食われる、と他人事のように思った。
吸血鬼ってのはこの現代に存在するんだなって感心した覚えも、その数が少数ってところにだよなって納得したことも。
でもまさか、近くの人がそうだとは思わないじゃん。
やけにレバーやほうれん草食べるし、時には鉄分補給のサプリメントを飲んでいることもあったけれど、貧血になりやすい体質なのかなって漠然と思っただけだったし。
いつも灰色と緑のオッドアイが灰色と赤になっている。
心做しか耳は少し尖っていて、唇から覗く犬歯はもはや歯じゃなくて牙だ。
「いっ……!」
音で表すならがぶり、といったところか。
実際はそんな可愛いもんじゃない。
鋭い牙が首筋の薄い皮膚を突き破り、じわじわと痛みが襲ってくる。
変に熱くなるところへぬるりと湿ったものが這うと、そのままじゅるじゅると啜られた。
何を啜られているのか私だってわかる。
思ったよりも痛い、血を吸われる感覚ってこんな感じか。
頭が冷静だからか、このまま続けさせたらやばいのは理解できた。
血の気が引く、揶揄じゃなくて割りと本気で。
「ちょっ……天谷奴さんっ」
押し倒されている体勢から抜け出そうと天谷奴さんの胸を押す。
けれどだんだん力は入らなくなっていくし、目眩だってするし、なんなら一纏めに両手を掴まれた。
いやいやいやいや、やばい、本当に冗談抜きで、失血で死にかねない。
どのくらいこうなっているのかわからない、時間の感覚なんてすぐなくなった。
終われ終われと生娘じゃあるまいし、見慣れた天井を見上げて痛みと目眩に堪えるようにちょっと気になる染みを数える。
というか私今何されてる?天谷奴さんに血ィ吸われてるであってる?
なんだっけ、吸血鬼に噛まれたら噛まれた人は云々とかなかった?
そんなの知らないよ、早く終われ……
しばらくして、天谷奴さんは噛んだ首筋をべろりと舐め上げてから顔を離した。
私を見下ろす目は、灰色と赤のオッドアイのまま。
申し訳なさそうに眉を下げ、顔を歪めるとじくじくと痛む首筋に触れて、それから悪ィな、と呟いて私の胸元に顔を埋める。
「……乾いちゃ、いなかったんだけどなぁ」
堪えられなかった、悪い。
なんだか小さな子どもが謝るみたいな様子に何か言ってやろうと思っていた口は自然と噤んだ。
一纏めにされた手もいつの間にか解かれている。
ごめんな、と本気で謝るのも珍しい。
恐る恐る天谷奴さんの頭に手を乗せた。
ぴくりと身じろぐものの、嫌がる素振りはない。
柔らかな癖っ毛を撫で、尖った耳を撫で、それから頬に手を寄せる。
のろのろと顔を上げた天谷奴さんの口の周りは少し血で汚れていた。
自分のものだと思うとなんだか末恐ろしいな……まだクラクラするけれど、一体どのくらい吸われたんだろう。
「……」
「……」
特に会話はない、別に今は必要ない。
天谷奴さんの口を自分の袖口で拭いてやれば、天谷奴さんは元の場所に戻るように胸元に顔を埋める。
ただ、その癖っ毛を撫でた。