なんちゃって転生者の新婚生活⑤

修羅場でござる……
思わず呟けば隣にいたお嬢さんがそれな、と深く頷いた。
誰が店のナンバーワンキャバ嬢と店のケツ持ち極道がバチバチメンチ切ってると思うのか。
きっかけはささやかなものだった。
黒炭のお嬢さんがカメラマンとしての仕事でうちの店を訪ね、嬢たちのポートレートや店内を撮っている時のことだ。
百獣組のキングとその部下のページワンとドレークもやって来てしまった。
あっ、まずいなと思った。
お嬢さんはキングの嫁さんだ、まさかこんなところで会うとは思わん。
日和様からも言われていたが、お嬢さん自身が別に悪いことしているわけじゃないですからと言っていたから甘えてしまっていた。
お嬢さんがいることに気づいたキングがおれに詰め寄って来たが、その間に入ったのが日和様だ。
片やお嬢さんの旦那、片やお嬢さんの親友。
まあ、お嬢さんがいつの間にか結婚していたことに散々愚痴を言っておられたからな、日和様は。
ここぞとばかりにキング相手にいろいろ言っている……キングも負けじと言い返している……
マウントの取り合い、これがキャバ嬢同士なら可愛いもんだったろうに。
まだオロチが来店している時にお嬢さんが仕事しているところに出会した方がマシだった。
そんなキングのところからこそこそとお嬢さんのところへページワンとドレークが避難してくる。

「おっ、お嬢……あんたキングにここで働いてるの言ってなかったのかよ……?」

「働くって言っても、あくまでフリーのカメラマンとしてだし……別に特別言わなくてもいいかなって」

「キングは今まで知らなかったんだぞ……見ろよあのブチ切れっぷり」

「……小紫も負けじとブチ切れているがな」

「どっちも私のせいではないんじゃ……?」

それな。
おれとページワン、ドレークが頷いた。
良いのか悪いのか、お嬢さんは前のことは憶えていないらしい。
でなければ日和様と親友になんてなれるものか。
……憶えていないのに、強行突破で籍を入れるキングもどうかと思う。
面白いから撮っとこ、とカメラを迷うことなく構えるお嬢さんも相変わらずというか。
もうふたりを放って適当に店内撮りますね、とお嬢さんはおれに声をかけてそのままキングと日和様をスルーして仕事に取りかかった。
あー……だと思った。
憶えていなくてもマイペースというか、自分の世界がはっきりしている。
そんなお嬢さんの後をページワンがついて行った。

「あのふたりは……」

「お友達だそうだ。ページワンなんかは彼女に会ったら凄い喜びようだったぞ」

人たらしかあのお嬢さんは。
いや、人たらしというか惹かれるんだろうな。
どこに、なんて上手く言葉にはできない。
前からそうだった。
芯がしっかりしている。
第三者の言うことは気にしない、自分の思ったままに生きている。
前だって、自分の思ったままに生きていた。
だから、日和様は前から友人になりたいと思っていたのだ。
……前世では、彼女が攫われて叶わなかったが。
日和様がああやってキングに突っかかっているのもなんとなくわかった、きっと彼が彼女を攫っていったのだろう。
あの後、彼女がいなくなって一番悲しんだのは日和様だ。
ここから始まるところだったのに、ワノ国が変わるところを見て欲しかったのに。
そう言って泣いていたのを、我々は知っている。

「そもそも、オロチ様につけ込んで彼女を娶るとはどういう神経しているんでありんすか?彼女がぬしに惚れたとでも?ないない、絶対ありえないでございます」

「男はお前に金を運ぶ犬だったか?そういうお前も、あいつの父親誑かしてそっから友人だなんて笑わせる。そのままそっくり言葉を返してやるよ」

修羅場ァ……
いやあの、マジでお嬢さんこれ放置するの?拙者勘弁してほしい。
ちらりとお嬢さんとページワンを見れば、お嬢さんが店内を撮影している傍らでページワンがうちの嬢たちにちょっかいを出されて顔を赤くしている。
お嬢さん……さすがにマイペース過ぎるんじゃ……?
ほら見ろ、キングと日和様のところからみんな避難しているから。
愛されているようで何よりでござるがあの修羅場はどうにかして、本当に、切実に。
おれのところにいたドレークも嬢に詰め寄られてあたふたしているし……さてはお前ら初だな?集金とはいえなんでここに来た?

「ねえオーナー!彼女と飲んでもいいですかー!」

「私たちが彼女に奢るんでェ!あとこの初なかわい子ちゃんとも飲みたァい!」

「おぬしら……」

粗方撮影を終えたお嬢さんが両脇を嬢に固められていた。
頭が痛い、どこもかしこも落ち着かん。
だが、そんな嬢たちの言葉に反応したのはキングと日和様だった。

「おれの嫁にお前らが飲ませるんじゃねェ!」

「彼女と飲むのはわちきでありんす!」

なんてこった、余計に拗れた。
そんなキングと日和様の様子を見て嬢たちがクスクスと笑う。
だってェ、喧嘩している旦那と親友とじゃ楽しく飲めないじゃない。
そうよ、私たちと飲む方が楽しいですもーん。
強者か。
どうすればいいんですか、とお嬢さんがおれを見た。

「……もう好きにしてくれ」

それしか言えんわ。

 

マジでどうしてこうなった。
右隣にキング、左隣に日和。
それからそれぞれキャバ嬢挟んでページワンとドレーク。
なんでこうなる……?
ページワンとドレークに視線を向けるも、無理無理と言わんばかりに首を横に振られた。
私を挟んで睨み合わんでもろて、なんでそんなに仲悪いの?
確かにキングのことは思い出したけれど、それでもまだ思い出せないことも多いんだけどさ……おふたりは前世のお知り合いですか、そんな気がする。
なんかホストクラブとキャバクラを同時にに来た気分。
日和がグラスに酒を作って私に差し出す。
私の好みや飲める範囲を知っているからか、アルコールの度数は低めで甘い酒だ。
ふたりは隙あらば言い合いをなぜか始めるのでそれをスルーしながらカメラのデータを確認して、持ってきていたタブレットで編集を始めた。
一応ほら、お仕事しているから。
明るさやコントラストをいじって見映えのいい写真に仕上げていく。
色はわからないけれど、映える写真は白黒でもはっきりしているからそれを意識すればなんとかなるもんだ。
色が鮮やかで映えても、白黒にするとぼんやりするらしいしね。
見せたいところは光が当たるように、周りは暗くなるように。
質感も気にすればそれらしいものに仕上がった。
そのままタブレットのメールアプリを開いてこの店宛に写真を添付して送っておく。
こんなよくわからん修羅場に巻き込まれてもちゃんと仕事する私を褒めろ。
それを覗き込んでいたキングと日和が褒めてくれるんだけど、お互いの言葉にカチンときてまた言い合いをする、なんて悪循環?

「……お前よくこの中平静でいられるよな」

「なんか、この前拉致られたこと考えたらとてもマシに思えて」

「なるほど納得」

ページワンが隣の嬢が他の席に呼ばれたのをいいことにこそっとキングの向こう側から声をかける。
ああ、あの後ね。
シャーロット一家の多分長男さんが次男さん連れて菓子折り持ってきて謝罪に来たんだよ。
ちょうど私はお父さんの会社のホームページの写真を撮りに‪お父さんのいる本社に行っていたから偶然会えて、なんかめちゃくちゃ高級な飴細工だった。
長男さんとても苦労している感じだった、クイーンより年下のはずだけどなんか老けて見えたな……ごめん、とても主観。
次男さんと並んでペコペコしていたのでさすがにその謝罪は受け入れた。
頼むからもうこういうのしないでくださいねって釘刺して。
それに、それからはキングが手の空いている時は仕事の時もついて来てくれるし、そうじゃない時はページワンやドレークが付き添ってくれるし、とても助かっている。
……いや、今日はあれですよ、何も言ってなかったわけじゃないんですよ、近場だからって大丈夫って言っただけだったんですよ。
下手に口滑らせたら怒られるのは私だな、黙っとこ。
アルコール控えめの酒をホストクラブとキャバクラ同時に来た気分で飲んでいたけれど、グラスを空にしてそろそろ帰りたいな……と思ってキングを見上げた。
しっかり私の腰をホールドするのはいいんだけどさ、触り方がですね、際どいんですよね。
いや、最近こう……そういうアピールが……それに気づかないほど鈍感じゃないんだけどさ……
それに気づいた日和が私の腕に抱きついてめちゃくちゃ密着してくる。
胸を押し付けるな胸を、前から小さかった私への嫌味か。
それは男女ともに喜ぶだろうけど私は特に思わんわ。

「キング、そろそろ戻らないと」

よく言ったドレーク。
私とページワンの気持ちは今同じだわ。
私とページワンがマジで頼むわと思いながらドレークを盗み見る。
そうじゃん、集金に来たんでしょ、飲んでる場合じゃなくね?
ドレークは頑なに飲んでないし、多分運転するのはドレークだな。
マジで頑張ってくれ。
そんな気持ちが通じたのかはわからないけれど、キングは腕時計を確認するともうそんな頃合か、と呟いた。
それから立ち上がると、私と日和を引き剥がすように私の手を引いて私を立ち上がらせる。
……ん?なんで私も?
えっ、一緒に戻るの?

「事務所に寄ったらそのまま帰るぞ」

「あ、うん」

「ならわちきと一緒に飲めばいいのに」

「お前のところに置いていくわけねェだろうが」

「嫉妬深い男は嫌われますよ?」

「……」

「……」

バチバチするなよ……
まあでも、帰ろうと思っていたのは事実だしな。
日和にまた連絡するからその時に飲もうよ、と言えば日和は嬉しそうににっこりと笑った。
ページワンとドレークもキングに倣うように立ち上がり、お騒がせしましたとペコペコと嬢や狂死郎に頭を下げる。
店の外に停めてあった車の後部座席にキングと乗り込めば、運転席にはドレーク、助手席にはページワンが乗った。
高級車ァ……でもやっぱりお高いとシートめちゃくちゃふかふかで気持ちいいな。
アルコール度数は低くても酒を飲んだから車が走り出せばうとうとと船を漕ぎ始める。
前は飲めなかったからなあ……今もそんなに飲めるわけじゃないけれど。
かくんと首が前に傾けば、キングが私の肩を抱いて自分の方に寄りかからせた。
そういえば、結局飲んでいたのは私とページワンだけだったな。
寝てもいいと言われたのでお言葉に甘えて。
あったかい。
前からもだけど、いつもキングはあったかいな。
どっちかと言えば私は体温低い方だから凄く心地よい。
着いたら起こすよと言ってくれたので、キングの温もりに引っ付いて目を閉じた。

 

「砂糖吐きそう」

「そう言うな、おれも砂糖吐きそう」

そんな会話を運転席のドレークとする。
バックミラー越しに見えたキングとお嬢は、車内におれもドレークもいるのにすげーふたりの世界だった。
またお嬢に会えて、姫様に会えてとても嬉しいと思う。
前は友達にはなれたけど、最後にはどうなったか知らなかったから。
……まあ、キングが結婚したって聞いた時は姫様しかいねェだろうなとは思っていたけど。
おれの中で姫様の最後の記憶は、オロチを殺されて声を荒げる姫様の姿だ。
ド正論パンチ。
おれより当時裏切ったドレークにはめちゃくちゃ効果抜群だったみてーだけど。
ビック・マムに伸されて姫様がどうなったかは本当に知らなかった。
今世、知っているやつらの話にも姫様のことはあったけれどどうなったのかまではわからなかったから。
でも、カイドウさんとキングの会話を姉貴と盗み聞きした時に、あの後姫様は生き残ったことだけはわかって。
安心した。
姫様が生き残ったこと。
姫様が、おれがどうなったのか知らないままのこと。
あのド正論パンチの後に会わなくてよかったこと。
人を色眼鏡で見ないやつだけどさ、大事なおじ様を殺したカイドウさんの部下だなんてわかったらどうなるかわかんねーじゃん?
それに今回姫様だったことは憶えているのかわからないみたいだし、そのままお嬢の友達がいい。
もう一度ちらりとお嬢とキングを見る。
うとうとしているお嬢にキングが静かに声をかけ、それから寝入ってしまったお嬢をキングがそっと抱き寄せた。
本当に、大切なんだな。
前から知っていた。
キングのお気に入りだって知ってからはどんな冗談かとも思ったけれど、お気に入りなんてものに収まらない。
だってさ、あの時キングがお嬢に何を贈ったと思う?簪だぞ?
ワノ国で、簪を男が女へ贈るのは一種のプロポーズだ。
やべーじゃん、そこまで本気だと誰が思ったのか。
あの時は海賊と将軍の娘だったけど、今は極道と社長令嬢だ。
まだマシだろ、あの時より。

「あーあ、キングが籍入れる前に会えてりゃ遊びに行けたのにな」

さすがに人妻のところに遊びに行く甲斐性なしじゃねェからさ。
でも、でも。
また友達になれた。
それだけでいい。
フーズ・フーやササキに初恋かァ?なんてからかわれたけれど、違う。
友達を、友達の異性に取られたらいい気はしねェじゃん。
それになんだよ初恋って、おれとお嬢は十歳違うっての。
嘘でも見栄でもない、お嬢は友達、姫様の頃から友達。
たとえお嬢が姫様の時のことを覚えていなくても、それは絶対に譲らねェ。
……ま、小紫に親友枠を取られたけれど、ぜってー奪うからな。
お嬢の親友はおれ!
年上のオヤジ共がどんなにからかっても、姉貴がペーたんペーたん相変わらずブラコンでも、お嬢の親友はおれなんだから。
キングがお嬢をかっ攫ったように、おれも親友枠かっ攫うからな。


元黒炭の女の子
なんちゃって転生者。
お仕事でキャバクラに来ていたらキングと出会してしまった。
疚しいことはしてないから別に隠していたわけじゃない、言わなかっただけ。
まさか旦那と親友がよくわからん口論始めるとは思うまい。
ページワンは友達、なんでだろう、嫌じゃないししっくり来るんだよね。

キング
キャバクラに集金に来たら嫁が仕事していた。
そのまま日和と口論バチバチにしていたけどどっちも譲らないから収拾がつかなかった。
お前が親友?何言ってんだ寝言は寝て言え。
ページワンが友達なのは特に言わない、前もそうだったし。

光月日和
親友がお仕事しているのをにっこり見ていたけど、そこへ親友の旦那が来たから思わず売り言葉に買い言葉。
前は海賊、今は極道のくせして私の親友の旦那?寝言は寝て言えでありんす。

狂死郎
キャバクラ〝花の都〟のオーナー。
ちなみに本名は傳ジロー。
まさか女の子の仕事とキングの集金が重なるとは思うまい。
苦労人。

ページワン
百獣組幹部飛び六胞のひとり。
今世もお嬢とは友達!
親友枠を日和に取られたのは遺憾の意、親友はおれだから!
初恋なんかではなく、純粋な友情。

X・ドレーク
百獣組幹部飛び六胞のひとり。
本当はマル暴からの潜入捜査官。
けれどまあ、前のこともあって絆されているわけで。
お嬢さんが相変わらずで何より、キングの変わりようにページワンと一緒に砂糖吐きそうだった。

シャーロット一家の長男と次男
先日の件で女の子に謝罪に来ていた。
先日とは打って変わって丁寧なやりとりにどっちが素なんだ……!?ってなってた。
頼むからママの誘いを上手く交わしてくれ、やべー女じゃねーか。

2023年8月4日