もしも高専時代のさしす組と出会っていたら⑨

「やめてやって名前さん!!こいつの子どもたち見てるから!」

「ノコノコ私に吊るされにきたこいつが悪い、私は悪くない」

「傑!オマエも手伝えよ!!」

「いやー、猿が名前さんに吊るされているのは見ていて気持ちいいなあって……」

「おねえちゃんすごい……!」

「私も!私もやりたい!!」

「やらんでいい!!なんで止めるの俺だけ!?なんで!?」

「美々子も菜々子もよく見ておけよー」

「ねーちゃんみてーになるんだぞー」

「ならんで!!いい!!」

なんで俺しか止めねえの!?
伏黒が息子と娘を連れて来た。
なんでも息子は持ってる側らしく、禪院に売る予定だったらしいが名前さんにポロッと零して連れて来いと言われたんだそうだ。
案の定、伏黒は逆さまに吊るされた。
どこから?校舎の二階から。
靴紐で器用に吊るされた伏黒は直前に名前さんの華麗なパンチとキックが入って真っ青な顔で「モウシワケアリマセン」と機械のように繰り返すだけ。
連れてきた子どもたちもポカンと口を開けている。
傑は大嫌いな伏黒が吊るされているのを見てめちゃくちゃ清々しい笑顔だし、蘭と竜胆は美々子と菜々子によく見ておけよーなんて言うし、美々子と菜々子はキラキラした目で名前さんを見ていた。
最近口調変えたのに台無しだよ!!荒れるわこんなん!
靴紐解こうとする名前さんを後ろから羽交い締めにするけどこの人どこに力あんだよ!
しばらく伏黒を吊るして満足したのか、名前さんは吊るされたままの伏黒を放置して伏黒の子どもたちに向き直る。
ビクッとふたりが肩を揺らすけれど、まあそうなるよな。

「こんにちは、お名前は?」

「あ……つ、津美紀です……」

「恵……」

めちゃくちゃビビられてるけど名前さんは気にしない。
津美紀と恵ね、と呟くとふたりの頭をくしゃくしゃと撫でてそれから蘭と竜胆にちょっと面倒見ててやってと頼んだ。
いやこえーだろ。
目の前で父親吊るされてその後どう見てもヤンキーな兄ちゃんたちに預けられるとか。
蘭と竜胆は気にせず、ちょっとオレらと遊んでようなーと美々子と菜々子の紹介をしてふたりを連れて行く。
ちなみに傑は美々子と菜々子に腕を引かれて一緒に行った、あの双子傑にはめちゃくちゃ懐いてんだよな。
多分、助けてくれた場にいてくれたからだと思う。
残ったのは吊るされたままの伏黒と俺と名前さん。

「いつまで逆さになってんだよさっさと上がってこい」

「すげー無茶言うじゃん」

「余裕だろこんなん」

「……人の心ってモンがねえのか姐さんは」

吊るされてはいたけれど、そこは天与呪縛のフィジカルゴリラ、メンタルゴリラにまではなれねえみてーだけど器用に足を窓枠に引っかけると上がってきた。
そしてそのまま、名前さんに何を言われるのかわかっているのか大きな体躯を縮こませるように正座をする。

「仮にも親が子ども売るって何考えてんだ」

「……」

「呪術師の云々はここ二年くらいで詳しくはなってきたけど、その感覚は認めない。子どもの気持ちガン無視かよ」

「……」

「……名前さん、こいつもこいつなりの考えがあったと思うんだよ」

「それでも親が子ども捨てるようなモンだろ、どんな大人であれ子どもは守るもんだろ」

ぐう正論。
でも、なんか名前さんいつもより感情的だよな。
大人と子ども、呪術師と非術師とは違う、世界で当たり前の括りを持ち出す時なんか特に。

「私は父親しかいないけど大切に育てられてきた、だから親が子どもを売るなんて捨てるなんて許せない」

「……恵まれてんだな、姐さん」

「だろうね。けど蘭と竜胆は違う」

「?」

「……あのふたりも両親に捨てられたようなモンだから」

名前さん曰く、幼い頃から手がつけられないくらいやんちゃだった蘭と竜胆は、人を殺して少年院に入った後に両親が離婚して母親が出て行き、父親ですら生活費は振り込むものの姿を現さなかった。
あんなふたりだから気にしたことはなさそうだけど、名前さんからしたら当たり前が当たり前じゃない。
名前さんの父親が気にかけてはいたけれど、親権やらなんやらが宙ぶらりんのまま蘭と竜胆は放置されていたんだと。

「守ってくれる大人がいないのがどんだけしんどいか、伏黒はわかっているだろ」

「……ん」

「ならオマエがちゃんと親しなきゃだめだろ。どっちも伏黒の子どもなんだからさ」

「……津美紀は俺の子どもでもなくても?」

「それ言ったら私も蘭と竜胆のただの従姉だし、美々子と菜々子は引き取ったけど実の子どもじゃないよ」

「……そっか」

「ひとりでしんどいなら周りに手助けしてもらえばいい。私だって伏黒と縁があるんだし、できる限りの手助けはするよ」

まあ、一度よく考えなよ。
そう言って自分より大きな体の伏黒の頭をわしわしと撫でる名前さん。
……ほんと、名前さん見てるとなんで蘭と竜胆が慕うのかわかるよ。
怒る時は怒る大人だから、わからなかったことを教えてくれる人だから。
だからあんなシャレにならないやんちゃな蘭と竜胆がねえちゃんねーちゃんって慕うんだな。

「……もしも禪院が話が違うって言って恵を寄越せって言ってきたら?」

「子ども売れって何言ってんだクソがって私が教育的指導してやるよ、その禪院とかいうクソに」

「……姐さんいい女なのになんで男いねえの?」

「吊るされ足りないと見た」

「ごめん名前さん、それは俺も思った」

 

姐さんに解放されて、姐さんは一年生と二年生の授業があるからとグラウンドに出て行った。
五条の坊も任務があるからと出て行く。
姐さん、あいつとは違う意味で強い女でいい女だな。
知らなかったものを教えてくれる、満ちていなかったもので満たしてくれる、そんな女。
あいつと違って好きとか愛してるとか、そんな感情は抱かないが尊敬するよ。
ちゃんと子どもたちのところに行けよと、去り際に言われたので子どもたちのいるであろう空き教室に向かえば、恵と津美紀は双子と一緒に何かで遊んでいた。
それを見守る蘭と竜胆、それから夏油。
意外なのが身内にはめちゃくちゃ甘い蘭と竜胆だ。
姐さんが引き取った双子を妹のように可愛がるし、ダメなことはちゃんとダメと教えるところ。
そこは姐さん譲りになってんだろうな。
普段からやらかす度に怒られるふたりのことだ、自然と身についたんだろう。

「もう解放されたんだ、私としてはもう少し吊るされていてもよかったと思うけど」

「うるせえ、身長でかい俺らがあの高さから容赦なく吊るされんのがどんだけこえーのかオマエもわかんだろ」

「まあね、オマエが吊るされているのを見てる分には楽しいよ」

清々しい顔しやがって。
俺と夏油の会話を聞いていた蘭と竜胆がわかるわーとケラケラ笑う。
高専で姐さんと同じ臨時教員してっけど吊るされる回数が圧倒的に多いのは蘭と竜胆だ。
喧嘩ばっかしてるからか、小さなことで五条の坊や夏油、七海や灰原に絡みに行って喧嘩手前になれば問答無用で蘭と竜胆が先に吊るされる。
五条の坊と夏油はそのまま喧嘩になるから同じように吊るされる、七海と灰原は喧嘩を買うことはほとんどないから吊るされたことは数回だったな、確か。

「甚爾はねえちゃんの中ではオレらと同じクソガキに分類されてんだよ」

「ねーちゃん容赦ねーからな。夜蛾センは吊るされなくても正座して説教されることはあんけど」

「夜蛾セン涙目にはならねーけど頭と腹痛そうにしてんだわ」

「でもあれ夜蛾センも悪いじゃん、ねーちゃんに言い訳効かねえからさ」

だよなー、と蘭と竜胆が頷いた。
なるほどな、こいつら懲りねえで吊るされるわけだ。
らんちゃんりんちゃん夏油様見てー!と双子が何かを持ってやって来た。
持っていたのは大きなスケッチブック、姐さんが描いているのを見て真似し始めてから買い与えられたそれは双子が惜しみなく楽しく使っているのはよく見る。

「おねーちゃんと、らんちゃんとりんちゃんと、夏油様描いた!」

「ふたりで色も塗ったの。……じょうず?」

「すげーじゃん、上手上手」

「可愛く描いてんな」

「素敵だね」

美々子が蘭に、菜々子が竜胆に頭を撫でられるとその後に夏油に頭を撫でられる。
なんで夏油だけ様付け?と聞いたら蘭は面白いから訂正しねえと笑っていた。
ふと恵と津美紀に目を向けるとふたりは双子たちのようにスケッチブックに向かって真剣に何か描いている。
そっと覗き込めば、気づいた津美紀が「お父さんはまだ見ちゃだめ!」と言って恵がそれを隠した。

「恵ちゃんと津美紀ちゃん、とーじさん描いてるんだって」

「ナナちゃん言わないで!」

「ずっとまじめに描いてるの」

「ミミちゃんも!」

もー!と頬を膨らませた津美紀に手を伸ばしてそっと頭を撫でる、それから恵も。
ふたりはきょとんと目を丸くしたけれど、津美紀は嬉しそうに笑い、恵は照れ臭そうに目を逸らした。
オマエがちゃんと親しなきゃだめだろ、姐さんの言葉が過ぎる。
……俺はちゃんと親してもらったことねえけど、できんのかな。
あいつが死んでから何もかもどうでもよくて、空っぽだった。
恵のことだって、名前すら思い出せないくらい、どうでもよかったのに。
どうでもいいわけがないと、大人だろと、親だろと、姐さんが教えてくれた。
言えば手助けしてくれるとも。
それはきっと親してもらえなかった蘭と竜胆のことがあるとはいえ、姐さんなりに差し伸べてくれたものだ。

「色男に描いてくれよ」

遅くはねえかな、今さらちゃんと親するなんて。
俺なりに頑張ってみようかな、なんて、らしくもなく思った。


親戚のおねえさん
同僚の何気ない言葉で吊るすと決めた。
は?オマエ子ども売るとか何言ってんだ?吊るすぞ。
自分は父親に大切にされてきた自覚があるし、両親に捨てられたような蘭くんと竜胆くんのこともあるから余計に大人と子どもという括りを大切にしている。
呪術師も非術師も関係ねえ、大人は子どもを大切にするもの守るもの。
ミミナナちゃんに絵を渡されたらめちゃくちゃ嬉しい、夏油くんとどっちが持って帰るかちょっと話し合う。

灰谷兄弟
ねーちゃん今日も絶好調だな!ねえちゃんがいつも元気でオレら嬉しい!
おねえさんが何を思って考えているか全部はわからないけれど、大切にされているから怒られるのはわかっている。
だからミミナナちゃんを全力で可愛がっているし、ダメなことはダメって言う。
たまに可愛い双子に負けそうになるけど。
甚爾はねえちゃんからしたらクソガキになんだよ。
ミミナナちゃんと過ごしていたら自然と恵くんと津美紀ちゃんにも同じように接していた。

伏黒甚爾
全ては自分の何気ない一言で吊るされた。
吊るされたら何もできない、片言で謝るしかできない、だって言い訳聞かねえもん姐さん。
伏黒パパはパパの事情はあっただろうけど、おねえさんに諭されてちょっと頑張ってみようかなって前向きになれたらいいな。
ちゃんと親しようとして空回るかもしれないけれど、おねえさんがフォローしてくれる。

最強コンビ
伏黒パパが吊るされているのに親友は清々しい笑顔で止めてくんねえんだけど!
だって猿が吊るされているのは見ていて気持ちいいだろう?
伏黒パパが吊るされる度におねえさんを止めるのは五条くんになるけれど、五条くんが吊るされたらおねえさんを止めるのは夏油くん。

 

あの二話くらいで終わるかなー?
高専時代のお話はここまで、次は0軸と原作軸。
パンダにママだー!って呼ばれて夜蛾先生が灰谷兄弟からすげー顔で睨まれるしさしす組にも「えっ」て顔される。
里香ちゃんとお絵描きするおねえさんもいるし、ハラハラする乙骨くんや甚爾くん絡みで真希ちゃん禪院ぶっ潰す計画おねえさんと話すし、狗巻くんは灰谷兄弟におにぎり以外で話せよと迫られておねえさんのところに逃げ込む。多分。

2023年8月3日