もしも高専時代のさしす組と出会っていたら⑤

今日はいい天気だなぁ、もう日も暮れてしまったけれど。
夢中になって絵を描くのは私の長所であり短所だと蘭と竜胆に言われていたな、しかも外でやるんだから。
よいしょと腰を上げ、今日寝床を借りたお宅へ向かう。
辺鄙な村、前に傷心旅行で道に迷って辿り着いたところ。
初めは歓迎されてなかったけれど、ただ絵を描きに来たと伝えて実際に見せてくれと言われて絵を見せたら快く歓迎してくれた。
小さな集落だ、百人くらいしかいない村。
仲のいい身内には優しく穏やかで過ごしやすいかもしれないけれど、外界や嫌いな相手にはこれでもかと悪意を叩きつける。
幸い、絵師で各地を描いていますって本当でも嘘でもない言葉で受け入れられたのがよかったかな。
さて、村長さんのお宅まで十分かからなかったはずだ。
のろのろと歩いていると、名前さん?と呼び止められた。

「……あれ、夏油?」

「やっぱり名前さんだ。なんでここに?」

「絵を描きに。夏油は?」

「私は任務で」

なんか夏油に会うのは久しぶりかもしれない。
五条もだけどあの去年の任務から特級呪術師とやらになったふたりはそれぞれに任務を宛てがわれて揃うことは少なくなった。
必然的に私の呪力コントロールの授業も二年生の七海や灰原、一年生の伊地知を相手にすることが増えたし。
そうそう、伊地知は呪術師じゃなくて補助監督になろうと思ってるんだって。
なら戦うよりもとばり?って結界を速やかに下ろせるようにコントロールしようかって切り替えた覚えがある。
ちなみに竜胆に伊地知がボコボコにされているのを見て蘭が爆笑していたのでシバいたな。
補助監督でも身を守る術は身につけないとだめだろーって竜胆が容赦なかった。

「任務ってことはこれから祓うの?」

「いや、もう目的の呪霊は祓ったからその報告だよ。名前さんはどこに?」

「村長さんのお宅に一晩泊まってから歩いて最寄りの駅まで帰ろうかなと」

「……ここまで最寄りから徒歩?なかなか山道だったけど……?」

「このくらいなら余裕。車で流れる景色見るよりは自分の足で景色見る方が好きだし」

箱根に行った時も基本的に登山バスや鉄道使わないで歩いて回っていたしね。
夏油も祓ったってことは少し疲れてるかな、最近会う度に窶れてんなって思ってたし。
鞄の中に入っていた未開封のお茶を押し付けるように渡せば少し目を丸くした。
いくらもうすぐ夏が終わるからって水分補給しないのはよくないよ。
なんなら塩飴もやろうか、きょとんとしている夏油の手のひらに塩飴を乗せる。
ババくさいとか言うな、純粋に塩分補給にうってつけだし意外と美味しいんだから。
ちなみに黒糖塩飴なのでほんのり甘い。
甘いのは特別好きってわけではないけれど、塩分補給も糖分補給も必要。
渋る夏油を適当に言いくるめて目的地は同じこの村の村長さんのお宅。
私の教え子ですなんて話せば受け入れはよかった。
私の教え子だってこと、それから夏油に呪霊を祓う力があるってこと、つまり私にも祓う力があると勘違いしている。
……なんか、面倒くさそうな予感。
原因はこっちです、と村の人に案内をされるんだけどちょっと待て。
夏油が祓ったのになんで原因はこっちって言うの?
面倒くさそうな予感じゃねーわ、嫌な予感だわ。
思わず夏油と視線を合わせ、なるべく離れないようにお互い距離を詰める。
こういう辺鄙で狭すぎる村ってのは普段都会で過ごしている私たちの予想を遥かに超えることするからな。
案内された先でまあ結構久しぶり、というか初めて人間こんなにキレることができるんだなって場面に立ち会うんだけど、二度とこんな村来ねーわ。

 

「名前さん!福寿さん落ち着いて!!」

「落ち着いてる、落ち着いているよ夏油」

「本当に落ち着いている人はそんな顔で無抵抗な猿ぶん殴らないから!!悟!悟来て!!」

「やだなー、五条は高専だからここにはいないだろ」

「さとるううううう!!」

この人この細い体のどこにこんな力があるんだ!
私ひとりじゃ止められないから仕方なく呪霊を出して一緒に羽交い締めにする。
誰を?そんなのここでブチ切れている名前さんしかいないだろう!!
私たちが案内されたのは木製の牢屋。
中にはボロボロの双子の女の子たちが身を寄せ合ってこちらを警戒していた。
ああだめだ、もう私は非術師を人間に見ることができない。
そう思って村人全員殺してやろうと思ったら、先に名前さんが動いた。
問答無用で近くにいた村人の胸倉掴んで綺麗な右ストレート。
さすがだなあ、なんて呑気に思う暇はない。
いや、ちょ、この人力強いな本当に!

「いやーマジでクソ、クソ野郎しかいねえのかこの村は。常識的に考えて子ども監禁して暴力?いっぺん殴らせろ話はそれからだ」

「もう殴ってる!もう何発も殴ってる!!」

「人間意外と頑丈なんだよ非力な私の一発は十発以上って決まってんだよ私が決めた」

「非力じゃないしそんなの決めなくていい!」

ここにはいない親友の名前を叫んでも悲しいことに応答はない。
私と呪霊が羽交い締めにしても手が使えなけりゃ足と言わんばかりに思い切り猿を蹴り飛ばしたところで名前さんは止まる。
それから私に視線を向け、離せと一言。
ここにもう意識のある人間は私と名前さん、それから牢屋の中にいる双子の女の子だけだ。
恐る恐る名前さんを解放すると、すたすたと牢屋へ真っ直ぐ近づいた。
ガタガタと建付けを確認すると、これなら壊せるかなと呟いて中の女の子たちに離れるように声をかける。
女の子たちが少し離れたのを確認して名前さんは思い切り牢屋の出入口を蹴りつけた。
派手な音を立てて外れる出入口、いってえと小さく声を出した名前さんはひょこひょことそのまま牢屋の中に入って女の子たちをその腕に抱き上げる。

「夏油、補助監督の人は?」

「あ、えっと、村から離れたところに待機しているよ……?」

「高専に帰ろう、私もそのまま帰る。こんなとこ胸糞悪くていられるか」

不愉快だと隠さない顔のまま牢屋を出た名前さんはそのまま外へ向かった。
慌てて着いて行けば待ち構えていた村人たちに囲まれたけれど、何か言われようが気にせず歩く。
正直殺してやろうと思ったけれど、名前さんがオマエ何もするなよと私に釘を刺したので何もできなかった。
決して楽じゃない道なのに、女の子ふたり抱き上げたままなのに、足だって痛いはずなのに、名前さんは歩く。
しばらく歩いて村から離れると、名前さんは大きく息を吐いた。

「マジでクソ、なんでこういう集落はクソ共が多いんだよ」

「前に泊まったことあるって言ってなかった?」

「あるけど、こんな場所だなんて一目でわかるわけねえだろ、人を見る目もちゃんと養わねえとだめだなぁ。……連れ出しちゃったけど、なんとかなんかな」

いつの間にか女の子たちは福寿さんにしがみついて泣いている。
重いのに微塵も感じさせないまま、大丈夫大丈夫、頑張ったねと名前さんは優しい声をかけた。

「……殺そうと、思ったんだ」

「やめとけやめとけ、あんなクソみてーなやつら相手にする時間も手間ももったいないだろ」

「……」

「話は私も聞いていたよ。原因なわけねーじゃん、こんな子どもがそんなことできるわけない。できてんなら今頃あの村全滅してると思う」

「名前さんは、変だと思わないんですか」

名前さんにここ最近感じていることを話す。
理子ちゃんの件、灰原と七海の任務の件、それから以前九十九由基と話した件。
もう、呪術師以外を人間とは見れない。
なんで強い人間がわざわざ弱い人間を助けなきゃいけないんだ?
悟は最強になったけれど私は?何ができる?
呪術師としての目的をなくして、どうすればいいんだろう。
名前さんはそれを最後まで聞いて、それから足を止めて私を見た。

「私は呪術師じゃない。呪力や術式があっても祓う能力もない。だから夏油の納得いく答えは出せない、でもこれは言える」

嫌なら呪術師を辞めればいい、私や蘭や竜胆みたいに好きな日常を送ればいい。

「力があってもなくても、夏油は私から見れば蘭と竜胆よりも年下の子どもだろ。悩むこともあるよ、私だって夏油と同じくらいの時はたくさん悩んだよ」

「名前さんも悩むんだ」

「そりゃあ人間だからね、ずっと悩みながら生きてるよ。好きなことだけで生きていいのかずっと悩んでいた、普通の仕事してる時は人間関係がしんどくて辞めようかってずっと悩んでいた。三十になる前に思い切って辞めて、いろんなところにスケッチブックと鉛筆片手に旅行して、やっぱり絵を描くのが好きだから絵を描いて生きようって決めた。今だってこれでいいのかって思わないわけじゃねえもん」

「……蘭や竜胆も、悩んでいるかな」

「私にはわからないよ。でも好きに生きてるじゃん、あのクソガキたちは意地張るためなら命懸ける馬鹿だから。否定はしない、そういう生き方だってある。私の前でいつも通りなんかやらかして私に怒られて、でも蘭と竜胆はそれでも意地張るために馬鹿みてーな喧嘩してる。いいんだよ、好きなことを選べば。呪術師続けるなら続ればいい、しんどいなら辞めればいい。……それは、君たちもだよ」

補助監督の待機しているところまで行けば、名前さんと女の子たちを見た補助監督は目を丸くした。
簡単に名前さんが事情を説明すれば、そのまま車に誘導してくれる。
最初名前さんが女の子たちを下ろして助手席に座ろうとしたけれど、女の子たちがこれでもかと離れなかったので私が助手席に座り、名前さんを挟むように女の子たちが車に乗り込んだ。

「お名前は?まだ聞いてなかったね」

「菜々子……」

「美々子……」

「可愛い名前だね。私は名前、そっちのお兄さんは夏油傑。これからこのお兄さんが過ごしている高専ってところに行く、さっきのクソ……げふん、とんでもねえ悪意を煮込んだ村にいるようなクソ……ごほん、人間としてダメなやつらはいないから安心して」

「名前さん、もうクソって言ってるよ」

「身に染みた言葉って直んないよね、小さい子どもの前では気をつけるよ」

「名前様?」

「あーそんな大層な人間じゃないから様付けなんてしなくていいよ、お姉さんでもお姉ちゃんでもいいし、名前でもいい」

「……おねえちゃん」

「おねえさん……」

いい子だね、飴あげるよ。
そう言って名前さんがふたりの小さな手のひらに私にくれたのと同じ飴を乗せる。
意外と味の趣向渋いよね、と言えば塩分補給もできるからいいんだよと名前さんは顔を歪めた。
補助監督の運転する車の中、名前さんの手を握り締めた双子の女の子、美々子と菜々子が名前さんに体を預けて眠る。
それにちょっとホッとした。


親戚のおねえさん
絵を描きに来ただけだった。
とんでもねえ場面に立ち会ったので頭に血が上って思わず手と足が出た、後悔してない、反省はしてる、もっとやればよかったわ。
大人なので大人としての意見や人生のちょっとした先輩としての言葉なら言える。
あんなクソみてーなところ二度と行くか。
双子に名前様って呼ばれるのは倫理的にアウトだからやめて。

夏油傑
任務に来たらおねえさんと鉢合わせた。
よし殺そうと思ったらそれよりも先におねえさんが暴れたので一生懸命止める、呪霊も使って止める。
止まらないなこの人!
自分が手を出すどころじゃなかった、おねえさんが人殺しになる前に止めないと……!
悩んでいることを話して少しはスッキリしたけれど、納得できる答えは得ていない。
悩め悩め、まだ未成年で若くてたくさんの道があるんだから。
でもあんなクソみてーなやつらに手を出すのはもったいないからやめときな、おねえさんがもうやったから。

美々子ちゃんと菜々子ちゃん
閉じ込められていたら知らないお兄さんとおねえさんが来た。
おねえさんの剣幕にちょっとビビったけれど、抱っこしてもらえて優しく声をかけられて安心した。
もしかしたらお兄ちゃんがふたりできるかもしれない。

 

夜蛾さーん、ちょっとだけお話いいですか?この界隈どうなってんの子どもにヘビーな場面見せるような仕事って要らないと思うんだけど、大人のお話しましょうか?って高専に来たおねえさんが腹割って夜蛾先生とお話するし、今回の話を聞いてどうすればいいのかわからない五条くんにもちょっとだけお話をする。
若いんだからたくさん悩んで悩んで後悔しないように選ぶのも大事だよ。
灰谷兄弟に可愛がられる双子ちゃんは若者が肉体言語で話している間おねえさんが面倒見てますね。

2023年8月3日