詐欺師とある日の朝

なああう。
猫にしては可愛くない鳴き声に目を開ける。
同時にふみふみと体を踏みつけられる感覚に段々と意識が浮上した。
体を起こせば、ずしりと私の腹の上を陣取る大きな黒猫と目が合う。
おかしいな、寝室のドアは閉めているのに。
まだ眠気の残る頭でそう考えてドアへ視線を向ければ猫一匹が通れる隙間と、その隙間から先住猫である白猫がどこか申し訳なさそうな表情でこっちを見ていた。
ああ、この子が開けたのか。
白猫より体格もいいし、その体格に反して運動能力もある黒猫はゴロゴロと喉を鳴らして撫でろと言わんばかりに私に頭を押しつける。
枕元に置きっぱなしになっていたスマートフォンを見れば、もうすぐいつも起きている時間だ。
どうしようかな、ちらりと隣に視線を落とした。
昨日の夜遅くに珍しく疲れ切った顔でうちに来た天谷奴さん。
眠っているけど目元には薄らと隈がある。

「……起こしたら可哀想だし、朝ご飯の準備でもしようか」

黒猫を抱え、ベッドから下りた。
少し捲れてしまった毛布を天谷奴さんにかけ直してリビングへ。
しっかりと寝室のドアは閉める。
黒猫を床に下ろせば、白猫がおずおずと私の足下に擦り寄ってきた。
そのまま抱っこしてやれば、まるで抱きつくかのように前足を私の肩に回す。
小さい子どもみたい。
白猫の好きにさせながら台所に入り、冷蔵庫を開けた。
昨日の夜ご飯にも出した煮物や、カットフルーツにヨーグルト。
冷蔵庫を閉めて、棚からは食パンやインスタントコーヒーを取り出す。
簡単にだけどね。
さすがにテーブルにセッティングするには白猫を抱っこしたままだと難しいので、一度リビングのソファーに下ろした。
満足そうにしていたからよしとする。
それからしばらく。
飼い猫たちのご飯も同時進行で用意し、意外と仲良くご飯を食べる白と黒の背中を眺めながら食パンをオーブントースターに入れた。
焼き上がるまでの時間、ヤカンを火にかけながら朝の一服。
換気扇は強、少し音がうるさい。
そろそろ換気扇も掃除しないといけないな、なんて考えながらフィルター越しに大きく息を吸い込む。
ガチャ、と寝室のドアが開いた。

「あ、おはよう」

「……おう」

癖っ毛に寝癖がついて凄いことになっている天谷奴さんが寝室から出てきた。
ぽりぽりと、スウェットに手を突っ込んで腹を掻く姿に思わず笑い、先に洗面所で顔を洗うように促す。
短くなった煙草を灰皿に押しつけ、食器棚からマグカップを二つ取り出した。
インスタントだけど、朝にコーヒー飲むと少しは目も覚めるよね。
焼き上がったトーストとコーヒーを用意して、テーブルにそれぞれの場所に置いた頃、のそのそと洗面所から天谷奴さんが戻ってきた。

「寝れた?」

「まあな……あ?今日は休みか?」

「うん、この前休日出勤になったからその分ね」

天谷奴さんがテーブルにつくのと同じタイミングで私も向かい側に座る。
いただきます、と手を合わせてからコーヒーを口につけた。

「私今日は買い出しに行くけど天谷奴さんどうする?寝てる?」

「買い出し……」

「車で行こうと思っているけど」

「行く」

もさもさとジャムを塗ったトーストを口に運びながら天谷奴さんはそう言う。
眠そうだから寝ててもいいのに。
そう言っても、拙く「行く」の一点張りだ。
さてはこの人まだ半分以上寝ているな。
買い出しって言ったって、日用品や食料品、猫たちのものだけど。
煮物を食べながらどんな順番で買っていこうか考えていると、ふと白猫が天谷奴さんの膝の上に乗った。
ひょこ、とテーブルに顔を出してきょろきょろと見渡す。
黒猫の方に視線を向ければ、ソファーの上で毛繕いをしていた。
トーストを食べながら、天谷奴さんは白猫の背を撫でる。
……朝は天谷奴さんのところにも行くんだよなぁ、我が飼い猫ながらどんなタイミングで天谷奴さんに構われの行くのかわからない。

「昼、外で食うか」

「いいね、どこ行く?」

「あー……なんて言ったか、最近できた──」

どこの家にでもあるような風景だなあ。
少し無防備なところがこうも見られるなんて、毎回うちで朝を迎える度にそう思う。
天谷奴さんが口に出した店の名前にじゃあそこにしようよと答えながら、トーストにジャムを塗った。
これはお互いの立場をまったく気にしない、お互い無防備な朝だ。

2023年7月25日