念願のデートに行ったら殺人事件に巻き込まれたし名探偵と出会ったんだが?

「ピンガ!?てめー生きてたのか!?」

「あーうるせーうるせー、その名前出すなよ殺すぞ」

「じゃあ、一緒にいるあの人って……!」

「あれは違う、旦那」

「なんて?」

「旦那。俺が嫁」

「なんて!?」

訳がわからねーよ!と頭を抱える江戸川コナン……工藤新一の姿に思わず鼻で笑う。
羽田空港に到着してカフェに入ったらこれだ、殺人事件。
女が嫌そうに顔を歪めて「いつから東京はこんな犯罪都市になった?」と呟いた。
ちょっと気分悪いからトイレ行ってくる、と鞄を俺に預け、女刑事とよろよろトイレに向かった女を見送れば、居合わせたという探偵と駆けつけた刑事が事件の捜査をしているところから抜けてきたガキが俺に声をかけ、冒頭に戻る。
コーンロウは解いて緩くひとつに結んだ上に女と揃いのキャップ、それから同じく揃いの色のついたサングラス。
それでもわかる人間にはわかるらしい、メイクも多少してはいるがグレースの時程レディースメイクじゃねえんだけどな。

「なんでお前がここにいるんだよ……」

「旦那が俺のご機嫌取りに旦那の地元に行く予定だったんだよ、別に普通だろ」

「それだけの言葉に秘められている情報量……!!」

「あ、それと組織は関係ねえからな、俺危うく殺されるところだったし」

俺の言葉にガキが言葉を詰まらせる。
いつから組織を追ってんのかは知らねえが、少なくとも知ってはいるだろ、組織がどういうモンなのか。
考えていなかったわけじゃない。
けれどわかるだろ、戻れる場所なんてないんだと。
そこにいたからなんて理由で俺をあの爆発から助けたあの女は何も聞かないで置いてくれた。
今の俺の戻る場所、帰る場所はあの女のところ。
それだけだ。

「あの人、パシフィック・ブイの職員じゃなかったか?」

「血の気の多いサポートスタッフだったな。……おい、お前が言うなみてーな顔してんじゃねえよ」

あいつの方が血の気多いからな。
しばらくすると女がトイレから戻ってきた。
顔色悪ィな、無理もねえか。
確かに血の気は多いが感性至って普通だ、多分。
女の鞄から水のペットボトルを取り出し、差し出せば女はそれを煽るように口にする。
吐いたんかな。
大丈夫かよ、と声をかければ弱々しく首を横に振った。

「全部吐いた」

「マジか、座る?」

「そうする」

近くの椅子に女を座らせてその背を摩ってやれば、ガキは信じられねえものを見たような顔をする。
なんだよ、俺だって旦那にゃ優しいぜ?
あーあ、さっさと片付いてくれねえかな、女が顔色悪ィってのにいつまでもここにいたくはねーし、女とコスメ買いに行く予定が潰れちまうだろうが。
早く解決して解放してくれよとガキの背中を押した。
俺の邪魔ばかりしたクソガキではあるが、その分析力と推理力は知ってんだ。
しばらく店の中での捜査やら探偵の推理ショーやら見ていれば、顔色がマシになった女が半分程減ったペットボトルを俺に渡す。
推理ショーとやらを横目に女はいや人死んだらまずは現場なんとかしろよだのただ巻き込まれた人間のケアもできねーのかよだの、文句が出るわ出るわ。
犯人と思われる人間に対して、付き合ってたんなら別れろや阿呆かなんて暴言も出た。
なんでも被害者は女、犯人はその彼氏だってよ。
彼女が知らねー男に声かけていたから嫉妬して彼女を殺した、らしい。
そういえばこの死んだ女に声かけられていたわ、眼中にねーから相手しなかったけど。
彼女がデートだってのにいろんな男に声をかけるのが我慢ならなかったと。
へー、別れりゃいいのに。
そんなことより探偵の後ろでコソコソしているガキが気になる。
なるほど、ああやって探偵を眠らせて声変えて演じると……よく思いつくな。
事件も解決しただろう、と思っていたら犯人の男が刑事たちを振り切ってこちらへ走ってきた。
あ、こっちが出口だったか。
どうすっかな、女の前で誰かに手荒な真似はしたことねえんだけどな。
動こうとすると、女が俺を制すように手を伸ばす。
それから犯人が女の横を通り過ぎそうになった時、女が椅子に座ったまま思い切り足を振り抜いた。
パァン!と女が犯人の足を蹴った音、一瞬宙に浮く男、ドアに向けて伸ばした手が空を切る。

「あ、ごめーん。短い足が滑っちまったわー」

相変わらず俺のダーリンがかっこいい……
べしゃりと無様に倒れた男の背を見下ろすこともないまま、女はそう口にした。
その直後、刑事によって男は確保される。
な!?俺の旦那かっこいいだろ!?
目で工藤新一に言ったらなんとも言えない顔をされた。

 

見覚えのある顔だなって思ったらパシフィック・ブイに来ていた子どもだったわ。
カフェでの事件が解決して、無事に解放されたんだけど子どもは私の足下をちょろちょろと動き回って「お兄さんとどんな関係なの?お兄さんが嫁ってなに?お姉さんが旦那ってなに?僕気になる!」と忙しない。
男は男でマジ好き……と私にべったりしているんだけどなんで?
思ったよりも拘束時間長かったから私の地元に行くのはキャンセルだ、だって今から行ったら確実に帰りの飛行機乗れないもん。
まあ、空港内でもコスメは見れるからいっか。

「なんのコスメ見んの?私プチプラしかあんまり詳しくないんだけど」

「これ」

そう言われてスマートフォンの画面を見せられる。
わっかんない。
だってプチプラの方がお値段以上だし……
しかもこいつ子どものことは総スルーだわ、すげーな、めげない子どももすげーけど。
男は後ろから私を抱え込むように腕を回し、これとこれとこれ気になるからその店に行きたい、とスマートフォンをスクロールしていた。

「ねえ!お兄さんとお姉さんの関係ってなに!?」

「うるせーガキだな、どう見てもイチャイチャラブラブの旦那と嫁だろうが」

「お前の口からじゃ信じられるか!」

……仲良いな?
ぎゃあぎゃあと私を挟んで言い合う男と子どもの姿にはあ、と溜め息をひとつ。
男のスマートフォンをそのまま操作して、あーこの色好きだなーなんて値段は見ないフリで見ていれば、子どもが私の袖を引いた。
さっきまでの無邪気さはどこへやら、警戒と心配が混ざったような顔をしている。
ちらりとこの子どもの保護者らしい探偵と女子高生らしい子を見れば刑事さんとお話し中だ。

「……君、こいつのこと知ってるの?」

「うん、全部知ってるよ」

「おい……!」

「じゃあ言うわ。あそこで私はパシフィック・ブイに魚雷が当たった直後に海に潜ってた、パシフィック・ブイが修復可能か、サーバーだけでも無事かどうかの確認で。無理だと判断して浮上しようと思った時にこの男がただそこにいただけで危ないから回収して、今じゃ私のハニーになってる、それでいい?」

「……なんでハニー?」

「……成り行き?」

宇宙を背負ったような顔をした子どもにそう言えば、よくわかんねー……と頭を抱え始めた。
男は成り行きじゃねえし!とプンスコ怒り始める。
だって成り行きみたいなモンじゃん。

「……お姉さん、お酒の人?」

「なんだそれ。私は今でもパシフィック・ブイの職員だよ、元パシフィック・ブイだったところの解体作業を請け負っているね」

「脅されたりしてない?だって、こいつは」

「知ってるよ、君程事情に詳しくはないけど。でも脅されてないし、私の意思で一緒にいる。……それで納得はいかなくても理解はする?えーっと……何くん?」

「江戸川コナン、探偵さ」

「そりゃ大層な肩書きなことで」

まあ、直美が拉致られた時にこの子が核心をつくような発言していたからそこまで子ども扱いする気はない。
子ども……江戸川コナンくんは悩む素振りを見せると、スマートフォンを取り出した。
連絡先交換しよ、と言われたので特に断る理由もなくトークアプリの連絡先をコナンくんと交換する。
男はマジかよ……と嫌そうな顔をした。
私の連絡先を確認すると、コナンくんはおめーも交換しろよと遠慮なく男に言う。
ウケる、小学生におめーなんて言われてやんの。

「なんで俺がお前と連絡先交換しなきゃなんねえんだよ」

「うるせーな、取引だ。お前が生きていることは誰にも言わねえから、その、少し力を貸してもらってもいいだろ?」

「内容によるな」

「……ハッキングとか、お前なら余裕じゃねえのか?」

私の前でその話する必要ある?
男は考えるような素振りをすると、それじゃ足りねえなと口にして私の体に回していた腕に力を入れた。

「こいつの安全が、いや、こいつには余程のことがねえ限り関わらねえならしてやってもいいぜ?」

「その人が、組織の人間じゃないって保証は?」

「こいつはパシフィック・ブイの問題児。メインエンジニアだろうが自分より年上だろうが上司だろうが煽るわ噛み付くわ蹴り入れるわ、可愛い女にデート誘われても即答で無理っつーわ埋め合わせもしねーわ、そんな人間があいつに殺されないでいられると思うか?なんならレオンハルトが殺された時に自殺じゃないならってなったら真っ先に容疑者で名前上がるような見た目大和撫子詐欺の狂犬じみた女だぞ?」

まあそういうところが好きなんだけどな!と悪口なんだか惚気なんだかわからんことを言う男が「なー、ダーリン」とめちゃくちゃ甘ったるく言う。
つーかレオンハルトの件で容疑者に真っ先に名前が上がるのはとても遺憾の意。
コナンくんもあー……となんか納得しているし。
結局男とコナンくんは連絡先を交換した。
しかも報酬はああだのこうだのって交渉もしている。
ただじゃ使われる気がないのはいいことだ、足下見られるのはこの男のプライドも許さないだろうしさ。

「お姉さん、こいつに脅されたらすぐ僕に連絡してね。捕まえに行くから」

「脅してねーし脅さねーよ。お前こそこいつと俺のこと他言すんじゃねえぞ」

「ああうん、ないと思うけどね」

探偵と女の子に呼ばれたコナンくんがじゃあね!と手を振って走っていくのを軽く手を振って見送った。
なんつーか、まあ、面倒事に巻き込まれてんだろうな、あの子もこいつも。
しばらくそこで男が離れてくれないので立ち尽くしていると、男が私の肩に顔を埋める。
何思ってんのか知らないし、知るつもりもない。
そのままぽんぽんと頭を撫でて、顔を上げた男はまるで捨て犬みたいな顔をしていた。
別に今さらこいつがどんな人間かはどうでもいいんだよ。
私だってこいつのこと嫁みたいなモンだって自覚しているし、手放すには遅過ぎた。
何やらかしたのかなんて、全部は知らない、察してはいる。
そりゃ自分が脅かされていればどうぞ好きに連れてってやってって言うわ。
言わないだけで察してほしい、他人の気持ちに気づいたり、気の利いたことを言うのは苦手だから。

「ほら、揃いのコスメ買いに行くんでしょ。どこだっけ?」

恋人なんて甘ったるいモンじゃないし、長年連れ添ったわけじゃない。
でも、多分そんな言葉にはできない関係なんだとは思うよ。
それにほら、私の言葉で目を輝かせた男が可愛いななんて思うくらいには絆されてるもん。


元サポートスタッフの女の子
地元に行こうと思って飛行機で羽田に来たら殺人事件に巻き込まれた。
感性はめちゃくちゃまともなので気分悪くなった人。
でも逃げていく犯人が横を通り過ぎるなら別、すみませんね、短い足が滑っちまって。
相変わらずピンガの名前は知らないまま、別に知らなくて困ることはないし。
きっとスマホには「嫁」って登録されてる。
男を手放すには遅過ぎた、何かに巻き込まれるんなら正直今さらではある。

ピンガ
旦那の地元に行くはずが殺人事件に巻き込まれた、マジかよ。
逃げようとする犯人どうすっかなって身構えたら旦那に止められたし旦那が犯人すっ転ばせたのを見て「俺のダーリンすげーだろ!?」とコナンくんに目で自慢した人。
コナンくんといろんなお話したけど旦那を巻き込むつもりはない、でも巻き込まれても手放す気はないんだろうなって確信している。
もちろん申し訳なさとかはあるけど、何もなかったように声をかける旦那に惚れた、いやもう結婚してたわ。

江戸川コナン
まさかピンガが生きているとは思わなかったし、一緒にいる彼女ももしかして組織の……?って一瞬疑ったけどピンガの言葉や彼女の態度にねーな、と納得した。
コナンくんだけの協力者としてピンガの連絡先はゲット。
お互い組織に存在バラされたらやばいのはわかっているので他言無用。
連絡取る度にどっちからもそれぞれの惚気が返ってくるから胸焼けしそうな唯一の人。
なんでピンガがハニー……?
最早スペースコナン……

2023年8月5日