──あなたが受けたのは一番愛しい人の記憶を失うといった類の魔障です。名字上一級祓魔師には詳細をお伝えしてはいませんが……彼女、当初は酷く取り乱していましたから、ちゃんと労わってあげてくださいね
あどけない表情で穏やかに眠っている名前の頬を撫でながらその言葉を反芻する。
一時的にだが記憶喪失になっている間のことはしっかりと覚えていた。
何かがぽっかりと失くなったような感覚。
オレを見ている名前の今にも泣き出しそうな表情を見ては胸が締め付けられてオレが失くしたのはとても大きなものだったのだと思い知らされる。
あの時祓魔した悪魔が中級程度だったのがよかったのか、1週間で彼女の記憶を取り戻したしあれ以降、魔障が再発することなく完治した。
ただ、そのきっかけが彼女が怪我をした直後だと考えるとあまり喜べない。
もう少し早ければ名前は怪我をせず、こんなに長く臥せることはなかったと思うから。
「ん……ん?」
「ああ、ごめんな。起こしたか」
擽ったそうに身動ぎをした名前が薄く目を開けた。
就寝前に飲んだ薬の効果もあるのだろう、とろんと眠たそうな表情でオレを見上げる。
あーさーさんだ、と舌っ足らずに言うと嬉しそうに表情を変えた。
先程酸素マスクも外されたし、別にいいか。
着ていたコートをパイプ椅子の背もたれに申し訳程度にかけ、名前に声をかけて少しベッドにスペースをつくってもらう。
名前が小柄でもオレがでかいからな。
ブーツを脱いで、ベッドに潜り込めば彼女が自然と身を寄せてくれた。
ああ小さいな、けれどちゃんと温かい。
「あーさーさん、あったかい」
「名前も温かいさ」
「ぎゅってしてくれますか?」
「もちろん」
細い身体に腕を回して自分に引き寄せる。
このままひとつになるんじゃないかってくらい。
腕に閉じ込めて、脚を絡めて、息も鼓動も、名前の何もかもをオレのものにして。
名前は細い腕をオレの背中に回して満足そうに笑う。
「あーさーさん、すき」
「ああ、オレも名前が好きだ」
「ふふ……わたしはしあわせものですね」
だいすきなひとにすきになってもらえるなんて。
幸せを噛み締める声というのはこんな声なのだろう。
顔を見なくてもわかる、きっと彼女は白い顔を耳まで赤く染めて、泣き出しそうな表情で、けれど嬉しいからと笑っている。
何度彼女に好意を、愛情を伝えてもそれは彼女が思ってもいないくらいの彼女の想いの強さに掻き消されてしまう。
どうすれば彼女にもっと伝えられるだろう。
こんなに真っ直ぐ深く強くオレを好いて愛してくれる彼女に何ができるだろう。
しばらくすると、名前から穏やかな寝息が聞こえてきた。
顔が見たくて少し身を捩る。
年相応の少女の安心しきった寝顔。
……まだ何もできなくても、彼女にとっての特別な人間になれているのなら、それはそれで無二のことなのかもしれない。
「おやすみ、名前」
無防備に晒されている額に唇を落としてつられるように目を閉じた。
翌朝、見舞いに来たシュラの怒鳴り声と医工騎士の呆れた声で目を覚ますのだけどそれに反して穏やかな朝に感じたのは、名前と共に眠っていたからなのかもしれない。