○月✕日
娘が半泣きになりながら羽繕いをしていた。
まだ小さな翼とは言えど、羽繕いは慣れないのか整えた傍から気になって乱して、の繰り返しだ。
……可愛かった、おれの娘可愛い。
じっと見ていたら求めるようにおれを見上げたが、おれと娘のサイズが違い過ぎて娘の翼は小さいから手伝えねェんだ。
翼の表面の塵や埃が気になるらしいので、おれも羽繕いに使っているブロアーで翼の表面に空気を吹きかけてやれば「わたしもそれほしい……!」と目を輝かせる。
まああれば便利だからな。
そもそも今まで自分の羽繕いはどうしていたんだ、あの女が手伝っていた……かもしれねェな。
表面の塵や埃を落としたからか、さっきよりもスピードの上がった羽繕いに感心しながらブロアーで娘の顔に空気を吹きかけたら怒られた。
○月○日
うるティに転ばされて顔からいったらしいが無傷。
さすがおれの娘。
さらに仕返しとばかりにうるティを転ばせて鼻血出させて泣かせていた。
さすがおれの娘。
✕月○日
ふと娘に母親のことを聞いてみた。
娘から見ての母親は、生きていけるのか不思議なくらいのんびりほわほわしていたが強か、いろんなことを知っている、娘から出てくる不思議な単語はママに教えてもらった、メンタルでは多分パパよりめちゃくちゃ強い、だそうだ。
なんでも母親が生きている間から娘は売られそうになっていたそうだが、その度に母親が村のあちこちに「もーえろよもえろーよ」なんて歌いながら放火していたらしい。
母は強し。
✕月✕日
娘が「これきたい」と服を持ってきた。
少し成長して好みが変わったらしい。
……いや、変わったのはいいんだがな?
ひらひらしたスカートなのもいいんだがな?
短くねェか……?
巷ではなんと言ったか……ゴスロリ?
「ひらひらしててもみじかかったらうごきやすいもん」とは娘の言い分。
捲れたらどうすんだ、変態なんぞそこら辺にごろごろいるんだぞ。
そう言ったら「パパはクイーンにへんたいやろうっていわれてるのに?」と言われた。
とりあえずクイーンの野郎をぶん殴りに行く。
私は娘である。
名前?ママが付けてくれた綺麗な響きのお名前があるよ!
そんな私もすくすく成長してもうこの歳にしては背が高くない?ってくらい、物理的にも精神的にも成長した。
身長はねー、多分同い年くらいの人たちよりも大きいかな。
まだまだ成長期、成長痛であちこち痛いけどまあ大丈夫でしょ。
ママもきっとすぐママより大きくなるんでしょうねって言ってたけど確実にママより大きいと思うよ。
背も高くなったら背伸びしたくなるのが女の子。
シンプルなワンピースが多かったけど、パパにたくさんお願いしてひらひらふわふわ、黒が基調のスカートを着るようになりました。
ゴスロリって言うんだよね確か。
ママ言ってた、私はゴスロリめちゃくちゃ似合うって。
それでもお顔はあまり出しちゃいけないからゴスロリワンピースの上からもこもこのパーカーを着込んでマフラーもしている。
スカートも短くてもパンツは見えない、だってママ曰く鉄壁スカートの法則あるもん。
そう言ってるのにこの格好でパタパタ走り回ればそれを見たパパから「走り回ってスカートが捲れたらどうすんだ!!」と怒声が聞こえるけど大丈夫大丈夫、ママの言ってたこと信じて!
「ジャッくん、どーお?かわいい?」
「可愛いけどそのスカートの丈はなんとかならねェのか」
「てっぺきだからだいじょーぶ!」
「……ひらひらしてんのに鉄壁?」
あ、ジャッくんが宇宙を背負った。
ママがね、人って理解の範疇を超えるとどんな人でも宇宙を背負うのよって言ってたからそれかな。
なんだっけ、スペキャって言うのが元なんだっけ?
だからスペジャ?スペースジャッくん?
パパだったらスペキンだし、カイドウさんだったらスペカイかな?
ママ面白いことたくさん知っていたから娘はとても楽しいです。
てっぺきなんだよこれー、ぴらっと少しスカートの裾を上げたら凄い勢いでパパがやって来てジャッくんを殴り飛ばした。
すごぉーい、猪みたーい!
パパ羽あるのに走って来たの?
見事に殴られたジャッくんはパパに胸倉を掴まれて「てめェ娘に何させてんだ殺すぞ!!」とゆさゆさ振られている。
ごめんねジャッくん、今のは私が迂闊だったね。
別にパンツ見えるほど捲ってないんだけどな。
無実です……とがくりと項垂れたジャッくんを床に投げてからパパがキッと目を顰めて私を見た。
「お前も何してんだ!!」
「なにもしてないよ、スカートはてっぺきなんだよっていってただけ」
「捲るんじゃねェ!!」
めちゃくちゃおこじゃん……こわ……
まだヤマトおじさんよりよくない……?ヤマトおじさん横乳見えちゃうじゃん、それはどうなの?
でもここで言ったらさらに怒られる気がしたから娘はお口チャックする、娘は察しのいい子だから。
スカートの裾を持っていた手を下ろして後ろに隠せばパパは大きく息を吐いた。
そんなに溜め息吐くと幸せ逃げちゃうよ、逃げた分の幸せ吸っとかないと。
ママも溜め息吐いて幸せ逃げたら周りの人の幸せ吸い取るくらいの気持ちで吸っとけって言ってたし。
私はね、ママの教えの方がとても面白くて楽しいからついママのこと思い出すけど別に寂しくはない。
嘘、寂しいけどパパがいるから死んじゃうくらい寂しくはない。
だってママのことはパパより知ってるから、ちょっとした優越感?
おあいこだよね、ママだってパパのこと教えてくれなかったから、娘に嫉妬はしないけどやっぱり嫉妬しちゃうって言ってた。
よくいろんな人にどんな教育されたんだって言われるけれど、ママ印の教育としか。
やられたらやり返せとか、綺麗なお顔使っていけとか、いろいろ。
ママとパパが一緒だったらきっとパパもっとお疲れだよね、お疲れパパ!でも娘はこのまま育ちます!
ここに来て結構経つけど私はそんな気がする。
頭を抱えたパパはひょいと私を抱き上げると、そのまま部屋の方向に足を向けた。
ジャッくんごめんね、頑丈だから大丈夫だと信じてるよ。
ちなみにここで私がやってるのはパパから力の使い方教わったり、お勉強したり、いろいろ。
力の使い方はまあ確かに自分のことだから知っておいた方がいいよねって思う。
自分を知るの大切。
お勉強も嫌いじゃない、パパにここに連れて来られてから島の外には出ていないけれど、たまに遠征に連れてってくれるからパパやカイドウさんがどんな人と戦っているのかとか、海軍ってことを知るのとか、世界知るのってそれも自分を知るのと同じで大事だよね。
あと娘はママが死んだ後に売られそうになってるから政府がクソっていうのは知ってる、パパも政府はクソって真顔で言ってたし、ママも政府はクソって微笑んでいたもん。
知ってる?ママってたまに素になるとお口悪いんだよ。
私と話している時は柔らかい言葉だったけどたまに村の人と話している時にぽろってお口悪くなってたの。
その言葉の意味を聞いたら「チクチク言葉って言うのよ、大きくなったらたくさん教えてあげるね」って笑ってた、目は笑ってなかった。
パパに聞いたら「チクチクどころかぐっさり刺さるけどな」って遠い目だったけど。
「パパ、パパ」
「あ?」
「これかわいい?」
「可愛い可愛い、短くなけりゃもっとな」
ちょっと!女の子にはもっと心をこめて言わなきゃダメじゃん!
ムッと頬を膨らませればパパは私の頬を大きな指でつついた。
ジャッくんもクイーンももうちょっと心をこめて可愛いって言ってたのに。
「来週、おれとカイドウさんは遠征だ」
「うん」
「お前も連れてっていいと許可が下りたぞ」
「ほんと!?」
やったー!お外だ!!
絶対顔見られるなとか、あまり離れるなとか、注意は多かったけどそんなことより私は嬉しい!
ヤマトおじさんに言ったら羨ましがるかな?
ヤマトおじさん、島の外に出たくても出れないって地団駄していたからなァ。
お土産くらい買っていってもいいかな。
「パパ!おそといくならおかいものしたい!!」
「遠足気分か」
「えんそくもえんせーもにたようなものだよ!」
「わかったわかった、そんなにばさばさ動かすな」
「パパもいっしょね!」
大丈夫!迷子にもならないしお顔隠しておくから!!
知ってる?後で思い出したけどママがフラグって言ってた。
そういうことです、はい。
「あっ……ンの、じゃじゃ馬娘ェ……!!」
「落ち着け落ち着け、延焼してる」
遠征と言っても縄張りの島へちょっとした様子見だった。
それとカイドウさんの圧をかけに。
縄張りというのはその海賊の名を盾に島の人間を守っちゃいるが、何もただで守っちゃいねェ。
納めるモンは納めてもらう、一種の取引だ。
娘はある種の社会勉強兼ねて連れて行くことになったが、上陸数秒で姿が見えねェ。
見張りに聞けば「娘さんでしたら、おかいものー!と喜んで下りて行きましたけど……」と市場を差していた。
あの、じゃじゃ馬が……!!
気持ちはわからんでもねェ、が、数秒で約束破り捨てて走り出すとはどういうことだ。
ヤマトへのお土産買って行きたいと言っていたから小遣い程度にいくらか持たせてはいた。
だがパパといっしょと言っていた割に目の前のことしか見えてねェなあのガキ。
はあ、と息を吐いてカイドウさんに探しに行ってくると声をかけておれも船から下りた。
怒りのあまり少し船が燃えたが問題ねェな。
探すのに時間がかかるかと思われたが、意外にも娘は市場の入口近くでお行儀よく、多分、恐らく、絡んできた柄の悪ィ輩の上に座って待っていた。
……ちょっと何があったかわからねェからパパに説明してくれねェかな?
「パパおそい!」
「いやいやいやいや、下りて数秒で何があった」
「なんかね、わたしはパパまってたのにむこうのもりのほうがいいものあるよってわるいおかおでいってたんだけど、うそみたいだったからいやだっていったらうでひっぱられて、やりかえしちゃった」
情報量……!
数人が山のように積み上げられてその上に座っていた娘はえいっと惜しみなくその山を踏んづけておれのところへ駆けてくる。
言いたいことは山ほどあるんだがな……!!
おれの手を引くように飛び跳ねて、はやくいこう、と言うモンだからその人の山の処理はついてきた部下に任せてとりあえず娘に促されて市場に足を踏み入れた。
と言っても、おれたちが来ることは前もって伝えられていたからだろうか、市場に活気はない。
むしろ息を潜めている。
「パパたちくるとみんなこわがるね」
「当たり前だ、何も仲良しこよしをしてたんじゃねェ」
「ぎゃくになかよしこよししてたらきもちわるい」
「……随分言うようになったな?」
「いひゃいいひゃいいひゃいいひゃい!!」
勝手に船を下りた分も含めて娘の前にしゃがんで両頬を引っ張った。
みょーんと伸びる頬に子ども特有の柔らかさも感じる。
ひーん!と泣きを見せる娘から手を離し、それから欲しいモンがあんなら見ててやるから行ってこいと背を押した。
こんなところで彷徨いていたら周りを萎縮させちまう自覚はある。
いくら縄張りの島とはいえ、娘には少しでも楽しんでもらえるならいいだろう。
……まあ、パパのばーか!でぃーぶいーおとこー!!と叫びながら走って行った娘に言いたいことはいろいろあるけどな。
娘がどこにいるのか見聞色の覇気を活用しながら気にしていると、ふと娘の気配が遠ざかった。
先程の絡まれ方といい、幼くとも背丈は成人の女並みなわけで。
まさかな……
心配していたのも取り越し苦労になったのか、娘がパタパタと走って戻ってくる。
腕にはお目当てのモンを買えたらしく、紙袋を抱えていた。
満足そうな顔だ。
「絡まれてねェな?」
「なんかこえかけられたけど、パパよんでくるねーわたしのパパはキングなんだーっていったらにげた」
的確な対応過ぎて思わず拍手してしまった。
まだ楽しみ足りないだろうがこのままにしておいたらこの娘はトラブルに突っ込んで行きそうな予感がする。
両手で紙袋を抱える娘をひょいと抱え、そのまま船へ向かうことにした。
ゴソゴソと紙袋を漁る娘はこれかったの!と中から取り出す。
「ヤマトおじさんへのおみやげもあるから、これはパパとたべたいなって」
「よくそんなもん見つけたな」
「はじっこのほうにあったよ。んっとね、ましまろ!」
多分、マシュマロ……
可愛くましまろましまろ連呼する娘を抱えたまま船に戻り、カイドウさんに娘を連れて戻って来た旨を伝えて自室へ。
遠征とはいえ、今日はおれの役割は娘から目を離さねェことだからな。
雑務はクイーンの役割だ。
カイドウさんは微笑ましそうに表情を和らげ……いやあんた自分がどんな顔してるかわかってるか、普段見ねェような顔するな、他のやつらが戸惑ってんだろ。
部屋へ戻ればぴょんと娘はおれの腕から下りてテーブルによじ登る。
「パパ、はやくたべよ!」
「そうだな」
部屋に鍵をかけてからマスクを外し、椅子に腰掛けた。
……ま、短い時間だが息抜きにはなったろうし、悪くはなさそうだ。
ただな、パパとしてはもうちょい落ち着いて動いてほしいんだがな。
テンション上がって周りが見えなくなるのは誰に似たのか。
小さな手で白い柔らかなマシュマロを口に運んで幸せそうに表情を緩める娘を見て、自然と笑みが零れた。
□月○日
遠征から帰ると娘は遊び疲れたかのように爆睡した。
持ち帰ってきたマシュマロは自分の炎で焼いて「キャンプファイヤーのしめごっこ」だなんてよくわからねェことを言いながら食っていたが……
ヤマトおじさんにあげるの、と言っていたのは瓶に詰められた色鮮やかな飴玉。
ヤマトの手に行くのはなんか癪ではあったが、隠れて処分すれば怒るのは娘なのでやめておく。
すやすや眠っているのはいいんだがな……知ってるか?翼があるから変に仰向けで寝ると翼が乱れるから羽繕いでまた泣きを見るのはお前なんだぞ。
キングの娘
ルナーリア族のハーフ。
ゴスロリに目覚めた、鉄壁スカートの法則があるから大丈夫!の精神。
羽繕いはとても苦手でいつも半泣きになりながらしている、パパに手伝ってもらおうにもサイズが違い過ぎて手伝えないので泣く泣くひとりで頑張っている子。
お出かけはあまりしないからテンション上げー!の状態だった。
尚、よく出る知識や言葉はママから教えられたものである。
ましまろおいしい。自前の炎でキャンプファイヤーでよくやるやつやった。
キング
娘が羽繕いで半泣きになっているのを可愛いなと思って見ているパパ。
ブロアーでしゅっとしたら塵や埃が飛ぶのでおすすめだったりする、娘の顔に強めにしゅっとしたら風圧で娘が転がって可愛かった。
パパとしてはゴスロリはいいけどスカートが短いのがとても心配、捲れるだろうが、捲るな!!
ジャックに可愛い?って聞くのはまだいい、スカートは捲るな。
最近娘がじゃじゃ馬になっていて頭が痛い、おかしいな、ルナーリア族は頑丈なんだがな、心までは頑丈じゃなかった。
一緒にマシュマロ食べた優しいパパである。
ジャック
圧倒的被害者、泣いていい。
カイドウ
キング親子が微笑ましくてにっこり。