もしも高専時代のさしす組と出会っていたら③

「待て待て待て待て、落ち着こうぜ?俺らそこら辺のガキより大人だろ?足を地につけて話し合いといこう、な?」

「あー聞こえねーなー、ゴリラがなんか言ってら」

「いやー、俺アンタタイプだわー、ぜひこんな逆さのかっこつかねえ状況じゃなくてかっこいいところ見せながら話してえなァ」

「内股で吊るされてる棒読みしかできねえクソ野郎にこれっぽっちもときめかねえしイラッとしかしねえわ吊るすぞ」

「もう吊るしてんだろ」

どんな状況これ。
五条と夏油の任務が終わる頃、ふたりに呼ばれたって名前さんと蘭と竜胆が高専に来ていた。
星漿体の女の子に会わせたいんだってさ。
名前さんたちが五条と夏油たちのいるところに向かったのを私は校舎から見送り、早く帰ってこないかなと待っていたら、慌てた様子の蘭からすぐに来て欲しいって連絡が。
五条が血まみれで息をしていない。
近くにいた夜蛾先生にも声をかけ、駆けつければ血溜まりの真ん中に五条が横たわっていた。
息は、していない。
でも呪力の巡りが私の得意とする反転術式のものと同じだったから多分生き返る。
そう判断して夜蛾先生の呪骸に五条を校舎まで運んでもらい、そのまま私たちは先へ進んだ。
今度は女性が倒れているのを見つけ、確認すれば名前さんが着ていた上着を傷のところにきつく巻かれている。
名前さん、ここ通ったんだ。
命はなんとかなりそうだったので、傷を塞いで安定したのを確認したらまた夜蛾先生の呪骸に校舎へ運んでもらう。
物騒なヘンゼルとグレーテルだな、なんて思いながら開けたところに辿り着けば──修羅場だった。
なんで……?
えっ、なんで?
夏油と星漿体は無事、夏油は胸を斬られているし、星漿体の子も肩を怪我してはいるけれど。
蘭と竜胆がそれぞれの上着を夏油と星漿体の子にきつく巻き、それからふたりを庇うように立っている。

「あ、硝子ちゃんこっち頼むわー」

「夜蛾センじゃん、夜蛾センねえちゃんとところに加勢よろしくー」

ノリかっるいな。
すぱぁん!と気持ちのいい音がしたのでそっちを向けば名前さんが逆さまに吊った男の横っ面を引っ叩いていた。
えっ、いつもより怖い……
いつも無表情っちゃ無表情だけど、あんなごっそり表情の抜け落ちた顔は見たことない。
それに怯えるのは夏油も星漿体の子も同じ。
あ、あの人味方でいいの……!?なんか超怖いけど!
大丈夫、私たちの先生みたいなもんだから……いつもより怒っているけど……
そりゃあ怖いわ。
蘭と竜胆は大丈夫大丈夫、ちょっとシバいているだけだから、なんて遠い目をしていた。
とりあえず、星漿体の子と夏油の治療しとこ……

「マジでこの界隈どーなってんの?宗教だか呪詛師だか知らねーけど、子どもを?え?暗殺?くっっっっだらねーんだよそれに子どもの護衛に子どもを選ぶ?ばっっっっかじゃねーの?くだらねえことに子ども巻き込んでんじゃねーよぶん殴んぞ」

「ねえちゃーん、もうぶん殴ってっから」

「私がクソガキ共に教育的指導でシバくのは許されんだよテメェらまともに怒られたこともねえのかよ」

「さらっとゴリラをクソガキ共に纏めたねーちゃんについて」

「よかったな夏油、あいつオマエらの仲間入りだってよ」

「嫌だよ!というか、名前さん危ないから下がって!」

「はァ?」

「アッイヤナンデモナイデス」

吊るされている男に追い討ちをしようとした名前さんを夜蛾先生が必死に止める。
知ってる?名前さん最近キックボクシング始めたんだって。
五条と夏油が真っ青になって「なんで止めなかった!」と叫んでこの世の終わりとばかりに蹲っていたのは記憶に新しい。
そもそも、高専の臨時教員やる前からあんなだったらしいし、本当にキレてクズ共を吊るす時に夜蛾先生が止めても止まらないんだよ。
それどころか内容次第では夜蛾先生が正座して「私の不徳が致すところでございます」って謝る時もある。
主に私たちが任務に当たる時間について。
どうしても呪術師って人の目を避けなきゃいけないから夜遅くに任務に当たることも珍しくない。
まさかそれが名前さんに知られて夜蛾先生や補助監督が説教されるとは思わないよね。
あっ現実逃避してた。
夏油の傷は刀傷、星漿体の子の傷は銃創。
星漿体の子は頭を撃ち抜かれるところだったらしいんだけど、五条がこっそり持ち出していた手のひらサイズの名前さんの絵が結界を張ったらしく、弾が肩へ逸れたそうだ。
夏油が星漿体の子を庇いながら応戦していたけれど、胸を斬られて顔に蹴りが入る寸前で蘭と竜胆が到着。
ちょっと後に名前さんも。

「硝子、悟は?」

「多分なんとかなる。息はしてなかったけど反転術式と同じ呪力の巡り方をしていた」

「……よかった」

「すげーな、あいつ殺しても死なねえんだ」

「マジか。ビックリ人間かなんか?」

「いや一番のビックリ人間はあそこにいる名前さんでしょ」

つい、と指を差せば夜蛾先生が名前さんを羽交い締めにし、逆さまに吊るされていた男はだらんと力なく……えっ、生きてる?名前さんその人殺してない?大丈夫?
どうやら名前さんの渾身の一撃が入ったらしい、どこに入ったかは聞かないでいいかな、夜蛾先生ちょっと内股気味だし。

「……とりあえず、解決した?」

「……多分?」

「……名前さんってなんなんだろうね、悟でも負けた相手を金蹴りしてあっさり逆さまに吊るすのを見ていたんだけど、本当に絵師?呪術師じゃなくて?名前さん特級だと思うんだけどどう思う?というか名前さんみたいなのが一般人なら呪術師っていらないんじゃないかな?」

「夏油、オマエ混乱しているから戻ったら寝ろよ」

「何言ってんだよ、ねーちゃんだからできんだよ」

「竜胆これ以上夏油を混乱させないでやって」

「そっちの子五条と夏油がねえちゃんに会わせたいって言ってた子?向こうまでおぶってってやるよ」

「おっ、お願いします……」

とりあえず一度ここから出よう。
治療したけれど疲弊している夏油に竜胆が肩を貸し、星漿体の子は蘭が背負う。
名前さんに吊るされていた男は夜蛾先生が拘束して、とりあえず校舎へ向かうことになったらしい。
名前さんは最初拘束された男の足を掴んで引きずって行こうとしていた、夜蛾先生が必死に止めていた。
……こっわ。

 

「そっちの世界のことはそっちでやれ精神なんだけどさすがに未成年をここまで痛めつけるのは目に余る。呪術師の前に未成年のクソガキだろこの高専といい呪術師たちは馬鹿ばっかなの?いっぺんてるてる坊主量産してやろうか」

「返す言葉もありません」

「五条が息してねえで血溜まりに倒れてるし、メイドさんも血だらけだし、駆けつけたらそこのクソヒモが夏油と女の子に怪我させてるし、はァ?」

「すみません」

「ああ、あと五条のクソガキは私の家に来た時小さな絵を無断で持ってったんだけど起きました?起き次第シバく吊るす泣かす」

「……なあ、この姉ちゃんマジで高専の教師?毛色違くね?俺でもこの姉ちゃんやべーのわかるんだけど」

「……生徒たちの性根を叩き直してくれている貴重な人材なんだ……キレたら問答無用で吊るされるのは、オマエも身をもって味わっただろう」

「敵意も殺意も削がれて逆らえない雰囲気だったから……」

「何コソコソしてんだよ私の話は終わってねえぞクソが」

「アッハイ」

「スミマセン」

名前さんが机に拳を叩きつけると木製の机からミシッと音がした。
悟と傑が担っていた星漿体の護衛任務。
暗殺直前までには追い込まれたが、乱入者に対してこちらも乱入者が現れるという展開になり、星漿体は無事、悟は一時危なかったが反転術式を会得して無事、硝子を伴って駆けつけたのが功を奏したのか、怪我人はいたが悟以外は命に別状がなかった。
伏黒甚爾という、術師殺しの乱入者。
名前さんと灰谷兄弟という、とんでもない乱入者。
どちらに軍杯が上がったかと言ったらまあ一択なわけで。
奇襲に慣れている蘭と竜胆が傑と星漿体から伏黒甚爾を引き離し、そこへ無表情の名前さんがやってきて問答無用で吊るした。
その一部始終を目撃した傑は「絵師って……?一般人って……?呪術師じゃ……?」と混乱した状態だったため、硝子が医務室での安静を促して今は大人しく眠っているそうだ。
名前さんのやったこともだが、術師殺し相手に無傷に立ち回れた蘭と竜胆も大したものだろう。
まあ、少し前に関東事変とかいう大きな抗争という名の喧嘩に参加して鑑別所送りになったくらいだから肝も据わっていれば動ける能力もある。
鑑別所送りになった後の名前さんがブチ切れているのは恐ろしかったな。
怪我人は多数出たが死人は出なかった、鑑別所から出てきた首謀者たちは名前さんが教育的指導を行ったらしいと聞いたが……ああ、うん、なるほど、この術師殺しが名前さんの中ではクソガキにカテゴライズされたのか。

「で、俺はなんで拘束されたまんまなんだよ」

ああそうそう、本来なら即死刑にでもなりそうなんだが名前さんが報告ちょっと待ったと言ったので厳重に拘束してこの空き教室で我々が話をしている。
話、というか名前さんの一方的なもの。
シバくぞ吊るすぞ泣かすぞ泣けよ、どこのガキ大将も言わないぞ。

「ここでこの人逃がしてもまたせいしょうたい?あの理子って女の子の暗殺に来るだろうからもう来る気なくすくらい痛めつけてやろうと思って」

「は?」

「えっ」

「だってあそこで追い討ちしようと思ったらオマエ気絶したじゃん。急所をグーパンで振り抜いただけなのに情けねえなァ、術師殺しなんだろ?その道のプロなんだろ?キックボクシング始めたばかりの三十路間近の女のグーパンで気を失うなんて演技だろ?なァ?」

「ちょっ、ちょっと待った!」

「待たねえよ。待っても待たなくても私にメリットねえだろ、なら待たなくていいよな」

「いや、あの、取引!取引しようぜ!」

「生憎教育的指導対象の言葉に耳を貸すほど優しくねえんだよ」

「ひっ……」

神は死んだ。
惨劇だった。
拘束してあるのをいいことに、もう、それはそれはもう、酷い一方的な蹂躙だった。
好きなだけ殴るわ蹴るわ、その後は締めとばかりに教室の窓から逆さまに吊るした、でかい男の足首持って逆さまにするのは酷かった。
騒ぎを聞きつけたのか、硝子がひょっこり顔を出したが名前さんが男の足首持って吊るしている最中なところを見るとなんでもないでーすとさっさと戻っていく。
俺ひとりでこれの収拾をつけろと?どんな罰ゲーム?

「あー重いなー頑張ったし手汗で滑っちゃいそうだなー」

「もっ、もうやらねえ!星漿体暗殺は放棄する!!から!下ろしてくれ!!」

「えっ?なになに……?私はいたいけな女の子を殺そうとして付け狙っていました?リピートアフターミー、ほら言えよ」

「言わねえよ!!」

「じゃあ手ェ離しちゃおっとー」

「あああああああああ!!」

「……おへやかえりたい」

何が悲しくてこんな地獄を見てないといけないんだ。
なんか目から水が落ちてきた……
名前さん、多分あなた一般人って言葉は全く合ってない。
まだ呪術師ですって言われた方が納得する、物理全振りの。
おそらきれい……名前さんが術師殺しを相変わらず吊るしている窓から空を仰ぐ。
うん、曇りだけどきれいだなー。
その後、名前さんが術師殺しを引き上げたので改めて話をして、術師殺しは星漿体暗殺の任務から手を引く、こちらで星漿体のダミーを代わりに持って帰ってもらう、名前さんを姐さんと呼ぶ、名前さんに逆らわない、等々いろいろ決めて術師殺しを解放した。
後半ふたつはいらない気がする、と名前さんは首を傾げていたが、逆らわないって結構重要なので黙っていた。
正道、もう、名前さん怒らせない。


親戚のおねえさん
フィジカルゴリラ危機一髪の立て役者。
息してない五条くんや意識のない黒井さん、怪我をしている夏油くんと理子ちゃんを見てちょっとプチンと来た。
吊るすのは任しとけ。
そういう世界だと知ってはいるけれど、きっと理解はしたくない。
未成年が喧嘩するならまだしも、命の危険のある任務に携わる必要性を感じない、感性一般人だし間違ってないと思っているからこそ言い切れる。
キックボクシング、始めました。

灰谷兄弟
フィジカルゴリラに奇襲かけたMVP。
高専でおねえさんが授業をする日だけとはいえ、最強コンビと訓練という名の喧嘩たくさんしているからそういう技術上がってそうな気がした。
問答無用で人に殴りかかるくらい、ふたりは非情だと思うので。
今回はやらかしてないよ!むしろ偉いでしょ?褒めて!!

家入硝子
駆けつけたらとんでもねえもんを見た。
軽いノリで済ませられるわけがないけれど、おねえさんと灰谷兄弟だから大丈夫かな、と思ってくれてたら嬉しい。
おねえさんと夜蛾先生とフィジカルゴリラが大人の話し合いをしている最中は医務室にいた。
一度教室に駆けつけたけどさっきよりもとんでもねえおねえさんを見たので回れ右した。

夜蛾正道
駆けつけたらとんでもねえもんを見たしとんでもねえ目に遭った。
一般人として、大人のしての正論パンチに言い返せない。
おねえさんが呪術師というものをわかっているからこそ余計に。
けれどそれとフィジカルゴリラを目の前で腕一本で吊るすのは別です何してんですか。
後半はおそらきれい……と現実逃避してた。
ちゃっかりフィジカルゴリラとおねえさんが縛り結んでいたので黙ってる。

伏黒甚爾
星漿体暗殺に行ったらとんでもねえ目に遭ったフィジカルゴリラ、メンタルまではゴリラじゃなかった。
まさか吊るされるとは思わないし金蹴りされるとは思わないしボコボコにされるとは思わなかった。
いろんなお約束という名の縛りを結んだのでこの件からは手を引く。
ちゃっかり姐さんって呼ぶことになるし、ちゃっかり高専でおねえさんみたいな臨時教員になっている。
おねえさんが呪力コントロールの先生なら、伏黒パパは体術の先生。

最強コンビ
概ね原作通り。
五条くんは高専の医務室でハイな状態で目を覚ますし、夜蛾先生からダミーの回収に行けと言われて盤星教の本部でダミーの回収がてら大暴れするかもしれない。
夏油くんは灰谷兄弟が来たから斬られただけで済んだ、けどおねえさんがフィジカルゴリラを吊るす一部始終を見てスペース夏油になってしまったので医務室で安静にしている。

2023年8月3日