キングの育児日記①

「娘です」

「むすめです」

そう言って右腕がちんまりした子どもを抱き上げて紹介したので思わずそのまま酒を吐いた。
クイーンはこれでもかと目を見開き、ジャックは白目を剥いて倒れる。
キングの腕にはまだ十になっていないであろう幼い女の子が。
どこから攫ってきた、と言いたかったが肌や髪の目は違うものの、目の色や黒い翼、焚き火のような炎、本人そっくりの整った顔立ちにこれはマジだと察してしまう。
……いや察しても納得も理解もできねェよ!!
おま、いつの間に……!?
聞けば以前遠征で赴いた先でそういう関係になった女がいたらしい。
娼館の女、ではなくどこにでもいそうな普通の女。
一晩だけの関係だったが、珍しくこの右腕は惚れ込んだんだと。
こちらへ攫ってくるかとも思ったらしいが女はキングの負担になってしまうからとキングとは別れることを決め……なんだよ泣かせるんじゃねェよォ!!
そしてつい先日キングが遠征に向かった先がその女のいる島に近かったらしく、立ち寄ったら女は流行病で亡くなっており、女が住んでいた家には腕に抱き上げる子どもがいて、さらに言うには島民によって政府に通報され売られる寸前だったと言うじゃねェか。
肌と髪の色は違えど、特徴でわかる人間はわかる。
見過ごせなかったキングがその島を世界で一番大きなキャンプファイヤーの如く燃やし尽くして連れて帰ってきた、らしい。
ちなみに島が燃え上がる様を見た子どもは「すごぉい!もえてる!」とキャッキャしてたんだとか。
間違いなくお前の子どもだよ……
立ち直ったジャックは「兄御も子どものいる歳だもんな」とやけに納得していたし、クイーンは「おれ自分の薬キメちまったかもしれねェんでちょっと踊ってきますわ」とよくわからねェことを言ってふらふらと出て行った。
子どもの方はきょとんと目を丸くして、パパ、あのひとだぁれ?と素直にキングを見上げている。

「カイドウさんだ。ここまで来る時に説明はしたな?」

「カイドウさん、パパがおせわになってます」

幼女ってなんだっけ、こんなに丁寧だったか。
いい子だな、とキングが子どもの頭を撫でれば子どもはあまり表情は変わらずとも嬉しそうにまだ小さな翼を動かす。
呆気に取られているおれとジャックを余所に、キングはこいつの身嗜み整えて来ますのでと一言言うと部屋を出て行った。

「……ジャック」

「……はい」

「おれァ飲み過ぎて幻覚でも見てんのか?」

「おれも見てるんで幻覚じゃないです、現実です」

だよなァ。

 

小さな子どもは間違いなく同族の血を引いているのだと一目でわかった。
同時に数年前に関係を持った女の子どもだとも。
親はと聞けば母親しかいなかったけれど少し前に病気で死んだ、と港から離れた家でひっそりと暮らしていたらしい子どもが言う。

「これからね、わたしうられるんだって。むらにたくさんのおかねがはいるし、みよりのないわたしはそのほうがしあわせなんだって、みんないってるの」

きもちわるいよね、わたし、ここでママのところにいたいのに、おとなはかってにきめるの。
何もかも諦めたように呟く言葉に血の気が引く。
肌と髪は女譲り、けれど他は?
その黒い翼も、まだ弱々しい背中の炎も、顔つきも、おれと同じじゃねェか。

「父親はどうした」

「ママがないしょっていってたからいわない。ママもあまりおしえてくれなかったし……」

娘にすら話さなかったのか。
──言わないですよ、だって言ったらあなたが素敵な人っていろんな人にバレちゃうじゃないですか、私なりの悋気です。
そう言って微笑んでいたような、気がする。
どうしたものか。
連れて帰る?まだ幼い子どもを?
けれどこのままにしたって売られると言っていた、子どもひとり売ったところで村が潤うほどの金なんて……
……ああ、そうか。
知っている人間がいるのか。
子どもの特徴が、今では滅んだ希少な種族だと知っている人間が。

「……おれが攫ってやろうか」

気がつけばそんな言葉が出ていた。
子どもはおれと同じ色の目をきょとんと丸くさせて、首を傾げる。
あなたの負担にはなりたくないからと、本当は離れたくないと物語る目を思い出す。
子どもが答えを出す前に子どもの小さな体を抱き上げれば、焦ったように子どもが声を上げた。

「まって!おこられちゃうよ!そんちょうさん、いえからでるなって……!」

「今から死ぬ人間なんか心配するんじゃねェ。売られた先で何されるかわかってんのか、一生そこでモルモットだ、お前の母親もそれは望んじゃいない」

「でもっ」

「おれの娘なら抗え。誰かのためになんて思うな」

そう言ってあいつも連れて行ってやればよかったな。
泣き出しそうな顔をした子どもに努めて安心しろと声をかけ、船へ戻る道すがら子どもを取り返そうとしていたやつらを問答無用で切り捨て、炎で焼き、何事もないように歩みを進める。
怯えるかと思えば子どもは燃え上がる炎に魅入られたように凝視していた。
……肝は据わっているらしい。
人の悲鳴にも、何もかも焼き尽くすような炎にも、怯えは見られない。
あろうことかきれいとまで言い始める。
船に戻ればおれが子どもを連れているのに驚いた部下たちが何か言いたげにしているが構ってられねェ。
船内に入り自分の部屋へ向かった。
子どもを適当に座らせて、視線を合わせれば子どもは首を傾げる。

「……パパ?」

その言葉に子どもの頭を撫でてやればぶわ、と子どもの目に涙が溜まった。
泣き喚くことはしないが、静かに泣いている。
守ってやらねェと。
不思議とそう思った。
そんなこんなで子どもをワノ国に連れて帰り、カイドウさんに紹介しておいた。
まあそうだよな、おれが連れて帰ってきたらそうなるな。
自分の子どもで間違いないとはいえ、攫ってきたと言えば攫ってきたようなものだ。
子どもは抵抗らしい抵抗なぞしていないし、なんなら燃え上がる島を見てはしゃいでいた。
聞けば母親が死んでから村の人間はころっと態度を変え、あの家から出ないように子どもに言いつけたのだという。
ルナーリア族の血を引く子どもが売られた先で幸せだって?
そんなわけ、ないだろうが。

「もしかして、パパってかいぞくなの?」

「ママから聞かなかったのか?」

「わたしのはねとほのおはパパゆずりだってことはおしえてくれたよ」

……そりゃそうか。
海賊だと自分でも女に言わなかったが、察してはいただろう。
ころころとおれのベッドでひろーい!と楽しそうに転がる子どもの無邪気さは女に似たか。
器用に炎は消しているし、力のコントロールは案外センスがあるかもしれねェな。
おれがやること。
この子どもが自由に生きられるように教えることだろうな。
誰にも何にも縛られず、自分の決めた道を進めるように。
女のように我慢せず、おれのように囚われず、いつか大きくなる翼をのびのびと広げられるように。
それにしても、自分の子どもにもなると可愛く見えるもんだな。
ヤマトは生意気で憎たらしく見えたってのに。
おれに似た顔で笑う子どもを見て、おれもああやって無邪気に笑える日があったかとふと思ってしまった。

 

○月✕日
過去に惚れ込んでいた女との子どもを連れ帰ってきた。
連れ帰る時に女と子どもの故郷である島を焼いてしまったが、特に子どもに未練はなさそうなのでよしとする。
ただ、いきなり現れた知らない男に攫われる形でしかも故郷が焼かれる様を見たってのに「おっきなキャンプファイヤーだ!きれーい!」とはしゃぐのは一体誰に似たんだ、おれでもさすがにそれはない。
カイドウさんに紹介したら酒を吐いていたが大丈夫だろうか、大丈夫だな。
日記、というか記録として子どもが成長する様子を書き記していこうと思う。
さっそく子どもは突っかかってきたクソガキ共に自分の弱い炎を投げつけるように遊んでいたが、遊び相手がいるのはいいことだ。


女の子
キングと一夜を共にした女との子ども。
ルナーリア族とのハーフ。
肌と髪は母親譲り、黒い翼と背の炎、顔つきは父親譲り。
ちょっと感性がおかしいかもしれないけれどこれからすくすく成長する予定。
多分七つか八つくらい。

キング
過去に一夜を共にした女が暮らしていた島へ足を向けたら自分とそっくりの子どもがいて、しかも政府へ売られる寸前だったので攫うように連れ帰ってきた。
同族の、自分と同じ血が流れている、しかも惚れ込んだ女との子どもを放っておくなんてできなかった。
子煩悩でも親バカでもないけれど自由に生きられるように育てたい。
女と子どもの故郷を焼いたことに後悔も反省もないが子どもの感性がちょっと心配。
おれの娘、惚れ込んだ女との子ども、やっぱりカイドウとは違う特別。

カイドウ
右腕がいきなり娘だと言って子どもを連れ帰ってきて飲んでいた酒を吐いた。
えっ、どういうこと……?
困惑のカイドウ。

クイーン
おれ自分の薬キメちまったかもしれねェから踊ってくるわ。
混乱のクイーン。

ジャック
兄御も子どもいてもおかしくねェもんなァ。
ズッコケジャック。

2023年8月4日