投げつけられた石の痛みを覚えている。
あれはまだ旅に出て間もない時だった。バッジもいくつか持っていたし、手持ちの子たちも進化して強くなっていたから私自身も強くなった気でいたのかもしれない。
わかっているはずだったのに。
その種族のポケモンが人から忌み嫌われていることを。
その種族を連れているトレーナーにも矛先が向くことを。
わかっているようでわかっていなかった、あの頃の自分の無知さに嫌気が差す。
「……この子があなたたちに何をしたんですか?ただこの地に生きていただけでしょう?」
「よそ者は黙ってろ!そのポケモンは災害を呼びに俺たちの村に何度も来た!もう限界なんだよ!」
そういえば近くに村があったなぁ、タウンマップにも小さく載っていた。
思わず通りかかっただけなのに思いっきり割り込んでしまった……過去のことに思いを寄せていたけど現実に意識を戻す。
私がモンスタボールから出したキノガッサのミドリと割り込んだのは、何人かの男の人たちと一体のポケモン──アブソルの間だった。
男たちはどうやらポケモンを出すこともなく、手に持っている農具や石で野生のアブソルを追い詰めていたみたい。
カタカタと、一番年季の入ったモンスターボールが腰で揺れる。
きっと状況は私が駆け出しトレーナーだった頃に似ているのだろう。
あれから何年か経ったけど、どの地方にも似たようなことは起こるらしい。
嘆かわしい。時はこんなにも流れていて、日々人間の技術は進歩しているというのに。
「そこをどかないのなら容赦しねぇぞ……!」
「そんなポケモンを庇うならお前も仲間だ!」
そして悲しいかな、どこの人間も言うことは同じだ。
大地を耕す道具であるはずのそれを持ち直した男の人たちを見て、思わず溜め息が零れた。
「ミドリやるよ──〝タネマシンガン〟少し弱めに足下へ」
ミドリに技の指示を出し、私は地面に倒れているアブソルのところへ走る。
聞き慣れた技の爆発音、それから男の人たちの悲鳴。
私もね、あまり荒っぽいことしたくないんだけどね、人間相手にポケモンのそこそこ威力の高い技を指示するとか。
こんなのミクリさんにバレたら怒られる。あの人優雅な印象だけど怒る時は本当に怖いんだから。
倒れているアブソルは威嚇するように唸るけれど、体を動かす気力はないらしい。
ああなんだか懐かしいな、私がルルに出会った時もこんなことあったもの。
「大丈夫、私はあなたを傷つけない」
触る前に手を上げて敵意のないことを表す。
じっと赤い目がこちらを見上げていて、私を見定めていた。
「キノ!」
「──っ!?」
ミドリが鋭く声を上げる。
思わず振り返ると、誰かが投げた硬い物が額に当たった。
モンスターボールだってこんなに強く投げないでしょ。
私が思っているよりも重く大きかったそれが転がり、私の体勢も揺れる。
あ、やばい。
くらりと揺れるのは体だけじゃない、視界もだ。
倒れ込むな、目を閉じるな。
地面に膝をついて痛む額を押さえて顔を上げる。
それと同時に腰のモンスタボールが大きく揺れたと思ったら赤い閃光と共に彼が出てきた。
「ガアアアア!」
「っ……ルルっ!」
「キ、キノキノ!!」
ミドリの前に躍りでたのは私の大好きな一番のパートナーである、アブソルのルル。
あっこれめちゃくちゃ怒ってますね。
男の人たちは忌み嫌っているアブソルが──しかもめちゃくちゃ怒っているガチギレのアブソルが──もう一体現れたことに驚愕と恐怖に顔を歪める。
──ひゅうひゅうと風の渦巻く音が聞こえた。
「ルル!ストップ!!」
私の制止なんてこれっぽっちも聞こえていないのだろう。
少しの間、その後に男の人たちを風の刃が襲った。
ああ……おまわりさんに見つかったらなんて弁明しよう。
「グルル……」
「〝かまいたち〟はやり過ぎ!も~……みんな伸びちゃってるじゃん」
『名前さま、ルルさんは名前さんが傷つけられたことを怒って……』
「うんレイン、もちろんわかってはいるよ。でもね、技の威力がエグいから」
サーナイトのレインがアブソルに〝いやしのはどう〟をかけながらルルを庇う。
わかっているよそんなこと。
タオルで血の滲む額を押さえ、ルルの頬を軽く摘む。
あの〝かまいたち〟は男の人たちには直撃せず、刃は周りの木々を薙ぎ払い、その衝撃とアブソルに攻撃をされたという事実が男の人たちの意識を刈り取ったらしい。
あんなにアブソル追い詰めていたのに実は弱いな、あの人たち。
しばらくして、レインに粗方治してもらったアブソルは体を起こすとそのまま一目散に私たちの元から去っていった。
何度かこちらをちらちらと振り返ったから私たちも手を振って見送る。
ルルは安堵したかのように溜め息を吐いた。
『名前さまも』
「ん?ああ大丈夫だよ。ほとんど止まったし」
『ではガーゼだけでもしてください。お顔に傷が残ってしまいます』
別に気にしないんだけどな……言ったらレインが荒れそうだ。
ミドリにお礼を言ってモンスターボールに戻した。
レインが額にガーゼを貼り、それから目眩がないか痛みはどうか何度も確認する。
ルルもやけに私に体を密着させていて、心配してくれているのが見て取れた。
まあ以前もあったからね、似たようなこと。
あの時はアブソルを連れているだけで石を投げられるなんて思わなくて、泣きながら走ってあの時の村を出て行ったっけ。
無力だと思った、無知だと思った。
もっと知らなくちゃ、もっと私も強くならなくちゃ。
気がついたらホウエン地方から出ていたんだけどさ。
『では名前さま、何かありましたらお呼びくださいね』
「うん、ありがとう」
レインもモンスターボールに戻し、ルルの毛並みを一撫でして立ち上がる。
少しふらつけば、ルルが私に寄り添って支えてくれた。
「……ありがとうルル、守ってくれて」
「……」
「大丈夫だよ。痛かったけど、他には何も思わなかったし」
ただ、あのアブソルがどうなるのかは気になるけれど。
アブソルという種族は、災厄を呼ぶポケモンだと言われてきた。
本当は災害が起こることを特徴的な角で察知して人に教えようとしてくれていたのだけど…
…悲しいことに、災害のタイミングとアブソルの現れるタイミングは人間が誤解してしまうには十分だったのだ。
人とポケモンは同じ言葉を交わす事はできない。
大昔、それこそ神話のような時代なら人もポケモンも一緒だった時ならわかっていたかもしれないけど。
最近の研究でアブソルという種族についてのレポートが更新されていたし、ポケモン図鑑のアップデートの時には解説文も変わっていた。
でもそれが小さな村まで届くとは限らない。
仕方ない、小さなコミュニティーなのだから、昔から伝わる話を重んじる。
「……グゥ?」
「……なんでもないよルル。じゃあ気を取り直して行こうか、頑張れば今夜はポケセンのベッドで眠れるよ」
人間同士でも分かり合えない事もあるのだから、仕方ない。
先導よろしくね、とルルの頭を撫でて足を進めた。