「かぁわいいなぁー、お名前は?オレは蘭でこっちは竜胆な」
「ねーちゃん、とりあえず適当に服買って来たよ」
「ありがとう竜胆。蘭、まだビビってんからもうちょい距離置いてやって」
「めちゃくちゃ可愛いんだけど、え?妹?ねえちゃんの子ども?」
「ぶっちゃけ状況次第で私の子どもになるかと」
「硝子ちゃんに言って寮の風呂借りるか、ねーちゃん一緒に入る?」
「私ちょっと夜蛾さんとお話するからその後になる」
「じゃあオレらが入れるわ、兄ちゃんどっちか抱っこしてやって」
「はいよ。大丈夫、オレらねえちゃんの弟だからさ」
今日はいい天気だったなぁ、散々な体験したけど。
美々子と菜々子を蘭と竜胆に預け、私は夜蛾さんに向き直る。
夜蛾さんは沈痛な面持ちで、ちょっと頭を押さえると私と向き合うように座った。
……廊下から美々子と菜々子が私のことを泣き叫んで呼んでいたけれど、まあ蘭と竜胆なら大丈夫だろ。
硝子やエマやヒナに対する態度考えたらあいつら女の子には優しい方だし。
夜蛾さんと話すのは今回の夏油の件だ。
包み隠さずに伝えた。
夏油が感じていることも、それから私がこの界隈に対して思っていることも。
私たちは大人だ、大人である以上どんなに子どもが力を持っていても些細なことに気づけなきゃいけないし、気づいてやらなきゃいけない。
間違っていることは正す、悩んでいることは相談に乗る。
呪術師としての教師にどこまで義務があるかわからないけれど、そんな小さな世界のことなんか知るか。
マイノリティーな世界だからこそ、大きな世界を見るように見てやらないといけないと思う、私は。
生憎親になったことも、真っ当な教師になったこともないけれど。
「一歩間違えれば夏油が人殺しになっていた感想から聞きましょうか」
「……申し訳ない、こちらが気づくべきだった」
「それは私じゃなくて夏油に言って。先にキレた私を見て冷静だったと思う」
私短気だから。
ちなみにあの村に関しては知り合いの警察に通報した。
ほら、蘭と竜胆が鑑別所に入ったこともあって良くも悪くも警察には顔が効くので。
そのまま美々子と菜々子は私がとりあえず預かることにもなったし、応急処置にはなるだろう。
でもそれはあくまで美々子と菜々子だけであって、夏油に関しては何も解決していない。
あれは夏油にとっては決定的な瞬間だった。
きっと同じようなことがあればまた繰り返す。
たまたま私があそこにいたから止められただけ、次もそんな幸運があるとは限らない。
「夏油は真面目だから溜め込んだ結果ああなった。夏油だけじゃなくてこの先似たような人間が出ないとは言えませんよ」
「……頭が痛いな」
「でしょうね。一応ここの教員だけどあくまで臨時で、呪力や術式があっても私は呪術師じゃないからこれ以上はそちらで手を打っていただきたい」
「善処しよう。ところで夏油は?」
「一応硝子のところにやって診てもらってからさっさと休むように言ってある。呪術師辞めたいなら辞めればって話はした。あとは夜蛾先生にお願いします」
夜蛾先生に頭を下げ、蘭と竜胆、それから美々子と菜々子の様子を見に行こうと席を立つ。
夜蛾先生も席を立つと、申し訳なかった、ありがとうと頭を下げたので何もしてないとだけ声をかけた。
夜も遅いし、私と蘭と竜胆は高専に泊まることになっている。
美々子と菜々子から離れるのも心配だし、夏油もいる場所だとわかれば安心するだろうと思った。
いきなりうちに来ても萎縮してしまうだろうしさ。
借りた部屋は女子寮だ。
まあ五人寝るには十分らしいので、ベッドとお布団を二組程。
布団で雑魚寝するには蘭と竜胆の体格でかいしなー、ベッドは私が美々子と菜々子で使って、布団には蘭と竜胆が寝ればいっか。
寮の風呂借りると言っていたけれどもう終わったかな。
そう思って歩いていると、福寿さん、と呼び止められた。
「……なあ、今ちょっとだけ話してもいい?」
「五条は明日も任務じゃないの」
「明日はオフ。傑の話、俺も聞きてえ」
呼び止めたのは五条だ。
まあ夏油に話をしたらその次と考えれば妥当か。
夏油は五条のことも気にしていたから。
「いいよ、向こうで話そうか」
遅いから甘いのはよしときなよ、そう言って自販機で温かいお茶を買って名前さんが俺に差し出す。
名前さんはブラックの缶コーヒー。
ベンチに座る俺の横に腰をかけるとプルタブを開けて、どうしたのといつもより柔らかく声をかけてくれた。
「……傑が、人殺しそうになったって」
「うん。先に私がキレたからそれどころじゃなかったみたいだけど」
名前さんがキレるなんて余程の状況だったんだろうな。
それも面識のほとんどない一般人に。
基本的に名前さんは自分の目に届かないところで起こったことに関しては呆れたように息を吐くだけで、逆に目の前で理不尽なことや名前さん自身が不愉快だと思ったことに対してはかなり厳しい。
俺と傑が蘭と竜胆と喧嘩しているのだって名前さんが見てなけりゃ名前さんは何もしない。
それがいいのか悪いのかはわからねえけど、でも名前さんなりの線引きだとは感じている。
全部に怒るほど名前さんは優しくねえから。
だとすれば、名前さんの前で人を殺そうと思った傑は、名前さんにとっては止めるものだったんだ。
それにちょっとだけ安心した。
「夏油は真面目だろ、オマエと同じで硝子の言うようにクズな面もあるけれど基本的にあいつは真面目、つーか真面目過ぎる」
「……うん」
「それに呪術師としての在り方を決めていたから余計にブレそうになって、結果今回は何も起こってなくてもブレた。なんだっけ?夏油の言葉を借りるなら弱者生存か、理子の件も灰原の件も、夏油が呪術師として在るには疑問を抱くものだったんじゃない?」
それから、傑が知った呪霊の発生源。
呪術師からは呪霊は生まれない、そりゃあ死んだ後に適切な処置をしたり、殺す時に呪力を使って殺せば死後に呪霊になることはない。
じゃあ非術師は?非術師からは呪霊が生まれる。
しかも傑の術式は呪霊を経口で飲み込むのだから、なんでそうしなくちゃいけないんだと思ったんじゃないかとコーヒーを飲みながら名前さんは言う。
呪術師じゃないのに、名前さんはよく人の話を聞いてくれるしよく人のことを見てくれているんだな。
他人の在り方を否定もしないし肯定もしない、ただ感じたことや考えたことを名前さんの言葉で教えてくれる。
「五条が最強でも、夏油がそうじゃなくても私はいいよ。でもふたりはそうじゃないんだろ」
「俺は、今でも傑とふたりで最強だと思ってる」
「じゃあそれを言ってやんなよ、若いやつのことだから穏便に話し合いで納得するとは思ってねーけどさ。蘭と竜胆にしてるみたいに喧嘩でもなんでもすりゃいいよ。肉体言語って意外と大切だよ、私だって怒る時は先に手や足が出んだし」
「名前さんの場合肉体言語通り越してんじゃん」
「いーんだよ、じゃなきゃ話聞かねえだろ。うちには意地張るために命懸けて喧嘩するクソガキふたりいるんだし」
「……え、喧嘩が好きなわけじゃねえの?」
「うん。まあ好きなのもあるかもしんないけど。今では関東事変って呼ばれているけど一歩間違えれば死人出ていた喧嘩っつー抗争あったから。あの馬鹿共その当事者に含まれてる」
そういえば蘭と竜胆が鑑別所に入ったって名前さん荒れてたな。
ふたりが出てきてから顔面ぶん殴ったらしいし。
名前さんも過激だよな、本人それは否定するけど。
お茶を飲んで喉を潤す。
「夏油には呪術師辞めたいなら辞めればいいって話はした。続けるなら続ければいいとも。絶賛悩み中だろうね、私は夏油も五条も納得する答えは言えない」
「……そっか」
「それに夏油には言わなかったけど、呪術師じゃないからって全員が弱いわけじゃねえよ?私もそう、蘭と竜胆も、ふたりの馴染み深いガキたちだって決して弱くない」
選べばいいんだよ、守りたい人間とどうでもいい人間を。
別にどうでもいい人間にわざわざ手を下さなくてもいいじゃない、時間も手間ももったいない、どうでもいい人間にわざわざ手を汚してやる必要もない。
もしも私や蘭と竜胆が夏油の言う守りたい人間に括られなくても別に構わない、オマエらに会う前からちゃんと生きてきてんだから。
若いんだから、オマエも夏油も悩んで答えを探せばいいんだよ。
そう言う名前さんは、柔らかく笑って俺の頭にぽんぽんと手を置く。
こういうこともできるんだ。
怒っている名前さんの印象が強かったから、なんか意外だな。
「……傑と話する」
「うん」
「多分、喧嘩になるだろうし、本気で話したいから術式も使って怪我もするかもだけど」
「うん」
「そうすれば、俺もあいつも揃って最強って言えんかな?」
「さあね。でも五条はひとりで最強じゃなくてふたりで最強がいいんでしょ」
「……終わったら、名前さんは何してんだって怒ってくれるだろ」
「本気で喧嘩するなら私も本気で怒るけど、それでいいなら」
名前さんの本気はあれだろ、どうせ吊るすんだろ。
そう言えば名前さんは当たり前だろと飲み終わった缶コーヒーをゴミ箱に投げ入れた。
親戚のおねえさん
ミミナナちゃんを蘭くんと竜胆くんに預けて夜蛾先生とお話した。
呪術師として何が正しいのかはわからないけれど大人としての正しさはわかっているつもり。
夜蛾先生とのお話の後には五条くんともお話した。
おねえさんお悩み相談室になりつつある。
五条くんとのお話の後、借りた寮の部屋に行ったらミミナナちゃんを挟むように蘭くんと竜胆くんが寝ていたのでちょっと安心。
灰谷兄弟
双子可愛いー!えっオレらの妹?ねーちゃんの子ども?
お風呂に連れてった時はギャン泣きされたけどめげずに身なりを整えて温かいお布団で一緒に寝た。
次の日にはらんちゃんりんちゃんってミミナナちゃんに呼ばれて「は?クソかわ」って言ってケータイ構えてたくさん写メる。
夜蛾正道
おねえさんと大人のお話をした。
呪術師としてではなく、大人としての正論をぶつけられたので頭が痛い。
夏油くんとお話をする前に五条くんが夏油くんと喧嘩しているのを次の日目撃するのでさらに胃が痛い。
五条悟
親友が何をしそうになったのか聞いてどうすればいいのかわからない。
おねえさんとお話してやることは決めた、腹割って話そう。
おねえさんの見たことのない面を見て大人なんだなと思っていたりする。
悩んでいい、納得する答えは教えてもらうのではなく自分で探して自分で出すもの。
次の日、シャレにならない特級同士のぶつかり合いが見られるよ。
ミミナナちゃん
おねえさんから引き離されたと思ったら知らないお兄さんたちにお風呂に連行された。
おねえさんのことを泣き叫んで呼んでいたけれど、お兄さんたちも優しかったのでちょっとだけ懐いた。
夜も遅かったので四人で爆睡。
夏油傑
お部屋ですやすや眠っている。
次の日まさか親友とガチバトルな喧嘩という名のお話をするとは思っていない。
蘭くん竜胆くんによるミミナナちゃんプロデュースをしている傍ら呪術師ってやべーんだなーとグラウンドで喧嘩している最強コンビを眺めるおねえさんと大怪我した時の対応要員の硝子ちゃんと頭痛と胃痛に襲われる夜蛾先生がいるよ!