もしも高専時代のさしす組と出会っていたら⑦

「ねえちゃん見て見て!可愛くね?美々子はワンピースにしたんだけどどう?」

「オレこの菜々子のボーイッシュスタイルもいいと思うんだけど!可愛くない?」

「どっちも可愛いわ」

「ほらな!ねーちゃん可愛いって言ってくれると思った!」

「それな!な?ねえちゃん可愛いって言ってくれたろ?」

「……私はクズ共のあの喧嘩見ながら美々子と菜々子のプロデュースをする蘭さんと竜胆さんもそれに答える名前さんもやべーと思うんだけど」

「男の子の喧嘩は見てるだけでいいんだよ硝子」

「夜蛾先生が頭と胃を押さえていても?」

「不甲斐ないって昨日から押さえていたからいいんじゃない?」

蘭さんと竜胆さんは元より、名前さんもあのガチバトル見てその感想じゃなくて可愛い双子に可愛いと言う名前さんの肝の据わり方やばいと思う。
夏油の任務先で連れて帰ってきたのは名前さんと双子の女の子だ。
疲れ切っている夏油から事のあらましを聞いたけれど、本当に名前さんがその場にいてくれてよかった。
もう警察に通報しているし、ちゃっかり双子の預かり先になっている。
対応の早さがやべーじゃん、高専よりも早い。
一晩経って双子は蘭さんと竜胆さんにも懐いたし、なんなのこの姉弟、コミュ力おばけか。
夏油にも心は許しているみたいだけど、それよりも名前さんと蘭さんと竜胆さんへの懐き具合が凄い。
たくさん可愛い可愛いと褒められた双子は名前さんの膝の上に乗せてもらって、恥ずかしそうにはにかんでいる。
ここだけ見たら平和なんだけどなー、グラウンドの五条と夏油がなー。

「おねえちゃん、夏油様とあの人どっちがつよい?」

「さあー?」

「おねーちゃんはどっちに勝ってもらったらうれしい?」

「どっちでもいいかなー」

名前さんの呼び方は蘭さんと竜胆さんに影響されているのがよくわかる。
昨日の夜はおねえさんじゃなかった?
そんな名前さんの両隣には蘭さんと竜胆さんが座っていて、リアルスマブラじゃんウケるー、なんて笑いながら持ってきたお菓子を摘んでいた。
いや、凄いなここ。
差が激しい。
夜蛾先生程私はハラハラしていないけれど、このまま続けたらどっちか死ぬんじゃないかって思っているんだけど。
だってほら、お互い術式使ってるんだよ。
夜蛾先生がさっきより体を丸めている、胃痛やばいみたい。

「……俺は今すぐ胃に穴が開きそうだ」

「夜蛾先生、胃に穴が開いたくらいじゃ死なないから問題ないよ」

「……」

容赦ねーなー。
私たちは呪術師だから、ふたりがあんなに全力で喧嘩しているのをやべーと思うけれど、名前さんたちは喧嘩なら問題ねーなーってスタンスだ。
まあ、毎日のように喧嘩している蘭さんと竜胆さんだし、その姉貴分の名前さんだし。
あ、五条が夏油に思い切りぶん殴られた。
体術なら夏油の方が重いもんなあ……名前さんからは命に別状なけりゃ治すなって言われてるけれど、私から見たら既に命に別状あるんだけど、この差はどうすれば?

「ねえおねーちゃん」

「なんでふたりはけんかしているの?」

「美々子と菜々子は喧嘩したことない?」

「うん……」

「ないよ」

「じゃあよく見ておきな。男女関係なく譲れないものがあるとああするんだって。意地っ張りになるんだよ、特に男の子はね」

まだふたりにはわからないと思うけどね、そう言って美々子と菜々子の頭を撫でて名前さんは缶コーヒーを口にする。
そういうもんか。
蘭さんと竜胆さんもうんうんと頷いているんだけど、妙に説得力があるのが怖いな。
喧嘩して鑑別所にぶち込まれた経験があるんだから思うことはあるみたい。

「硝子ちゃんもさ、傍観スタイルだと思うけどあいつらの喧嘩はよーく見ときなよ」

「ねーちゃんみてーに終わったら何くだらないことで喧嘩してんだって怒るくらいはしていいんだよ。オレらよりもあいつらのこと知ってんだろ」

「……まあ、知ってるけれど」

「傍にいるだけでも構わねえけどあいつらには怒ってやれる人間って必要だよ?夜蛾センとはまた別にさ」

「……うん」

「硝子ちゃんならねーちゃんみてえに怒ってやれるよ。ほら、硝子ちゃんは怪我治す専門だけどさ、何私の仕事増やしてんだーって言ってやれ」

そういう、ものなのか。
ちなみにねえちゃんは絵描く邪魔したり目の前で面倒事起こるとキレる、手加減なんて知らねえ、なんて蘭さんが言うと名前さんは無言で蘭さんの頬を引っ張った。
いひゃいいひゃい!と訴えても何のその。
なら怒ってやろう、どうせこの後治療するんだ、何喧嘩して私の仕事増やしてんだ、なんでそうなるまで話さなかったんだって、言ってもいいのかな。

「硝子まで、名前さんみたいになったら困る……」

切実な夜蛾先生の言葉に竜胆さんが腹を抱えて笑えば、今度はその竜胆さんの頬を名前さんが容赦なく引っ張った。
暴れるのが好きな蘭さんと竜胆さん、それからそれを本気で怒る名前さん。
止めなくていいから怒ってやんな、そう言う名前さんに頷けば名前さんは視線を五条と夏油に戻す。
そろそろ術式も飽きたのか疲れたのか、いつの間にかふたりは術式も呪力もなしで殴り合っていた。

 

今日はいい天気だなぁ、青春だね、真っ青な空の下で殴り合い、今度絵のテーマにしようかな。
若いなあ、悩んで悩んで、わからなから喧嘩して。
蘭と竜胆とはまた別のものを見ている気分だ。
ふたりは青春とは言い難いからしょうがねえな。

「言わなきゃわかんねーよ!六眼あっても心まで読めねえよ!!」

「知ろうとすらしなかっただろう!私がどんな気持ちで過ごしていたかなんて!!」

「言えばいいだろーが!!察してちゃんか!」

「悟にはわからないさ!察して欲しくてもできない気持ちなんて!!」

青春だなあ。
そろそろボロボロになってきたふたりを見て、ねえちゃん止めねえとだめじゃね?と蘭が耳打ちする。
竜胆も止めてくんけど?と言ってくれたけどもうちょい待って、止めるのは簡単だろうけどそれは五条と夏油は煮え切らないまま終わってしまう。
なんか、誰かの喧嘩に似てんなあ……ああ、黒川と佐野に似てんのか。
天竺と東京卍會のメンバーが見守る中で殴り合いだの蹴り合いだのして、怒鳴って、叫んで、泣いて。
眼鏡のクソガキが銃なんてもん持ってたからクソガキ吊るし上げた覚えがある。
なんでそこにいたのかって?黒川に一緒にお兄さんの墓参り来て欲しいって行った先で眼鏡のクソガキに通り魔みたく殴られたからお礼参りに行った。
エマを狙っていたらしいけど、その手前に私が飛び出たからエマは無事、私は腕で防いだけどバイクの速度とフルスイングに腕折れたんだわ。
腕折れたら仕事できねえだろうが何してくれてんだ。
怪我したから高専はしばらくお休みもらってたから五条や夏油、硝子はそのことまでは知らない。
蘭と竜胆が鑑別所にぶち込まれたことだけ。
その後の黒川と佐野は第二ラウンドを佐野家でやったらしいよ、怒鳴って泣いて、まあ和解できたみたいだ。
だからこの五条と夏油の喧嘩も、そうなることを願うよ。

「あ、」

「お、」

蘭と竜胆が声を上げる。
まるでクロスカウンターのようにお互いの拳が顔に入ったところで、五条と夏油はそのままグラウンドに倒れ込んだ。
体力も何もかも使い果たしたのか、倒れ込んだままふたりは息を上げるだけ。

「……俺は、最強だけど、でも、傑とふたりで最強だと思ってる」

「なんだそれ……」

「だってそうだろ。俺は、オマエと違って何が正解で何が間違いかの判断なんて、スムーズにできねえもん」

「……」

「それに、親友だし……ずっと、オマエとふたりで最強がいい……」

「……馬鹿だなあ悟は」

「傑も馬鹿だよ」

べそべそと泣き始めるふたりを見て美々子と菜々子をそれぞれ蘭と竜胆に預けて立ち上がる。
あちこちボコボコに凹んだグラウンドを歩いて、空を仰ぐように横たわるふたりを覗き込んだ。
もう満足したかな、スッキリした?
そう聞くと、五条は満足そうに泣きながら笑うし、夏油は泣き顔を見られたくないのか顔を腕で隠す。

「で?本当に吊るされたいの?」

「えっ?」

「あー……ごめん傑、喧嘩終わったら名前さんに怒ってって言った」

「ええっ!?」

「うん、でも私より適任がひとりいるけれど」

私の後から着いてきたのは硝子だ。
普段クールな硝子が顔を歪め、それから五条と夏油に容赦なく拳骨を顔面に落とした。
五条と夏油が痛がっても気にしない。

「オマエら馬鹿だよ、クズだって思っていたけど、馬鹿だよ」

心配したのは、名前さんだけじゃない。
その硝子の言葉に五条と夏油は目を丸くすると体を起こして硝子に向き直る。
そうね、私より適任がいるわ。
蘭と竜胆には私がいるけど、五条と夏油には硝子がいるじゃん。

「名前さんが吊るさないから私が吊るしてやる……」

「は?」

「え?」

「名前さんやり方教えて。こいつらが泣き叫ぶレベルのやり方がいい」

「ちょっ……硝子!?」

「本気かよ!?」

「遠慮なくひょいって好きなところから吊るせばいいよ」

「わかった。覚悟しろクズ共」

話が違う!!嘘だろ!!と叫ぶふたりを横目に私はその場を後にした。
後は若者たちでやればいいよ。
夜蛾先生や美々子と菜々子にも行ってきなよと声をかけ、三人とすれ違う。

「ねえちゃんいつの間にカウンセラーみたいなことしたの?」

「不本意だけどね、子どもたちの悩みを聞くくらいはできるよ」

「ふぅん……オレらにはわかんねーけどな、あいつらの悩みとか」

「オレと兄ちゃんだったらねーちゃんみてーなことは言えねえしね」

ぎゃあぎゃあと騒がしくなるグラウンド。
正座した五条と夏油に夜蛾先生の拳骨が落ちたり、美々子と菜々子が夏油に抱きついていたり、硝子が五条に蹴りを入れていたりと賑やかだ。
でも、もう大丈夫だろ。
私に残っていることと言えば、宙ぶらりんになった美々子と菜々子の行く先を話し合うことだし。
美々子と菜々子連れて帰ろーよ、と蘭と竜胆が言うのでそうだねと答え、青春だなあと呟いた。


親戚のおねえさん
悩める若者のお悩み相談室を開いた、今後七海くんの相談に乗ったりするかもしれない。
私より怒るのに適任はいるだろ、硝子や夜蛾先生がさ。
ミミナナちゃんの親権をガチで勝ち取りに行く予定があるので知り合いに声かけとこ、とケータイ開いた。

灰谷兄弟
オレらにはあいつらの悩みなんてさっぱりだわー、リアルスマブラウケる、なんて思いながらミミナナちゃんをプロデュースしてた。
多分このふたりに相談していたら発破かけられることもないしなんだよそれ!って五条くんと夏油くんが怒るだけだったかもしれない。
この後硝子ちゃんが本気で五条くんと夏油くんを吊るそうとするので爆笑しながら手伝う。

さしす組
最強コンビは喧嘩始めるし私どうすればいいかなって硝子ちゃんはちょっと疎外感あった。
お互い言いたいこと言えたし、仲直りというか気まずい雰囲気なくなったし、無事に硝子ちゃんが最強コンビを吊るす。
おめでとう、硝子ちゃんはおねえさんに一歩近づいた。

夜蛾先生
とにかく頭と胃が痛い。
でもきっと呪術師としての先入観があったろうからおねえさん程ただの大人としてのアドバイスも何もできなかったかもしれない。

ミミナナちゃん
蘭くんと竜胆くんにプロデュースされて可愛くなった。
この後夏油くんにはちゃんと助けてくれてありがとうって言うし、五条くんと夏油くんを吊るした硝子ちゃんかっこいー!ってなる。
蘭くんの影響でおねえちゃんと呼ぶのは美々子ちゃん。
竜胆くんの影響でおねーちゃんと呼ぶのは菜々子ちゃん。

 

次回!
今日は灰谷兄弟じゃなくて別のふたりが来たよ!
なんでこいつらはすぐ喧嘩になるのか教えてくれ……おいこら黒川も佐野も吊るすぞ。

2023年8月3日