カナズミシティ

「名前さん、ポケモンたちの回復終わりましたよ」

ポケモンセンターのカウンターで4つのモンスターボールを受け取る。
なんだかんだ、もう日も暮れる時間だ。

「ジョーイさん、やけど状態ってなんですか?」

ルルやヒエン、レインの確認をしてからキノココのボール片手にジョーイさんに問いかけた。
ジョーイさんは優しくにっこり笑う。

「やけど状態はね、その状態になると物理攻撃の能力が下がってしまうの。それとバトルせずにボールの中に入ればダメージはそこまで酷くないけれど、バトルが長引いてしまうとやけどのダメージが蓄積されてしまうわ」

「どくとは違う……」

「そう。もし時間があるのならこの街のトレーナーズスクールに行ってみたらどうかしら?他の異常状態やタイプも教えてくれるわよ」

なるほど……
とりあえず今教えてもらったやけど状態のことはメモしておこう。
ジョーイさんにお礼を言って、ロビーのソファーに腰かけた。
メモを取り出して、ジョーイさんに教えてもらったことを書き、ついでに各状態が書けるようにスペースを作っておく。
わかっておかないと、この先大変になってしまう。
ミナモシティに帰るまでの道のり長いから、準備万端にしておかないと……
それと、この街のジムリーダーにも挑戦しなきゃ。
バッジがないと帰れない、なんて無茶なことをさせるのか。
ルルといる年数は長くても、バトルをしたのはほんとにここ最近が初めてなのに。

「……って、弱音を吐いても変わらないか」

今日中にトレーナーズスクールに行って、異常状態について勉強してこよう。
そうなった場合にどんな道具やきのみが必要なのか、ポケモンの技で治せるのか。
ああそうだ、タイプも聞いてみようかな。
なんでルルとレインは虫タイプが苦手なんだろ。
……知らないことが多すぎて滅入っちゃう。
今まで自分の部屋から出なかったツケでも回ってきてしまったのかな。
はあ、と大きく溜め息を吐くとカタカタと腰のボールが揺れた。


キノココの名前も考えたいな、今夜考えて、明日の朝にご飯食べ終わったら教えよう。
ここら辺では珍しいんだというルルをモンスターボールに納め、私の手伝いをしたいと言ってくれたレインとトレーナーズスクールの机を借りて自分のノートにメモをしていく。
私が下を向いてメモをとり、レインが黒板に書いてある異常状態を読み上げてくれる、なんとも効率のいいやり方ではあるんじゃないだろうか。
トレーナーズスクールの先生方や生徒さんはテレパシーの使えるレインが珍しいみたいでちらちらと私たちへ視線を向けていた。
……こんなに注目されるならルルでもよかったんじゃないかな。
とりあえず、〝やけど〟〝こんらん〟〝こおり〟〝ねむり〟〝まひ〟〝どく〟とわからなかったり曖昧だったものから順番にノートに書いた。

「〝こんらん〟以外は専用の治す道具があるんだね……しばらく経つと治るとはいえ、混乱したポケモン辛そうなのに」

ボールに引っ込めたり、私では買えない〝なんでもなおし〟やきのみなら治せるらしい。
なるべく混乱状態になるような技を受けさせたくないな……キャモメやズバットの〝ちょうおんぱ〟とか、パッチールってポケモンの〝フラフラダンス〟とか……私が知ってるのはこのくらいだけどまだまだありそう。
さて、異常状態を書き取ったら今度はタイプの相性だ。
まずポケモン図鑑に開いて私の手持ちポケモンたちのタイプを書いていく。
アブソルのルルは悪タイプ。
アチャモのヒエンは炎タイプ、飛行タイプじゃないのは正直以外だった。
ラルトスのレインはエスパータイプとフェアリータイプ。
キノココは草タイプ。
ルルとレインは虫ポケモンが苦手だって言ってたから、ちゃんと調べておかないと。
レインを抱っこして、室内の本棚に近づく。

「タイプについて書いてありそうな本を探してね」

『はい!』

もちろん私も探すけれど。
本棚の隅々をじっと目を凝らして探していると、腕の中にいたレインがフードの紐を引いた。

『名前さま、うえからにばんめのだんの、いちばんはじっこのはどうですか?』

レインの言ってる本……タイトルは〝初心者でもわかるポケモンの基本〟と書いてある。
手に取ってみると、あまり読まれていないのかやけに綺麗だ。
でも今の私には十分過ぎる内容だろう。
……だって、ルルのことも、こんなに長く一緒にいるのによく知らなかったから。
レインを片手で抱いて、反対の手で本を持つと〝ねんりき〟を使ってレインがページを捲っていく。
しばらくパラパラと捲っていくと、やがて〝タイプ相性について〟という項目を開いた。

「ありがとうレイン、ここが閉まるまでもう少し時間があるからゆっくり読もうか」

『はい!わたしもごいっしょします!』

締め出される直前まで、内容を覚えるつもりで熟読しよう。


くたくたになってポケモンセンターに戻った。
つ、疲れた……
あんなに本を読むことも久々だったし、覚えた方がいいことがたくさんあって少し頭がクラクラする。
レインにありがとう、とお礼を言ってそっと頭を撫でた。
ツノを撫でると気持ちいいのか、私の手にぐりぐりと頭を押し付けてくれる。
タイプもたくさんあれば、技も数え切れないくらいあるんだなあ……
熱心だね、と私が遅くまで残っている様子を見ていた教員の方からは〝せんせいのツメ〟というのを貰った。
ポケモンにもたせておくと、バトルの時に確率で相手のポケモンより先に動けるらしい。
なるほど、先攻と後攻あるからもしかしたら先攻取れるかもしれないのか。
ちゃんと覚えたのは、みんなが苦手とするタイプ。
得意なのもだけど、苦手なのも大切だろうなあ。

「……あ、キノココの名前決めなきゃね」

借りた部屋のベッドに腰掛けて、膝にレインを乗せてからキノココのボールを取り出した。
圧縮解除のためにスイッチを押し、大きくなったボールを軽く放る。
キノー、と可愛らしい声を出してボールから出てきたキノココはもうやけど状態ではない。

「キノ?」

「あ、ごめんね。キノココの名前を付けようと思って」

『じぶんだけのなまえなんですよ!わたしも名前さまからいただいたレインというなまえはだいすきです!!』

レイン、雨という意味の名前。
だって連れてってほしいってぽろぽろ泣いていたから、それが印象的だったから。
涙雨っていうのかな。
レインには意味教えていないけど。
キノココは首を傾げて私を見上げる。

「キノココはね──ミドリ」

ミドリ、翠。
きっと君にピッタリだよ、と言うとキノココは──ミドリはきょとんとして、元気よく声を上げた。
……喜んでくれたかな?
ぴょんとベッドに上がったミドリを撫でると、自然と自分の頬が和らぐのがわかる。
私も、嬉しいな。
こうやって仲間?友達?家族?が増えていくのは。
そうやってしばらくレインとミドリと過ごしていて、寝る直前に思い出した。

ジム戦、どうしようか。


─side:アブソル─

「ジム戦、に挑戦しようと思います」

ほんとこいつ馬鹿だ、と素直に思った。
ジム戦、この町のジムリーダーとポケモンバトルをすること。
そのくらいは俺もわかる、でも今か?
まともにバトルができるのは俺ぐらいじゃないか?
確かに駆け出しのポケモントレーナーとしては手持ちポケモンは充実しつつあるが、その分まだ育て始めたばかりじゃないか。
焦る必要が……あったか、早く帰りたいのか。

「この町のジムリーダーツツジさん、岩タイプの使い手なんだって。初めてだし、ルルがメインになって挑戦しようと思う。……初めてだから、ルルに先陣切ってほしいの」

いや、そういうわけではなさそうだ。
あのぬいぐるみばかりの部屋に閉じこもっていた頃とは違う。
わくわくと少しの不安。
外へ出て、少し心境の変化でもあったのだろうか。
スクールで学んだことが書いてある小さなノートを開き、ちょっと自信ありげに俺なら大丈夫だと表情が言っている。
ならそれに応えるのがパートナーだろう。
まだまだお互いに、特に名前が未熟だとはいえ、やれることはやるべきだ。
……まあ、その名前の決定に文句を言うのがいくつかいるが。

『なんでルルなの!?僕は!?』

『ヒエン、あなたはほのおタイプですからあいしょうがわるいんですよ』

『あたしは!?あたし草タイプなんですけど!!こんなヒヨコより相性抜群じゃない!』

『お前は手持ち入りしたばかりで名前がお前の技やバトルの仕方を全くわかってないからだろう』

ぎゃあぎゃあ騒ぐヒエンとミドリを宥めながら溜め息をひとつ。
騒ぎ始めたふたりを見てジゼルはぱちぱちと瞬きをして首を傾げた。
そんな名前にレインがテレパシーでふたりの言葉を伝えると、ジゼルは考え込むような表情を浮かべる。
スクールに行かなきゃ遠慮なくヒエンもミドリも出してたんだろうな。
ただバトルがしたいだけならいいかもしれないが、帰りたがってるこいつはなるべくスムーズにバトルを勝って終えたいのだろう。
そりゃあそうしたいのならそうすればいい。
俺は名前に着いて行けるのならなんでもいい。
まだ僕があたしがとアピールされているジゼルに視線を向けて一言。

『名前の好きにしたらいいだろう。俺は応えてやる』

「……うん、ありがとうルル」

レインのテレパシーを介さなくても自然と俺の気持ちは名前に伝わる。
嬉しそうに表情を綻ばせる名前に、俺も思わず表情が和らいだ。


ドキドキする。
トレーナーとポケモンバトルをしたのはミシロタウンを出て数回だけだった。
ルルは元々能力高いのかな、ルルが苦戦なんてなかった、ちょっと誇らしかったけれど、怖くもなった。
私、ルルに相応しいトレーナーなのかな?
もしも、もしもヒエンやレイン、ミドリを勝たせてあげることができたなら、ルルに相応しくなれるだろうか。
ルルの〝つじぎり〟を持ちこたえたイシツブテを見ながら次の指示を考える。

「イシツブテ、避けなさい!」

「ルル!もう一度〝つじぎり〟!!」

お願い、これで決まって!
速い踏み込みでイシツブテに追いついたルルが大きく頭を振りかぶった。
指示を出すこちらにまで空気を伝う衝撃、同時に巻き上がる土煙。
少しの間を置いてそれが晴れる。
あと目を回し倒れている相手のイシツブテ、鼻を鳴らし胸を張って立っている私のルル。

「イシツブテ戦闘不能!アブソルの勝ち!」

審判のコールに胸を撫で下ろした。
よし、あと一匹……
イシツブテをボールに戻したトレーナー──ジムリーダーのツツジさんは次のボールに持ち替えると笑ってルルを見る。

「よく育てられているアブソルですね。けれど、次はそう簡単に行きませんよ!」

ツツジさんが声高らかに次のボールを投げた。
出てきたのは初めて見るポケモン。
こっちに背中を向けている。
図鑑を開いてそのポケモンを読み込んでいると、ツツジさんは満足そうに頷いていた。

「わからないことはすぐ調べる……とてもよい心がけです」

わかるのは名前くらいだけどね。
けれど、多分岩タイプだ。
ここのトレーナーも、ツツジさんも、岩タイプを出してきたもん。
このままルルとゴリ押しで行こう。

「ルル、〝つじぎり〟!」

「ノズパス、〝がんせきふうじ〟を!」

ルルが動かないポケモン──ノズパスに向かって走り出した。
相手の技でフィールドに岩が出てきて、ルルの行先を順に塞いでいく。
……待って、こっからじゃルルの姿が見えない。
上がる土煙を目を凝らして見ていると、ルルの攻撃が当たったのか、ノズパスは苦しそうな声を上げていた。
……それでもノズパスは倒れない。
ここのイシツブテたちといい、ノズパスといい、なんでルルの強烈な〝つじぎり〟で倒れないんだろう?
高く積み上げられた岩に跳び乗るルルが少しケガしてるのを見て、慌てて残りの体力を確認した。
うん……まだまだ大丈夫。

「不思議ですか?イシツブテもノズパスも倒れないのが」

ツツジさんがノズパスにいいキズぐすりを吹きかけてにっこりと笑う。

「ポケモンはよく育っているのに、あなたはまるで初めてバトルを経験したような顔をなさいますね……特別です、バトルの途中ですが教えてあげますよ」


─side:ツツジ─

「特性はご存知ですか?ポケモンそれぞれにある謂わば個性のひとつです。イシツブテたちとノズパスの特性は〝頑丈〟……その名の通りですが、体力が満タンなところから瀕死になるような攻撃をギリギリ耐えることができます。あなたのアブソルは……私のポケモンたちのPPは削られてませんから、〝プレッシャー〟ではなく〝強運〟でしょうね」

自分のポケモンと私のノズパス、そして図鑑を確認しながら目の前のトレーナーが初めて知ったとばかりに感嘆の息を漏らす。
アブソルという、ここらでは見ないポケモンを連れているのにどうやらトレーナーになりたてのようですね。
ちょっと前に来た少年少女より知識は少なめみたい。
よく育てられているアブソルと、新米トレーナー。
どこかちぐはぐだ。
目の前の少女──ミナモシティの名前さんは、図鑑をしまうと次の指示を出すために一息吐いた。
いくら新米トレーナー向けにと、同じくらいのポケモンでバトルしているけれどきっとノズパスは倒されてしまうのでしょう。
そのくらい、あのアブソルは強い。
ただトレーナーが無知に等しいのだ。

「じゃあ、最初少し体力削ればいいのかな……」

〝でんこうせっか〟
そう声高らかに指示を出す。
頭の回転は早いみたいですね。
〝でんこうせっか〟の威力は特別強いわけではないけれど、素早さの低いこちらとは分が悪い。
ノズパスが避けられないのはわかりきっていることだ。
ならば──次に備えて攻撃を!

「そのまま〝がんせきふうじ〟です!」

「避けて〝つじぎり〟して!」

〝頑丈〟を抜きにしても、新米トレーナー向けのノズパスにほとんど成長したアブソルを相手にするのは重荷でした。
〝がんせきふうじ〟で舞い上がった粉塵。
それにお互いのポケモンが覆われて指示も出せずに時が止まる。
さあどうでしょう。
あのアブソルが立っているのか、それともノズパスが立っているのか。
やがて粉塵も薄くなり、そこに立っているポケモンが見えた。
立っていたのは4本足で地面をしっかりと捉えている──

「ノズパス、戦闘不能!アブソルの勝ち!よって勝者、ミナモシティの名前!!」

ああ、やはりあのアブソルには敵いませんでしたか。
多少の傷はあるもののしっかりと立っていたアブソルと、完全に目を回しているノズパス。
名前さんはポカンとした表情を浮かべ、アブソルが叱咤するような鳴き声に明るい表情を浮かべた。
……お疲れ様でしたノズパス。
ボールにノズパスを戻してちぐはぐなひとりと一匹へ視線を向ける。
どんなにちぐはぐに感じても、今見る限りこの前の少年少女と同じ新米トレーナー、こうしてジム制覇に向けて一歩を踏み出したことは激励してあげましょう。
彼女に渡すものを渡すべく、喜んでいる彼女に足を向けた。

 

2023年7月25日