なんちゃって転生者の新婚生活⑨

「海だ……」

ぽかんとしながらデッキで呟く女に思わず笑ってしまった。
おれたちが今いるのはオロチの手配で乗っている豪華客船。
新婚旅行に、とそのチケットを受け取った時は女と揃ってひっくり返るかと思ったな、ちなみに嫁はひっくり返った、ちょっと可愛かった。
それも一番いいスイートルームで。
料金を見るのはやめた、おれでも十日でこんなに?二名利用の一名料金でこんなに?と思うような金額はあまり見ない。
社長すげーな……女も嘘でしょ……と顔を覆うくらいだ。
十日も組を空けるのは少し、いやかなり心配なところもあったがジャックが「任せてくれ兄御!」と言ったので任せることにした、クイーンのカスは最初から宛にしない。
十日となると荷物も多くなる。
おれと女のスーツケースにめいっぱい必要なものを詰め、服は船内にクリーニング屋があるらしいのでそこを頼ることにした。
日によってドレスコードがあるってんだから少し面倒ではある。
プールもあるがおれも女も行かないので特に用意はしない。
十日間は船の上ではあるが、ほぼ毎日どこかの港に停まるから消耗品なら調達できるだろう。
同じく船内にも店はあるらしい、豪華客船って凄いな。
さて、初日は港までオロチが運転手を伴っておれたちを送り、荷物を乗務員に部屋まで届けてもらってから出港の際は女がデッキからオロチへ手を振った。
港が見えなくなるまでデッキにいた女の一言で冒頭に戻る。
そういえば、まだ一緒に海に来たことはなかったな。
前はあれだけ海が近かったってのに。
無意識に離れていたというか、それどころじゃなかったというか。
快晴ではあるが潮風は冷たい。
冷えるぞ、と声をかけて女の手を引きデッキを後にした。
とりあえず部屋へ行くか。
ルームキーに記されている部屋番号と船内の案内を頼りに足を進める。
ところどころで立ち止まってはわあ、と声の上げる女の可愛いこと。
オロチに連れられてそういう場所に行ってそうな気もするんだがな。
それとなく聞いてみれば、苦手だからあんまり行ってない、と天から下がるシャンデリアを見上げながら言う。
そういえば、色がわからなくても明度はそこそこわかるから目がちかちかすると言っていたな。
だからと言ってサングラスをかけたらさらに見えにくくなるんだと、少し大変そうだ。
さて、ルームキーの番号と同じ客室へ入ると女が珍しくおおー!と声を上げた。
船の一室とは思えない豪華な調度品、ホテルのようなものかと思えばどこのタワマンだこれは。
広いウォークインクローゼット、豪華なリビングルーム、バスルームも広くしかもジェットバス、寝室は大きなベッド、それにでかいテレビも鎮座している。
さっきリビングルームにもテレビなかったか?
小さくはあるがダイニングスペースもあるし、リビングルームから繋がるバルコニーにはデッキチェアも並んでいた。
……いくら可愛い娘の新婚旅行だからってこれを手配するオロチはなんて親馬鹿なのか、正直親馬鹿なのはわかっちゃいたがちょっと甘かった、予想よりも豪華な客室を宛がってくれて感謝する。
どこからも海が見えるのはいいな、嫁もキャッキャと喜んであちこち回っているし。
とりあえずおれは自分と女のスーツケースをウォークインクローゼットに置いてから客室内を見渡した。
ウェルカムドリンクとしてシャンパンが置いてあるな、バルコニーに出た女の分もグラスを出してそれからシャンパンの封を開ける。

「すごい!ひろい!うみ!!」

「わかったわかった、今からはしゃぐと疲れるぞ」

ガキか、と思うくらいにはしゃぐ女が可愛い。
白い頬が興奮してほんのり赤くなっているのを見ながらグラスを渡せばきょとんと目を丸くして受け取った。
少しは飲めるんなら大丈夫だろ、アルコールも強いわけじゃねェからな。
女がグラスに口をつけるのを横目にシャンパンのラベルを見て思わず噴き出すかと思った、クソ高いシャンパンじゃねェか。
これがウェルカムドリンクって……どれだけグレード高いんだこの客室は。
シャンパンを飲んだ女は宇宙を背負ったような顔で「めちゃくちゃ高い味がする……」と呟いている。
他にもワインが数種類並んでいるし、なんならコーヒーメーカーだってあれば果物も丁寧に並べられていた。
とりあえず一杯飲んだ後、船の中を見たいと女が言うので貴重品などの手荷物を持って部屋から出る。
さすがと言うべきか、豪華客船の船内施設はとても広く多い。
ブティックも入っているとは思うまい、それも複数。
バーやラウンジはもちろん、図書室やカジノのような設備もある。
一日じゃ全部回るのは大変だな、目移りもする。
息抜きがてらデッキへ出ると、いつの間にかもう日も暮れる時間だった。

「人生に一度も乗る機会なさそうなところ……」

「おれもそう思う」

「……でも、やっぱりアルベルとだったら船旅がいいから、乗れてよかったな」

欄干に寄りかかりながら赤い顔を隠すように小さく口にする女の顔を覗き込もうとすると、女は一歩おれから退く。
いやいや、ここまで来て隠すな今さらだろうが。
恥ずかしそうに逃げようとする女が離れる前にその細い体に腕を回してやれば「やだ!顔今赤いから!」と身を捩った。
ああ、こうしてじゃれるようなことは前はなかったから、とても楽しいな。

「はは、真っ赤だな」

「ゆ、夕陽だもん」

「夕陽でそこまで真っ赤にならねェよ」

「なるよ!」

まあ、髪も目も赤くなるのは夕陽だろうが顔がそこまで熟れたりんごのようになるのは少しキツい言い訳だろ。
意識せずストレートに言うくせに、自覚したら恥ずかしがるなんて可愛いところは本当に変わらない。
そんなに見ないで!と嫌がる猫のように腕を突っ張る女を抱き込んでいれば老夫婦があらあらまあまあと微笑ましげにこちらを見て通り過ぎて行った。

 

とてもお高い味のする夜ご飯でした。
ドレスコードがあるからそれらしい服を着て、めちゃくちゃお高いお店でディナーでした。
セルフスペース姫様だよ、今は姫様じゃないけどな!
いつもならおしゃれな食事を写真撮って日和に送ったりSNSに載せたりするけどさすがにできんかった……無理……
あんな格式高いのは本当にないからな……アルベルもそうなのか、なんだか居心地悪そうだった。
ディナーが終わってからはそのまままっすぐ客室に戻ってお風呂に入り、客室にあった寝間着を着てベッドに転がる。
アルベルがお風呂に入っている間に日和とページワンにトークアプリで連絡入れて、お父さんにもありがとうと伝えて今日はどう過ごしたのか簡単に連絡した。
外でも見ようかな、と思ったけど日没後は船の窓はなるべく締めてカーテンを引かなきゃいけないので見れなかった、ちょっと残念。
それにしてもこの豪華な客室よ……やばいしか言えねーわ。
まあ、このクルーズのプランが十日くらいだからこれだけ広くても困らないか。
ジェットバスよかったな……このクルーズの間のどこかでは昼間に入って外眺めよう。
そう思っていると、日和とページワンからそれぞれ返信が来た。
部屋の中が見たい!ってことなのでベッドから下りて部屋の中の写真を撮っていく。
いやね、カメラも持ってきてはいるんだけどそれは船内で撮るのははばかられるというか……なんというか……途中、各地の港に停まってそこを回れるらしいからその時は持っていこうかなとは思っているんだよ。
粗方撮り終わって日和とページワンにそれを送った。
リビングルームでソファーに腰をかけ、他にもSNSを更新したりこれからのプランで回る場所を確認したりする。
ここで写真撮りたいなとか、アルベルとこれ見たいなとか。
各地でお土産買ったらとても多くなりそうだけど、まあいっか。
いくら夜ご飯終わってお風呂も済んだとはいえまだ寝るには早いな……と、ふとコーヒーメーカーが視線に入った。
よし、少しだけコーヒー飲もう。
それにしてもコーヒーカップもソーサーもこれ絶対お高いやつだわ……すご……豪華客船のロイヤルスイートルームすご……

「お父さんのところもこれは使ってないわ……」

来客あった時に何かしら使うだろうけど、ここまではしてないよ。
そう思いながらコーヒーを手にソファーに戻る頃にはアルベルもお風呂から出てきた。

「ンなモン飲んで寝れんのか」

「寝れる。ほら、人種的にコーヒーのカフェインより緑茶の方が寝にくくなるってどっかで聞いたから」

「どこのネット情報だよ」

「ちょっと待って検索する……いや、コーヒーでも緑茶でも耐性あるらしいからあまり効かないっぽい」

私の言葉にアルベルは笑うと髪をタオルで拭きながら私の隣に座る。
コーヒーをテーブルに置いてアルベルのタオルに手を伸ばして拭いていけばアルベルはそのまま私に身を預けた。
私の髪はかなりストレートだけど、アルベルは天パ……というか、元々ウェーブがかっている。
意外と繊細な髪なんだよね、触っていて柔らかいし。
私が髪濡らしたままだとドライヤーしろって言うのに自分はしないんかい。
わしゃわしゃと乱すようにタオルドライを済ませればアルベルは私に腕を回してテーブルに置いた私のコーヒーを手に取った。
……めちゃくちゃ砂糖入れたんだけど大丈夫?
気づいているのかいないのか、躊躇いなくそれを口につけたアルベルは噴き出しそうになるとなんとも言えない顔で私を見る。

「……」

「……めちゃくちゃ砂糖入れちゃったんだけど」

「もっと早く言え」

言う前に飲んだんじゃん。
もーしょうがねーなー、ちゃんとブラックで淹れますよ。
ソファーから立ち上がってダイニングスペースへ向かう。
棚からコーヒーカップとソーサーを取り出していると、私が使っていたコーヒーカップをそこに置きにアルベルがやって来た。
なに、座っていればいいのに。
コーヒーメーカーを用意する手にアルベルは自分の手を重ねると、何事かと見上げた私に顔を近づける。
……あ、これあれだ、お誘いだ。
え、コーヒー飲まないの?そんなクソ甘いやつでいいの?
私が何か言うよりも前に私の頬に触れるとそのまま唇を重ねた。
ただ重ねたと思えば今度は唇を啄んで、思わず仰け反ってしまうと逃がさないとばかりに腰に腕を回される。
待った待った待った待った!
早いんだよ!何もかもが早いんだよ!
ぬるりと唇に舌が這った瞬間にアルベルの口を両手で押さえた。
……んな、不服ですって顔せんでもさ……
せめて、あの、寝室でお願いします。
赤くなる顔を隠すように俯いて小さくそう言えば、アルベルは笑うと私の額に唇を落とし、それから軽々と私を抱き上げる。
いやもうマジであっという間。
あ、スマートフォンテーブルに置きっぱなし。
けれど私は落ちないようにアルベルにしがみつくのが精一杯、落とされることはないんだろうけどさ。
寝室に入れば揃ってベッドに雪崩込むように横たえられた。

「そんなに欲求不満だったっけ……?」

そんなに頻度は多くなかったけど、そういうことはあったじゃん……?
私の顔中に唇を落としながら寝間着に手をかけるアルベルに言えばアルベルは目を丸くして、それからまた笑う。

「そういうわけじゃねェが、いつだって嫁とイチャつきたいのが旦那だろ?」

どっちかって言ったら性欲淡白な方だからちょっとよくわかりませんね。
この人すぐ私の常識を自分の常識で塗り潰そうとするんだから……前もそうだったし。
そこまで知らない女じゃありませんけど?
あーでもここまでされたらもう引き返せません困ります旦那様ー。
全然困ってるように見えないって?
そりゃそうよ、本当に困っていたらめちゃくちゃ嫌がるっつーの。

「いつも言っているけどさ」

「あ?」

「……いや、あの、ほんと、手加減して……優しくおねしゃす……」

私より結構年上なのに、この人精力旺盛なんだもの……
努力はするって?
いつもしてないなら言わないんだよばーか!
私の抗議は食べられるように唇を重ねられて消えていった。

 

「ばーかばーか」

「そんなに拗ねるな」

「すねてない」

「じゃあこっち向けよ」

「やだ」

それを拗ねてるって言うんだよ。
俯せて顔を枕に埋める女の髪を宥めるように撫でればぶすくれた顔でこちらを睨み上げた。
やれ朝飯食べ損ねただの、やれ港に停まったら一緒に行きたいところがあっただの、やれお前の努力ってなんだ馬鹿と可愛らしい文句が出ること出ること。
悪かったよと宥めてもフグのように頬を膨らませてぺちぺちとおれの手を叩く。
ここで笑ったらさらにへそ曲がりになるな、堪えろおれ。

「なあ機嫌治せよ、やりたいことに付き合ってやるから」

「……わらわない?」

「馬鹿にはしない」

「……おふろ、あかるいじかんにはいってそとみたい」

ん、と抱っこしろと手を伸ばす女に思わず笑って抱き上げれはわらわないっていった!と舌っ足らずにおれを咎めるようにおれの髪を引っ張った。
はいはい、悪ィな姫様。
夜まで着ていた寝間着はとっくにベッドの下に落ちている。
そのままバスルームに向かい、昨日張ったままの湯を追い焚きしてその間はシャワーで簡単に身を清めた。
さすがというか、なんというか。
世話され慣れているな。
湯船の湯も温まった頃に揃って浸かれば女はそのまま身を乗り出すように窓枠へ体を預ける。

「おー、なんかこうやって外見るの新鮮」

「船は動いてねェけどな」

「どこかの誰かさんががっついたからじゃん」

「満更でもなかったくせに」

「う……」

そりゃ、嫌いじゃないし……ともごもご口篭る女の体を抱き寄せた。
視線は相変わらず窓の外へ向いているが、リラックスしているのか力を抜いておれに身を預けている。
よくまああれだけ無体を働かれてリラックスできるな、それが女からの信頼されている形ではあるだろうが。
悪戯心が芽生えて腰回りや腹、足の付け根に手を滑らせて撫でていれば女は窓の外へ向けていた視線をこちらへ向けた。
そんな威嚇する猫みてェな顔しなくてもいいだろうが。
何もしねェ、ここでまたがっついたら一日口を聞いてくれなさそうだしな。
さすがにそれは嫌なので冗談だよと言って背を撫でる。
……まあ、この調子ならそういう機会はありそうだがな。
窓への興味はどこへやら、女がおれにもたれかかって寛ぐ様子を横目にこれは生殺しだな、と思いながら温くなってきた湯船に身を任せた。


元黒炭の女の子
なんちゃって転生者。
新婚旅行をお父さんが手配してくれたので新婚旅行なう。
めちゃくちゃお高い客船にぽかんとしていたけど、終わる頃には馴染みそうな予感。
前も船旅していたな、と思い出しながら旦那と楽しんでいる。
初日で食われたのはおこ、回りたいところあったのに!
気づいたらお昼過ぎていた。

アルベル
百獣組の大看板キング。
義父が新婚旅行を手配してくれたので嫁と楽しんでいる。
さすがにここまで豪華な客船には縁がなかった。
嫁が停泊しているところでここ回りたいとか思っている傍らどうやってぱくりと食べようかなって考えたりしている。
案の定、新婚旅行初日でがっついたら拗ねられた、そこも可愛いけどな。
多分愛妻家。

2023年8月4日