なんちゃって転生者の新婚生活③

「えっ!結婚したの!?」

「日和、声がでかい」

「あっ……ごめんなさい……水臭いじゃない、式に呼んでくれてもよかったのに……」

「……式ね、挙げてない」

「ちょっとあなたを誑かしたのはどこの馬の骨かあちきに教えてほしいでありんす」

「小紫になってるよ……」

大通り沿いにあるカフェの窓際席。
久しぶりに友人のあの子に会ったらとんでもない話を聞かされた。
私の親友、と言いたいけれど彼女は私のこと友人って思っていてくれているだろうか。
前世を信じる?なんて言ったら彼女は怪訝そうに顔を顰めるのだけは、なんとなくわかる。
前よりとても表情が豊かな彼女は、今世もオロチの姪として生を受け、今ではオロチの養女だ。
前よりいい表情をしていると思うの。
私の働くキャバクラにオロチはよく来るけれど、彼は前世の記憶はないし、前のように私に言い寄るようなことはない。
むしろよかったら娘と友人になってくれないかと、同伴の時に彼女と会わせてくれた。
そこからは前より彼女といい関係を築けていると思うし、オロチは私の上客で友人の父だ。
……まあ、悪どいことは相変わらずみたいだけれど、前のような嫌悪感は欠片もない。
源氏名の小紫ではなくて、ただの日和として彼女と長く友人として付き合っているけれど、そんな彼女が結婚だなんて……
ほんとだよ、ほら。
そう彼女が見せたのは左手の薬指。
綺麗な指輪、木目模様で、一筋だけ少しピンクがかっている。
ピンクゴールドらしいよ、とコーヒー片手に言う彼女の手を取ってその指輪をまじまじと見た。
……確か、これって片方とくっつけると模様が繋がるやつだったような……
この一筋のピンクゴールドは、赤い糸を模しているんだとか。
……どうしよう、誰か心当たりがある。
でも、あの人ってそんなロマンチストだったかしら。
前世で、彼女を最後の最後に攫っていった、あの人。
他に思い当たる人なんていないもの、彼くらいしか。
父の懇意にしている人の部下だよ、傍から見たら……政略結婚みたいな?
そう言った彼女の言葉にぴしっと青筋が浮かんだような気がした。
……へえ?
どうしようかしら、今度オロチが来たらちょっと詰問しようかしら。
あんなにおれの娘は可愛いだなんだ、できることなら嫁にやりたくないって言っていたのに?
……ふゥん?
籍を入れてまだ十日程らしい、蔑ろにされることもないしなんなら気遣ってもらっていると……
……絶対あの人よ、そうに決まっている。
オロチだけじゃない、その人にも何か言ってやりたい。
だって、だって、そんな形になってまで籍を入れるってことは憶えているんでしょう?

「嫌になったら私に言ってね、代わりに言えないこと言ってやるんだから」

「あー……うん、そうするよ」

そろそろこの話はやめよう、私も冷静さを欠くかもしれないから。
それからは彼女の仕事の話や私の仕事の話。
フリーカメラマンとして活動している彼女は、たまに私の働くキャバクラに来てキャバ嬢たちのポートレートや店内の写真を撮ってくれる。
色は見えない彼女の、なんて言うのだろう……センスだけじゃ片付けられないけれど、力量で他店よりも綺麗でありのままを写すから店内や嬢たちを鮮やかにしてくれるの。
彼女が店のやっている時間にいる時はお客様と嬢のツーショットを撮って、それを欲しい人に販売するという形を撮っているから正直売上はとてもいい。
時折酔っ払いが彼女に絡むけど、その時は嬢やボーイ総出でそれを諌め、酷い時には出禁にするくらい、私たちは彼女を重宝している。
もちろん、カメラマンというだけではなくて、彼女の人柄を好ましく思っているからよ。
けれど……私の予想が正しいのなら、開店時間中に彼女を呼ぶのは控えた方がいいのかもしれない。
後が怖いもの、本当に、危機感感じるわ。
狂死郎……傳ジローにも言っておこう。
しばらく話し込んで、夕暮れ時になった頃にお開きにしようと彼女が口にする。
揃ってカフェを出ると、ふと呼び止められた。
ああ、やっぱり。
不思議と驚かないものね、あの人が彼女を迎えに来たもの。

「キングさん、わざわざすみません」

「おれも帰りの途中だったからな、気にするな」

その名前も、もちろん覚えがある。
ぱちりと彼と目が合うと、キングは驚いたように目を丸くする。
……何も言わねェからお前も言うなよ。
……ええもちろんですとも。
そんな言葉にならない会話をして、私は彼女に向き直った。

「じゃあ私はこれで。また連絡するから!」

「あ、うん。またね、日和」

ああ、彼女に名前を呼ばれることのなんて嬉しさか!
いつも思う。
だから、あの子を蔑ろにしたり、無体を働いたら絶対に許さないんだから。

 

こいつの友好関係どうなってんだ。
あいつは小紫だ、百獣組がケツ持ちをしているキャバクラの。
それとなく聞けば、オロチの伝手で知り合ったらしい。
変わらねェな、今世も小紫に入れ込んでんのか。
だが、あくまでこいつは友人として、オロチは娘の友人として小紫と付き合いがあるんだと。
……ならいいか。
家に帰る途中、女が寄り道をしたいと言い出した。
無理なら明日ひとりで行くから、と。
特に夜に予定もねェしな、せっかくだからおれも付き合うことにしてハンドルを女の言う方向へ切る。
女が行きたいと言ったのは、この季節紅葉が綺麗な公園だった。
夕暮れ時、夕焼けが赤く、さらに紅葉を赤くしていく。
車を駐車場に停め、女の手を取ってゆっくり歩けば女はじっと紅葉と空を見上げていた。
時折眩しそうに目を細め、それから思い出すように鞄から小さなカメラを取り出す。
そういえば、今はカメラマンだったか。
女のカメラマンとして出している写真集を持っているが、相変わらずいいセンスをしていた。
ほとんどがモノクロ写真、たまにカラー写真はあるが九割方モノクロだ。
それでも景色の色がどんなものか目に浮かぶし、なんならどんな時間帯にも見える。
絵もそうだが、色が見えないなんて誰も思わないだろうな。
今時珍しいと、写真集が出る度にSNSで取り上げられているようだ。
キョロキョロと周りを見渡した女がおれの袖をそっと引く。

「あの、キングさん」

「どうした」

「この中でキングさんが一番綺麗だと思うところってどこですか?」

この聞き方にはとても覚えがあるな。
色を聞く時と同じ。
お前の思うところは?と聞けばどこも同じに見えるから、と返された。
構図じゃなくて色で選んでほしい。
そう言った女は気まずそうにうろうろと目を動かす。
その仕草でなんとなく察した。
今世は生きにくかっただろうな。
あの時とは違って、オロチが国に影響を及ぼしているわけじゃねェ。
引きこもっていても何も起こらない、良くも悪くも。
特に今の世は、この世界は、誰かと何かが違うだけで爪弾きにされちまう。
こいつは恰好の的だったろうに。
それでも強かに生きている。
たまにこいつの部屋からは依頼人との会話が聞こえてくるが、決まって電話が終わってからは相変わらずの口の悪さが出てきているんだ、それを強かじゃなくてなんと言うか。
こっちが仕事もらっている側だからって威張りやばがってクソが、そんな言葉に本質は変わらねェなと実感した。
……まあ、ただ口が悪ィだけってのもあるが。
それにしてもまた難題だな、完全におれの主観じゃねェか。
周りを見渡して、それから女の手を引く。
何かを綺麗だと思うことは正直少ない。
でも、おれにそれが綺麗だとか美しいとか感じ取るのが難しくても、こいつに見せてやりたいなと思うもんくらいはある。
連れていったのは、紅葉の中。
時間的に人も少なく、まるで赤の中にふたりきりだ。

「一面紅葉で真っ赤だ。少し黄色や橙になっちゃいるが……おれはお前と一緒なら綺麗だと思う」

これだけじゃなくて、いろんなもんは一緒に見たい。
ワノ国でお前が知らなかったように、今だってお前に知らないものはたくさんあるだろう。
おれだけができること。
知らないものを、色を、こいつに見せて、教えて、彩っていくこと。
惚けたように空を仰ぐ女の頬に触れる。
お前は知らないしわからないだろうけどな、透明な灰色の目がおれのように赤く染まってるんだよ。
白い髪も、陽の光に照らされた紅葉の赤い光を受けて同じように薄らと赤くなって。
文字通り、おれと同じに染まっている。
誰にもできない、おれにしかできないこと。
おれとお揃いだな、と言うとそれの意味を理解したのか女が頬を赤くした。
全部真っ赤じゃねェか。
ぱくぱくと何かを言おうとして閉じる唇に触れればさらに顔を赤くする。

「写真、いいのか?」

「そっ、れどころじゃないィ……」

カメラに顔を押し付けるように隠す姿が可愛らしい。
耳まで真っ赤。
それにな、責任転嫁をするようで悪ィが、先におれに彩ることを教えたのはお前だからな。
女の手からカメラを取り上げて引き結ばれた唇に自分のそれを重ねる。
結局カメラの出番はなかった。

 

ビビった。
めちゃくちゃビビった。
まさかあそこでちゅーされるとは思わないじゃん。
なんか、思っているよりキングは私のこと大切にしてくれてますね?
本当に、なんでだろう。
知りたいと思うけれど、知りたくない。
だって、だって、今がとても輝いて見えるんだ。
私のそんな知りたいなんて気持ちだけでいたら壊れてしまいそうに思えるくらい、私はきっと今が大好きだ。
知らなくて大丈夫、きっとそう。
まあ根拠もクソもねェんですけどね!
ああいう人をスパダリっていうんだ……なんか既視感。
お風呂も入ったし、寝る前にカメラのメンテナンスしてっと……
使わなかったけどちゃんとレンズを外して、ブロアーで小さな塵や埃を払い、クロスできっちり拭いてからこの前買った防湿庫へ。
うんうん、こうして見るとカメラやレンズが並んでいて楽しいね。
キングはお風呂入っているし、今のうちに寝室に行こう。
スマートフォン片手に寝室に向かい、まだ誰もいないベッドの端に横たわる。
広いベッドなんだけどさ、私とキングが並んでもまだ少し余裕があるんだよね。
最初は少し離れて寝ていても気がついたらキングに抱き枕にされているの謎なんですけど。
今は冷えてきた季節だからむしろ心地良いけど夏とかクソ暑いのでは……?
そんなことを考えながらスマートフォンを見ると、日和からトークアプリで通知があった。
また一緒に遊ぼうね!だって。
凄く仲良くしてくれるんだよね、友だちいないからとても嬉しい。
私よりいくつか年下だけど、日和は私よりもしっかりしているし、なんでキャバ嬢やってるのかわからないいい子だ。
なんでも趣味のひとつらしいけど。
今度は遠出しようよ、と返してからスマートフォンを充電器に繋いでサイドボードに置く。
ふかふかの枕に顔を埋め、今度キングといった公園に写真撮りに行こうと決めてやがてやってきた睡魔に身を任せた。
うとうと、うとうと。
最近は懐かしい夢ばかり見る。
前世の、ワノ国の夢。
あの頃はお父さんはおじ様だった。
何かと……確か、海賊?と手を組んでいて、ワノ国で悪政を行っていて、それでも大切なおじ様で。
そうだ、何か大事なことが起こったんだっけ。
おじ様は、私は、どうなったっけ?
ワノ国で全部終わって、それからは?
大切な人、おじ様がいなくなって、誰か大切な人とどこかへ行ったような……誰だっただろうか。
黒い翼と、炎を背にした人。
誰だっけ、お互い一番だって言って……それからは……?
アルベルって、誰の名前だっけ?
誰っておかしいよね、名前ってひとつしかないのに。
もう少し夢を見たら思い出すかな。
そう思って完全に意識を手放そうとした時、寝室のドアが開く音がして思わず目を開けた。
視線を向けると、上裸にバスタオルを肩からかけたキングが。
もう、寝るところだったのに、誰かわかりそうだったのに。
恨めしそうに視線を向けたのに気づいたのか、ベッドに腰かけたキングが私の髪を撫でる。
……背中に刺青があるんだ。
大きな翼と、それから炎の。
……あれ、私、誰のことを思い出そうと思っていたっけ?

「寝るところだったのに……」

「悪ィな、もっと静かに開けりゃよかった」

髪はまだ乾ききっていない。
体を起こしてキングの肩にかかっているバスタオルを手に取り、それからキングの髪をわしわしと拭いていく。
風邪引きますよ、と言えば風邪なんて引いたことねェなと返ってきた。
思ったよりもふわふわの髪だ。
くせっ毛……と言うよりは元々ウェーブがかっている。
私と同じ白い髪、私はストレートだけど。
おしゃれだもんなー、ハーフアップにして、右側少し三つ編みにしてるの。
私はいつも下ろすか簡単に纏めるかしないけど。
大体水気が拭けたところでバスタオルを渡せば、キングはそれを置いてある椅子の背に適当にかけた。
上は着ないんすか、あっ着ないんすね、知ってたわ。
キングがサイドボードのスマートフォンを手にしたのを見て私は再びベッドの中へ。
すぐスマートフォンを充電器に繋げたキングは電気を暗くするとベッドに潜り、私に腕を回す。
ちっか。
ちっかいんだわ。
なんで今日そんなに距離詰めんの?物理的に詰め過ぎじゃね?
特に会話らしい会話はなく、うとうとしてきた私の体をぽんぽんとあやす様に撫でた。
不思議と嫌じゃない、むしろ安心する。
こちらを見下ろすキングに手を伸ばして、左目尻の近くにある刺青に触れた。
何を模してるんだろう、月桂樹……みたいな?
というか顔に刺青って痛くなかったのかな。
背中に刺青入れる人って意外といるけれど、顔って痛くない?

「……あまりそんなことすると食うぞ」

「やめます」

どう食うのかは聞かない、絶対健全じゃねェもん。
手を引っ込めれば冗談だよとキングは笑う。
思ったよりもこの人は表情が豊かだ。
知っていたような、そんな気がするのはなんでだろう。
いつもはほら、隠していたじゃん。
趣味悪いごついマスクでさ……ん?そんなのしたの見たことないな?
なんかいろいろごちゃごちゃだ、寝よ。
寝ればこんなごちゃごちゃしたモヤモヤした悪くはないけどすっきりしない気分はなくなるでしょ。
ふわふわと寝に入る直前の浮遊感が気持ちいい。
瞼が落ちて、すうっと眠る直前におやすみと声がした。


元黒炭の女の子
なんちゃって転生者。
日和とはお友だち、あまり口にしないけど親友でもいいのかな?
結婚の報告が遅くなったのは他意はないんだよ、式も挙げてないし。
キングと公園に行ったらちゅーされたあ……なんでえ……?
何かを思い出しそうな気はしている、夢では全部憶えているのにね。

キング
女の子を自分と同じ色に染め上げてにっこり。
自分だけがそれを知っていることにさらににっこり。
日和が彼女の友だちだったのはびっくりした、それに前世の記憶持ちだっていうのも察した。
お互い余計なことは言わないように目で会話した、大丈夫余計なことはお互い言わないから。
いつかぺろっと食べるんじゃないかな、前のように体格差も何もないからね。

光月日和
前世の記憶を持って転生した人。
キャバクラ〝花の都〟の売れっ子キャバ嬢、小紫。
今世も女の子と会えるとは思わなかったし、会えてとてもにっこり。
今世はお友だち、ちゃんと彼女は口にしないけど親友だよ。
誰か知らされなかったけど女の子が誰と結婚したのか察した、だって思い当たる人はひとりだけだもの。
ちなみにキャバクラのオーナーは狂死郎。

2023年8月4日