見えるけど打つ手がないって土下座してたんだし」

別に助けらんねえからって殺さねえのにな、ウケる。
ウケねえけど。
そっと眠ったままのねえちゃんの額を撫で、苦しくなさそうな様子にほっと息を吐く。
首の跡が痛々しい。
竜胆がほら、と差し出したコンビニの袋を受け取り、適当に入っている弁当を取り出した。
あー、別にコンビニ弁当が不味いわけじゃねえけどやっはねえちゃんの飯が食いてえな。
一応ねえちゃんがいつ喉乾いたって起きても大丈夫なようにスポドリやねえちゃんの好きなブラックコーヒーを床頭台に置く。
竜胆と今のオレらが担当していた仕事がどうなったのか聞いていると、病室のドアがノックされた。
どーぞー、応えると荒々しくドアが開く。

「姐ちゃん!」

「……姐さん」

「三途うるせえ。……ま、どんなに大声出してもねーちゃん起きねえけど」

やって来たのはボスと三途だ。
ボスはそんなでもないけど、あの三途が珍しく狼狽えている。
三途はぐっと黙ると、持っていた花の籠を竜胆に渡した。
へー、可愛いの選んでんじゃん。

「姐さん、容態は?」

「起きねえだけでなんともねえ。体に異常はねえってよ」

「……オマエらついてんのに何してんだよ」

「やめろ三途。……変な生き物に襲われたって?」

ボスや幹部たちに一通りの説明はした。
でもお互い半信半疑だ。
だってねえちゃん襲ったの人間じゃねえもん。
あれはねえちゃんの首締めて、何か恨めしそうに一方的にねえちゃんに叫んで、ねえちゃんの意識がなくなったところでそれは消えた。
ギャラリー内をくまなく部下に探させたけど、変わったもんは何もねえし何もいねえ。

「今からそっちに詳しいやつは来る。ボス会ってく?」

「ああ、会っていく」

ボスはねえちゃんの眠るベッドに近づくと、痛々しそうに表情を歪める。
そっと手に触れて、生きてる……と呟いた。
三途もねえちゃんに近づいて表情を歪める。
そうだよなあ、ねえちゃんオレらから大切にされてるって言うけど、ボスにも三途にも、なんなら九井、モッチー、鶴蝶、明司にも大切にされてんだよ。
それはきっと、ねえちゃんだからで、他の人間では無理だ。

「……姐ちゃんに手ェ出したんだ、梵天に手ェ出したのと一緒だろ」

「……そうだな」

「誰か、何か、わかったら、そいつはスクラップだ」

そりゃ全員そうだろ。
身内だからって理由もある、もしもあの梵天が個人のためにやるのか?なんて言うなら資金源のひとつである絵師に手ェ出したっつって粛清すりゃあいい。
まー九井はそっちがでけーだろうけど。
前に九井にねえちゃんの絵がなかったらどーすんの?って聞いたことがある。
そしたら「オレの!!貴重な!!資金源が!!ないなんて!!無理だろ!!」って泣き叫んでいた、四徹にゃ酷な質問だったな、ごめーん。
そういやSNSではねえちゃんが意識不明で個展を中止って広がってたな。
病気か事故か、あるいは事件か、なんて言われてるみてー。
ぼんやりとねえちゃんを眺めていると、竜胆のスマートフォンが鳴った。
竜胆は画面を確認すると、五条だ、と呟いてそのまま電話に出る。

「おー。あ?もう来てんの?……は?受付でそんな人いないって言われた?あー……偽名で個室にいんからな、今迎えに行くわ」

「竜胆、オレが行く」

「兄貴が行くよ。……ふたりィ?ま、別にいいけど。……ん、じゃあ後でな」

竜胆と顔を見合せ、オレはねえちゃんの髪をくしゃくしゃと撫でて椅子から立ち上がる。
ふたりだってさ、そんな竜胆の声を聞きながら背中越しに手をひらひらと振って病室を出た。

 

三途と一緒にねーちゃんの髪を乱れないようにふたつ結びをしていると病室のドアがノックされて兄ちゃんが入ってきた。
後ろには五条と、知らねえやつ。
金髪を分けて整えた眼鏡の男だ。
ちなみに五条はサングラス、まあいつもの不審者ルックだと病院に入れもしなかっただろうな、うちだと。

「どーもー」

「……失礼します」

「後輩連れてきたよ、七海建人っての」

「五条の後輩とかカワイソー……今度五条的当てゲームやる?」

「竜胆も僕へ容赦なくなってきたね?」

「オマエに持ち合わせる容赦なんてねえけどな」

五条の後輩ってことはこいつもそっちの人間なんだろうな。
七海と紹介された男は会釈をし、それからこの病室にいるオレらを見て顔を歪めた。
まあ梵天のボスもNo.2も揃ってるからな、そうなるか。

「ギャラリーで残穢……呪力の痕跡を見て只事じゃないなと思ったんだけど、被害にあったのは名前さんだけかな」

「三日寝てるよ。医者が言うには体はなんともねえってさ」

「それは一般的な医者ならそう見えるだろうね、うちにも専門の医者がいるんだけどそいつ今日は空いてないから明日にでも寄越すよ」

五条はねーちゃんのベッドに近づき、ちょっとごめんねと声をかけてねーちゃんの首に残っている跡に触れる。
痣とは違うんだよな、黒い跡。
半日放っておくとそこを中心に変な靄がねーちゃんを覆うからその度にオレと兄ちゃんで払うけど、一向に消える様子はない。

「……呪われてるね」

「あれだろ、変なやつ」

「そう。でも本体を祓わないと消えない。三日経ってるんだっけ?名前さんの元々持ってる呪力で今は体になんともないけど、あと一週間もすれば命が危ないよ」

その言葉に自然と病室の空気が凍りつく。
オレも兄ちゃんも三途もだけど、一番ボスがやべえ。
ボスは椅子から立ち上がると五条に向いた。

「どうすれば姐さんは助かる?」

「今僕の生徒たちが残穢を追っている。それか……このタイプは名前さんの意識を取り込んでいる可能性があるから、呪霊の領域で福寿さんがなんとかしないと起きない」

「……竜胆、こいつ本当に信じて平気か?霊媒師の類じゃねえの?」

「三途、こいつ見た目はあれだけどそっちは詳しいんだよ」

「見た目はあれって言い方やめない?今日はそこら辺にいるナイスガイでしょ」

「ナイスガイィ……?まだモッチーと武臣の方がナイスガイだろ、見た目は」

「……梵天の人も僕に容赦ないね!?」

そらそうだろ。
胡散臭そうに五条を見る三途が姐ちゃんもほんっと変なの釣るよなあ、と呟く。
ほんとそれな。
そんな五条の扱いに七海がしらーっと五条を見ている、多分五条のこと肴にすりゃいい酒飲めるだろうな。

「不思議なのが名前さんのギャラリーで、名前さんが襲われたってことなんだよね。名前さんの絵があるのにその影響を受けなかった……呪詛師を絡んでいるのか、それとも一級以上の呪霊か……」

呪術師ってあれだよな、夏油のことだよな。
兄ちゃんと視線を合わせれば、兄ちゃんは頷いてスマートフォン片手に病室を出る。
連絡先は知ってんだ、もしもあいつが絡んでんならぜってー殺す、ただ五条やその関係者にあいつが生きてることは言えねえってねーちゃん言ってたから秘密裏に動かねえといけねえ。
連絡するくらいはできんだろ、取れたら兄ちゃんがそのまま会いに行くだろうし。

「ま、残穢の追跡は僕もこのまま合流する。七海はここに護衛として置いていくよ、名前さんが目的ならここに来ないとも言えない」

「おい、ここが梵天の息のかかった病院だって漏らさないだろうな?」

「もちろん、名前さんの立場も危うくなるでしょ?しないよ、そんなこと」

五条の言葉に三途がボスを見れば、ボスは構わないと首を振った。
これから他の幹部も来るからな、変にここが割れんのは痛手だ。
五条は満足そうに頷くと、念の為、と何かをオレに渡す。
なんだこれ、お守りみてーだけど。

「簡易的な結界。これ以上名前さんに影響が出ないようにね」

「へー?結界ねえ……」

ほんと胡散臭ェのは変わらねえな。
受け取ったそれをねーちゃんの手に握らせ、そのままきゅっとねーちゃんの手を握る。
大丈夫だからねーちゃん、癪だけど、めちゃくちゃ癪だけど、詳しい五条がいんなら大丈夫だから。
いつもより冷たいねーちゃんの手。
オレらは何もできねえ、待つしかできねえ。
でも、わかったら、ねーちゃん苦しめたクソ野郎オレと兄ちゃんで殺してくるから。

「……じゃあ七海、ここは頼んだ」

「わかりました」

「竜胆も、僕最強だから任せといて」

「……ちなみに目の前にいるボスが前に言った無敵だからな」

「ええ!?こんなにちっさいのに!?」

そんな五条をボスが思いっ切り蹴りつけていた。
締まらねえなー。


灰谷兄弟
おねえさんが眠っている間ほとんど病室で過ごしている。
靄を払っているのはなんかこれ払えんじゃん、払うとねーちゃん少し楽そう。なんて理由。
本当は冷静でいられないけれど、前におねえさんが誘拐されたこともあるから冷静に考えられるように努めている。
五条さんの手を借りるのは癪に障る、けどねえちゃん助けるためだからと割り切った。
蘭くんはこっそり縫い目のある教祖様に連絡取っているし、無関係なら病院来いよ?なんか五条の関係者いるけどオマエならなんとかなんだろ?と無理難題吹っかけていたりする。
呪詛師だろうが呪霊だろうがおねえさんをこんな目に遭わせたやつを見つけたら直々に叩きに行く予定。

五条悟
おねえさんの個展最終日に絵のことで話をしに行ったけど、中止と書かれた札と中に残る残穢におねえさんの無事を確認するために竜胆くんに連絡したところ、今回の件が発覚。
七海さん連れて病院に来た。
お守りは簡易的な結界の呪具。
呪術師としては比較的信用されている。
最後に佐野くんにちっさいと言ったので蹴られた、無下限?通用しないんですよ彼らには。

佐野万次郎と三途春千夜
おねえさんの件を聞いてお見舞いに来た。
お花のチョイスは三途くん。
五条さんを見てこいつ本当に大丈夫か……?ってなった。
ちゃんとちっさいって言った五条さんには蹴りを入れました、佐野くんが。

親戚のおねえさん
意識不明。
首に締められた跡が残っていて痛々しい。

 

次回!
おねえさん理不尽には怒っちゃうぞ☆
おいこらテメェも付き合えクソ坊主。

2023年8月3日