ほんと世の中クソッタレだ。
衝撃的な事実を叩きつけられると周りの音がなるなるような感覚に陥ることを知った。
信じたくないことを知ってしまうと息がしにくいんだと知った。
簓くんと盧笙くんが目の前の人に何か言っている。
しっかりしろ私、ここで顔に出すな、出していてもなんとかしろ。
大きく息を吸って、一度目を閉じて、それから開いた。
首を傾げて私を見る、灰色と緑の色違いの両眼。
「はじめまして、オオサカ署捜査二課の名字名前です」
しっかり息をしろ、泣くのは後でいい。
いつか来るその日が今日だっただけのこと。
心の準備をしていなかった私が悪いだけのこと。
ずっと彼となんでもない日を送れるだなんて思ってはいなかった。
続けばいいとは思っていた。
私の言葉に簓くんと盧笙くんが目を見開いて絶句する。
これが本来あるべき私と天谷奴さんの在り方だ。
詐欺師と刑事、それ以上でも以下でもない。
追われる側と追う側、馴れ合って笑いあった日とはここでさよならだ。
その日、私はどうやってその場から家に帰ってきたのかは、覚えていない。
後日簓くんと盧笙くんから聞いたのは、違法マイクの効果で天谷奴さんが記憶喪失になったこと。
どこからどこまでかはわからない、でも簓くんと盧笙くんのことは覚えていたからどついたれ本舗としての活動には問題はないらしい。
それならよかったじゃん、と答えた私に対してふたりは酷く傷ついた顔をしていたけれど、私のことは気にしないでいいよ。
問題はその違法マイク所持者を逃がしてしまったことだ。
私にもラップスキルが現れたのはいいけれど、すぐマイクを投げる私をその捜査に参加させるのはどうなのか、なんて失礼極まりない会議が署でされてはいたんだけどさ。
中王区からも違法マイク所持者を速やかに捕縛するように通達が来て、現在オオサカ署管轄の警察官には休日でも携帯許可が下りている。
「名前さん、零に会ってくれん?」
「なんで?」
「なんでって……だって零とそういう関係だったやろ?」
「付き合ってたわけじゃないんだしさ、天谷奴さんとはいえ記憶喪失のままだったなら簓くんと盧笙くんが気にしてあげなよ」
パトロール中、喫煙所で煙草を咥えていると近くでロケ中だった簓くんとばったり会った。
いる?と煙草を箱から少しだけ出して向ければ俺今禁煙中!と断られる。
テレビのスタッフさんたちは休憩中の簓くんのカメラに収めているし、私もめちゃくちゃ顔出ているので編集の時は上手いこと切り取ってねと釘を刺した。
いや捜査二課が顔出しちゃだめでしょー……詐欺師に顔割れしたら後がめんどくさい、いやとっくに顔割れしてるし一度割りと本気でやばい目に遭ったけど。
「零なぁ、なんか様子がおかしいんや。誰かがいるのが当たり前みたいに思っとるっちゅーか……この前飲み行った時四人分の酒頼んだんやで?コンビニ行っても名前さんの好きな酒とつまみカゴに入れるし、猫のおやつ買おうとするし……」
「気のせい気のせい、歳のせいって言ってやって」
「言ったわ。でも違うって真面目な顔しとってなぁ」
「……簓くん、どついたれ本舗のひとりでも天谷奴さんは詐欺師でしょ。私は詐欺専門の捜査二課の刑事、本来馴れ合っちゃいけないんだよ」
「名前さん……」
「それに、さ……あまり、期待させないで……」
こうは言いたくないけれど、私も女なもんで。
明確な関係ではなくても、長く一緒だと情も移る。
あるべき関係に戻ったのだと割り切った、割り切っているつもりだから、期待はさせないでほしい。
火がついて吸わないままの煙草は長らく灰をそのまま残していて、ちょっと風が強く吹くと私の服を汚しながら散っていく。
そうだよ、私と天谷奴さんの関係なんて煙草みたいなもんだよ。
一時だけ満たされて、でも結局火のついたところは灰のように散っていく、そういうモン。
私の言葉に簓くんは何か言いたそうにして、でも口を噤んだ。
「違法マイク所持者見つけたら連絡して。中王区からもさっさと捕まえろってせっつかれているから」
「おん……名前さん、アンタ本当にええの?零と、仲良かったんに……」
「……うん」
「俺と盧笙が油断しなきゃ、零も記憶喪失なんて笑えんことにならんかったのに」
「簓くんと盧笙くんのせいじゃないよ、違法マイク使ったクソ野郎のせい」
せめてそいつは私たちが捕まえる。
短くなって吸うところのなくなった煙草を吸殻入れに投げ入れた。
フィルターに近づくにつれて不味くなる、本当に私と天谷奴さんみたいだわ、笑えない。
簓さーん!撮影再開しまーす!なんて声がして、私もパトロールに戻るわと声をかけてその場を後にする。
「名前さん!自分の気持ちはちゃんと吐き出さなあかんで!俺と盧笙もそうやったから、ちゃんと向き合わなきゃあかんよ!」
後ろから聞こえて来た声に手を挙げて応え、同僚の待つところへ向かった。