もしも探偵の世界と交わっていたら⑤

「躾には痛みがいいんだと何かの漫画で見かけた気がする」

「ったたたたたたたたたた!!」

「行け!ねえちゃん!!」

「もっとやっちまえ!!てこの原理使えばいけんよ!」

「あっ、兄貴ー!!」

「うわ……」

酷いものを見た。
名前さんのギャラリーにジンとウォッカが行くと言うのでついて行った。
組織だけならまだしも、まさか梵天とも関わりがあるとは思わなかった絵師。
……いやそれでもなんでこうなった!?
ジンがボスからの指令で改めて名前さんに絵の依頼をしに行くことになって、顔見知りの僕もついて行くことになって、彼女のギャラリーまで来たのはよかったはずだ。
彼女は弟の灰谷蘭と灰谷竜胆と次の個展の準備をしていて、挨拶もそこそこにジンが絵の依頼をした……のだけど。
多分言い方がよくなかった。
名前さんは礼儀に厳しい人だ。
特に年に関しては、本当に、現職の警察官だって萎縮するくらいには、かなり厳しい。
そうじゃなくても目上だのなんだの関係なく、人に頼む態度がそれかって、相手が誰でも怒る。
先日はコナンくんが怪盗キッドから予告状が送られた展示会だかなんだかに行って、ちょろちょろしてたらこっ酷く怒られたとも言っていたから立場も気にかける人なのだと思う。
警察がやるべき事は警察に、そこに探偵やその付き添いの子どもは関わるものじゃないと、そもそも子どもが危ないことをするんじゃないと。
怒られてからコナンくんは以前と比べるとかなり慎重になったのかもしれない。
彼のお友達は名前さんに懐いたようで、連絡先も交換して近況報告もするくらいには仲がいいようだからお友達伝手にコナンくんの動向が名前さんに知られるのはまずいのは理解しているようだ。
……話が逸れた。
ボス以外に言い方を変えないジンが彼女に何をされるのか決まりきっていたことだったらしい。
無表情の名前さんは本当に絵師?絵師ってなんだっけ?と思うレベルの素早さでジンの膝裏に綺麗なローキックを決めたかと思ったら、膝を追ったジンの背中を足蹴にして床に倒して逆エビ固めを決めた。
鮮やか過ぎてバーボンじゃなくて降谷零としてこの場にいたら拍手してたと思う。
容赦って文字はきっとこの人の辞書にはないな、うん。
灰谷蘭と灰谷竜胆は腹を抱えて爆笑するし名前さんに声援送るし、ウォッカは何もできなくてオロオロしているし、僕はドン引きするしかできない。

「マジで世の中どーなってんだよ梵天のクソガキ共だってそんな無礼な物言いはしねえんだよ平均年齢どう見ても梵天のクソガキ共より高いんだろうがオマエらの頭の教育はどーなってんだよシバくぞ」

「もう!もう締めてる!!そろそろ兄貴を離せ!」

「はァ?オマエも締めるに決まってんだろ人の心配する余裕あんの?」

まさかのウォッカへのある種の死刑宣告、いやこの状況だと死刑宣告の方が優しい。
普段なら強く彼女に言いに出るのだろうが、このおかしな状況に完全に飲まれてジンもウォッカもされるがままだ。
助けを求めるようにウォッカが顔を真っ青にしてこっちを見るけれど見ないでほしい、僕にできることは何もありません……
ふるふると僕が首を横に振るとウォッカの顔色が青を通り越して白くなる。

「ねーちゃんもーちょいえいってやってみて」

「えいっ」

「ってえええええええええええ!!」

「何してんですか!!」

「関節技っつったら竜胆だろぉ?アドバイスだよアドバイス」

「そんなアドバイスいらないんですよ!!あの、名前さん、ジンが本当にすみません……お願いですから離してやってください……」

あ、段々ジンが抵抗できなくなっている……!
待ってこれ殺人事件に発展しないですよね!?
こんな組織壊滅の一歩は嫌だ……
そのうちぐったりとジンが床に伏せ、動けなくなったところで名前さんはジンから手を離して退くと、動けないままのウォッカに目を向けた。
……え、生きてますよね?ショック死とかしてないよな?

「ちゃ、チャンスは……!?」

「ねえよ」

「ぎ、ぎゃああああああああ!!」

……もう司法取引を梵天に持ちかけて協力すれば組織は壊滅するんじゃないかなぁ。

 

……ひでぇ目に遭った。
ぜえぜえと息を上げ、オレと同じように女に関節技を決められたウォッカが床に倒れ伏せてぴくりとも動かない姿を見て柄にもなくゾッとする。
絵師だと?絵師という言葉を広辞苑で引いてから名乗れ、真っ当な絵師に対してもこの女のおかげで絵師っつー生き物がこの女と同じなんじゃねえかと勘ぐるだろうが。

「で?」

「……ボスからの依頼だ、一番大きなサイズでお前の好きなように描いたものを言い値で買いたいと」

ぷるぷると震える足に叱咤して立ち上がり、女の顔を見て言葉を選んで口にした。
さっきまでオレに関節技をかけていたのにそんなことなかったかのように女は一番大きなサイズかぁ、とテーブルの上にあるパンフレットを手にする。
灰谷兄弟がオレを見て「なにあれ子鹿じゃん」「サウスもああなってたよな」「なつかしー金蹴りされてたっけ」「だったなぁ」なんて笑ってやがる……くそ、あの女のペースにこっちのペースが狂っちまう。
女はパンフレットを手にして、オーダーの場合のページを開くとそれをオレに見せた。

「そのサイズだとひと月はもらうけど」

「構わねえ」

「好きなようにって言ってるけど漠然としたイメージは?」

「特に聞いてねえ、お前が好きに描いたってだけで十分価値がある」

「ジン、横からすみませんが完成した場合どうやって運ぶんです?」

「その時にトラックを寄越す予定だ。盗まれる……ことはねえだろう。このギャラリーの防犯やサイズから見て無理だからな」

癖で胸ポケットから煙草とジッポを取り出し、一本の煙草を口にする。
その時だ。
口にしたと思った煙草は女が手を伸ばして取り、無表情で、だが目をかっ開いて取った煙草をぐしゃりと握り潰した。

「絵のあるギャラリーで煙草吸えると思ってんのか禁煙って書いてあんだろうが握り潰すぞ」

「……悪かった」

思わず素直に謝罪すれば女の後ろで灰谷兄弟は腹を抱え、バーボンがあのジンが謝った……!と一歩退く。
素直に謝罪だってするぞオレは。
特に逆らったらまずいと本能が訴えるような相手ならな……!
ボスとは違う威圧感。
女が握り潰した煙草は灰谷竜胆が回収するとそのまま近くのゴミ箱に捨てた。

「ねえちゃん、座って見積もりすればぁ?」

「オマエらに座らせる椅子はねえから突っ立ってろよ」

どうしても座りたいなら床にでも座れば?なんて灰谷竜胆が鼻で笑い、灰谷蘭が女に椅子を引く。
……我慢だ我慢。
女はともかく、灰谷兄弟の頭を吹っ飛ばしてやりたいと思ってもここじゃ灰谷兄弟が出る前に女に止められるだろうから我慢だ。
クソが、こいつらが組織の人間だったらここまでオレも大人しくしねえぞ。
女は椅子に座ると近くの電卓とパンフレットを見比べながら計算を始め、何度か電卓を叩くと表示された数字をオレに見せた。
床からなんとか立ち上がったウォッカと、一歩退いていたバーボンと揃ってその電卓を覗き込む。

「基本料金はこれ、好きなようにって言ってたから使う画材と額縁でいくらか加算する。トラック持ってくるなら配送料はかからない。ひと月って言ったけど、そっちの都合でいつまでにって指定するならもうちょっと上乗せするけど、それでいい?」

「問題ねえ」

「じゃあ契約書にサインしてもらおうかな。ああ、梵天とそっちとの取引扱いするから本名じゃなくていいし、完成した連絡は九井からしてもらう。配送する時に振込用紙渡すから梵天の使う口座に振り込んで、現金はあまりにも額がでかいから断っとく」

「ねーちゃん、九井に連絡したらねーちゃんと向こうのボスとの取引だから個人でやんねえのか?ってさ」

「やだよ、犯罪組織って隠さねえで依頼に来てんだもん」

「それなぁ……」

「四割梵天に渡すのじゃだめか聞いてもらっていい?」

「おっけー」

「ねえちゃん、三途からオレ描いてもらったことないってボスが駄々捏ねてるって来てんだけど」

「無視で」

「はぁーい」

テキパキと話は進み、オレの名前で契約書にサインする。
控えや注意事項などの書類をファイルに入れ、女に渡されたので一通り目を通してウォッカに渡した。
最初は思い出したくもねえことはあれど、この女の手際は悪くねえ。

「邪魔したな」

「お騒がせしてすみませんでした福寿さん、失礼しますね。……ウォッカ、大丈夫ですか?」

「……肩貸してくれ」

「もう来なくていいからなぁ」

「それな」

「連絡は九井から行くからね」

バーボンがウォッカに手を貸し、オレたちはギャラリーを後にした。
ギャラリー前に停めた愛車に乗り込めば、誰からともなく大きく息を吐く。

「……なんなんだあの女はっ」

「やべぇですぜ……まだ足ぷるぷるする……」

「なんでてめえは無事なんだ、あァ?」

「勝手に着いてきましたって必死に弁明したので」

「受け取りはお前が行けよバーボン!オレはもう来たくねえからな!」

「ええー……」

後部座席に腰かけたバーボンは心底嫌ですと顔で訴えるが知るか、受け取りはお前だ。
……組織の活動上、梵天とも関わらなくてはならねえが、あの女とは関わりたくもねえ。
後日、オレとウォッカがあの女に何をされたのか漏れたのか、キャンティとコルン、ベルモットがあの灰谷兄弟と同じように腹を抱えて爆笑していた。


親戚のおねえさん
以前あれだけ優しく牽制したのにわかってなかったから逆エビ固め決めた、残念ながら成人男性の両足は折れなかった、今度竜胆くんにレクチャーしてもらう予定。
いや依頼に来るのは構わないんだよ、言い方がとても癪に触っただけで。
そのうちベルモット姉さんからはどうやってジンさんやウォッカさんを大人しくしたのか聞かれる日が来る。

灰谷兄弟
いけ!ねえちゃん!!やっちまえねーちゃん!!
前回は場が場だったからおねえさんに危険がないようにしていたけれど、今回はおねえさんのギャラリーで向こうが普通の依頼に来てたからめちゃくちゃ応援した。
えいってやってみて!と言った竜胆くんは確信犯。
ちなみにこっそり仕事用のスマートフォンで動画を撮っていた蘭くんは梵天の皆さんに見せたし、そこから黒の組織に漏れた、確信犯。
あーウケる!さすがねえちゃん!ねーちゃんにかかればどんなやつも大人しくなるもんな!!
但しふたりとも一番おねえさんに怒られているのである。

お酒がコードネームの人たち
ジンさん言い方と態度がまずかった。
なんなんだあの女!絵師って言葉を理解してから絵師って名乗れ!!
連帯責任でウォッカさんも逆エビ固めされた、泣いていい。
バーボンさんは必死に弁明したからなんとか逃れたけど弁明しなかったら逆エビ固めされてた、バーボン危機一髪。
相手がおねえさんじゃなければ笑えてた、笑えんかった。
ジンさんとウォッカさん、他の幹部にこの日の逆エビ固めの件を漏らしたのかバーボンさんを疑うけど犯人は梵天です。
ヒント、オレ通さねえで姐さんに依頼しやがって!ぼったくるだけじゃすまさねえ!と怒っていた人です。

 

次回!日本人の女性って大和撫子じゃなかったのか……!?ボウヤ、教えて……えっ?怖くて絵師の話はなるべくしたくない……?

2023年8月4日