もしも呪霊側についていたら①

「やあ、調子はどうだい?」

「ねえちゃんとの連絡が一日一度だけだから調子なんて乗んねーよクソが」

「マジでねーちゃんにあれ以上なんかあったらマグロの餌と一緒に捌いて東京湾に撒くからな」

「オマエこいつら刺激しに来たのか取引に来たのかどっちなんだよ」

「両方かな」

「三途、こいつマジで殺していいか」

「ぶっ殺す」

「やめろやめろ、姐ちゃんに何が起こるかわかんねえんだから!」

いやあ、あんだけ余裕だった人間がこんなにも余裕がなくなる様を見るのは楽しいね。
ニコニコと笑みを浮かべていると、事務所の奥から出てきた望月が灰谷兄弟の首根っこを引っ掴んで奥に戻っていった。
そうだね、君たちは私に危害を加えたくてもできないものね。
彼らの従姉の名前さんを攫っていった私のことがさぞ憎いだろう。
でも安心してほしい、殺すようなことはしないから。
五条悟の無下限呪術に干渉ができる彼女、それから彼女の従弟の灰谷兄弟、灰谷兄弟の所属する犯罪組織。
まさかこんなにも無下限呪術に干渉できる人間がいるとは思わなかった。
先ずやることは、五条悟の手の及ばないところへ遠ざけること。
これは無防備な名前さんを連れてったからクリア。
というか福寿さんがこちらの手中にいるからほとんどクリアしてるんだよね。
名前さんを盾に高専連中には関わらないように灰谷兄弟を通じて梵天にも釘を刺す。
思ったよりも名前さんは大切にされているみたいでね、あっさりと上手くいったよ。
次に、まあ優先度は低いんだけど名前さんに自分の術式を自覚させて思うように使えるようにさせること。
これは常に真人や漏瑚、花御に陀艮がいるからそこら辺に任せている。
それと真人の成長も促したいからね、殺しても問題ない人間を見繕ってもらい、梵天に用意させて後片付けを梵天にさせた。
もちろんタダじゃない、ちゃんとやってもらったらお礼もしているしね。
あと欲しかった呪具の手配、これは一番助かる。

「姐ちゃん盾にあんまりあいつら刺激すんなよ、後が面倒なのはこっちだ」

「それは失礼したね。でも安心して、名前さんにはあれ以降手を出してないから」

「……よく言うぜ。この前あいつらから見せてもらった姐ちゃんの写真、両足潰れてたけどな」

「全部終わったらちゃんと治して返すさ」

名前さんはなかなかめげない。
隙あらば逃げようと何回も行動し、その度に真人と花御に連れ戻されていた。
さすがにもう面倒だと言った真人が名前さんの両足を潰した時は冷や冷やしたよ。
術師じゃない、術式と呪力を持っているだけ、使い方を知らない人間なんだから、死んでしまったら灰谷兄弟と梵天を牽制するものがなくなってしまう。
そう、私の目的を達成するためにはいなくては困る。
私程の結界の使い手になるかはわからないけれど、自分の害になるありとあらゆるものを拒絶しかねない術式。
五条悟の無下限呪術を無意識に拒絶した、その時点で干渉だ。
それが灰谷兄弟にもないとは言えないし、他の梵天のやつらはどんな術式を持っているかは知らないけれど似たような系統なのかもしれない。
まるで、私を、いや、私たち呪術師を拒絶するような、そんな馬鹿げた術式。

「あ、そうそう。名前さんが新しく絵を描いたから渡しておくね。あとそろそろ追加の画材を欲しがっていたよ」

「ちっ……ほらよ、九井が姐ちゃんにっつってた金。画材屋寄ってたけーやつ買えば問題ねえだろ」

三途から渡されたのは分厚い封筒。
中身を確認すると一万円札が何十枚か入っていた。
私が買って帰れって?
あまり画材詳しくないんだけどな……嫌がらせかな……

「マジでオマエ楽に死ねると思うなよ」

「怖い怖い、肝に銘じておくよ」

先に死ぬのは名前さんかな、私かな。

 

今日はいい天気だなぁ、なんだっけ領域だっけ、ここずっと快晴の南国みてえな場所だけど。
生憎海を楽しもうにも両足潰れているから歩けない、クソが。
なのにちゃんとデッキチェアに座らせられてるのなんか腹立つ、クソが。
もう鉛筆短くなって描けなくなったな、短くなってもう描くのも無理な鉛筆をテーブルに置く。

「名前、今度は何描いてるの」

「絵」

「だから何の」

「絵」

「……」

「……」

後ろから覗き込んできた真人の問いには基本的にドライ、洗濯機じゃねえんだよ、あれはドライコースか。
君は人質ね、灰谷兄弟と梵天を動かすための、と言われた時はマジであのクソ坊主額の縫い目解いてバラバラにしてやろうかと思った。
夏油じゃない、いや外側は夏油だけど。
でも夏油以外の呼び名を知ってないから不本意ながら夏油と呼んでいる。
一日一度だけ、蘭と竜胆にトークアプリで連絡することはできるけれど、これは夏油が目の前で見ている時でしかできない。
どんなに長文でも画像を送ることができても、夏油がいると下手なことは言えない。
試しにドイツ語で夏油の悪口ばかり並べて送ったら蘭と竜胆が返信する代わりに三途か九井が床で腹を押さえて爆笑しているふたりの画像を送っていたけど、あれは私も笑った。
なんて言ったのか?もうそれはご想像におまかせするよ。
さすがにドイツ語はわからなかった夏油は首を傾げていたけど。

「名前冷たいなー。あ、今度空じゃないやつ描いてよ」

「なんでオマエの希望を聞かなきゃいけねえんだよ」

「いーじゃん、また人気のない山とか海なら連れてってやるからさ」

「オマエの連れてくは担いでいくだろ」

マジでやめろ。
ラフは描き終わったからスケッチブックをテーブルに置いて、少しだけ起こしていた体をデッキチェアに預けた。
不本意だけどこの空間は快適だ。
閉じ込められているとはいえ、見た目は快晴の海辺だし、別に動いてはいけないわけじゃない。
いや、正確には動けないけど。
ぐちゃぐちゃにひん曲がった両足、見るだけで精神的にダメージがあるから膝掛けで覆い、なるべく見ないようにする。
風呂入る時は夏油の協力者のおかっぱ頭の子に手伝ってもらってるけれど、名前すら知らない。
仕方なくやってますよ感、じゃあ私を蘭と竜胆のところに返せよクソッタレ。

『名前、起きてますか』

「……今寝ようとしてたんだけど何」

頭の中に直接響く女性らしい声に、うとうとと動きが鈍くなっていた瞼を開ける。
すると、目の前に差し出されたのは可愛らしい花だった。
赤い蘭と、青紫の竜胆。
思わず目を丸くすると、花御はそれを私の手に握らせる。

『弟たちだと思ってどうかと。あなたと同じ名前の花でもよかったのですが……』

「……気遣いどーも」

人間っぽいんだけど。
ああでもそっか。
夏油とあの子の目的は知らないけれど、真人たちは人間と自分たちの位置を逆転したいんだっけ?
まあ人間っぽいよな、それはなんとなく思う。
渡された花に罪はない。
でもなんか久しぶりに蘭と竜胆に触れたような気がして、少しだけ表情が和らいだ。
自分が使っていたコップにペットボトルから水を注ぎ、そのまま生けるように蘭と竜胆を差す。
元気だとは思うけど無茶してないかな、私が枷になるのなら、私のこと気にしなくていいのに。
……無理か、私のこと大切にしてくれてるから。
申し訳ないな、私が足手まといになってしまって。

『ちゃんと全て終わったら弟たちのところへ返しますから、それまでは辛抱してください』

「名前と一緒であいつら殺しても死ななそうだしね」

「……だろうね」

「ついでに教えてくんない?きょうだいっていうの?どんな感情?名前はあのふたりのことどう思ってんの?」

「大切だよ。最初はあんなクソガキ共に関わりたくないと思っていたけど、今は違う……」

大切な弟たち。
やんちゃで暴れん坊で、でも年相応の頃だってあった。
今だってそう、私なんかを取り戻すためだからとこいつらに協力している。
大したことしてやれてないのにさ、情ってわからないよね、どうなるかなんて。

「ふーん……難しいんだね」

「オマエが漏瑚や花御、陀艮をどう思っているのか知らねえけど。三人が死んだら悲しいだろ、悔しいだろ、怒るだろ、それと同じだよ」

「なるほど……じゃあ俺らはきょうだいになんのかな?それとも家族?」

『さあ?少なくとも私は真人たちを大切な仲間とは思っていますよ』

人間なんかより人間味がある。
というかこいつらわかってねえのかな。
人間から生まれたんなら人間だろ、姿形は人から離れていても。
絵を描いて疲れたからちょっと寝る、と言えばおやすみと花御が大きな手のひらで私の髪を撫でた。
絆されてなんかやらねえからな、全部終わる時はオマエらを六本木ヒルズから紐なしで吊るし上げてやる。


親戚のおねえさん
いろいろあって羂索さんに攫われて真人くんに足潰されて人質になっている。
おねえさんの術式を鍛えるからなんて言ってひたすら絵を描かされているけど描くのは好きだから苦ではない、ただそれが梵天とは違う使われ方をすると思うとめちゃくちゃ悔しい。
いつかオマエら六本木ヒルズから吊るし上げてやるからな、覚悟しておけよ。
花御さんが持ってきた花は枯れるまで大切にする。

灰谷兄弟
おねえさん攫われて人質にされて一番おこ。
羂索さんが梵天の事務所に来る度に殺してやろうかと思うけど望月くんや鶴蝶くんに回収されるまでがデフォ。
楽には殺してやらねえからなオマエ。
尚、おねえさんがドイツ語で羂索さんの悪口ばかり送ったらおねえさんの容赦なさに爆笑して崩れ落ちた。
ほんっとねえちゃんただじゃ転ばねえよな。
絶対助けるから待っててねーちゃん。

夏油傑(中身はメロンパンという名の羂索)
五条さんとおねえさんが接触した直後に問答無用でおねえさん攫って人質にした。
術式を鍛えようかなんて絵を描いてもらっては真人くんたちで結界の強度や性質を確認している。
楽には殺してもらえないのが確定した。
梵天の事務所を後にしておねえさんの要望通りに画材買いに行ったけど重くてひいひい言いながら陀艮ちゃんの領域に戻ったんだけど、おねえさんにこれ欲しかったからもっかい買ってこいと言われた。
どんまい。
全て終わったら灰谷兄弟に返してあげるよ、それまでは私が責任持って預かるね。
きっと渋谷事変後もおねえさん連れていく。

呪霊たち
おねえさんが何度も逃げようとするので真人くんが痺れを切らしておねえさんの足を潰した。
大丈夫!俺の術式でなら後でちゃんと治せるからさ!
大人しいおねえさんに変に懐いているけれどおねえさんには鬱陶しがられている。
花御さんは可哀想にとか思ってはいるけど必要なことだからと割り切った。
赤い蘭と青紫の竜胆は花御さんなりの慰め。
手放す気は全くないけれど、終わったら解放してやる気はある。
漏瑚おじいちゃんや陀艮ちゃんも彼らなりに丁重に扱っているつもり。
人じゃなくて空ばかり描くおねえさんのことはそれなりに気に入っている。

梵天の皆さん
マジで楽には殺してやらねえからな、オマエの墓場は東京湾だ。

五条悟
えっ!?名前さん行方不明!?遅かったか……

2023年8月3日