もしも呪霊側についていたら②

今日はいい天気だなぁ、快晴なのはいいんだけどさ、なんで私はここに連れてこられたんだか。
少しだけ足浸してみたら?と言われて山奥にある温泉にいる件について。
これで足治んなら苦労しねえんだよ。
さすがに腹が立ったので私を下ろした夏油の横っ面を遠慮なく引っぱたいた。
はい、なんて真人にスケッチブック渡されたのも腹立つ。
オマエは遠慮なく素っ裸になるんじゃねえよ。
何?福寿恥ずかしいの?って言われたから遠慮なく真人の股間に目掛けて近くにあった手頃な石を投げつけた、そのまま浮かんでろクソガキ。
水浸しにしたらそのまま犬神家やらせるからな。
あとなんか漏瑚小さくなってない?

「五条悟に手酷くやられたからね、それでも戻ってきた方なんだよ」

「そのまま石ころにでもなってりゃいいのに」

「小娘、貴様いい加減口の利き方に気をつけろ」

「気をつけてほしけりゃ私をさっさと帰せクソが」

おっやんのか?両腕健在だからぶん殴るくらいはできんぞ?
まあまあ、と夏油が止めるけれど諸悪の根源テメェだからな、少しくらい口悪くなっても文句言うんじゃねえ。
五条ってあの不審者だよな、強いんだあいつ。
そのまま殺っちゃえばいいのに、ああでも花御が割り込んだんだっけか。
何してんだあいつ、殺るなら徹底的に殺れよ蘭と竜胆、梵天だったら逃がさないのに。

「名前の描いた絵を持って行ってよかったかもー、あれ本当に効果あるんだな」

バシャバシャと温泉の中を泳ぎながら真人がにんまりと笑う。
そうだ、こいつ私が描いた絵を持ってったんだ。
持ち運べるやつがいいって言われたからめちゃくちゃでっかいキャンバスに描いたやつ渡したら違う!って駄々捏ねたんだよな。
クソガキじゃねーか。
ATCのキャンバスに描いたやつを渡したけれど、どうやら効果はあったらしい。
ボロボロになって返されたから遠慮なく鳩尾に一発グーパンしておいた。
……もうちょい自分の術式だっけ、それがコントロールできれば自分の結界の中に引き篭ってやんのに。
真人は褒めてるんだよ、なんて言うけれど皮肉にしか聞こえなくて隠さず舌打ちをひとつ。
気を紛らわすようにスケッチブックに鉛筆を滑らせる。
イライラし過ぎて鉛筆折りそう、しないように気をつけないと。

「……いつ見ても繊細な作業だな」

「別に、呪力を込めてるつもりはない」

「それが繊細なんだよ。名前さんの描いた線一本一本に呪力が込められているなんて、そんな繊細なコントロールは長年経験を積んでも獲得しにくいものだからね」

ちゃんと描いてて偉い偉い、と夏油に頭を撫でられる。
やめろ触んな。

「……なんで夏油は名前のことさん付けすんの?」

「あー……怒られる」

「え?」

「は?」

「私よりクソガキのクセに年上にさん付けもできねえから怒るんだよ」

「へー、俺らには怒んねえのに」

「呪力あれば勝手に回復するやつ殴るのコスパ悪い」

「えっコスパ?そんな理由で私殴られてたの?」

中身がどうかは知らねえけど少なくとも夏油傑という人間は蘭と竜胆とそんなに変わらない年の人間だろうが。
夏油は自分の中身の話までは漏瑚や真人にしていないみたいだからじっと下から睨みつければふい、と視線を逸らした。
歪んだ足から伝わる程よい温度にまだ足の感覚は生きてるんだなと実感する。
でも動かせないし、太ももの半分から下がぐちゃぐちゃなままで気持ち悪い。
足の指一本も動かせないのは本当に胸糞悪い。
あーだめだめ、イライラしたままだと絵にまで出てしまう。
利用されているのだとしても絵はちゃんと描きたい。
もうちょっとなあ、結界の発動条件とか細かく設定できればいいんだろうけど。

「でも名前の絵がボロボロになったのはもったいなかったなあ……綺麗だから気に入ってたのに」

「……じゃあ使わなければいいだろ」

「そうしたいけどさ、これ俺守ってくれるでしょ?」

ああ、足がなんともなければこいつのいけ好かない顔面に思い切り蹴りを叩き込んでやれるのに。
思わず鉛筆を持つ手に力を入れるとべキリと音を立てて芯が折れた。

 

「正直君たちからアクションがあると思わなかったよ。名前さんがいなくなったんなら僕に会うどころじゃないと思っていたしね」

「仕方ねえだろ、ねーちゃん取り戻すにはオレらじゃ難しいんだから」

「もしかして名前さん人質になってたりする?」

「するする。でもほら、梵天が高専関係者に接触するなって言われたけどオレらは今はただの灰谷蘭と灰谷竜胆。ただの五条悟と接触するなとは言われてねえんだよ」

「……盲点見っけんの上手いね」

灰谷兄弟に案内されたのは彼らの自宅。
犯罪組織梵天、その幹部の家なんてきっと踏み入れることはないだろうな。
名前さんという、彼らのお姉さんが行方不明になった。
あれだけの貴重な術式と呪力、誰に目をつけられてもおかしくなかったのに、無理矢理にでも保護しなかった僕の落ち度だろう。
こうして僕を呼び出した灰谷蘭と灰谷竜胆は僕を咎めることもなく、少し前に悠仁と七海が拾った絵の破片と思われるものが名前さんのものか確認したいと言ったら迷いなく家に案内してくれた。
でかいな、六本木のタワマンだから当然か。
名前さんが行方不明になってはいるものの、一日一度だけトークアプリでやりとりはしているらしい。
なんでも名前さんが連れ去られた直後何度も脱走しようとしたらしいんだけど、遂に足をぐちゃぐちゃにされて身動きが取れないんだって。

「ねえちゃんが連れ去られてからギャラリーは閉めた。展示されていた絵はねえちゃんがアトリエとして使っている部屋に運んである。いくつかは九井が取引に使うってんで持ってったけどな」

「SNSでは体調不良でしばらく休むって担当から拡散させておいたから、年単位になんなきゃねーちゃんが行方不明っつーのはバレねえと思う」

「さすが用意周到だね」

「……これくらいしかできねえけどな」

先を歩く蘭の言葉に竜胆が唇を噛み締めた。
付き合いは短いけれど、彼らがお姉さんである名前さんのことを慕っているのを僕は知っている。
三人で完結している世界を壊したくないからと、保護を断るくらいだ。
どんなに名前さんに降りかかる危険性を説いても、終ぞ頷かれることはなかったけれど。
ポケットからボロボロの紙切れになってしまったものを取り出した。
悠仁と七海の呪力で焼け焦げたそれは、多分青空が描かれていたのだと思う。
大きくても手のひらサイズ、こんな小さな紙に綺麗な絵を描くところが彼女が絵師なんだと実感させた。

「ほら、ねえちゃんの部屋。オレら見てもわかんねーから好きに見ろよ」

そう言って蘭が開けたドアから部屋に入る。
畳、和室だ。
大きな窓からの眺めはとてもいい。
決して狭い部屋ではないけれど、所狭しと置かれている名前さんの絵や画材で少しだけ狭く感じる空間。
彼女は呪力を絵に込めていた。
部屋を見渡すと、画材から呪力を感じることはできず、その代わりに完成品の絵や描きかけの絵、果ては落描きで埋め尽くされたスケッチブックから呪力を感じる。
なるほど……画材や道具に呪力が込められているわけではなさそうだ。
アイマスクをズラして持っている絵の破片と置かれている絵に残された呪力を見比べた。
うん、この破片は名前さんが描いたもので間違いなさそうだ。

「なんだっけな……そのサイズの絵、ATCってねーちゃんが言ってた気がする」

「え、車?」

「なんだっけ兄ちゃん」

「あー……アーティストトレーディングカードだっけ?元々絵師同士で交換するモンだったと思う。ほら、テーブルにも描いてあるやつ積んであるし」

ローテーブルに置いてある絵を何枚か手に取ってみると、綺麗な空の絵が何種類も描いてある。
青空、曇り空、雨空、いろいろ。
大きい絵の方が呪力量が多い、けれど持ち運びを考えるならこのサイズだな。
ただ、この破片の方が呪力量は多いのに、この部屋にある絵の方がどれも質が高いように感じるのは何故だろう。
間違いなく、この破片は名前さんが描いた絵だ。
悠仁と七海が相手をした呪霊が、何故これを?
いや、導き出せる答えはひとつ。
名前さんは、灰谷兄弟は、意志を持って人間を殺す呪霊に協力させられている。
そして福寿さんの存在が灰谷兄弟と梵天の人質としての価値を確立させていて、縛りの有無はわからないけれどふたりは僕に協力を申し出た。

「大体の状況はわかったよ。呪霊の祓除もだけど同じくらい名前さんの奪還も優先順位が高い」

「オレと竜胆はただの個人としてなら動けなくはない、実際オマエと接触して何も起こってねえしな」

「梵天として動くのは無理だ。ボスも三途たちもねーちゃんからしたら梵天に括られるだろうし」

「だろうね。ねえ、これもらっていってもいいかな?」

「おー、ボロボロにすんなよ」

「オレらねーちゃんの絵をそんなにボロボロにしたやつぶっ殺すからな」

怖い怖い。
でも、福寿さんの結界に対抗するには名前さんの結界が最適だ。
呪力量に差はあれど、この部屋にある絵の方が何倍も強力だろう。
それに、僕が名前さんと接触したことを知っている人間は限られる。
おそらく高専内部に内通者はいるだろう。
まずはその炙り出しだな。
テーブルにあったATCとやらを全て手に取って大切にポケットにしまう。
なんだか、部屋の主がいない部屋は寂しそうだった。


親戚のおねえさん
人質だけどただで転ぶつもりはない。
いつもより口悪くなっているのはご愛嬌。
呪霊殴って気づいたのはこいつら呪力尽きなきゃいくらでも回復するからコスパ悪いし殴るならコスパ悪くない夏油に限るな。
今描いている絵の方が呪力量多いのは術式の自覚をしてきたから、だけど今までの絵の方が術式としての質が高いのは好きに描いていた絵だから。
ちなみにこの後真人くんにびしょ濡れにされたから頭掴んで温泉に沈めていた。

灰谷兄弟
保護してもらえばよかった、なんて思うことはない。
もっとねえちゃんの傍にいてやればよかったからオレらの落ち度。
ねーちゃん助けるためなら見た目不審者でも協力は求めるよ。
ただの灰谷兄弟としてただの五条悟に接触したから問題ないよな、なんて重箱の隅をつつくような考えは反社ならではかも。
部屋にあるATCサイズの絵はあるだけ持ち出して梵天幹部陣に渡したし、蘭くんと竜胆くんも持ち歩く。

羂索(側は夏油傑)
えっ私コスパ理由に殴られてたの?
真人くんにおねえさん運んでもらおうと思ったけどおねえさんがめちゃくちゃ抵抗していたのでこの人が横抱きにして連れてきた。
見た目は私の方が遥かに年上なんだけどね、器が若いって理由でよく怒られる。

五条悟
おねえさんが行方不明になってから初めて灰谷兄弟と接触した。
無理矢理にでも保護しなかった僕の落ち度。
おねえさんの状況がよろしくないからおねえさんなら大丈夫だよねとか言えない。
持ち出した絵は自分や七海さん、一年生たちや二年生たちとできる限り渡しておいた。

2023年8月3日