珍しく名前が俺の肩に寄りかかった。
いつもは俺が名前の肩を借りているのに、珍しい……というより初めてかもしれない。
いつもとは違う様子に内心首を傾げたが、そっと声をかけるとううんと唸るような返事が返ってくる。
はらり、滑り落ちた髪が名前の真っ赤な項を顕にした。
どうやら酔い潰れている、らしい。
俺より酒に強い名前が本当に珍しい、ああでもいつもより味を楽しむというよりアルコールを煽るような飲み方だったな。
椅子から落ちたら大変だろうに、何か仕事で嫌なことでもあったのかな。
俺の座っている椅子を近づけて名前の腰に腕を回し、俺にしっかりと寄りかからせる。
ちっちゃい。
小柄なのはわかっていたけど、こうして体を寄せると余計にわかるもんだな。
「名前、大丈夫?」
「……んん」
「それはどっち?」
「ぅん……」
だめなやつだこれ。
可愛いって思った俺もだめなやつだ。
寄りかかり方違うだけでまったく違う、いつもよりシャンプーの匂いが近い、腕の中にいるから体の柔らかさが伝わってくる。
……下心、は、正直ある、けど。
どうしようか、送っていきたいのはやまやまだけど、年単位の付き合いなのに俺は名前の家を知らない。
聞き出そうにもこの様子じゃ当てにならなさそう。
……俺の家?それとも、ホテルとか?
何が正解だこれ……!
気が付けば寝息を立て始めた名前にこれはまずいと頭が警鐘を鳴らす。
そんな俺の様子を見ていたマスターが困ったように笑いながら助け舟を出してくれた。
「ビジネスホテルにでも泊まったらいいんじゃないかね、素泊まりでシングル二部屋ならそんなに高くないでしょう」
そ、それだー!
それなら下心伝わらないはず……いや、ないですはい。
さりげなく名前の髪に頬を寄せながら近場のビジネスホテルをスマートフォンで検索する。
ネットで部屋を取るよりは直接電話した方が早いか。
俺はなんとでもなるけど、名前のこと考えるとビジネスホテルでもアメニティが充実してそうなところがいい。
だって、自宅で酔い潰れて寝落ちるのとはまたわけが違う。
髪だったりなんなりと気にしている名前だから、その辺りはフォローしてやらないと可哀想だ。
「……」
「部屋は取れたかい?」
「あー……まあ」
とりあえず条件のいいホテルに電話したけれど、うん、まあ……ね?
正直そんなことある?って感じ。
深く寝入りそうな名前の体を揺らして起こすが、眠たそうに目を細めてぼんやりとした表情をしていた。
かわいい、ほんとに、そんなに無防備な姿見せなくても……
名前の上着を手早く着せてやり、可愛らしいケースのスマートフォンを名前のp鞄に入れて俺の肩にかける。
さすがに好いた女性が相手でも背負ったりお姫様抱っこしたりする体力も筋力もないのよ。
筋力はあっても続く気はしない。
「ごちそうさまでした」
「はい、ありがとうございました」
もにょもにょとおそらく「ごちそうさまでした」と口にした名前の肩を抱いてバーを後にした。
足取りがふらふらだ、小柄な名前を支えるのは苦にならないけれどパンプスで挫かない様に気を付けてあげないと。
バーから近い場所にホテルがあってよかった、本当に。
いつもなら五分もかからない距離を十五分くらいかけて辿り着く。
信号待ちで崩れそうになる名前にはらはらした、俺の心臓止まっちゃうよ。
無事にチェックインもして、フロントでクレンジングや洗顔といったアメニティを受け取り、あと少しだからとおねむな名前に声をかけながらまた時間をかけて部屋までやってきた。
カードキーでロックを解除して、雪崩れ込むかのように足下が縺れる。
少し雑になってしまって彼女には申し訳ないけど、とりあえずそのまま名前の体をベッドに預けた。
ちょっと大変だった、名前くらいならせめて背負えるように鍛える……か?
いや、無理、挫折しそう。
自分の上着をハンガーにかけ、それから名前の着ている上着に手をかける。
……決して、決して下心はありません。
ほら、あの、これは……そう、親切心、親切心だから。
くにゃ、と柔らかく脱力した名前から上着を脱がして同じようにハンガーにかけ、それから大きく息を吐いてベッドに腰かけた。
一晩、同じベッドかあ……
空いているのはダブルベッドだけなんだってさ、なんて拷問?
もう少しスマートにシングル二部屋取って名前を寝かせたら自分の部屋で休んでいるはずだったのにな。
すうすう穏やかな寝息を立てている名前を見下ろして、アルコールで紅潮した頬に触れる。
「ちべたい……」
「……うん、名前が熱いからね」
名前の方が体温は低かったと思ったんだけどね。
寝言かな、瞼は上がらないからそうだと思う。
まさかさ、こんな形にはなってしまったけど無防備な、穏やかな寝顔を見られるとは思わなかった。
据え膳食わぬは、なんて言葉があるけど本当に好きで大切な人が相手なら据え膳のままでいい。
目先の欲に流されて事に及ぶなんて、彼女の信頼全部ぐちゃぐちゃにして捨てることと比べたら選ぶわけない。
いやね?俺も男ですよ?可愛い名前が目の前にいたらそりゃあ食べちゃいたいですよ?
……名前が、俺を好きでいるんなら、したかもしれないけどさ。
誰に言われたかわからない、俺が確かめたわけでもない、でも、誰かに恋をしているような人を手籠めにするなんて度胸、俺にはないから。
「……明日、名前より早く起きるなら隣で寝てもいいかな?」
身を寄せることはしない、変に触れたりももうしない、ただいつもより近い距離で見つめていられればそれでいい。
それだけ、それだけでいいから。
それだけは、ゆるされるよな。
返事はない、誰かが許可を出すわけでもない。
少しだけ、訪れたらいいなと思う未来に想いを寄せて、彼女と眠れるのならそれは極上の贅沢だ。