もしも呪霊側についていたら③

「名前!出てきなよ!」

「やだ」

「何もしない!もうしないって!」

「やだ」

「……何してるんだい真人」

「夏油!!名前が引きこもった!」

「……」

えー、なにこれー。
陀艮の領域に戻ってきたらデッキチェアの周りに薄い膜が張られて、デッキチェアの上にいた名前さんが寝そべっていた。
え?本当になにこれ?
離れたところには名前さんのスケッチブック、なんかちょっと破けているけれど。
それを拾って真人と名前さんのところへ近寄ってみる。
薄い膜ではあるけれど、これ結界か。
試しに触れてみれば、ぱちんと静電気のような音と共に弾かれた。
名前さんの手には、それはそれは人間なら魅了されるであろう、とても綺麗な青空と蘭の花と竜胆の花がスケッチブックに描かれている。
なるほど、自分の身を守るための結界か。
彼女無意識にしか使えないと思っていたけれど、思ったよりもここまで到達するの早かったな。

「で、真人が何したの?」

「俺が何かやった前提!?」

「だってそうだろう?ここまで名前さんが怒るの珍しいじゃないか」

よく見れば真人の横っ面に綺麗な手のひらの跡あるけれど、全く治る気配がない。
名前さんはムスッとした顔でごろんと体勢を変えて腹にくしゃくしゃに丸められたブランケットを自分にかけた。
あれは寝るぞ。

「や、あのね、ほら人間の男って見慣れてるしさ、女ってどうなってんのかなーって……」

「真人が悪い」

なんとなくわかった。
そりゃあ彼女も怒るさ、デリカシーが無さすぎる。
呪霊に何を求めているのかって話になるけれど、裏梅が彼女の身支度を手伝っていてもそこまではしないだろう。
渋々ではあるけれどね、裏梅。
それにちょっと破れた名前さんのスケッチブック。
多分それだけじゃないだろう、オマエ他にも何かやらかしているだろう。
じっと真人を見つめれば、真人は少しだけ身を縮こまらせて「スケッチブック……破っちゃった……」と蚊の鳴くような声で白状した。
……ここまでやらかすのいっそ清々しいな。

「あのね真人、彼女確かにそこら辺の呪術師より強いだろうしこんな状況で比較的平然としているし私より年上だけど女性だよ。むしろ真人が祓われなかっただけラッキーだ」

「……ああ、祓っちまえばよかったのか」

「名前さんごめんね、真人とふたりにしたのがよくなかったね」

ぼそりと惜しいことしたなーと呟いた名前さんに結界越しに声をかける。
いやでもほんとに彼女強い方だから。
彼女が若い時から高専で学んでいたらきっと特級術師にだってなれたはず。
今は精々準一級ってところかな。
でもどうやって彼女をここから出そうか、試しに呪力を込めて見てもばちんと弾かれるだけだ。

「ボイコットする。その馬鹿の顔向こう一年見たくない」

「ごめんってば!!悪気はなかったの!」

「はァ?悪気がないで謝って済むなら警察も梵天も呪術師も私もいらねえんだよクソ野郎」

ごもっとも。
どうにか名前さんの結界を解かせようと試みるも自分が引きこもることだけに特化しているからか、こちらからのアプローチではどうにもならない。
おそらく自分が内側にいるだけ、何もしない、自分の呪力すらも使わない、それと引き換えに見た目は薄くも恐ろしく強度の高い結界なのだろう。
こちらは呪力を使わなくても弾かれる。
特に、悪意や殺意、敵意があると尚更。
準一級と言ったけれど、この様子じゃ一級は固いかな。
仕方ない、彼女の気が済むまではこのままにしておこう。
多分、花御や陀艮なら破れはしなくても多少は干渉できるはずだから。
ごめんってばぁ!といよいよ泣き始めた真人。
でも名前さんは耳を貸さないし、本格的に寝始めた。

「……食事や必要なものは言ってくれれば置いておくからしばらく休憩って形でそこにいていいよ」

なんで引きこもりのニートに向けるような言葉を言っているんだろう私は。
世の中のあらゆる母親は凄いな、話を聞こうともしない相手に対して好きにさせてやるの、素直に尊敬する。
真人は一度頭冷やそうか、そう言って駄々を捏ねる真人の首根っこを引っ掴んで私は陀艮の領域を後にした。

 

「ウケるー!ねーちゃんに拒否られてやんの!ざまぁねえなァ!!」

「ねえどんな気持ち?ねえちゃんに拒否られるってどんな気持ち?オレらそこまでされたことねえからテメェらの気持ちまっっっっったくわからねえんだわ」

水を得た魚とはこのことだろうな。
梵天の事務所を訪れたのは夏油と、何故かべしょべしょに泣いているツギハギ野郎だ。
なんでも姐ちゃんが引きこもったらしい。
そんな姐ちゃんをなんとか引きずり出したいらしい夏油とツギハギ野郎が相談って形で来たんだが、灰谷兄弟は片や腹を抱えて爆笑し、片や清々しい笑顔で煽る。
結界だっけ?そんな不思議なモンのせいで姐ちゃんに危害加えたくてもできねえってさ、ウケるー!
ヤクキメなくてもこりゃあいい気分だわ!姐ちゃんもっと引きこもってていいよ!なんならオレら迎え行こうか!?

「悪気はなかったもん!!」

「うるせー知らねー」

「悪気のねえ悪気ってやつ?クソウケる」

「夏油!!こいつら殺していい!?」

「やめな、梵天に何かあればそれこそ名前さん出てこないし真人が祓われるよ」

そう、姐ちゃんが人質ではあるけれど、同時にオレら梵天も人質みてえなもんだ。
オレらの会話を聞いていた九井は姐さんグッジョブ!もっとやれ!とサムズアップしているし、モッチーもさすが姐さんだな!と頷いている。
少しだけ気が晴れた、姐ちゃんいなくなってから灰谷兄弟はもちろん、オレ含め他の幹部たちもピリピリしていたからな。

「教えてくださいって言われても教えねー」

「大体さ、ねーちゃんがそこまでキレるってなかなかねえもん」

「灰谷たちが何かやらかしても顔見たくねえって言うこと一回もねえからなぁ」

「……とても深刻なのはよぉーくわかった」

夏油が縫い目のある頭を抱え、ツギハギ野郎が福寿に嫌われたぁぁぁぁと泣き喚く。
まあ最初から姐ちゃんに嫌われてんだろうけどな。
元々嫌われてんのに何言ってんだよと蘭が鼻で笑い、つーか好かれてるとでも思ってたわけ?と竜胆が煽った。
どうやらこのツギハギ野郎は見た目は成人している男みてえだけど、情緒はガキらしい。

「オレらが今後やらかさねえ参考に姐ちゃんに何したか教えてくんね?」

「……」

「……あー……真人が女性の体の構造知りたいと思って何かやらかして、挙句スケッチブック破いたんだよね……」

「やーい、クソガキツギハギ野郎ー」

「ママが恋しくなったんでちゅかぁ?」

「ねえちゃんはテメェのママじゃねーんだよ出直しなクソガキ」

「ガラガラあげまちょうかぁ?夏油ママも大変でちゅねぇ」

「うわああああああああん!!」

クッソウケる。
蘭と竜胆の容赦ない煽りにツギハギ野郎が夏油にしがみついて本格的に泣き始めた。
暑苦しいよ、とツギハギ野郎を引き剥がす夏油も容赦ねえな。
でも姐ちゃんがそんな状態になってまずいと思ってはいるのだろう。
姐ちゃんを動かせねえし、同時にオレら梵天も動かせねえ。
やーいやーいとツギハギ野郎の周りで煽る灰谷兄弟を横目に夏油は苦虫を噛み潰したような顔で取引しよう、と口を開いた。

「回数も時間も内容も制限かけないで名前さんと連絡取っていいから名前さんを説得してほしい」

「はァー?足んねーよバァーカ。ねえちゃん説得すんならちゃんと顔見ねえとなぁ」

「口先だけならなんとでも言えんだろ、オレらだってねーちゃんに謝る時はちゃんと顔合わせるっつーの」

ごもっとも。
いくらトークアプリや電話で姐ちゃんに謝っても姐ちゃんからは「はァ?口だけならなんとでも言えんだろやり直せクソガキ」って言われて終わるな。
経緯はともかく、これはチャンスだ。
こいつらの懐に飛び込んで姐ちゃんを奪取する。
個人として高専の五条悟とやらとやりとりしている灰谷たちだ、死ぬ気で姐ちゃん取り戻すだろう。
どこまで夏油が把握しているかは知らねえ、でも姐ちゃんと灰谷兄弟を会わせたら姐ちゃんを取り返されるのは目に見えているはずだ。

「……こちらが指定する日時でいいなら、名前さんに会わせてあげるよ。それじゃ足りないかな?」

「まあ、妥協点ってとこだな」

「ねーちゃんに土産持ってこーぜ兄貴。好きなコーヒーとかさ、差し入れしよう」

よしきた、そんな顔で蘭と竜胆が別の話題で誤魔化す。
灰谷兄弟の思惑に気づいた九井とモッチーがオレと顔を見合わせ、静かに事務所から出て行った。
多分、ボスや他の幹部にも報せてんだろうな。
梵天を、オレらを甘く見んなよ。
伊達に犯罪組織やってんじゃねえんだ。
梵天から姐ちゃん連れてったんだ、姐ちゃん取り戻すだけじゃ終わらせねえからな。


親戚のおねえさん
真人くんに服剥かれそうになったのとスケッチブック破かれたので過去にないくらいキレた、で、結界に引きこもった。
あーそっかー、祓えばよかったのかー、うっかりうっかりー。
羂索さんと真人くんがいない間、花御さんと陀艮ちゃんに誠心誠意謝られているし、ご機嫌取りで花渡されたり綺麗な魚渡されたりしているところ。

灰谷兄弟
ねえちゃん引きこもったの?ねーちゃんに何したらそんなに怒られんの?
さすがに顔を見たくないとは言われたことなかったからめちゃくちゃ気分よくて真人くんを煽った。
こっちは純度100%の悪意で煽ってる、だって灰谷兄弟だもん。
おねえさんと会う、そこに持っていけただけで十分。
取り戻すのはその少しの時間があれば十分。
だってほら、梵天じゃなくて個人として五条悟とも定期的に近況報告してるからね。
多分、現時点で呪術師としての実力は軽く一級はあるはず。

真人
戦犯。
女ってどうなってんの?と純粋な興味からだったけど横っ面に張り手食らっておねえさんの結界に弾かれた。
真人くんとしては懐いていた相手にここまで拒絶されたことなかったから気分はこっ酷く怒られた幼児。
謝っても泣いてもおねえさんは出てこない、なんか寂しくて悲しくてすっごい泣いている。
梵天の事務所でも蘭くんと竜胆くんにこれでもかと煽られて手出しも出来なくてめちゃくちゃ泣いている。

羂索(側は夏油ママ)
一番の被害者と言っても過言では……なくなかった。
気が乗らないけれどおねえさんをよく知っている灰谷兄弟に助言を求めに行った。
煽られたけれど主に真人くんに向いているので我慢はできた。
ママって酷くない?せめてパパじゃない?
気分は引きこもりニートとわがままな幼児を持つ母親。
灰谷兄弟をおねえさんに会わせたらその場で奪取される未来が見えるからどうにか時間稼いで対抗策を練らないといけない。
その対抗策に効果があるのかは謎。
ヒント:灰谷兄弟とおねえさんを相手にした時の勝率

三途春千夜
一連の流れを見ていたけれどヤクキメなくても気分はハッピー!
さすが姐ちゃん!
でもNo.2として好機は絶対見逃さない。
灰谷兄弟ならおねえさんを取り戻せると確信している。

 

次回!突撃☆隣の呪霊さん家!こっそり最強を添えて!

2023年8月3日