祝福の後で

六月は繁忙期だ。
ほぼ毎日のように式の予定が入っていて、うちはプロデュース会社だから式場なんて日替わりだ。
都内の移動できる範囲、私は免許は持っているけど生憎と車は持ってない、というか都内を移動するなら電車やバスといった公共交通機関の方が充実している。
あとあれ、駐車場代が高い、うちのアパートは家賃と駐車場代は別なので節約もあってマイカーはない、運転は好きな方だからいつかは、なんてざっくりとした未来予想図を描くだけだ。
ああ、脱線した。
そう、繁忙期真っ最中なのである。
ジューンブライド、六月の花嫁。
海外では六月というのはとても綺麗な季節なんだそうだ。
日本は梅雨入りして雨の多い時期で、それが綺麗といっていいのかは個人の感性だろう。
なのでこの時期の式は室内の会場がとっても人気だ。
チャペルに披露宴会場、そりゃあ、外で写真だけでも撮れたらいいんだろうけど、それはお天道様の気分次第。
とまあ今日も懇意にしている会場で三日後に行う式についての打ち合わせに来た。
どうやら今日は別のところがブライダルをテーマにしたカフェをやっているんだって、キャストもそれらしい衣装でやっているらしい、すごい豪華なカフェ。
企画している人が丁寧なんだろうな。
会場の担当者と机の上で最終確認を行い、当日ミスのないように何度もシミュレーションをする。
打ち合わせが終わる頃にはすっかり暗くなっていた。
ああ、月が綺麗。
外に出て大きく息を吐く。
ジューンブライド、か。
この仕事に就いてそれなりに時間が経ったけど、どの男女もすごく幸せそうな顔で、参列する人たちも幸せそうだ。
……稀に、本当に稀に、ただ幸せってわけではない人たちもいるけど。

「……名前?」

明日は休みだから飼っているレオパとウーパールーパーのゲージと水槽を綺麗にしないと、なんてぼんやりと考えていた時だ。
聞き慣れた落ち着いた声、でも身にまとっている衣装や髪型はいつもとかけ離れていて、そう、まるで新郎のような。
手にしているブーケが鮮やかだ。
まさか吏来がいるとは思わなくて、思わず首を傾げてしまった。
吏来だけじゃなくて、弥代さんや城瀬くんたちも一緒……ということはAporiaの仕事かな……あ、もしかしてブライダルをテーマにしたカフェやっていたのか。
疲れた頭の割には状況の把握と推測ができた、意外といけるなあ。
吏来はなんとも言えない表情をすると、弥代さんたちに何か言ってその面々から離れると私のところにやや駆け足でやってくる。
いいの?弥代さんたち帰っちゃうみたいだけど。

「あ、あー……奇遇だな」

「そうだね」

「名前はなんでここに?」

「三日後にここで仕事あるからその打ち合わせに。吏来は……」

「ちがう、違います、誤解です」

私の言葉を遮る様に吏来が捲し立てるように言葉を被せた。
いや、Aporiaの仕事?って聞こうと思っただけなんだけど……
俺は結婚式挙げてない、まだ予定ない、から……!
なんか必死だなぁ……
だめだ、打ち合わせに熱が入っていた分頭がちゃんと回らない。

「……ちゃんと花嫁さん幸せにしないとだめだよ」

いいなぁ、吏来と結ばれる人は。
……私も、吏来がよかったなぁ。
私の言葉に、吏来はなんだか絶望したかのような顔をして、吏来の後ろでこっちのやりとりを見ていた弥代さんや城瀬くんたちがあちゃーと頭を抱えていた。

 

ちがう、ちがう。
なんだか疲れた様子の名前に何度そう言っても彼女はうわの空だ。
そうだよね、お疲れだものね。
誰かの人生を祝福してその門出を祝う、そんな場を作り上げる立場はけっこう気疲れするのだろう。
でも待って、俺本当に結婚してないから。
これはあくまで今日のイベントの衣装であって、そんな予定も今はない。
……名前とできたら、とは思うけど、今の名前には馬耳東風。
嘘だろその誤解はやめてほしい、本当に。
信じてくれないけど、俺はずっと名前一筋なんだから。

「名前、急ぎじゃなければ家まで送るから、一緒に帰らない?」

「え?なんで?」

なんでってなんで!?
ここで断られることってある!?
すごく泣きたくなるんですけど。
どうしよう、考える間もなく彼女は「私こっちだから、吏来たちも気をつけてね」と歩みを再開する。
ああもう後でなんとでも言われてもいい、いいから。
彼女の二の腕を掴んで引き止めると、名前はきょとんと目を丸くした。
うわ、ほっそ、ちっちゃ。

「送る、送らせて、お願い」

その前にAporiaに寄って衣装を脱がないといけないんだけど。
こんな変な誤解をさせたまま返したら後悔する、俺も、多分名前も。
見事に仕事モードからオフモードになりつつある名前をあれやこれやと一緒にAporiaまで連れていき、急いで衣装を脱いでなるべく待たせずAporiaを後にした。
名前はとても怪訝そう顔をしている。
そりゃ、自覚ないもんな。
仕事柄他人の好意には気づきそうなものだけど、むしろ仕事柄気づきにくいのか。

「どこか寄る用事ある?コンビニとか」

「ううん、そのまま直帰だから何もないよ」

「車酔いはないんだっけ」

「荒い運転じゃなければ」

「俺運転上手いよ?寝てもいいからね」

助手席に乗った名前に持っていたブーケを渡せば首を傾げた。
鮮やかなブーケ、名前はもっと豪勢なものに見慣れているかもしれないし、名前のためにもらったわけではないけど。

「綺麗だね」

「だよな。名前は作ったりするの?」

「花嫁さんの希望を聞いて花屋さんに依頼するだけかな」

「……こういうの、好き?」

エンジンをかけてナビに名前の家の住所を入力する。
少し前に送ったことあるから道はある程度覚えているけど、迷子になるなんてかっこ悪いところは見せたくない。
ブーケのリボンを触りながら花に夢中になる名前は、一度動きを止めると少しだけ目元を緩めた。
ああ、その顔、好きかも。

「好きだよ、華やかで、ふたりの門出を鮮やかにしてくれるから」

もしも、もしも、俺が君とそんな華やかな門出を祝福されたら。
……それは、幸せなんだろうな。
やっぱり好きだな……と呟いた言葉は残念ながら名前には届かなかった。

2025年6月10日