先にシャワーを浴びさせてもらったのでバスローブに袖を通し、長い髪はタオルで水気を拭っていく。
今は彼がシャワーを浴びているし、何か飲み物でも用意しようかしら。
あると言ってもお酒くらいなのだけど。
少し前まで仕事の一貫で飲んでいたくらいなのだから、私はそれなりにお酒飲めるし、まあまあ好きだと思う。
缶ビールとか缶チューハイとかもいいけれど、せっかくなら洒落たものの方がいいわ。
キッチンに向かい、棚からグラスをふたつ、それから冷蔵庫に入れていたウイスキーを出した。
あ、シンクに使った後のグラスがひとつ置かれている。
彼は私がシャワーを浴びている間に飲んでいたみたい。
アイスペールにロックアイスをいくつか入れて、それぞれをトレーに乗せてリビングの窓際へ足を向ける。
部屋は少し薄暗くすればタワーマンションの中にも少しだけ月明かりが差し込んだ。
ローテーブルにトレーを置いてソファーに腰掛け、自分の分のグラスにロックアイスを入れてウイスキーを注いで口をつける。
少し甘めなのは私の好み。
お店で働いていた頃は辛口を飲んでいたけれど、甘口の方が私はお酒が進むから好きね。
グラスを片手にローテーブルに生けていた花に触れる。
少し前に折れてしまった枝を見つけたから気まぐれで持ち帰ってきたけれど、意外と丁寧に扱えば人の手でも花は咲くのね。
多分、枯れたらそれきりで次の季節に花を咲かせることはないのだろうけど。
「俺を放ってひとりで始めんなよ、薄情だな」
「あら、仕方ないでしょう?羽瀬山さんもひとりで少し飲んでいたみたいだし」
バスローブに身を包んで出てきた彼に声をかければ少しバツの悪そうな顔をする。
そりゃあ私の家でグラスがひとつ使われていればわかるわ。
ふふ、と笑えばそのまま羽瀬山さんは私の隣に腰かけるので、空いているグラスにロックアイスを入れてウイスキーを注いで渡せばそれを受け取った。
甘ェ、と零すので私の好きな銘柄よと言えば納得した様子だ。
ふとローテーブルに置いていたものに気づいた羽瀬山さんがお前もひでぇ女だなと笑う。
「せっかく綺麗に咲いていたのに手折っちまったのか」
「違うわ、折れていたのを見つけたから拾ってあげたのよ」
私が持ち帰ったのは桜の枝。
普段ならそのまま素通りするのだけど、不思議と拾おうと思ったの。
そこまで非情な人間じゃないわよ。
どうだかな、と鼻で笑い、彼はローテーブルに置いていた煙草を手にした。
お店で働いていた時のようにジッポで火をつければ、その時のように私の腰に腕を回す。
「贅沢でしょう?花見酒と月見酒、両方家の中でできるもの」
「いい女と寝た後でな」
私も煙草を口にして煙と息を一緒に吸い込み、同じように吐き出した。
ああ、ウイスキーがあるなら葉巻でも用意すればよかったかしら。
それならチョコレートもあればいいわ、次に彼が来る時まで用意しておきましょう。
会話らしい会話はなく、ただお互い煙草を吸ってお酒を飲んで、ゆったりとした時間に身を委ねる。
……たまに思うの。
何も知らない、ただの女の子だったらなって。
そうすれば、ビジネスライクの付き合いなんかじゃなくて、その先へ進もうと思う勇気はあったのになと。
でも、ただの小娘だったら羽瀬山さんは私のことなんて見もしない。
ああ、変なの。
恋なんて、そんな感情があったらこうして隣にいることすらできないのに。
「……桜もだけど、月も綺麗ね」
「……そうだな」
ほら、そうよね。
少しだけ言い淀んだような気がするけれど、期待なんてしちゃいけないわね。
ああ、もう、彼のお店で働く彼や関わる彼女に影響されているわ。
でも、いいじゃない、私だってひとりの女だもの。
少しだけ、彼に体を預ければ存外優しく腕に力がこもったような、そんな気がした。