ぼんやりしていた意識が浮上する。
気怠さが体を襲うけど、はっきりしてしまった意識をそのまま委ねるのはなんかできなくて。
なんで起きちゃったかな、寝れていればよかったのに。
少し体を起こせば部屋は薄暗く、外もまだ暗いようだ。
ひんやりと冷たい空気が素肌を撫でていく。
……そうだ、裸だった。
なんなら御堂さんが隣で目を閉じて眠っていた。
毎夜毎夜のこととはいえ、慣れるわけがない。
どうしよう……このまま起きるのもな……暇つぶしになるものなんてないし。
というか寒い、いくら温かい布団でふたりで寝ていても寒いモンは寒い。
きょろきょろと薄暗い室内を見渡し、自分の着ていた浴衣がないか確認をする。
慣れてきても全くわからん、着ていたのは濃紺の浴衣だもの……同化して見えにくい。
生憎ただの小娘なんで、なにか特殊な技能があるわけじゃないんで。
本当にどうすべきか……いっそ布団から抜け出して新しい浴衣を箪笥から出した方が早いかな?
冴えてしまったからちょっと外に出てみるのもありかも……そう思案をしていると、ひやっとした何かが私の頬に触れた。
ひえ、声は上げなかったけどめっちゃ体跳ねた、びっくりした。
「どうした、眠れないか」
武骨な指が存外優し気に目元を撫ぜる。
なんだ……寝ているかと思っていたけど、起きていたのか。
「目が、覚めてしまって……」
「おいで」
え。
思わず固まった私は悪くない。
一拍置いておそるおそる御堂さんの広げた腕に身を横たえる。
あーびっくりした、起きたからってもう一回抱かれんのかと思った、この人年に見合わず旺盛だから。
私が御堂さんの腕の中に納まれば布団をかけ直され、そのまま抱きすくめられる。
あったかい。
人肌には抗えない、これは不可抗力。
お互い裸だろうが事後だろうが今はいいや、これは別。
あれだけ冴えていたのに自然と瞼が重たくなった。
完全に寝入るより、このふわふわした微睡みに身を委ねるのが好きだ。
「明日は少し散歩にでも行こうか……どこか行きたいところはあるかな?」
散歩……聞こえてきた言葉を頭の中で何度か繰り返してその問いに答えようと考える。
元々両親やきょうだいの反対を押し切って一人で旅行するくらい活動的だった。
この時期だと……紅葉の時期か、もみじが見たいな、イチョウでもいい。
もみじの赤さやイチョウの木の下に落ちている銀杏の香りに季節を感じて、どんどん寒くなるんだなって、冬は温かくしないとねって土産話にしていたっけか。
御堂さんの問いにちゃんと答えられたかはわからない。
だって寝落ちたもの。
ここが安心するとか、普段の私なら絶対に思わないことに気づかないで。
「あのっ!別にいいんで!散歩するならおひとりでしてください!!」
落とされないとも限らないんで!
私の言葉に御堂さんは喉を鳴らす様に笑うだけだった。
今の私?なぜか御堂さんに抱き上げられていますけど?
いいんですよ、それは、百歩譲っても温泉の時だけで。
なんでこうなったんだ、あれか、深夜に、というかほぼ明け方かな?散歩に行こうって言ってたけどこれか?
この広い屋敷の広い庭で抱き上げられてするとは思わないじゃないですか、てっきり温泉行く時みたいに車椅子に乗せられて行くものだと思ってたんですよ。
というか私、何か口走ったかな?
打ち上げられた魚とまではいかないけれどちょっとじたばたしていたら、急に御堂さんが私を支える腕から力を抜いた。
一瞬だったけど本能的に落ちると思ったので思わず御堂さんの首に腕を回してしがみつく。
「熱烈だな。そう心配しなくても私が君を落とすわけがないだろう」
どうだか!
そう言いたいのを飲み込んで、大人しく御堂さんに腕を回したままにする。
……そういえば、この屋敷に連れてこられてからどのくらい経っただろうか。
持っていたスマートフォンは取り上げられ、与えられた部屋にテレビやラジオ、パソコンはなく、たまに御堂さんが新聞を読んではいるけど私がそれを手にする前にあの護衛の人たちに持っていかれてしまう。
足がこんなんで思うように移動ができないとそういうものの調達はただでさえ難易度が高いのにさらに上がる。
カレンダーも置いてないから頭の中で日付を数えているのが精々だ。
両親やきょうだいたちは、元気だろうか。
元気だと信じて、日々を過ごすしかないのだけど。
さて、御堂さんに抱き上げられたまま、進んだ先は普段使っている部屋からは見えない場所。
広いもんね、まだ知らない場所とかありそう、だって庭なのに池大きいし橋がある、なんかここにも鯉泳いでいるんだけど。
ゆらゆらと鰭をたなびかせている、色合い的に錦鯉だろうか。
私が部屋の金魚鉢で飼っている金魚とは全然違う、あれは榊くんに内緒で金魚すくいやってきてほしいってお願いした金魚だし、小金だし。
「名前、前を」
御堂さんの声に、落としていた視線を上げる。
わあ、と思わず声を溢してしまうくらい、真っ赤に染まる紅葉がそこにはあった。
え、すっごく立派。
「この程度の散歩なら気軽にできるだろう。私がいない時に来たかったら周防や榊を使いなさい」
「……だったら御堂さんとの方が……」
まだいいというか……皆まで言う前に言葉を飲み込んだ。
前者は絶対やだ、あいつ絶対池に落とすもん。
かといって榊くんは榊くんでなぁ……私の独り言とかそのまま御堂さんに聞かれたら言うじゃん、素直すぎてちょっとなぁ……
それか冬馬くん、周防の同期って言ってたけどまだマシ。
そんな私の言葉を御堂さんがどう思ったのかは知らない。
でも、こちらを見る紫の瞳が細められていて、何を思っているのかわからないそれを直視する勇気は私にはなかった。