なんちゃって転生者のワノ国生活⑥

なんとか牢の中から出られないかと格子から頭を出して猫のように抜け出そうと思ったら嵌った。
それをやって来たキングに見られた、めちゃくちゃ呆れたように溜め息を吐かれて頭を押されて戻された。
いたたたたたたた。
もうちょっと優しくしてもろて。
何が不満だって聞かれたけれど、絵を描く道具がたくさんあるのはともかく不満に思わない人間がいると思ってんの?
海賊の感性どうなってんの?バグってんの?
嵌った体が痛いってよりかは押された頭が痛いんですけど。
身長縮んだらどうしてくれんだ、みんながみんなお前らみたいに高身長どころか巨人みたいだと思うなよ。
ムッときたのでキングには並べられた岩絵具の色の詳細めちゃくちゃ聞いてやった。
私にとってはプラスでキングへの嫌がらせになるのはこれくらいしか浮かばないもので。
予想はしていたらしいけど、全部の色の詳細を話したキングは疲れたように溜め息を吐いたのでちょっとだけ溜飲が下がった。
ついでにワノ国での名称しかわからない名目でさらに掘り下げるように畳みかけて質問責めにすれば降参と言いたげに手を挙げる。
ちょっとすっきり。
ちゃんと紙に詳細を書いておけば使う時はスムーズだろうしもっと楽しいだろうな。

「……ここなら、あんなやつに狙われることもねェだろ」

疲れた様子のキングがふとそう零す。
思わず目を丸くした。
えっ、結構気にしてもらっている感じ……?
でもなんかズレてる気もするんですけど、そうはならんやろ感やべーけど。
マジで海賊の考えることはわからねーわ。
別に鬼ヶ島にいる時点で狙われないよ……?座敷牢なんかに私が入る必要なくね……?
それとなく聞けば、ぼそりとお前も逃げられねェだろと言われた。
……こ、こっえー!!
この人あれだろ、私が狙われないようにってじゃなくてそれが一番の本音だろ!!
だから!私何かしましたっけえー!?
何もしてないじゃんよ!当たり障りなく過ごすのが主義だから何も心当たりがないんだけど!!
鳥肌立ったわ……こっわ……うっわ……
隠す気もなかったから顔には諸に出ていたんだけど、それを見たキングが噛み締めるようにおれだって聞きてェよ……!と口にする。
いや、私が一番聞きたいわ、なんでそうなる?
カイドウはペットとか言ってたけどさ、なんか、踏み込んではいけない気がするんですけど……嫌な予感は当たる、はっきりわかんだね。
聞かなかったことにしよ……気を紛らわせるように硯と墨を手にして磨り始める。
何描こうかな……
そもそもだね、外に出られないってことは描くものもインプットできないわけよ。
中には何も知らずとも描ける人はいるかもしれないけど、そんな天才じゃないんで私。
それにここはずっと冬じゃんか。
確かにワノ国にも冬が長い地域はあるけれど、それでも四季はあるよ。
色はわからなくても、花の匂い、木々の匂い、風が強く弱く温かく冷たく頬を撫でる感触、鳥の囀り、木の葉の落ちる音。
そういうものに触れなくちゃ、色が見えない私は余計に絵を描けなくなってしまうような気がする。
それは、怖いかもしれない。
絵を描くことで色を想像しているのに、それができなくなったら、本当に私は色がわからないままだ。
自分のアイデンティティがなくなってしまうような、そんな恐ろしさがある。
あっ、人は別にいてもいなくてもいいんだけどね。
私が黙り込んでしまったからか、キングが気まずそうにしていた。
……ウケる、自分でこんな状況つくっておいてそうなるか普通。
海賊の情緒とは……これ論文みたいなの書いたら誰か買い取ってくれないかな。
海賊ってのが存在するなら取り締まる組織もありそうなものだけど。
というかこの世界ってどのくらい広いんだろうか。
ワノ国は鎖国しているから、外の国の話なんて入ってきたことがなかった。
入ってきたのはおじ様の手引きでカイドウたち海賊が入ってきたくらいですね、はい。
なんで前の世界の日本では鎖国したんだっけか……真面目に日本史や世界史の授業聞いてなかったから全く思い出せないな。
中高生に日本史の勉強させるもんじゃないよ……大人になってからの方が楽しいよ……
余談だけど今ではこうやって絵を描いているけれど、高校生の美術では全くダメダメでした。
画伯と呼ばれてたからね、悪い意味の。
あーどうしよう、墨を磨ったわいいものの、本当に描くものが浮かばない。

「……」

「……」

「……キング様」

「……なんだ」

「絵が描けない絵描きって、存在価値あると思います?」

姫様の口撃!キングには効果は抜群だ!!
まさにそんな感じだった。
もうちょっとさ、私の素を見てるんなら囲う相手は選ぼうな。
少し肩を落としたキングが牢の鍵を外して入口を開けたので満足。
それでも鬼ヶ島からは出さねェからなと言われた、おっけ、自力でキングの心へし折るわ。
全然外に出てなかったからお散歩したい、散歩、カイドウが言っていたようにペットって言うならペットの散歩くらいしろ。

「……お前を姫様だなんて言い出した連中にお前の素を見せてやりたい」

「奇遇ですね、私もそう思います」

姫様なんて柄でもねェことはよォーく私がわかっているからさ。
にっこりと笑ってキングを見上げれば、キングは何か言いたそうにしてそのままグッと飲み込んだ。
そうして一時の自由を得た私はキングの監視付きで鬼ヶ島を歩いて回る。
なんか、めちゃくちゃでかかった。
まあカイドウがあれだけでかいし、おじ様の過ごす城より大きくないと不便だよね。
途中すれ違った人たちはギョッとしていたけれど、私の後ろからキングがついて来ているからすぐ目を逸らしてそそくさと去っていく。
そういえば、キングが火災のキングだってのは知っているけれどこの海賊たちの中ではどのくらいの地位にいるんだろう。
あー……でも考えなくてもわかるか、カイドウに次ぐんだろうな。
じゃなきゃ私なんかにあんな豪華な座敷牢を用意なんてできない。
カイドウとキングのふたりが話しているところは見たことないけど、そんな感じじゃない?
花の都にもカイドウの部下は歩いているけれど、ここまでの多く見たことはなかったな。
私も興味なかったしさ、見回りかなんかででかい顔するやつらは見かけた程度。
話したことだってもちろんない。
おじ様の城ほど目はチカチカしないけれど、それなりに装飾品はあるんだろうな。
すれ違う人たちみんな何か被って角っぽいのあるけど、なんでだろ。
カイドウに角あるからかな、キングも趣味めちゃくちゃ悪いマスクはチクチクしてそうだし。
ああ、あと花の都で火祭りの時はおじ様がここに来ているんだっけか。
毎回誘われるけれどお断りしていたんだ。
何かお土産くださいねってお願いしてた。
その日は私は長屋から出ない。
年に一度の火祭りだもの、私なんかが姿を見せたらみんな楽しめないだろう。
お酒だってそのくらいの時じゃないと飲めないし、酔いに任せておじ様を悪く言う人間だって多い。
役人も何人か残っていたり、私の護衛ってことで忍びも残っていたり、おじ様側の人間がいるのに酔いって怖いね、勢いが。
年に一度のってことで見逃しているみたいだけど。
城の外に出れば、しんしんと雪が降っていた。
やっぱり寒い、ちゃんと着込んでいるけどそれでも寒いもんは寒い。
真っ白だ。
真っ白な、誰とでも私が共有できる自然の色。
持ってきた手袋をしようと思って、でもやめる。
風邪引くぞ、とキングが呆れたように言うけれど、さくさくと新雪を踏みしめて雪の上に立ち、しゃがんで雪に触れた。
冷たい、当たり前だけど。
自然の色で真っ黒なものはなんだろう。
夜空かな、でも鬼ヶ島から窓を開けて空を見ようと思っても髑髏の形をした岩の中だから見えないし、あまりにも夜空の黒が強くて星は見たことがない。
花の都でも精々が月くらいかな。
日によっては月って大きく見えたり赤く見えたりするけれど、赤くなってもどんな赤かわからない。
……なんか、そう思うと寂しいな。
人間って、というか生き物って共有しながら生きているから、それができない私は弾き出されたみたいだ。
そんなことを思いながら適当に雪を丸めて思い思いに形を作っていく。
小さいけれど、雪だるま、雪うさぎ。
うさぎ、雪ノ下に転がっている石で目を作って、葉っぱはないから耳はできない、不格好なうさぎ。
私みたい、なんて自惚れだけど。

「へっくしゅ」

くしゃみをひとつ。
素手で雪に触れていたから手は悴んでいて、赤くなっているだろう指先に息をはあ、と吹きかける。
それ見たことかとキングが私の体を大きな手で掴むとそのままひょいと持ち上げた。
わ、わー!ちょ、高い高い高い高い!!
おまっ、お前普通の二階建てくらいの家のサイズしているんだからいきなりそんな高くするなっての!
お前から、というかカイドウ含めお前らから見たら私はか弱いりかちゃん人形みてーなもんなんだから!!
雑に扱われるかと思いきや、キングは私を腕に抱えて赤くなっていると思われる指先をそっと掴んだ。
……レザー越しだけど、温かいな。
そりゃそうか、キングの背中には大きな翼だけじゃなくて炎がいつもあるんだし、発火しているもんね。
常に発火しているライターかよ……夏はクソ暑いだろうな。

「貧弱なんだから考えて行動しろ」

「考えてます。雪って見ると遊びたくなるものでしょう」

「ガキか」

「キング様がおいくつか知りませんけど、私もちゃんと三十路を過ぎた成人です」

「……ガキだな」

一体お前はいくつだ。
いや、別にいいや、聞かなくても。
戻るぞ、の言葉に異を唱える気はないのでされるがまま、抱えられたまま運ばれる。
おお、りかちゃん人形視点ってこうか。
もしくはなんちゃらニアファミリー視点とも言う。
鳥なんかもこんな視点なのかな。
高いって凄い、その気になればなんでも一望できそう。
灯台とかいいよね、水平線や地平線が伸びるのを見られるから。
キングに抱えられながら戻る途中、カイドウと出会した。
なんとも言えない表情をしていらっしゃる。

「……何してんだお前ら」

「お散歩です」

「おさんぽ」

「……いろいろあったんだ」

「いろいろ」

私とキングの言葉に意味がわからないよみたいな顔してる。
あとあれ、スペキャみたい、スペースキャット、カイドウだったらスペースカイドウかな。
ほどほどにな……とよくわからない言葉を残したカイドウが歩いていくのを見送って、キングがまた溜め息を吐く。

「そんなに溜め息吐かれますと幸せが逃げますよ」

「……うるせェ」

「吐き出した分は吸わないと」

「そんなこと言うやつには会ったことねェな」

おるやんけ、ここに。
また座敷牢に戻って来たけれど、もう入口を閉めて鍵をする気はないらしいキングが腰を下ろしてから私を下ろした。
置いてある火鉢には火がまだついていなくて、置いてあるマッチを使って火をつけようと思ったらキングが横から手を出して何もないのに火鉢に火が灯る。
おおー、とぱちぱち手を打ったらじとりと睨まれた。

「珍しいもんじゃねェだろ」

「いや、便利な人間発火器だなと思いまして」

そう言ったらとってもとっても手加減されたデコピンを額に当てられた、いってー!!
ごうごうと火鉢に収まらない炎に片手を翳しながら反対の手でおでこを擦る。
ふんと鼻で笑ったキングを睨むけれど、全く効いてねーんだな、ちくしょう。
でも便利っていうかなんだったんだろう今の。
手が機械ってわけでもないし、そういう能力とかあるのかな。
なんでもありなとんでもねェ世界だ……今更だけど。
大分手が温まって感覚が戻り、スムーズに動くようになってから畳に紙を広げた。
雪山描きたい、登ればなんでも望めそうな高い山。
私の想像で描くからこのワノ国の山ではないけれど、いいよね。
散歩に行く前に磨っていた墨が硯の中で固まってしまっていたので、これは後でお湯に浸けて洗おう。
変に擦って傷ができるのは避けたい、硯に傷ができるってことは墨が磨りにくくなるってことだ。
滅多にそうなることはないけれど、この硯は長年使っているから大切にしたいよね。
他の硯に水を入れ、墨を磨ってから筆を取った。
雪山、登ってみたいとは思うけど体力ないからすぐばてるだろうな、見るだけでもいいか、山の四季は色がわからなくてもきっと見ていて綺麗だ。
春に花が咲けばその色で綺麗だし、夏は緑が生い茂って青々としている、秋には紅葉が綺麗に山を染めて、冬に雪が降って真っ白になるもの。
そう思って紙に描いていけばとても楽しくって、やっぱりお散歩大事だよね、外を知るって素敵。
今日は岩絵具は使わない、私がいつもやっている描き方で、墨だけで描く。
そうだな……山の麓は雪が積もっていないかも、頂上は真っ白にしよう。

「随分と楽しそうに描くな」

「はい、やっぱり外に出ると楽しいので」

「……それは、国の外でもか?」

「国の……?」

「ワノ国の外」

それはつまり、海外というやつ?
そんな話を振られるとは思わなかったので、筆を止めてキングを見上げる。
マスクしているとどんな表情をしているかはわからないけれど、私を試しているような……
どう答えるのが正解だろう、いや、正解なんてないのかもしれない。
そんなこと、考えたことがなかった。
前世でだって、国の外に出たことはなかったもん。
それが当たり前だと思っていた。
だって、国から出なくても不自由なことはない。
そりゃあ未知を体験できると思えば素敵なことだけど、同時に未知への恐怖もあるじゃん?
どっちかって言ったら後者、かな?

「考えたことなんてありません。憧れる……というよりも、恐れ……?は、ちょっとあるかも……?」

「何も伝えずに囲ったらお前がどんな言動をするかわかったからな、こっからは正攻法で率直に聞く。おれと、外に行ってみねェか?」

海賊に正攻法なんてあんのかよ。
茶化す場面ではないな、よく考えよ……
キングと、ワノ国の外に?
海賊だからきっと海に出ることはあるのだろう。
鎖国しているワノ国の外に出る、なんて、今まで考えたことなかった。
でも、そうだな……もしも、もしも、いつか、その選択肢があるのなら……

「……外は、ワノ国にはないものがたくさんあるのでしょうね」

クソみてーな国、私のワノ国への印象はこれに尽きる。
仮にも生まれ育って暮らしている国を、なんて怒る人はいるかもしれない。
でもね、不思議と私が国の外に行ってみたいとおじ様に言っても、おじ様は名残惜しそうにしながらも笑って行ってらっしゃいと声をかけてくれる気もするのだ。
だってこの国を滅ぼそうとしているんだもの、私が国の外に行くって言っても引き止めはしないでしょう?
おじ様のことはわかるの、おじ様も私のことをわかっているように。
外は魅力的だ。
この前渡された絵具だってそう、知らないものが、素敵なものがたくさんある。
それに触れるなんて、大変なこともあるかもしれないけれど、達成感は計り知れない。
私の言葉をどう捉えたかわからないけれど、キングは私の頬を指の背で撫でる。

「いつ、なんて聞くなよ。欲しいもんを奪うのが海賊だからな」

「……そうですね」

それはつまり囲われる前に攫われるのでは……?
筆を止めた手の下では、墨がぽたりと垂れて紙の上をじわりと染めていた。


黒炭の女の子
座敷牢から出ようと思ったら嵌った、押し返された。
ただじゃ転ばない、一言で牢から出れました。
国の外に興味を抱いたことはなかったけれど、そうやって言われると行ってみたいよね。
とりあえず鬼ヶ島から花の都へ帰るまで後ちょっと。

キング
まさか格子に嵌っているとは思うまい……呆れた、めちゃくちゃ呆れた。
泣き喚きはしないものの外行きたいと言う彼女のペースに調子を狂わされっぱなし。
どう思って外に行こうと言ったのかは本人のみぞ知る。
そっと触れた小さな細い手は冷たかった。

カイドウ
おさんぽ……?とスペキャしてた。

2023年8月4日