初めて抱き上げた赤ん坊は母親そっくりの顔で父親の特徴を受け継いだ男の子だった。
顔はどう見ても名前の生き写しなのに、髪の色も肌も、背中の小さな黒い翼も勢いの弱い炎もキング。
もうちょっとさ、せめて半分ずつとかにならない?九割キングじゃない?
ならないか……そっか……でも可愛いなァ。
僕が抱っこしてもこんなに小さい。
名前やキングが抱っこしたらもっと小さく見える。
キング大丈夫なの?自分で自分の子ども潰さない?
今はすやすやと眠っている赤ん坊はクイーンに作ってもらったというおくるみに包まれていて背中の炎の熱さはこちらに伝わってこない。
「そっか、だから名前の腕に火傷あったんだ」
「うん。いや、私も頑丈っちゃ頑丈なんだけどね。ずっと弱火で炙られるとやっぱり火傷する」
そんな料理されてるみたいに言わなくても。
今日は少し動く余裕があるのか、僕に子どもを抱っこさせたまま名前はいろんな人から出産祝いでもらった包みを片っ端から開けている。
女性陣からは可愛らしいベビー服だったり、おもちゃだったり、名前を気遣ってかブランケットや半纏なんかもあった。
男性陣からは本当にいろいろ、中には贈り物のセンスないんだなって思うようなもの……でっかい木彫りの動物とか、変な形のつみきとかもあったりしたけど、ほとんどが名前の好きそうなお菓子だ。
ここで意外なのがさ、名前と仲の悪いフーズ・フーからはおむつケーキっていうところ。
猫を象っているのがあいつらしいけど、あいつセンスあったんだな……
それは名前も思ったのか、なんとも言えない顔をしていた。
あの猫ちゃん性格アレだけど真面目な常識人枠なんだな……って呟いている。
普段のなまえとフーズ・フーのやり取りがアレだからね。
僕?僕からは小さい金棒の形をしたガラガラを贈ったよ。
まだ持てないだろうけど、大きくなったら持てるよね。
「叔父さんのところに里帰りするんだって?」
「ほら、金色神楽があるでしょ?さすがに体調戻ってないし赤ちゃんいたらみんなに気を遣わせるし、私もしんどいからさ」
……ちょっとだけ安心した。
だって今年は例の二十年、何かある。
ワノ国には海賊が入り込んでいるらしいし、しかもあのエースの弟だ。
多分今回の金色神楽に合わせて討ち入りがある、もしかしたらワノ国がクソオヤジから解放されるかもしれない。
そんな渦中に名前と赤ん坊がいたら大変だ。
別に親父はどうなってもいい、けれど、名前は別。
僕の姉さんなんだから、せめて姉さんには無事でいてほしい。
でも、キングに何かあったらなまえは悲しむかな?
そんな僕を見透かしてか、尻尾を揺らしていた名前が苦笑いを浮かべる。
「私はヤマトくんと違って海賊だよ。それこそパパのところでは幹部だったわけで、略奪行為もしたし人だって傷つけて殺してきたんだから。今さら自分だけ、自分たちだけ無事でいられると思ってないよ」
「それは……」
「まあ自分たちが脅かされるなら抵抗するけどね」
僕にはわからない。
おでんへの憧れで生きている僕には、海賊として生きている名前がなんでそんなことを思って、なんでそんなことを言うのかわからない。
確かに、名前が赤ん坊を生まなかったら間違いなく僕の敵という立場になる。
名前はきっと、僕と戦おうと思えば戦えるんだ。
僕は戦えるのだろうか、もしも、名前がそっち側に立っていたら、僕は……
「難しく考えなくていい。海賊は奪うもの、ほとんどがね。カイドウさんはワノ国でいろんなものを奪ってきた、ならいつかそれは返ってくる。私もパパも、奪ってきたんだから返ってくる、それを返り討ちにしてきても、いつか限界はくるんだよ」
「うん……」
「天秤にかけるまでもないでしょ。私たち海賊は天秤なんて最初からない、奪うだけで選択肢なんてない」
真面目な顔でそう口にする名前。
迷いはなかった。
「じゃあ、さ」
「うん?」
「僕がキングから名前を奪えばいいわけだね!だって僕もおでんのように世界を見るんだもん、おでんは一時は海賊だったんだし、僕が名前を奪えば問題ないよね!!」
キングから名前と赤ん坊を奪ったらそれはもう怒り心頭だろうけれど、僕はおでんになりたいんだ。
だったら僕も名前がしてきたように奪えば問題ないよ!
名案とばかりに言えば、名前は開いている左目を丸くさせて、それから笑う。
「キングはもちろんだし、私もただじゃ奪われないけれどそれでいいの?」
「臨むところさ!まずはクソオヤジぶっ飛ばしてからだね!」
ブチ切れキングが目に浮かぶけど、まあいいよね!
ふたりしてきゃらきゃら笑って話していれば、うるさかったのか僕が抱っこしていた子どもが泣き始める。
慌てて泣き止ませようとするけれどなかなか泣き止まなくて、思わず名前に受け渡せば名前は笑ったまま子どもを揺らし始めた。
お母さんなんだなァ……僕も名前も母親の記憶はほとんどないし、いるのは父親だからよくわからなかったけど。
いいな、お母さんって。
「まあ、里帰り中だろうから何もないといいけどね」
「僕がここから出たら奪いに行くからね、叔父さんにも言っておいて!」
そんな会話をして、名前と別れたのに。
なんで、そこにいるんだ。
侍たちの鬼ヶ島への討ち入り当日、空に浮かぶ何かの背に乗っている名前が見える。
クソオヤジの龍の姿よりは少し小さいけれど、あの角に四足、雷を纏う姿は叔父さんが変身した姿だ。
鬼ヶ島を止めようとするモモの助くんの邪魔はしないようだけど、ただそこで全てを見届けるかのようにそこにいる。
武器庫に急がなきゃいけないけれど、もしかしたらもう会えないのかもと直感して思わず声をかけた。
「名前!叔父さん!なんでここに!?」
「ヤマトくん!?」
「おうヤマト、怪我してんが元気そうだな」
「僕のことはいいから!なんで来たの!!」
僕の問いかけに叔父さんが息を吐く。
ちらりと見上げるのはドクロドームの屋上。
今、あそこではルフィとクソオヤジが戦闘の真っ最中。
まさか、クソオヤジの加勢に……!?
反射的に金棒を構えると叔父さんは「ちげーよ」ととても冷静に言葉を続けた。
「兄弟の加勢じゃねェ、兄弟の行く末を見届けに来た」
「見届けに……?」
「おれぁカイドウが負けるなんて思っちゃいねェ、が。思ったよりも侍とやらが善戦しているみてェだしな」
万が一ってのは、起こりえねェことが起こるから万が一ってんだよ。
溜め息と共に叔父さんがバチバチと雷を纏う。
それはわかる、クソオヤジと叔父さんの関係だ。
でもなんで名前まで?
見たところ、今は名前と叔父さんのふたりなんだろうけど、もしかしたらワノ国近海に船があるのかも。
本当にクソオヤジに加勢するなら金色神楽が始まる頃にはいたはずだ。
「名前はあれだよ、自分の男が無事か心配で来た」
「ああなるほど……」
「だって……」
フードを深く被る名前の表情はここからじゃわからない。
こういう時、何を言えばいいんだろう。
きゅ、と唇を噛み締めた名前が顔を上げる。
「ヤマトくん、やることあるんでしょ!行きな!!」
「名前……」
「この日のために頑張ったんなら、行け!!」
「……うん!」
次があるかわからない、けれど。
名前の声に背を押されて止めていた足を動かした。
「めちゃくちゃ怖くてとても来たことを後悔したい気持ちでいっぱいです」
「おれが止める間もなく飛び乗ったのはお前だろ」
「そうなんだけどォ……ひぃん……」
こっわ、何あれ鬼ヶ島って浮くの?なんで?なんでェ?
あれはカイドウの能力だろ、と麒麟の姿で宙に浮くパパが解説する。
焔雲というらしい。
確かにカイドウさん、ああいうの出していた気がするな。
というか、なに、麦わらとか侍とかそこら辺と戦いながらあれやってんの?
やっば、デタラメにも程がある。
けれど支えきれないのか、鬼ヶ島からは崩れた地面がぼろぼろと落ちてきている。
ひょいひょいと避けるパパの鬣にしがみついているけれど怖い怖い、何このアトラクション。
誰も楽しまねェよ!!
鬼ヶ島からは爆発音もするし、覇気がぶつかって衝撃も来るし、何この地獄。
……キング、どこだろう。
城内で戦っているなら見えないか、でもキングの能力考えたら外に出そうなんだけどな。
「……お前が探してんのはキングだろ、反対側回ってみるか」
「うん……」
「船からは何かあったか?」
「お兄ちゃんからは政府の船が近くに来ているって。見つからないように動いているみたい」
「漁夫の利でも狙ってんのかもな、変な動きしたら沈めとけっつっとけ」
パパが移動している間、電伝虫で船に連絡を入れる。
うん、まあ、カイドウさんとビック・マムがいるんだから確実に何か動くと政府も見ているんだろうな。
ふたりの同盟だけでも騒がしくなるだろうし……って、どこからワノ国で騒動が起こっているって漏れた?
諜報員、CPの人間が紛れているとか?
でも金色神楽で潜り込めはするか、そうじゃなくても元海兵のドレークもいるし、誰か海賊に扮して潜り込もうと思えば入れるな。
まあ今はそれは置いておこう、お兄ちゃんたちだけでも対処は問題ない。
途中落ちてきた地面をパパが雷で砕き、細かくなったそれを電撃を纏った右手で払う。
よし、大丈夫、体力はまだ戻ってないけど多少は動けるな。
戦う気で来たわけじゃないけど、何が起こるわからない。
さっきとは反対側に回ってきた、と思ったら目の前を何かが落ちていった。
ほとんど根元から欠けた剣。
見覚えがある。
それを追いかけるかのように、今度は人。
「……は」
「おいおい……」
羽根が散る。
大きな黒い翼、片方は斬られたのか半分になっていて。
誰が落ちているのかなんて、間違えるわけないじゃないか。
頭では考えなかった。
パパが制止するのも耳に入らないまま、パパの背中を目一杯蹴って宙へ飛び出す。
フーズ・フーのように月歩なんて使えない。
ササキのように滞空だってできない。
ブラックマリアのように手以外を伸ばすなんてできない。
うるティのように突進なんてできない。
ページワンのように止まるなんてできない。
でも、何かせずにはいられない。
確かにここへは見届けに来た。
万が一はないと思いながらも、海賊なのだから因果応報があるとわかっていながらも。
あれだけヤマトくんに言っておいてかっこなんてつかないけれど。
でも、全部は無理でも一番大切なものだけは奪われないようにしても、いいじゃんか。
「キング!!」
だって、約束したのはそっちでしょ。
きっとそれは、生きていてもいなくても、果たしてくれるんでしょ。
投げ出されるキングの手を左手で掴むのと同時に体に衝撃が襲った。
……あれ、まだ地面まで距離があったと思ったんだけどな。
浮遊感はあれど、落下しているようなものじゃない。
「この馬鹿娘ェ!お前が出なくてもおれが行きゃあよかっただろうが!!」
「きゅーん……」
「そんな可愛く耳も尻尾も垂れさせて涙目になってもだめ!!パパ怒るからな!?」
「ごめんなさァい……」
口に何かを咥えたパパが器用に怒号を上げる。
何咥えてんだろ……とよく見たら黒い翼だった。
キングの、斬り落とされた翼。
慌ててパパが受け止めてくれたキングに視線を向ける。
ここまでぼろぼろになったキングを見るのは初めてだ。
それも、種族柄丈夫だというキングに刀傷があるなんて。
意識はないけど、生きている。
「で、そのクソガキは?」
「ん、と……傷は深いけど、大丈夫そう……」
「パパの腰に多少は手当てできるモン入ってっから止血してやんな、あとこれ取ってくれ」
「ん……」
パパが咥えていた翼を受け取って、それからパパの腰にある大きめのポーチから救急セットを取り出した。
パパ意外と用意いいんだよね、私なんか何も考えてなかったから何も持ってません……そもそもここに来るとは思ってませんでした……反省……
べしょりと耳が垂れたまま、震える手を叩いてからキングの傷の止血をしていく。
お兄ちゃんのようにはできないけど、戻ったらお兄ちゃんがなんとかしてくれるはずだ。
「……ふん、キングだけじゃねェな。クイーンの気配もあそこからはしねェ」
最悪の世代とはよく言ったモンだよとパパが口にする。
つまり、カイドウさん以外はほぼ全滅と思っていいだろう。
でも残っているのはカイドウさんとビック・マムだ。
戦況なんていくらでもひっくり返る可能性だってある。
「パパ、消毒液ぶっかけて大丈夫だと思う?」
「……いくら意識なくてもやめてやれ、そっとしろそっと」
「もうぶっかけちゃったんだけど……」
「事後報告ゥ……!鬼か!」
「だって人の手当てあまりしたことなかったし……」
テンパるじゃんこんな状況じゃ。
痛そうに呻いていたから大丈夫なはず、多分、おそらく。
大方止血を終えて息を吐けば、パパは少しだけ鬼ヶ島から距離を取った。
さっきよりも鬼ヶ島の地盤が崩れている。
そんなに強いのか、麦わらって海賊は、麦わらの一味は。
……でもそうだよね、飛び六胞も大看板も倒すくらいだから、強いか。
「……パパは、この後どうするの?」
「どうもしねェよ、元々カイドウと旗を上げた時はお互いそれぞれの海賊団だった。兄弟がいてもいなくても変わらねェよ」
「そっか……」
「お前も帰ってくんだろ。そのクソガキも連れて、全部見届けたら帰るぞ」
「うん」
いろいろと気がかりなことはあるけれど、私には全部掴むことはできない。
私にちゃんと掴める腕は左しかないもん。
選ぶ選択肢はないけれど、パパのように見届けることはできる。
そして全部、全部終わって、パパは寂しそうな表情を浮かべながらワノ国の外で待機している船の方向へ体を向けた。
名前
狼のミンク族と人間のハーフ。
今さらかもだけど、右目は傷があって見えないし、右腕は狼の前足のようになっている。
父親の背に乗って鬼ヶ島に来た。
ぶっちゃけ怖くて帰りたい気持ちでいっぱいだったけど頑張った、無理無理ここ地獄。
落ちていくキングに向かって後先考えずに飛び出すくらいには周りが見えてない。
気がかりなことはあれど、大切なものはひとつだけ選んだ。
キング
概ね原作通り。
落ちていくところを名前と叔父貴に助けられた。
ヤマト
赤ちゃん可愛い〜!!でもキングの特徴多くない?いやそれでも可愛い〜!僕の甥!!
もしも名前と戦えるのか、と聞かれたら多分戦えない、でも誰からも名前を奪い取っていくと言えるくらいには名前のことは本当に姉のように思っている。
次はやってくるのかな?会えるのかな?姉さんに。
カイドウの兄弟分
全てを見届けに来た、ついでにキングも拾った。
付き合いの長い兄弟分の行く末を見届けたが喪失感はもちろんある。
もしも、名前と揃って鬼ヶ島にいたら鬼ヶ島の討ち入りは難易度が高くなっていたかもしれない。