無知な手は心地よい

目が覚めると知らない場所だった。
覚えているのは、しつこいポケモントレーナーとそのパートナーらしいハリテヤマとかいうポケモンに追いかけられたことくらいか。
縄張りに戻っても俺のことが気に食わないマッスグマたちに攻撃されたから、命からがら逃げた気がする。
顔を上げると何かの台の上に置かれているやけにふわふわしたものが目に入った。
……生きてはいない、な。
それにしてもここはどこだろうか。
──だいじょうぶ?あなたケガしてるの……?
息も絶え絶えで、ここで死ぬのかと諦めかけた時に聞こえた幼い声。
あの声の主はここの部屋の主なのだろうか。
おそらく、とても幼い人間だった。
体を起こせばあちこちが痛む。
しかし何故か、白いものが傷を覆うように足に巻かれており、痛みも意識を失う前より引いたような、気がした。

「……おきた?」

『!』

扉が開く。
その音と声に飛び起きるとあの時の子どもが肩を跳ねさせた。
黒い髪と黒い瞳。
人間の年なんてわからないが、まだ庇護下にあるべき年の子どもだろう。
なのに、ひとりであそこにいた。
草むらに入るなと大人に言われているであろう子どもが。

「いたくない?だいじょうぶ?」

『触るな!』

小さな手が伸びてくる。
大きく吼えると子どもはきょとんと目を丸くした。
牙を剥き出しにして唸ってもよくわかっていないのか、そのまま俺に手を伸ばす。
傷つける気はないのか、そっと俺の首もに手を当てると、ゆっくりと撫でるように手を動かした。
おそるおそる、でも柔らかな手が乱れた俺の毛を整えていく。
──悪くない。
気づけば自然と唸るのはやめていて、俺より小さな子どもに身を預けていた。

「おにいちゃんがね、あなたをてあてするのてつだってくれたの。わたしはトレーナーじゃないから」

はじめておこられたんだけどね。
表情をあまり変えないまま、子どもは持っていたきのみを俺に差し出す。
オボンの実。
これは好きなきのみだ。
体力も気持ち回復するし、腹が空いてる時に食べると美味いやつ。
ふんふんと匂いを確認してから咥えると、子どもは表情を和らげた。
開けられた窓からは潮の匂い。
海に面した街……ミナモシティといったか、そこに近いかその街なのだろう。

「あなたアブソルってポケモンなんだね。おにいちゃんのあいちゃんとぜんぜんちがう……おんなじタイプってきいたけど」

『……』

「わたしね、名前っていうの。アブソルとなかよくなりたいな」

よろしくね。
舌っ足らずな幼い声。
柔らかくて俺の牙や爪じゃすぐ傷つけてしまいそうな手。
少ししか変わらない表情。
夜の漆黒と同じ髪と目。
──近い将来、俺がこの子どもから、名前から〝ルル〟という名前をもらってパートナーになるのはまた別の話。
変わった子どもだと思った。
でも、柔らかくて温かい手は悪くない。

2023年7月25日