入館して真っ先に売店に寄ろうとした名前に思わずストップをかけた。
なんでそこなんだお前は!
しかもなんでそのでっかいぬいぐるみを選んだ!?
キョトンとする名前はちゃっかり手早く会計を終わらせている。
脇に抱えるどころかガキでも抱っこしているのかと言わんばかりの姿。
「持って回るとか言わねえよな」
「え? 持って回るけど」
当たり前じゃん、とあっけらかんと言う名前に思わず天を仰いだ。
その、くっそでかいアザラシを、連れていく?
飼育ノートだって、と満足そうにぬいぐるみを抱きかかえる名前になにかを言おうとしてやめる。
……まあ、こいつが満足にしてんならいいか。
名前の歩みに合わせ、気を取り直して館内へ進む。
もちもちとした手触りが気に入ったのか、アザラシの前鰭を触りながら名前はきょろきょろと展示物を忙しなく見回した。
何度か来ているらしいが、頻繁に来れるわけではないのか常に物珍しそうにしている。
俺も、こういうところへ来るのはいつ振りか……懐かしい気持ちにもなるな。
この水族館は最上階に上がってからゆっくりと下っていく観賞スタイルだ。
ひとつの水槽がその場で観終わるのではなく、深さがあるからまた違った面を観ることができる。
ゆっくりと進みつつ、たまに足を止めて水槽を眺めた。
「ヨコハマにいた時も向こうの水族館によく行ったんだよね。年パス買っていろんな時期のいろんな時間帯で入り浸ってたなあ」
懐かしそうに言いながら名前は水槽を見上げている。
名前が一番長く足を止めているのは一番大きな水槽、悠々と泳ぐジンベエザメが展示されている水槽だ。
「あっちの水槽にもジンベエザメがいたんだけどね、水槽が小さかったのかすぐ死んじゃってさ」
少し寂しそうな表情。
細められた青みがかっている瞳がゆっくりとジンベエザメを追いかけている。
「好きなものがいなくなるのは、なんか悲しいね」
そう言ってこっちを見た名前は、しっかりと俺を映していて。
まるで俺にいなくなるのかと訴えているような。
「……そうだな」
そんな日がいつ来るのかはわからねえからな。
それからまた歩みを進め、時間をかけて館内から出た。
……それにしてもアザラシ抱えている女がいるからか、やけに視線が痛かったな……
邪魔そうにすることなく、むしろ嬉々としているもんだから、らしいっちゃらしいが。
「それ、帰ったら猫たちの餌食になるんじゃねえのか?」
「う……寝室に……ベッドに置く」
「おいおい、俺の寝るスペースがなくなるだろ」
「うう……じゃあ、ソファーに……」
多分猫たちの寝床になるだろうな。
その予想は当たっていて、後日名前の家にいったらでかいアザラシは猫たちにもみくちゃにされ、項垂れる名前の姿があった。