「あ、の……アーサーさん……?」
小さな唇が動く度に自分の唇に息がかかった。
悪魔との戦闘でついたのか、それとも体調が悪くてついたのか、乾いてる血を親指で拭うように撫でる。
いつからだろう、こうやって彼女が気がかりになってきたのは。
保護する必要のない小さな擦り傷のある額、小さな切り傷のある頬。
こんなに近距離じゃなくても鼻腔を擽る消毒液独特の匂いに、そこに申し訳程度に香る彼女の爽やかな匂い。
青白い頬に薄らと赤が差す。
軋むベッドに乗り上げて、名前のいつもは眼鏡の奥にある翡翠の目を見ながら小さな手をとった。
大きな斧を振るうには似つかわしくない小さな手、けれどそれなりに修羅場を潜り抜けた祓魔師だからか、掌の皮は厚くなり、豆だっていつの間にかちょっとやそっとじゃ破れないものになっている。
小さな指先にある爪は、ちゃんと手入れすれば桜貝のように可愛らしいのだろうけれど、細かな傷もあるし邪魔にならないように短く切り揃えられていた。
すり、と親指で手の甲を撫でると名前の肩が跳ね、さらに頬が赤くなる。
ああ、可愛らしい。
オレはしっかりと君の目を見ているのに、恥ずかしいのかそろそろとオレから視線を外そうとしている。
小さな名前の手を、指を絡めて握ればおそるおそると握り返してくれた。
青白かったはずの顔色は、もう真っ赤だ。
その手を上げて、彼女の目の前で手に頬を寄せる。
びくりと彼女の手が震えた。
「……頼むから、あまり心配させないでくれ」
いつも心配しているのはオレだ。
怪我をしたと、倒れたと、その報せを受ける度に何回心臓が冷えたことか。
彼女の中のオレがどんな立ち位置にいるのかは知らない、けれどそれと同じようにオレの中の彼女がどんな立ち位置か彼女は知らない。
大切なんだ。
大事なんだ。
できれば前線に出ないでほしい。
できれば戦わないでほしい。
できれば安全な場所にいてほしい。
彼女が望んで祓魔師になった以上、そんなこと言えるわけもないけれど。
「君が、武器を持てなくなってしまえば、なんて、オレに思わせないでくれ」
そうすればずっと守ってやれるから。
大きく見開いた翡翠の目に写るオレは、情けない顔をしていた。