私もあの飲み方はないなと反省している。
久しぶりに仕事で胸糞案件があって、でも仕事だからって割り切ってはいたけれど。
でもやっぱり思うことはたくさんあって。
吏来とのサシ飲みだから抑えなきゃって思ってはいた、でも今回は無理だった。
その結果?酔い潰れて吏来に寄りかかったところまでしか覚えていませんね。
そしたら?なぜかホテルの一室で寝てましたけど?
「おはよう、気分はどう?」
吏来がいる。
なぜか知らないけど、吏来がいる。
ああ、最悪なやつだこれ。
記憶なくなるくらい飲むなんて、そんなお酒を覚えたばかりの大学生じゃないんだから。
一夜の過ちがあったわけじゃない、けど。
メイクそのままで、お風呂も入らず寝落ちして、昨日の服のままの寝起きを見られる?
え?無理。
にこやかな吏来から視線を逸らし、現実から逃げるようにかけられてた毛布に包まった。
「あれ?名前?」
困ったような戸惑ったような吏来の声。
ごめん、とても自己嫌悪。
だって今、一番かわいくない自分を吏来に見られている。
ただメイクもしていないすっぴんとはまた違うもの、せめて百歩譲ってすっぴんならまだよかった。
メイクそのままで寝落ちとか、肌は荒れてるし、起きていた時は綺麗に仕上がっていた顔もぐちゃぐちゃだし、泣きたくなってくる。
大きく深呼吸をひとつ。
それからゆっくりと毛布の隙間から吏来を覗き見た。
見るに堪えない顔でごめんの気持ちが大きい。
「……ごめん、顔、酷いと思うからシャワーしてもいい?」
「……ん、いいよ。これフロントでもらったからよかったら使って」
吏来に差し出されたのはクレンジングや洗顔といったアメニティのセット。
ありがと、と呟いて受け取ると吏来は腰かけていた椅子から立ち上がる。
手には財布とスマートフォン、それから煙草にライター。
「俺は少し一服してくるから名前はゆっくりシャワーしておいで」
「ん……」
「朝ご飯どうする?いつも何食べてるの?」
「パン……」
「じゃあ近くでモーニングをテイクアウトしてくる。大丈夫だよそのまま帰ったりしないしさ」
二枚あるらしいカードキーの内一枚を手に、吏来は部屋を出て行った。
……大丈夫、かな。
急いでベッドから飛び降りて、自分の鞄を手にバスルームに駆け込む。
ほんっとやってしまった、なんて情けないんだろう。
吏来はあれだよね、私の家知らないから困ってホテルとってくれたんだろうな。
ダブルしか空いてなかったのかも、じゃなきゃ私と同じ部屋でただ寝るだけとはいえ一晩過ごすわけないし。
もしかして、床で寝るかあの椅子で寝ていたのかな。
すっっっっっっごく申し訳ない……!
罪悪感で押し潰されながら半泣きでシャワーを終え、ドライヤーで髪を乾かして吏来からもらったアメニティの化粧水や乳液で肌を整えた。
鞄の中からはメイクポーチを取り出して、手早くなるべく吏来に会う時のメイクをする。
全部揃っているわけじゃないけど、まあ、雰囲気は近いでしょう。
さすがにアイシャドウは持ち歩き用にしているスティックタイプしかないし、リップカラーとチークは兼用だし、ハイライトとシェーディングなんてないし。
それでも、なるべく好きな人の前では可愛くいたいものじゃない。
服は替えがないけど、ホテルに備え付けの消臭スプレーを吹きかけて愛用しているフレグランスを少し忍ばせれば……うん、まあ、いい、かな?
ああ……本当にいろんな意味で心が痛い……
吏来のことだから椅子で寝ている可能性がある、ダブルベッドとはいえ、私が相手とはいえ、女性と同衾なんてしないじゃん。
泣きたい……でもだめだ、泣いたらせっかく可愛く見えるようにしたメイクが台無しになる。
そうだ、メイクをキープするミストやパウダーも持ってない、本当にお直しのメイクポーチでむしろここまでできるの褒めてほしい、今度同僚に褒めてもらおう。
はあ……と大きく息を吐くと、外でオートロックの外れる音がした。
「ただいまー。お、準備早いね」
「おかえり、ありがとう」
「どういたしまして。チェックアウトまでまだ時間もあるからゆっくりして平気だよ」
これ、そこのカフェでテイクアウトしたサンドイッチね。
そう言って小さめのテーブルに紙袋の中身を出していく。
個包装されたサンドイッチがふたり分、それからコーヒー、あと途中の自販機かコンビニで買ったのかミネラルウォーターのペットボトルも。
気遣いすっご……なおのこと申し訳ない……
私は椅子で、吏来はベッドに腰かけて、それぞれ手を伸ばして朝食にする。
シュガーとミルクを入れて少しまろやかになったコーヒーを口にすると、ちょっとだけ落ち着いた気がした。
「……何があったのか俺はわからないけど」
「?」
「ああいう飲み方は、やめておきなよ」
あー……絶対これなんか私やらかしたやつでは……?
思ったよりも低い声のトーンに小さく「ごめん……」とだけ返す。
次に口にしたサンドイッチの味は、なんだか緊張してわからなかった。