これは夢だ、夢に決まっている。
だって、このH歴は警官でさえ銃を持たないでヒプノシスマイクを支給されているから。
だって、本気になった彼に敵うわけないから。
これは夢、悪い夢。
夢の、はずなんだ。
使い慣れていた支給品の銃を持って、天谷奴さんを取り押さえるように跨って、銃口を額に押し付けているなんて。
夢だ、夢なんだこれは。
なのになんで銃の冷たい感覚が伝わってくるんだろう、重たさが伝わってくるんだろう。
やめて、やめて。
震えているのに、撃鉄に、引き金に、慣れている動きで指がかかる。
この先がどうなるかなんてわかりきっている、わかりきっているはずなのに、嫌なのになんで手が止まらないの?
嫌だ、嫌だ!
自分の息が荒くなるのも、心臓の鼓動が早くなるのも、頬を伝う涙の冷たさも、全部鮮明で。
きっと滑稽だったと思う。
お願いだからやめて、動かないで。
はくはくと口を動かしても、喉を震わそうとしても何故か私の声は出ない。
──射撃は得意、それが自分の誇れるものだったから。
こんな至近距離、得意じゃなくても的の彼を撃ち抜けるじゃないか。
私を見上げていた天谷奴さんが小さく息を吐く。
だらんと脱力していた手が私の頬に触れ、ちょっと乱暴に親指が私の目元を拭った。
「名前」
夢だ、これは夢だ。
早く覚めて。
夢の中で優しく名前を呼ばないで、現実で呼んで。
嫌だ、引きたくない。
私の意思に反して体が動く。
慣れた重さ、慣れた冷たさ。
引き切るまでが凄くスローモーションで。
聞き慣れた弾けるような銃声が聞こえて、私の意識は暗転した。
「ひっ……!」
目が覚めて飛び起きた。
心臓の鼓動が早い、血の気が引いている。
寒いからと暖かくして眠ったはずなのに、全身びっしょり汗をかいて冷たい。
……夢だ、悪い夢。
荒い息を整えながらカタカタと震える手を握りしめる。
部屋を見ると、まだ明け方らしくカーテンの隙間から入る光は少し青っぽい。
外は鳥の声は聞こえないけど新聞配達らしいバイクのエンジン音が遠くに聞こえるくらい。
部屋の中で聞こえるのは時計の音、自分の呼吸、それから、隣で眠ってる天谷奴さんの寝息。
恐る恐る手を伸ばして天谷奴さんに触れる。
……あったかい、生きてる……よかった。
ほっとしてそのまま天谷奴さんに縋るように体をくっつけた。
心臓の音だって聞こえる、よかった、夢で。
落ち着いた息をふう、と吐く。
すると急に抱きしめられた。
ぽんぽんと背中をあやす様に叩かれ、隙間がないようにと言わんばかりに強く身を寄せられる。
言葉はない。
けれど、手つきが優しくて、あったかくて。
絡められた足もちょっと冷たいけれど私の知っている彼で。
──生きてる。
ぽろぽろと自然と涙が零れた。
引き攣った声を殺すように彼の胸に顔を埋めれば腕の力が強くなる。
悪い夢、悪い夢を見ただけ。
それが正夢になりませんように。
そんな日なんて来ませんように。
忘れようと、彼の温かさに身を委ねて目を閉じた。