もしも呪いの世界と交わっていたら⑪

「さっき振りだなクソ野郎、あれで済むと思ってんのか甘いんだよ大人しくボコられろクソッタレ」

え、えー……?
ちょっと誰か僕の気持ち代弁してくれない?僕が素直に言ったら僕が危ない、命が。
名前さんを襲った呪霊が何を思ったのか病院の名前さんの病室に直に襲いに来た。
まあここまでは想定内、名前さんの呪力が無意識に抵抗をしていたから焦れたやつなら直に来ると思っていたからね。
病室から名前さんを抱えて連れ出して人気のない開けた空き地まで来て帳を下ろしたんだけど、その途中で蘭と竜胆が合流、嬉々として呪霊に銃ぶっ放したり警棒でぶん殴ったりして攻撃していたのも、まだいいの。
悠仁や恵、野薔薇の経験も詰めるだろうから七海と僕は梵天の鶴蝶ってやつで名前さんを死守。
その途中で名前さんの目が覚めた、ついでに呪霊も弱まった。
鶴蝶に背負われていた名前さんは何度か咳き込むと、周りの状況を見て下ろして、と一言。
ふらついてはいたけれど、裸足のままスタスタと蘭と竜胆によって弱まった呪霊を見て、冒頭に戻る。
なんであの人は起きたばかりで物騒なこと言えんのかな!?
やけに呪霊も弱まったな、と思っていたけど名前さんの言葉でわかった。
この人、呪霊に意識を取り込まれていたけれど多分その中で呪霊をボコボコにして出てきたわ……!

「名前さん!危ねーよ!!」

「虎杖、引っ込んで」

「えっ」

「で、でも名前さん……!」

「フラフラじゃない!」

「恵も野薔薇も、引っ込んで」

「アッ」

「ハイ!」

名前さんを見た呪霊は彼女を恐れるように後退りをする。
その後ろには警棒を持った蘭と銃の弾を装填していた竜胆が、名前さんが起きたことに喜ぶより先に悪い顔してた。
にまにま、ああ……きっと梵天に粛清された人間もこんな顔見て来たんだろうなあ……
名前さんを下ろした鶴蝶は青醒めて気持ち一歩下がり、七海もきょとんとしている。

「ねえちゃんおはよー」

「オレら参加する?」

「いやいいわ、私の客だ」

こっっっわ。
後ろに蘭と竜胆がいるから呪霊はもう下がれない、ビクビクと大きな体を丸めてそれでも威嚇するように唸っている呪霊がちょっと可哀想、いやかなり可哀想。
……一年生たちの、教育に悪いかもしれない。
名前さんはにっこりと、それはそれは清々しいような笑顔を浮かべてノーモーションで呪霊に上段蹴りを叩き込んだ。
えっっっっぐいな!!
しかも丁寧に呪力込めているんだけど!?えっ、こわ!
今の見た!?ねえ!今の!!
ほらあ!恵の玉犬たちびっくりして足の間に尻尾丸めちゃったよ!
野薔薇の手から釘と金槌落ちてるよ!
悠仁なんて絵に描いたようなぽかーん顔!!
鶴蝶はやると思った、と天を仰いでいるし、七海は絵師とは……?とスペキャしてる!
蘭と竜胆はやっちゃえねーちゃん!なんていつかの里香ちゃんみたいなこと言ってるよ!?
それ言っちゃだめだから!名前さん張り切っちゃうでしょー!

「言ったよな?泣いて済むと思ってんじゃねえよ泣いて謝って済むなら警察も梵天も私もいらねーんだよ」

呪霊だって泣きたくなるし謝りたくなるわ!
ひ、酷い……呪霊可哀想……
サンドバッグだっけあの呪霊?って思いたくなるような蹴りと拳に最強の僕だって怯えたくなる。

「私が呪術師とやらじゃなくてよかったわ、じゃなきゃ教育的指導こうしてできねえもんなァ」

「行け!ねえちゃんそこだ!!」

「いい感じいい感じ!乗ってんな!!」

蘭も竜胆も応援しちゃだめだってー!
呪霊に教育的指導しなくていいよ……親友の呪霊操術じゃなくても一般人が躾られるって知りたくないよ……
四十代女性の蹴りがあんな威力あっていいわけがない。
呪術師でもないし、キックボクシングやってても名前さん選手じゃないでしょ!?

「名前さん……!もうそのくらいにしてやって!呪霊可哀想だから!!」

「は?こいつに襲われた私は可哀想じゃねえのかよ」

「スミマセン」

名前さんにストップかけようと思ったら言い返せなかった。
思わず顔を覆って天を仰ぐ。
どうしよう……そう思っていると、蘭がねえちゃん貸したげるー!と名前さんに警棒を渡した。
やめてあげて!!武器だけは!
それを受け取った名前さんは短い警棒だと言うのにメジャーリーガーびっくりな素振りをして、またにっこりと笑う。
もう清々しく見えない、あれは悪魔だ。

「まあ言いたいことはもう言ったし、私の手でトドメ刺してやるよ」

ひえっ。
肩が跳ねたのは蘭と竜胆、鶴蝶以外全員だ。
途切れ途切れの呪霊の言葉なんかもう耳に入っていない、ねえ実は名前さん蘭と竜胆の従姉じゃなくて実のお姉さんだったりしない?今なら信じるわ。
僕たちが言葉を発せずにいると、名前さんは今までにないくらい警棒に呪力を込めて思い切り振り下ろした。
帳内に響く呪霊の断末魔、真紫の液体を飛び散らせて呪霊は倒れる。
そのまま名前さんの足に許しを求めるように手を伸ばすけれど、それは名前さんの足に振り払われた。

「ずるいだの羨ましいだの言ってる暇があんなら努力しな、願うだけの怠惰なクソ野郎が」

あー……うん、ごもっとも。
終わった?もう地獄みたいな時間終わった?
七海に聞けば多分……と頷く。
名前さん、と彼女に声をかけようと思ったら名前さんの体がぐらりと傾き、そのまま地面に倒れ込んだ。

「あっ、ねえちゃん!」

「ねーちゃん!」

蘭と竜胆が急いで駆け寄って名前さんの体を抱き起こす。
慌てて僕らも名前さんのところに駆け寄ると、名前さんはぐったりと力を抜いてすうすう寝息を立てていた。
……ああ、満足して寝た感じ。
名前さんの首に残っていた跡が薄くなっているし、呪霊も名前さんによって祓われた。
うん、終わりだね。
まさか一般人が自分で自分に害をなした呪霊を祓うとは思わなかったけど、名前さんならやりそうだなと思う。

「……五条さん」

「ん?」

「絵師ってなんですか」

「奇遇だね七海、僕も聞きたかった」

間違いなく、名前さんはただの絵師と片付けるには無理があるよな。
寝落ちてしまった名前さんを竜胆が背負い、名前さんの肩に蘭が自分のジャケットをかける。
ところでこれ、どうやって報告書書いたらいいのかな?
なんとも締まらない祓除は初めてで、僕と七海、一年生たちはホッと息を吐いた。

 

「名前さんに異常はないってさ。一週間寝込んでいたから純粋に病み上がりの体だったのと、目一杯呪力使ったから疲労で眠っているって」

ベッドで規則正しい寝息を立てる女性……名前さんに目を向け、五条さんは大きく息を吐く。
従弟であるふたりも安心したのか、両側から名前さんの手を握り締めてベッドに突っ伏して眠っていた。
意識のない彼女はただの呪霊の被害者だった。
妙齢の女性が寝込んで苦しんでいるのはとても胸が苦しくて、心配している灰谷さんたちも見ていられなかった、反社ならではの物騒な発言は多々あったが、まあ身内がその状態ならしょうがないなと思っていた。
だが蓋を開けてみるとどうだ。
名前さんは取り込まれた意識のまま呪霊の中で暴れ回り、起きたと思ったら今度は自分で呪霊本体を叩く。
絵師ってなんでしたっけ?
呪霊の捜索に当たり、戦闘に参加していた一年生たちも疲れたように病室のソファーに座り込んでいる。

「無事だったのを喜べばいいのか、今回の惨状に肝を冷やせばいいのか」

「名前さんはね、規格外の人だからさ」

「よくもまあ、今まで気づかなかったと思います。灰谷さんたちもですが、こんな逸材がいたらすぐ気づくと思いますが」

「そう、そこなんだよ」

五条さんの六眼でも読めない呪力と術式。
それがこの三人だけじゃなくて、梵天関係者はほぼ全員ときた。
下手をすれば呪術界のパワーバランスが崩れるだろう。

「七海はどう思う?名前さんと灰谷兄弟、それから梵天」

「脅威としか。梵天に関してはいい話なんかありません、もしも、そういった世界にいる呪詛師と結託したら……と考えると恐ろしい」

だってあなた、彼女に吊るされるわ灰谷兄弟に殴られるわ鈍器投げつけられるわしているじゃないですか。
現代最強の呪術師に対してそんな真似のできる人間を見逃す程、世の中甘くない。
聞けば百鬼夜行前に夏油さんと接触している。
あの人本当に高専を抜けても碌なことしないな、なんて人と知り合ったんだ。
巡り巡ってその人に出会う自分たちも中々ですが。

「宿儺なんか名前さんの殺戮ショーにビビって俺の体止めてたんだけど」

「呪いの王でも彼女は規格外だろうね、いやー……怖い、本当に怖い」

「玉犬なんか呼んでも出てこないっスよ……」

「無理よ、名前さん見たら誰も彼も逃げたくなるわ」

「しかもあれ一級だったからね、名前さんを完全に取り込んだら特級になってただろうし」

「……よかったですね、名前さんが一般人で」

はあー、と全員で溜め息を吐いていると病室のドアがノックされて開いた。
入って来たのは呪霊から距離を取る時に名前さんを背負っていた鶴蝶さん、それからピンクの髪の男性、小柄な顔色の悪い男性だ。
確か彼らは梵天の……トップスリーか。
ピンクの髪は三途春千夜、小柄な方は佐野万次郎。

「姐ちゃん無事だって?」

「今は眠っているよ、灰谷兄弟も安心して眠っている」

「そっかあ……よかったァ」

「……よかった」

「どうしてふたりはここに?」

「姐さんも灰谷たちも眠っているからオレが呼んだ。代わりに話をするならボスと三途が適任だろう」

ドアの外にはまだ何人か控えているようだ。
鶴蝶さんは外の人間に何か言うと病室のドアを閉め、そのままドアに寄りかかる。
佐野さんは名前さんの顔を覗き込み、心底安心したように顔を歪め、お疲れ様、と名前さんの頭を撫でた。
三途さんは気ィ抜いてんじゃねーよと灰谷さんたちの頭を軽く小突くが、ふたりは唸るだけで目を覚ます様子はない。

「僕から説明するよ。あっ、この子たちは僕の生徒だから関係者だ、君らのことは口外させないと約束するからそのまま同席させてくれ」

「マイキー、こちらに」

「うん」

三途さんが椅子を用意すると佐野さんはそこに腰かけた。
現代最強の呪術師と、無敵と名高い梵天のボスが向き合う。
何もないとは言い切れないので私は一年生たちの傍へ。

「話を聞こうか」

五条さんが説明するのは今回何が起こったのかの詳細と、結末だ。
端折るなら名前さんが自力で何とかできたと。
話を聞いた佐野さんと三途さんはやっぱりなーと言いたげな遠い目をしていた。
ああ、よかった。
名前さんが規格外だと知っているんだな、この人たちは。

「……ま、まあ姐ちゃんが無事でよかったですよねマイキー!」

「あ、ああ……」

煮え切らない顔してますけど。
姐さんだしな……となんとも言えない顔で佐野さんは三途さんから何かを受け取ると、そこにペンを走らせて五条さんに差し出す。
五条さんはそれを受け取ると少し呆気に取られたような表情を浮かべ、えっマジ?と佐野さんに聞いた。

「謝礼金だ。姐さんの絵が梵天の資金源に利用されていることや、オレたちの身内だということも含めこのくらいで足りるか?」

「足りるも何もマジ?」

「マジ。うちの財布も姐さんに投資するなら文句は言わねえ」

その言葉が聞こえたかはわからないが、外から姐さんに投資すんならもっと出してもいいぞ、と声がする。
つまり、彼らなりの礼と言ったところか。
持ってて、と渡されたそれは小切手だ。
恐る恐る額を見れば、予想外の金額が書かれていて思わず二度見した。
そのくらいの価値、いやそれ以上の価値が名前さんにはあると……
いや本当に絵師ってなんなんだろうな、呪術師やっててこんな謝礼金なんて見たことがない。
私の手元を覗き込んだ一年生たちは驚きの声を上げる。

「加えてオレたちはオマエらに手は出さない、三途と鶴蝶が証人だ」

「おう。姐ちゃん助けてもらったしな」

「助けてもらったというかほぼ姐さんの自己解決だがな」

「太っ腹だねえ」

「但しこちらに踏み入るな。姐さんまでならオレたちが何かする前に灰谷たちが出ると思うが、杞憂だろうし」

佐野さんはそれだけ言うと立ち上がり、名前さんと灰谷さんたちを見ると少し柔らかく目を細める。
三途さんは椅子を片付けると鶴蝶さんに目配せをして佐野さんを誘導した。

「帰る。……姐さんと灰谷兄弟が世話になったな」

「いーえ」

「覚えといてやるよ、呪術師とやらを」

そう言って佐野さんは三途さんと鶴蝶さんを連れて外へ。
少し外が騒がしくなったが、やがてそれを止んで静かになる。

「……五条さん」

「……名前さんってなんなんだろうね」

多分それは、この場にいる本人以外は思ってるんじゃないんですかね。


親戚のおねえさん
中身ボコボコにしたから今度外側な。
誰も彼もがビビるレベルで大暴れした。
多分アドレナリン過剰分泌でできたんじゃないかな。
病衣と裸足で呪霊をボコボコにした人。
一頻りボコボコにしたら疲れて寝落ちた。
現代最強の規格外が五条さんならおねえさんは一般人の規格外。

灰谷兄弟
おねえさんが起きるまで警棒や銃や鈍器(岩塩)で呪霊をボコボコにしていた。
やっちゃえねーちゃん!!そこだねえちゃん!!
気分は格闘技の観戦。
病院に戻ってきたら安心しておねえさんの手を握り締めて爆睡。

五条悟
とんでもねえモン見てしまった。
絵師って何?一般人って何?
一般人が呪霊をボコボコにするのを実況する余裕なんてない、慣れたらできるかもしんないけど。
一年生たちに経験も詰ませたいからって後は祓うだけの様子を見守るだけがどうしてこうなった。
呪霊可哀想……でもおねえさんの言葉には反論できなかった。
佐野くんに渡された小切手の額にびっくり。
福寿さん凄いなあ……考えるのはやめよ。

七海建人
おねえさんの護衛しているはずがどうしてこうなった。
絵師ってなんでしたっけ?
意識のあるおねえさんを見たのはこれが初めてだからスペキャした。
反社が呪霊ボコボコにするのもびっくりしてたのにおねえさんの参戦にビビった。
あんな人が一般人なら呪術師要らないんじゃないんですか。

一年生たち
ひえ……おねえさんこわい……

梵天
鶴蝶くんがおねえさんの護衛でいたけれど、呪霊ボコボコにしてるのを見てやると思った……と天を仰いだ。知ってた、姐さん自分でやるよな。
佐野くんと三途くんが話を聞きに来たけどおねえさんの所業にやっぱりなーと納得。
謝礼金?ゼロがいくつあるかは気にするな、出処はもっと気にするな。

2023年8月3日