もしも呪霊側についていたら④

今日はいい天気だなぁ、いやここ陀艮の領域だから景色も空も変わんねえんだけど。
それにそんないつものに浸る暇がない。
なぜなら今私は望月に抱えられているからだ。
なんでって、なんか知らんがそうなってた。
姐さん軽くなったなぁ、なんて言われたけど多分足ぐちゃぐちゃにされてるからだと思う。
この陀艮の領域にいるのは私と望月、蘭と竜胆、それから領域の主の陀艮と花御、漏瑚だ。
夏油と真人は三途と佐野と鶴蝶で足止めしているらしい。
まさかこうも堂々と連れ戻しに来てくれるなんて、帰ったら泣くからな私。

「で?どーすんだ灰谷」

「オマエねーちゃんと先に行けよ」

「下で明司と九井が車用意してっから、ねえちゃんとモッチーが行ったらオレらも行くわ」

「え、危なくない?」

「大丈夫、助っ人いんからさ」

「だからねえちゃん先行って待ってて」

なんか死亡フラグみたいなこと言ってて不安でしかない。
でも私にできることなんてない。
……敢えて言えば、そこに置いてある絵の術式を遠隔で操作することくらいか。

「一応不審者に姐さんの絵を持っておくように言われてっから全員持ってる。オレにゃさっぱりだから姐さん頼むわ」

「……わかった」

ぼそっと望月に耳打ちされ、多分不審者ってあの目隠しのことだなと確信する。
だから保護されてって言ったじゃん!と頭の中で不審者が地団駄するような気がしたけど、多分するな、知らね。
そんなん知るか、察してちゃんか、ちゃんと説明しないのも悪い。
油断していた私も、悪い。

「人間風情に出し抜かれおって……!」

『悪いことは言いません、名前は置いていきなさい』

「はァ?元々ねーちゃんはオレらのねーちゃんなのに勝手に連れてったのはそっちだろーがクソが」

「だから引き取りに来たましたァ。ま、ねえちゃん怒らせるしかできねえクソ共にいつまでもねえちゃん預けるわけねーだろ馬鹿なの?あっねえちゃんを洒落にならねえくらい怒らせてっから馬鹿かぁ」

「兄貴、馬鹿に何言ったってわかんねーよ。梵天に手ェ出してどーなっかわかんねえからこうなんだしさァ」

煽りよる煽りよる……
私が引きこもった後に正に水を得た魚だったよと夏油が疲れた顔してたけど正に水を得た魚だわ、なんなら意気揚々として泳いでるわ。
姐さん掴まってろよと言われたので望月にしっかり腕を回しておいた。

「モッチー行け!」

「あいよ!」

竜胆の言葉を合図に望月が出口に向かって走り出す。
なんだっけな、確かまだ陀艮は成長し切ってないって言っていたし、領域は陀艮がコントロールするらしいけれど、多分蘭と竜胆が相手をすれば出口を閉じるのは間に合わないんじゃないかな。
振り落とされはしないだろうけど、望月にしがみつき、それから置き去りになったままの私の絵に集中する。
一番近いのは幸い陀艮だから、陀艮を閉じ込めるようなイメージで……夏油に無理矢理練習させられたことがここで生きるのめちゃくちゃ皮肉。
術式が動いた感覚がして、望月の肩越しに様子を見ると、ちゃんと術式は発動したのか薄い青色の膜に閉じ込められる陀艮が見えた。

「よし」

「……姐さん人間卒業した?」

「人間に決まってんだろ」

ねーちゃんすげー!!なにあれー!!キャッキャとはしゃぐ蘭と竜胆がキラキラした顔でそれぞれ花御の横っ面に警棒叩き込んだり漏瑚に腕ひしぎ十字固めしたりしているんだけど。
うわふたりの悲鳴ひっど……
……あれ、漏瑚も花御も特級呪霊って言ってなかったっけ?
見ないふりしとこ、むしろ人間卒業してんのは蘭と竜胆だった。
難なく陀艮の領域と外を繋ぐドアを潜り、そこで一度望月にストップをかける。

「これ、ドアに貼り付けておいて」

「もう出たからいいんじゃねえのか?」

「蘭と竜胆がこのまま出てこれなくなったら困る」

「あー確かに」

ふたりなら大丈夫かもしれないけど保険に。
何枚か描き貯めていたATCを望月に渡し、上手いことドアノブの隙間に差し込んでもらう。
あー、なんか外出るのめちゃくちゃ久しぶり……
都会のはずなのに空気が美味しく感じる、圧迫感もないし。
出た先は古びた団地だ。
多分夏油が出入りするのに不自然じゃない、でも人気の少ないところ。

「あ!姐さん!!」

「名前!」

「九井、明司」

「蘭と竜胆は?」

「中であちらさんとドンパチしてんよ、オレと姐さんが出たら来るって言ってた」

「不穏な死亡フラグか」

それな。
というか梵天幹部総出か、申し訳ない。
九井と明司が待機していた車に乗せてもらい、そこでやっと息を吐いた。
ぐちゃぐちゃになった足を見て九井と明司が表情を歪める、痛くはないよ、動かないけど。
かけとけよと明司の着ているコートを渡されたので遠慮なく使わせてもらおう。

「名前さん取り返せた?」

「うわっ!」

「出たな不審者!」

「せめて普通に出てこい!」

「言われようが酷い!!」

ふと車の外に人が増えていた。
蘭よりも背の高い不審者。
五条悟。
や、と軽く手を挙げる五条に思わず溜め息を吐けば酷くない!?と言われる。

「名前さん無事……とまではいかなかったかな」

「足だけね、感覚はまだあるけど」

「……術式でやられたねこれ」

「なんだっけな……魂に干渉するとかなんとか?」

「そっか。蘭と竜胆が戻ってきたら離脱しよう。そしたら高専に来てもらっていいかな?うちの医者に一度見てもらった方がよさそうだし」

蘭と竜胆は?と聞かれてまだ中にいるよと答えれば迎えに行ってくるよと五条が歩き出した。
その時だ。
陀艮の領域の出入口として機能していたドアが吹っ飛んだ。
そこから投げ出されるように出てきたのはぼろぼろになった漏瑚と花御。
ごろごろと地面を転がり、そこへ追い討ちをかけるように蘭と竜胆が上から下りてきた。

「おいコラまだ終わってねえだろ何寝てんださっさと立てよ」

「まだ息あんだろうが逃げが許されると思ってんじゃねえぞ」

「……えっ、相手特級だよね?」

「姐さんの前に灰谷たちが人間卒業した」

「うわ灰谷が揃って人間卒業とか洒落んなんねえわ」

「一番人間卒業させちゃいけねえやつらじゃねーか」

ほんとそれ。
ちなみに陀艮が出てこないってことはまだ私の術式効いているんだろうな、それはそれでよかった。
漏瑚と花御はなんとか体を起こすと周りを見渡し、その中に五条がいるのを確認すると顔色を変える。

「五条悟には漏らさない縛りのはずだろう!」

「それは梵天が高専とやらに、だろ?オレも兄貴は一個人として五条っつー不審者と知り合いだっただけだし」

「梵天がねえちゃんを取り返しに来たわけじゃねえもん。オレと竜胆と、モッチーと九井と明司が個人的に来ただけだもーん」

「いやあ、たまたま、偶然、僕が灰谷兄弟と知り合いだったんだよねえ」

偶然って怖いねえ、なんて笑う五条、笑っているように聞こえるだけで表情はにこりともしていない。
数もそうだけど、五条ってかなり強いんでしょ。
前に漏瑚、首だけになって帰ってきたもんな。
花御も結構ぼろぼろになって帰ってきてた。
漏瑚と花御は顔を見合わせると、退くぞと漏瑚が呟いた。

「だからさぁ」

「逃げが許されると思ってんじゃねーよ」

『いいえ、退かせてもらいます。あなた方ふたりは五条悟に劣らず強いですが、名前や他の人間を守りながらでは難しいでしょう?』

「僕から逃げられると思ってる?」

「ふん、前に花御にしてやられたやつが何を言うか」

ピリピリと場の空気が張り詰める。
ふと、ピシッと自分の術式が割れたような音がして五条に声をかけた。

「まだ呪霊がもう一体いる、私の術式で閉じ込めていたけど破られたっぽい」

「特級が三体ね……」

正直蘭と竜胆、五条だったら問題ないとは思う。
依怙贔屓するわけじゃないけど、漏瑚と花御相手にふたりはほぼ無傷なわけだし、陀艮が特級と言っても五条がいるとなると戦力的には全く問題がない。
ただ、明司と九井、私がいる状況じゃどう転ぶかわからない。
佐野がいれば変わるんだろうけど、佐野は三途と鶴蝶とで夏油と真人の足止めをしている。
増援は望めない、五条側からも高専という括りにすると縛りに引っかかるから私か蘭か竜胆か、それとも誰かにどんなペナルティーが及ぶかも未知数だ。
つまり、安全を取るのであれば、見逃すという選択肢しかない。
蘭と竜胆だってそれがわからないほど馬鹿じゃない。
ふたりと五条は舌打ちをし、憎々しげに漏瑚と花御を睨んだ。
それが合図かのように漏瑚と花御はその場から素早く気配を消していなくなる。
……一応、終わった、のかな。

「あーあ、まだねーちゃんがされたみてーに両足潰せてなかったのになー」

「でも腕は一本やったろぉ?オレもまだ殴り足んねえんだけどさぁ」

「いや術式使ってないのに特級をあそこまでボコボコにするのも凄いと思うけど?えっ?蘭と竜胆って呪術師じゃないよね?念の為確認するけど反社なだけだよね?」

「知らねーしどーでもいいんだよそんなこと」

「ねーちゃん!遅くなってごめんな!!でもほら、迎えに来たぜ!」

竜胆が私に駆け寄り、座っている私と目を合わせるようにしゃがんだ。
それに続くように蘭もやってきて、身を屈めると私の顔を覗き込む。
ああ、なんかやっと日常だなって実感するなぁ。
じわっと目元が熱くなって、ぽろりと涙が自然と溢れた。
五条はギョッとしていたけれど、おらどけと望月に押し退けられ、望月に促されるように竜胆がそのまま車に乗り込み、反対側から蘭が乗り込む。

「会いたかったよねえちゃん」

「うん……」

「帰ろうねーちゃん」

「うん……」

寄り添ってくれたふたりの体温にとっても安心するなぁ。
あそこから逃げられたんだ、無意識に気を張りつめていたところから。
そっと手を蘭と竜胆に握られて、やっと安堵の息を吐けた。


親戚のおねえさん
梵天による奪還作戦が成功して逃げることができた。
私は人間卒業してない、してんのは多分蘭と竜胆。
やっと安心できた。
ところどころで絵が活躍したし、羂索さんに無理矢理練習させられたことが幸を為した。

灰谷兄弟
嬉々として漏瑚おじいちゃんと花御さんをボコボコにした。
多分怒りでいつもより動けるから特級レベル、何もなかったら一級なんじゃないかな。
正直まだやりたりない、まだおねえさんのように両足潰せていない、それだけ心残り。
安心して泣いたおねえさんにずっと寄り添っていた。

梵天の皆さん
望月くんは蘭くんと竜胆くんと陀艮ちゃんの領域に乗り込んだ、タフだからって理由。
九井くんと明司さんは車で待機、何かあったら駆けつけるけれど基本的には逃げる時の足。
ここでは語られていないけれど、佐野くんと三途くんと鶴蝶くんは羂索さんと真人くんを領域から引き離して足止めしてた、真人くんは三途くんに斬られそうになるし鶴蝶くんにぶん殴られるし、羂索さんは佐野くんとバトルしてた、無敵のマイキーは強い。

五条悟
遅ればせながら助っ人として合流。
現代の最強呪術師がそこにいるだけで違うよね。
おねえさんが泣くとは思わなかったのでびっくりした。

羂索(側は夏油傑)
自分が同席するからおねえさんは取り返すの無理だろうな、と思ったらまさかの梵天幹部総出でボスまで出てきたから敵わなかった。
敗因は、残穢で残せないから呪霊操術を使うことができなかったこと。
いくら夏油傑が体術強くても、出鱈目な強さの無敵のマイキーには分が悪かった。

呪霊の皆さん
陀艮ちゃん以外ボロボロ。
真人くんは何度か腕と足が胴体からさよならしたし、漏瑚おじいちゃんは関節外されて何度か腕と足折られたし、花御さんは顔面中心に警棒で殴られた。
人間ってあんなに強かった?

 

次で多分最後!

2023年8月3日