医工騎士が言うには、今回討伐対象だった悪魔の攻撃の影響で一時的に記憶喪失になっているらしい。
けれど、過去にはその記憶が戻らないままの人もいた、医務室を飛び出た私が、冷静じゃない頭のまま調べたからもしかしたら抜けがあるかもしれないけど、けど……
「戻らなかったらどうしよう……!」
図書室の奥、人気の少ない棚に寄りかかるように蹲る。
大分堪えた、はじめましてって、もう一度名前を教えるのも、全部全部リセットされたみたいで。
ボロボロと溢れる涙がコートの袖に吸い込まれて消えたところが湿っぽくなる。
何故か私の記憶だけが抜け落ちているんだって。
シュラやライトニングさんのこと、奥村兄弟やメフィストは平気なのに、私だけ。
なんでだろう、私のこと、エンジェルさんの中ではそんなに大きくなかったのかな。
だから忘れちゃったのかな。
嗚咽を押し殺すように唇を噛んで、ただ堪える。
精密検査してるって言ってたけど、もう終わったよね……
会いに行けない。
本当なら、ちゃんと私の名前を言って、あなたの恋人ですって言えたなら、少しは気が楽になれたのかな。
──いや、なれない。
だってこんなちんちくりんな小娘が自分の恋人だなんて、エンジェルさん思わないもん。
もしも、それを言って、疑うような目を向けられたら私むり、絶対泣くし仕事にならない。
「大分堪えてますね、名字上一級祓魔師」
「……うわ」
「私を見て暴言のひとつもないとは……え、本当に大丈夫です?鼻チーンして!」
何故お前がここにいる。
顔を上げたら鼻にティッシュを当てられたので遠慮なくチーンした。
メフィストは珍しく困ったように笑うと、私と視線を合わせるようにしゃがむ。
「なんで、」
「ここにいるのか、でしょう?エンジェルの魔障を診てくれと言われて来たんですよ。あと、あなたの様子も見にね」
「……」
「まあ記憶が戻るかは私の口からは何とも言えません。彼が思い出したいと思えば戻るでしょうし、気にも止めなければそのままです」
つまりは、私があの人にその気にさせろと?
私がそんなこと言えると思ってる?
怖くてできませんけれど?
口にはしてないけれど、メフィストは溜め息を吐いて私にデコピンした。
「……大丈夫ですよ、あなたがエンジェルのことを大切に想ってるのなんて、好きで愛しいと想ってるなんて、あの鈍感な聖騎士自身わかっていたんですから」
「……あんたに慰められるとなんか寒気する」
「辛辣!」
「でも、ありがとう」
鼻を啜って、先に立ち上がったメフィストが差し出した手を取って立ち上がる。
目が痛い、大分擦っちゃったかな。
ズレたピン留めを整えて、最後に少し目元を擦った。
つーんとするのはしょうがない、泣いてたから。
「もう私の言葉は必要ないですね」
「大丈夫。エンジェルさんと話してみるし……だめだったらまたここに来るし……」
とりあえず、また会ってみよう。
じゃあいってらっしゃい、そうメフィストに背中を押されて、図書室を出た。
「──もっと、自分がエンジェルに想われてるのを自信持てばいいのに」