キングの育児日記②

〇月〇日
困った。
娘の服装はどうするか。
おれに似た可愛い娘の顔を隠すのは惜しい。
だがそのままだと娘の身もおれの身も今まで以上に危険が付き纏う。
カイドウさんに相談したらせめて可愛い服にしてやれよと言われたが……
肌や髪はともかく、顔は隠してやらねェと。
試しにお揃いにするか?と聞いたらすごく複雑そうなしわくちゃの犬みてェな顔をして何も言わなくても嫌がっているのがわかった。
パパなりに心配はしてるんだぞ……

 

「キング二号みてェな服はやめてやれよ……ずっとあのままだからな……」

クイーンのカスがしわくちゃの顔をしてジャックの膝に座っている娘を見てそう言った。
幸い、カイドウさんやクイーン、ジャック以外には顔は見られていねェ。
娘の故郷で娘が着ていたのはシンプルなワンピース。
ワンピースなのは別に構わない。
が、顔を隠すにはどうするか……
レースがふんだんに使われたワンピースを見せてももうふだんつかいならもうちょっとシンプルなのがいいと首を横に振るし、顔を隠すのにおれのようなマスクを差したらさらにしわくちゃな顔をする。
いくら娘のヤマトを育てているとはいえ、あいつは相変わらずひとりで鬼ヶ島の中を逃げ回っているし、おれの娘がおれに懐いている姿を見ては落ち込んだように肩を落としていたし、あまり刺激はしねェ方がいいだろう。
言うのもあれだが、少し可哀想だ。
どうしたものか、そう首を捻っていると娘はいくつかの服の中からひとつ、マフラーを取り出してそれを自分の首に巻いた。

「ジャッくん、これあったかい」

「それはマフラーだな。まあ、鬼ヶ島は冬みてェなモンだから何かあった方がいいだろ」

「もこもこ!」

……ジャック、お前いつからそう呼ばれてんだ。
ご機嫌にマフラーを巻く娘の姿を見て、これはありかもなとふと思う。
今着ているワンピースにも合うし、なんなら城内でももう少し着込んでもいいのかもしれねェ。
試しに娘が言っていたようにもこもこのパーカーを差し出せば、娘はそれを着て満足そうに笑った。
それからフードを被せれば、マフラーと相まってあまり顔はわかりにくい。
フードを深く被れば大丈夫そうだな。

「……あれ本当にお前の娘?めちゃくちゃ可愛げあるじゃねェか」

「おれに可愛げがねェってか」

「ねェだろ、普段の自分を思い返せ」

「パパ、これがいい」

さっきまでのしわくちゃな顔はどこへ。
パタパタとご機嫌に翼を動かして、心做しか背中の炎もさっきより燃え上がっている。
わかりやすい。
あちっ!とジャックが驚けば娘はごめんねジャッくんと言って炎の勢いを弱めた。
誰に教わったでもないだろうに、その炎のコントロールは器用だと思う。
ジャックの膝から下りてワンピースの裾をはためかせるようにくるりと回る娘が「パパどう?かわいい?」と見上げた。
めちゃくちゃ可愛い。
というかあざといな、わかってやってるなこいつ。
自分の立場をよく理解している。
誰だそんなこと教えたのは、あの女か。
のんびりのほほんと穏やかに見えて強かだったんだな。

「わたしはパパににておかおがきれいだから、こまったらかわいくするとおとくだよってママがいってた」

だろうな、おれに似て顔綺麗だからな。
間違ってはいない、いないんだがこの歳のうちにとんでもねェ処世術を身につけさせるな。
魔性に育ったらどうすんだ。
おれに聞いたように今度はクイーンとジャックに「かわいい?」と聞く。

「……やっぱりお前の娘じゃねェよ、あんなに可愛いわけがねェ」

「表に出ろカス野郎」

可愛い可愛いと小さく手を叩くジャックと嬉しそうにくるくる回る娘を余所に、慄くクイーンの顔に拳を叩き込んでおいた。

「パパなにしてるの?」

「あー……じゃれてんだ、そっとしておいてくれ」

「わかった。ママもおとこのこはじゃれるものっていってたし」

「……ママ凄いな」

「うん、ママだもん」

 

○月□日
娘を風呂に入れようとしたら全力で拒否された。
カイドウさんに相談したらそりゃ父親に言われたら拒否されるだろと言われた。
幼いとはいえ女ではあるわけだし、そこは気を遣ってやれとも。
けれどおれの部屋の風呂はおれに合わせたサイズだから一緒に入らねェと危ねェ。
娘に説明しても「いや!」と首を横に振る。
どうすればいいか……
ちなみにカイドウさんにどうしてました?と聞いたら蹲って泣き始めた。
触れちゃならねェ話題のひとつだったらしい、そっとしておこう。

○月△日
風呂に関しては娘が危なくない程度にお湯を張ってやり、何かあったら呼ぶことを約束するという妥協案でなんとかなった。
風呂上がりに脱衣所に行けば大きなタオルに包まっていたので髪と翼を拭いてやれば擽ったそうにしていたが嫌がる様子はなかったので良しとする。
でもな、ベッドに来てから翼を大きく動かして水気を飛ばすのはやめろ。
それやるのは脱衣所までだ。

✕月〇日
うるティとページワンと遊んでいたらしい娘がギャン泣きのふたりの手を引いていた。
娘は居心地の悪そうな顔で「あそんでいたらなかせちゃった……」と言っていたので聞いたら、どうやら遊んでいたと思っていたのは娘だけでふたりはちょっかいを出して悪ふざけで娘を追い回していたらしい。
遊んでもらっていると勘違いした娘が炎を投げて遊んでいたらふたりに直撃して少し火傷をしたんだと。
……悪いのはどっちなんだこれは。

✕月✕日
訓練という程ではねェが自分の身の守り方を教えた。
炎のコントロールはセンスがある。
小火程度ではあるが燃やすのは上手い。
パパのかっこいいところみたい、と言われたから張り切って大技を繰り出したら大火事になった。
揃ってカイドウさんに怒られた。
ちなみにやべェと思ったら誰でも燃やして構わねェ、うちの構成員でも問題ねェ、と言ったらそれを聞いていたカイドウさんに怒られた。
いや、おれは娘に教えることを教えただけなんで……と言い訳したら拳骨を食らった、解せねェ。

✕月△日
娘が全力で炎を放ったらクイーンのカス野郎に着火した。
髭に当たって片方だけチリチリになって不格好になっていてウケた。
娘は「クイーンごめんね……」としゅんとして謝っていたが、おれはその後ろで笑いを堪えていた。
堪えきれなかったジャックがクイーンに殴られていた。
お前大看板だろうが避けろ、無理なら娘と大看板交代しちまえ。
そう言ったら殴り合いの喧嘩に発展した。
カイドウさんに怒られた。
……おれがどれだけカイドウさんに怒られたのかの日記じゃねェんだがな。

 

ちんまりしたキングの娘は大人しかった。
キングがあれだけでかいならきっとこの娘も大きくなるのだろう。
整った顔立ちもキングに瓜二つ、成長したらそれはそれは美人になるだろうと安易に予想できるくらいには。
大抵はキングの周りをちょろちょろと小さな体で大きな父親を追いかけているが、キングが話をしている時は大人しくキングの足にしがみついちゃいるがいい子にしている。
父親の存在を知って、暮らし始めてそんなに経ってねェが随分と懐いているな。
それも流れる稀少な血故か、しかも肉親とくれば無条件に懐くモンなのだろうか。
キングもキングで親バカとまではいかねェものの、キングなりに可愛がってやっているのが見て取れる。
それほど惚れ込んだ女を想っていたのか、それともキングも同族が恋しかったのか。
こればっかりは本人じゃねェとわからねェけれどな。
さて、そんなキングの娘だが、一日遊び回って疲れたのかキングの膝の上ですやすやとおねむだ。
おれたちが酒を飲んで騒いでいても起きる気配はない。
自分で言うのもあれだがよォ……でかい上に強面の男が複数いるのによくすやすや眠れたモンだなァおい。
うるティやページワンといった子どもたちとは仲が良いのか悪いのか、けれどふたりがこの娘を追いかけ回してはこの娘が遊んでくれると勘違いして炎を投げてはふたりが火傷してギャン泣きした、キングの娘は居心地の悪そうな顔をしていた、なんてこともあった。
あー……うん、ルナーリア族ってのはハーフでもちょっと感性がおかしくいらっしゃる?
おれたちからしたらキングの娘は、普通の背丈の人間から見た猫くらいのサイズだ。
普段は顔を隠すようにマフラーを巻いてフードを被ってはいるが、今ではここにいるのがおれやクイーンだからかキングも特に口うるさくなることはない。

「でもキングの娘ちゃん親がこいつと思えねェくらい可愛いんスよ、ほんとに誰に似たのか……」

「おれに似て可愛いだろうが。目まで腐ってんのか」

「お前のどこが可愛いのか説明してくれる?おれわかんねェわ」

やめろやめろ、酒の席で喧嘩始めんな。
父親とその同僚が険悪な雰囲気になっても子どもはすやすや夢の中。
肝が据わってるんだよな……将来大物になるぞこりゃ。
同時に将来を心配するのが親ってモンだろう。
おれだってヤマトを外に出さないのには理由がある、もちろん計画の要になるだろうって期待もあるが、おれの娘ってだけで海軍や政府に目をつけられる可能性もあるからだ。
親の心子知らず、とはよく言ったもんだな。
酔いが少し回っているらしいキングが膝の上で眠っている子どもの頭を優しく撫でる。
この親子もそうだ。
キングはルナーリア族の生き残り、そのハーフと言えども稀少な血を引くからと狙われることは間違いねェ。
わかっているから幼くとも生き抜く術を教えているのだろうな。

「おれのどこが可愛くねェんだ」

「全部だよ全部!」

「あ?全部可愛いって?」

「だめだこいつ酔ってやがる……!」

……珍しくめんどくせェ酔い方してんな。
キングが潰れる前に娘と部屋に戻れよと釘を刺して酒を煽る。
結局、キングが自分も娘も可愛いだろと何度もクイーンに言い聞かせるように話をし、上機嫌に酔い潰れたキングを呆れながらも娘と一緒に部屋へ送り届ける羽目になった。


キングの娘
ルナーリア族のハーフ。
自分の顔の良さをママから教えられているので活用する、多分あざとい。
パパとおそろいはちょっと……もこもこのマフラーとフード付きのもこもこパーカーでフードを深く被ることでとりあえず落ち着いた。
父親譲りの頑丈さがあるのでうるティとページワン姉弟と遊んでいても大体泣かせる側になる、年下なのに。

キング
まだ親バカではないはず、多分。
悪気なくカイドウに子育ての相談をしては泣かせている。
パパ初心者なので手探りではあるけれど今のところ特に問題なくパパとしてすくすく成長中。
おれに似た娘が可愛い……おれも可愛い……?っていうことに気づいてクイーンの混乱を招くことになってるけど割りと本気で思ってるからタチが悪い。
一緒にお風呂を拒否されてちょっと傷ついた。

カイドウ
キング親子を心配してはいるけれど悪気のないキングの相談に自分とヤマトの関係を思い返しては泣く。
どっちもすくすく育てよ……

クイーン
可愛いのはお前の娘であってお前は可愛くねェからな!と叫ぶ常識人。
娘の炎で髭が焼けた。

ジャック
娘からジャッくんと呼ばれている。
まだ大看板じゃないけれど未来の大看板。
娘と仲良し。

2023年8月4日