なんちゃって転生者の新婚生活④

キングが熱心に読んでいる雑誌を後ろから盗み見してみた。
盗み見しなきゃよかった。
なんで事務所で熱心にそんな雑誌読んでんだ、おれの右腕がウエディングフォトの記事を読み込んでいるなんて知りたくなかった。
目が合ったクイーンには絶対に話振るなよ、絶対だぞ、フリなんかじゃねェぞ、と目で訴えておく。
……まあ、気持ちはわからんでもねェがな。
あの姫様、いや元か、元姫様にかなり入れ込んでいたのは前から知っていた。
今世も探していることも。
おれの最期はともかく、キングや元姫様の最期は知らねェ。
踏み込むところじゃねェからな。
プライバシー云々というよりも、野暮だとも思うのだ。
初対面でプロポーズ擬きをされて応えた元姫様も憶えてはいないのだろうが、あいつは嫌なら断るだろう。
憶えているんだからな、人のことをクソ野郎だハゲだ鰻野郎だ言っていたこと。
ただの世間知らずで浮世離れの箱入り娘なんかじゃなかった、あいつは確実に強い人間だ。
腕っ節じゃなくて、精神的な方で。
誰があの自分も殺されるかもしれない状況で声を荒げ、張り上げ、あそこまで言えるのか。
しかも中々な正論。
パンチなんてレベルじゃねェよ砲撃だぞ。
惜しいな、もうちっとおれが若いかあの元姫様が歳食っていれば好みに刺さったんだがな。
そりゃあ囲うだけじゃ逃げ出すわ、じゃじゃ馬だなんてもんじゃねェぞあの女。
ならそれが今世も引き継がれているかどうかだが、確実にそのまま引き継いでいる。
キングが持ちうる情報網を駆使して、あの女がフリーのカメラマンで活動していることはわかった。
ついでにどんな依頼を受け、どんな対応をしているかも。
無理難題だってあの女は悪態を吐きながら依頼を受けていた。
狂死郎がオーナーとして纏めているキャバクラのホームページの写真や店頭のキャバ嬢のポートレートはそこらのカメラマンでは難しいであろう仕上がりの良さだということも知った。
色が見えないのは相変わらずのようだが、それでもあの完成度の高さ。
芸術方面でセンスが光っている。
色が見える普通の人間なんかよりも、色が見えている。
そんな女とキングは籍を入れたわけだが……正直あの女が自分で撮った方がウエディングフォトは完成度高いんじゃねェかな……言わねェけど。
生憎惚気を聞く耳はねェ。
そう思っていると、事務所に戻ってきたジャックがキングに声をかけた。

「兄御、何読んでいるんだ」

おまっ、お前はァ!
だからズッコケジャックって呼ばれるんだよ馬鹿野郎。
おれとクイーンがやっちまったよこの野郎……と頭を抱える。
キングは顔を上げると、ウエディングフォトの考えてると口にした。
惚気が来るかと身構えたら、思わず拍子抜けするくらいキングの言葉は真面目だ。
挙式はできないがウエディングフォトくらいはさせてやりたいと。
あの女に当てはまるかは知らないが、ウエディングドレスは女の憧れだろうから、せめて。
……なんか身構えたこっちが恥ずかしくなるくらい真面目だな。
そりゃあ、大切な右腕が真面目に思ってんなら協力してやりてェと思う。
が、相手が相手だからな……下手なところに依頼してもあの女なら細かく揚げ足取るぞ。
見聞色の覇気なくてもわかる、絶対あの女ならそうする。
か弱い皮を被った女傑だぞ、メンタルは。
キングとジャックがああじゃないこうじゃないと話す姿を見て、おれとクイーンは顔を合わせ息を吐いた。
まあほら、オロチの娘と引き会わせたのはおれだしな、ここまで来たら付き合うか。
右腕の幸せを願ってやるくらい、結局のところは甘いんだよ。
そんな賑やかな空気は駆け込んできたページワンの言葉で一変する。
は?あの女が拉致られた?
は?しかもシャーロット一家?
リンリンじゃねェか。
恐る恐るキングの様子を伺えば、視線だけで人殺せんじゃねェかと思うくらい冷たい目をしていた。
……やっちまったなァ!
拉致った相手が悪ィだろ、キングの一番の逆鱗、しかも女単体でもなかなかな口撃力を持つ、誤字じゃねェよ事実だよ!
とりあえず、あのババアにどういうつもりなのか連絡をすることにした。
キングがイライラした様子で事務所を出て行ったが……穏便には済まねェだろうな。
こえーこえー。
キングをあそこまで動かせる女も、そうとは知らずあの女を拉致ったリンリンも。
女ってのは何を仕出かすかわからねェからこえーんだよ。

 

得意技はなんですか?と聞かれたら人の心をへし折ることですって答えてもいいだろうか。
まあまずは理由を聞いてくれ。
次の写真集のテーマどうしようかなって都内の公園を歩いていたら急に拉致られたんだ。
なんだっけな、シャーロット一家って言っていたかな。
なんでも、カイドウと敵対しているそっち系の方々らしくて?前からキングを迎えたいと思っていて?でも断られていて?誰かを嫁として用意しようとしていたら私とキングが籍を入れて?なんだよただのとばっちりじゃねェか潰すぞ、メンタルを。
連れていたれたのはなんかお高いレストラン。
目の前にいるのはババア。
とりあえずほら、一般人拉致って離婚しろとか舐めとんのかてめーの心をクラッシュゼリーみたいに砕いたろかと啖呵を切った。
まさか私みたいな小娘がそう言うとは思わなかったのか、ババア激昂。
周りの人たちは部下かと思ったけど、どうやらお子さんらしいよ。
癇癪持ちのババアをお母さんに持つなんて大変ですね、同情じゃねェよ事実だよ。

「何小娘に事実突きつけられたくらいでキレてんですか。導火線みじけーな、長くしとけ」

「人が下手に出てやっていれば小娘ェ!!」

「ママ!相手はキングの嫁さんだしオロチの娘だぞ!!」

「お前も火に油注ぐんじゃねェ!!」

「逆によくわからん理由で一方的に離婚しろとか頭沸いてんの?私に落ち度何もねェじゃん、それに仕事の邪魔されてイラついてんだよカス。雨の日にカメラ死守しながら気を遣って撮影してんの見てわかっただろうが、カメラ壊れたらどうしてくれんだこれもう生産終了してんだぞ」

商売道具傷つけたら怒るに決まってんだろ常識的に考えて。
それに政略結婚だから愛なんてないだろって言われてキレない人間がいるとお思いで?
そりゃ政略結婚に見えるだろうけど、ちゃんと愛はありますとも。
愛されている自覚はある。
じゃなきゃ、私にあれこれ色を教えてくれないでしょう?
ただ色の名前を言うだけじゃなくて、どんなものなのかとても丁寧に教えてくれるんだ。
キングの主観で、綺麗なものは綺麗、そうじゃないものもそうじゃないって、教えてくれる。
私にとって色は特別なものだ。
みんなが見えているものがわからない、教えてほしいと言っても大概の人は色の名前を言うだけで、どんなものか教えてくれない。
なんなら面倒くさそうな顔をする。
でも、キングは違う。
それだけで、愛と勘違いするのはおかしい?
おかしくないでしょう?
そんなキングに誠心誠意応えたいと思うのも、愛でしょう?

「長生きしているだけのババアが他所の男女のあれこれに首突っ込んで自分勝手言ってんじゃねーよ!お呼びじゃねェんだ引っ込んどけクソババア!!」

勢いでめちゃくちゃ言っちゃったけど大丈夫かな。
ババアはぽかんと口を開き、横にいたお子さんたちもぽかんと口を開く。
いくら相手がババアでも一応そっち系の人だしな、殺されるかなとか思ってないわけじゃなかったし。
でも吐き出せたのですっきりしました、帰ろ。
そそくさと鞄とカーディガンを手にレストランの出入口に向かう。
すると、後ろからめちゃくちゃでかい笑い声が聞こえてきた。
なんだあのババア、うるさいな。

「ハ〜ハハハハハマママママママ!!随分威勢のいい小娘じゃねェか!気に入った!!お前、名前は?」

「拉致犯に名乗る名前なんて持ち合わせてねェんですよ」

「尚いいね!まあいい、お前キングと離婚しろ」

「まだ言うかクソババア……」

「それでおれの息子と結婚しておれの家族になれ!キングはうちの娘と結婚する、離れることはないじゃないか!」

……ええっと、お馬鹿でいらっしゃる?
何がどうすればそうなるのか私にゃさっぱり。
そうじゃねェんだな……

「断ります。誰と結婚するかは私が決めるし、私はこれ以上家族いらないんで。もう十分だし」

「何が気に入らねェ?お前の好みの男なら息子の中にいるだろうよ」

「全部。自分の大切な人以外に縛られたいとは思わない。これ以上大切な人は増えない。私はキングとお父さんがいれば、それ以上満たされることはないから」

「全くその通りだな」

ふと、出入口が開く音がして風が通る。
振り向くと同時に私の腰に腕が回り、そのまま抱きしめられた。
顔を上げれば、めちゃくちゃ怖い顔をしたキングが。
後ろを見ればクイーンや他に知らない人たちもいる。
キングが私を見下ろして怪我はねェな?と確認するので頷いた。
というか、えっ、どうしてここに?
お前のスマートフォンのGPSを見て来た、というもんだからちょっとこわって思ってしまった……マジか……
割りと一緒に暮らし始めてそれらしいことを言われたような言われてないような……

「横恋慕はガキにも嫌われるぞクソババア!」

GPS切っちゃだめかな……あっだめですね、はい。
キングと少し言葉を交わしていると、後ろからカイドウがずかずかとやって来た。
そんなカイドウの姿を見て、ババアのお子さんたちが銃やらドスやらを取り出す。
こっっっわ……
それに合わせてクイーンやクイーンよりでかい人が前に出て同じように銃やドスを取り出した。
一般人いる前でドンパチやめてくんない?

「カイドウ……元はと言えばてめェとキングがこっちの話に頷きゃこんな回りくどい真似なんてしなかったんだよ!」

「おれもキングも、それはそれは丁重にお断りしただろうが!!耄碌して覚えてねェのかババア!」

「誰がババアだジジイ!!」

ジジババの喧嘩だ……こわ……
ぎゃいぎゃいと口喧嘩を始めたふたりを見て、クイーンがお前らさっさと行けよと手を払う。
たまには役に立つなと一言多く言ってキングは私の腰を抱いたまま外に促した。
まあなんであれ、ここから出られるならいいわ。
なんか久しぶりに声を張り上げたからなんか疲れた。
近くにいたババアのお子さんにキングがどけと言って外に出る。
その時、キングが立ち止まって何か一言言ってやれと私の頬を撫でた。
えっいいんですか?まだ言ってもいいの?
まあでも言葉はいらないんだな。
キングの言葉にこっちを見たカイドウとババア。
私はババアと目が合ったので、そのまま綺麗に中指を立ててやった。
お呼びじゃねーんだクソババア。
それに怒髪天をついたババアをお子さんたちが止め、カイドウがざまァねェな!と煽る。
ガシャンと何かが壊れた音がしたけれど、キングに促されて車に乗り込んだ私にはもう見えなかった。

「何もされてねェな?」

「大丈夫、拉致られたくらいでした」

拉致られたくらいで済ます自分が凄いと思う。
私に並ぶように後部座席に乗り込んだキングが安堵の息を吐いて私を抱きしめる。
……あのババアにああは言ったけれど、なんでキングがそこまで私のことを大切にしてくれているのかはわからない。
知っているような気はする。
だから知りたいとも思う。
思い切って、聞いてしまおうか。
そう決めて、私の髪に頬を寄せるキングに声をかけた。

「なんで、私のこと大切にしてくれるんですか」

私、どこかであなたに会ったことありますか。
私の言葉を聞いて、キングは一瞬目を見張ったけれどすぐ柔らかく表情を変えて私の頬を両手で包む。
こつんと額と額を当てて、今にも唇が触れそうな距離で笑った。

「別に、憶えていなくてもいいんだ。おれは随分と昔からお前が好きで、愛している。それだけわかってくれているなら、それでいい」

「じゃ、じゃあ、私が、随分前はどこかの姫様なんかだったことも……?誰か、誰かいた気がするのは?おじ様じゃなくて、誰かが一番だって、思っていたことは……?」

「……知っている、って言ったら?」

「……は、」

「は?」

「……恥ずかしい……」

こんなんなのに、姫様とか……!
思わず顔を覆うと、キングが笑うような声がした。
知っているんじゃん、憶えているんじゃん。
恥ずかしいにも程がある。
全部は憶えていないけれど、知っているような気がするんだ。
キングが、アルベルが、最期まで一緒だったこと。
外を知らない私に世界を教えてくれたこと。
おじ様を失って、白黒になってしまった世界を彩ってくれたこと。
そんな、柄にもない献身的な姿に、私も惹かれたこと。
なんてこったい、今になってちゃんと思い出すなんて。
遅い、いつも私は遅い。
恐る恐る顔を上げると、アルベルはとても嬉しそうに笑っていて。

「……方法を選ばないところ、海賊らしいね」

「今は極道だがな」

そうでした。
いや、ほんと、思い出すのめちゃくちゃ遅くてごめん。
思い出すきっかけなんて、たくさんあったのに。
あの時より体は大きくないけど、黒い翼も燃え上がる炎もないけれど、キングは確かにアルベルだった。


元黒炭の女の子
なんちゃって転生者。
キングと結婚したからという理由でシャーロット一家に拉致られた人。
ド正論パンチは変わらず。
この度キングのことやアルベルのことは思い出した。
なんてこった、もっと別のきっかけで思い出せたはずなのに。

キング
自分の嫁が拉致られたと聞いて一番おこだった人。
ウエディングフォトくらいはやりたいなって雑誌を読み込んでいた。
でもおれの嫁の方がカメラの腕はいいから、腕のいいカメラマン探すのに骨が折れそうだ。
女の子が自分のことを思い出したみたいでにっこり。
そうだよ、海賊だった、今は極道だけどな。
ちなみに随分前からリンリンにうちに婿に来いアプローチ受けていたけど無視していた。
おれには嫁(の予定になる女)がいるからと無視していた。

カイドウ
百獣組の組長。
右腕が雑誌読んでいるのを見てうわあ……と思っていた。
女の子のことも憶えている。
歳が歳なら癖に刺さっていた。
この後リンリンと大喧嘩して警察にお世話になりそうなところを抜け出す。

クイーン
百獣組の大看板。
まーたキングが惚気けそうだぞ気をつけろ!

ジャック
百獣組の大看板。
声をかけたのは悪気も何もない。
兄御が幸せそうでなにより。

シャーロット・リンリン
シャーロット一家のビッグ・マム。
うちに欲しいキングが結婚しただァ!?と女の子拉致って離婚しろと詰め寄っていた。
けどド正論パンチでカウンターされるし気に入った。
この後カイドウと大喧嘩して警察にお世話になりそうなところを抜け出す。

2023年8月4日